CULTURE | 2021/11/17

経済と人命、道徳とタブーの狭間。自己肯定感の低い日本人は激動する社会に「自分なりの答え」を見出せるか。写真家・小田駿一の挑戦

Night Order #26 / 渋谷のんべい横丁
昨年から続くコロナ禍で次々に作品を発表し続けてきた写真家がいる。...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

アート作品を通じて「社会で起こっていること」を自分の頭で考えてみてほしい

『Gallery of Taboo』は日本橋にある遊休不動産を舞台に「正解」を疑う新進気鋭のアーティスト8組が参加し、作品販売収益の一部を日本橋の地域にある飲食店へ還元した
撮影:本多カツヒロ

ーー 今年1月には他のアーティストたちと『Gallery of Taboo』というアートフェアを開催し、作品の収益の半分を開催地である日本橋の飲食店に還元する試みを始めましたね。

小田:『Night Order』でいろんな方が協力してくれて、打てば響くんだなと自信が持てました。ですが一向にコロナが収束する気配がなく、当時はまだワクチン接種も始まっていなかった。その時に、メディアで目にしたのは「経済を優先するのか、それとも人命を優先するのか」といった二者択一の議論ばかり。それはすごく極端だなと違和感を持っていたんです。だって、経済も人命もどちらも大切じゃないですか。どちらもある程度譲り合って妥協できるような最適なポイントがあるはずだろうと。でも、そういう建設的な議論よりも分断を煽るかのような白か黒かの議論が多かったですよね。

そうした白か黒かの議論に皆さん疲れていたと思うんですよ。だから曖昧さをあえて提示する、つまりは「価値観なんて時代とともに変遷するんだよ」「世界には正解なんてなくて、自ら考え、行動し、生きていくしかない」ということをタブーという題材を通じて伝えたいと考えて開催したんです。大抵の難しい問題はそう簡単に答えなんて出ない。でも、それを諦めるのではなく、答えの出ない問題について悩み考え自分なりに決めることこそが本当の知性だと思うんです。

ーー 確かにそうですね。

小田:『Gallery of Taboo』で展示した私の作品の被写体は、全身にタトゥーを纏った人でした。そうした方々に対する今の社会の見方は変わってきているとはいえ、まだまだ「それも普通にあること」として受け入れられる状態であるとは言えません。

そして、実はタブーも時代や地域とともに変遷しています。たとえば、アメリカでは禁酒法の時代があった一方、現在は多くの州で医療用だけではなく嗜好用の大麻の使用が認められてもいる。でも、日本では大麻の使用が認められていません。タブーをはじめとする諸問題は長い時間をかけ相対的で揺らぎ変わっていくものです。

『Gallery of Taboo』で展示した「OTONA性 - 百面相化する自己意識の果てに」より

ーー 情報を集め、精査して自分の頭で考えることは絶対に放棄してはいけないと思うんです。ただ、ものすごく労力を要しますね。

小田:なぜ多くの人が自分なりの答えを求めないのか。それは日本人は自己肯定感が低い人が多く、自身の考えに自信を持つことができないからだと思うんです。つまり、自分のことを信じられない人が多い。教育については詳しくないですが、学生時代に正解のある問題ばかりを考えさせられるじゃないですか。でも悲しいかな社会には絶対的な正解なんてなかなかないんですよ。でも、自分を信じられないから自分なりの答えを出せずに、社会に答えを求めてしまう。

バブル崩壊以降の失われた30年とも言われる時代で、日本人の敗北主義が顕著になったと思うんです。「自分たちは欧米に比べると劣っている」というような。ロンドン時代にできたフランス人の友人は、経済的には世界一の規模ではないけれど、フランスの文化が世界最強だって思っていますよ。敗北主義から問題を考えると、どうしても欧米には良い答えがあるはずだと、外に答えを求めてしまう。でも、そうじゃないだろうと。そこからの脱却をテーマにしたのが現在開催している個展『OBLIVION / 忘却』です。

写真展『OBLIVION』より

ーー どういうことでしょうか?

小田:ある仕事で屋久島へ行ったんです。普段、コンクリートに囲まれた東京で生活している私にとってあの豊かな自然の中で撮影するだけで癒やされた。これはなんだろうと考えた時、日本人は太古の昔から水や森に生かされ、共生してきたことに改めて気付かされたんです。つまり、自分という存在・自己は生まれてから今までの時間軸だけでではなくて、先祖代々受け継がれてきたものがあるということ。日本という土地に生まれ、文化があり、その中で生きてきた先達がいた。だからこそ、今の私があるんだということにはっとしたんです。

実際、無意識的に、我々を培ってきた原初の自然が残った屋久島に癒された自分がいるし、今も多くの方々が屋久島を訪れている。偶発的に出会った土地でしたが、まずはここを撮ってみたいと撮影を始めました。撮り続ける中で浮かんできたテーマが、タイトルにもなった「OBLIVION=忘却」という言葉。我々が忘れ去った記憶の果てに本当に自分を助けてくれる何かがあるのではないか。そんなニュアンスをタイトルにはこめています。

実際に完成した作品を見ることで、鑑賞者の方が、太古の自然に思いを巡らせ、我々が連綿を積み重ねてきた歴史に思いを馳せる。豊かな自然が育んでくれた日本人の感性や情緒を改めて辿ってみる。すると、見えてくるのは調和を重んじる日本人の美しい精神性だったり、嫋(たお)やかな美意識だったりするんじゃないでしょうか。日本の相対的経済規模が下がっているからダメだではなく、これだけ歴史ある美しい感性と文化がある自分たちの歴史や営みに目を向けることで、自分にその考えを引き寄せて、自己肯定をするきっかけにして欲しい。。自分の過去にも思いを巡らすことで自分が忘れていたような良いところや、もっと言えば日本人の良いところに目を向けてくれればと。

ーー すごく良いメッセージだとは思いますが、一方で民族主義的じゃないかという反発も起こりそうですね。

小田:私はイデオロギーとしての民族主義的なメッセージを伝えているつもりはありません。今後、人口が減少し、GDPの相対的な規模も下落している日本で、個々人が幸せや豊かさを考えた時に、果たしてアメリカ式の豊かさ、資本主義的な規模こそ正義だという考えを真似したところでうまく行かないのではないかと思うんですよ。個々人が幸せを享受していくには、他国の真似ではなく日本人のオリジナリティに立脚した方がうまく進むのではないかと思うんです。経済的な言い方に引き寄せると、一人当たりのGDPをどうやって上げていくのがいいのか。そのための方法論としての、ある種のガラパゴス礼賛的考え方ですよね。

たとえば、マリメッコなどの北欧ブランドは世界的に成功していますよね。もともと北欧は冬になると日照時間も短く、雪が多いために外へ出られない。鬱々とするわけです。その中で、原色でかわいいプロダクトが部屋にあれば元気が出るじゃないですか。だからこそ生まれたものなんじゃないかと思っていて、それは別に民族主義的なメッセージではないですよね。自国にこそある地域的な個性をプロダクトに素直に反映させている。日本にもそういうポテンシャルのあるカルチャーや商品はあるはずなんです。

先日、拝見したあるネット番組で、社会学者の宮台真司さんは今の日本人はどんどん恋愛できなくなっているという言い方をされていました。つまり、日本人は自尊心とか、愛国心とか、良いか悪いかではなく、我々と自分自身を支える精神的・社会的資本が著しく、棄損してしまっていると。私もその考え方にはとても共感します。つまり、キーワードは、やっぱり愛。日本が好きか、日本に住む多様な人たちが好きか、自分自身を愛せているか。愛の先に、自分なりの答えが見いだせるのではないかと感じます。

ーー 今後、個人活動としてはどんな作品を発表していくのでしょうか。

小田:『OBLIVION』シリーズは継続して撮影していきたいなと考えています。今回は屋久島でしたが、日本には素晴らしい原風景がたくさんあるので。今回のような作品で、自己否定的だった方が自分の良いところを見つめ直し、自己を肯定し、好きなことを始めてくれる方が一人でも増えたら嬉しいですね。

ただ同時に感じているのは、私の知名度、作品の強度がまだまだ足りないということです。多くの人に自分が考えたメッセージがまだまだ伝わっていない。それは方法や手段が不完全だったり、伝え方が悪いのかもしれない。もしくは巻き込んでいる人の数も少ないのかもしれない。そういった部分は内省して、自己満足するのではなく少しづつでも改善していきたいなと考えていますね。


『OBLIVION』 / KYOTO
会場:二手舎京都
京都府京都市上京区下木下町144-4
会期:2021年9月3日~11月22日
入場料:無料
営業時間:13:00-18:00
作家在廊日:9/3-9/5 9/17-9/19 10/15-10/17 11/20-11/22 は予約不要。
上記以外の期間は、日・月のみ営業・要予約。
WEB:https://www.nitesha.com/?mode=grp&gid=2637156

『OBLIVION』 / NAGOYA
会場:C7C gallery and shop
愛知県名古屋市千種区千種2-2-13 2F
会期:2021年12月4日~12月27日
入場料:無料
営業時間:13:00-18:00(定休日 : 火・木曜日)
作家在廊日:12/4-12/5・12/11-12・12/25-12/26
WEB : http://c7c.jp/  

prev