新たな地平を目指し
ここまでMicrosoftが見据えた新しい地平について論じてきたが、実際のところ、筆者を含め、今コンソールでゲームを日常的に楽しむ日本のヘビーゲーマーにとって、このゲームパスとクラウドの革命はそこまで大きな影響を及ぼさないだろう、と考える。
もちろん、いつでも好きにゲームが楽しめるようになることは、筆者にとってもありがたい。特にお金はともかく時間にまで余裕がない社会人となると、ゲームを買ったはいいが結局遊んでない「積みゲー」のリスクを冒さず、好きなだけ色々なゲームをダウンロードして、飽きたらすぐ消してしまうなんて贅沢な遊びができるのは実に愉快だ。
とはいえ、どんなサブスクでもそうだが、サブスクが常にマニアを満足させ続ける最高のラインナップを揃え続けることは不可能だし、Nintendo SwitchやPlayStation 5でしか楽しめない体験も見逃せない。またクラウドも現状、実機でプレイするほどに快適とはいかない。寝転びながらダラダラとインディーゲームをスマホで楽しむのも良いが、時には腰を据えてパッドやマウスでプレイしたい。結局、ゲームパスを最大限楽しむためには、Xbox Series X/Sないし高性能なGPUを搭載したPCは欲しい、と考える。
しかしこれはあくまで、日本に住んでいて、日常的にハードに囲まれ、新発売の大作にはとりあえず手を伸ばすことができるゲーマー、つまり一部のサンプルにとっての話だ。そもそもゲームパスは既存のハードコアゲーマーのみに向けてではなく、より広く、遠い「世界」を見据えて設計されているのではないか、と筆者は考える。
それの「世界」とは、今、コンソールが様々な理由で手に入らない新興国、あるいは先進国でも経済的に余裕のない家庭や、ゲームに関心の薄い層だ。
実際、数万円のハードに加え、1万円近いソフトを買い続けるのはそう簡単なことではない。SwitchやPS5を楽しめるのは北米、西欧、日本など経済的にも豊かな国の中流以上に限られる。だからこそ、そうではない大多数の人々にとって、スマートフォン一台あれば楽しめる無料のソーシャルゲームの方が手が届きやすく、生活習慣や価値観にもフィットする。
更に注目すべきは東南アジア、南アジア、中東、南米などの新興国だ。佐藤翔氏がCEDEC 2021で語った内容によれば、これらの国では最新のコンソールはほとんど市場に出回らず、代わりに中国企業が提供するスマートフォンゲーム、あるいは海賊版などのインフォーマルマーケットが中心であり、これら新興国の市場を合計すれば、現状だけでも1兆8000億円程度あると考えられているという。無論、非正規市場を考慮すれば潜在的な市場はもっと多く、そもそも国家全体で経済の伸びしろも大きいだろう。
そんな新興国で育つ子供たち、また所得に余裕が生まれ始めた大人にとって、実は誰もが知る任天堂の名作は名前どころか存在さえ知らない人が多い(なんて羨ましいのだろう)。そんな彼らに、「ゲームパス」はスマホと僅か1100円さえあれば、我々が知る世界中の傑作ゲームを直ちに、好きなだけ、どこでも提供することが可能なのだ。
Newzooによれば、2020年時点で世界のビデオゲーム市場規模は約16兆円であり、そのうちコンソールゲームは4兆5000億円ほどだと考えられている。既にこれだけで各エンタメ産業をはるか凌駕する規模となっているが、実はこの数字は、ほとんどが先進国の一部によるものであり、新興国や関心が薄い層を含めれば、これを遥かに上回りうる潜在的な市場が眠っている。
まさにMicrosoftが目指す「新天地」がこの層であり、それを実現するためのキャベラル船こそ、ゲームパスとクラウドなのである。既にNintendo SwitchやPS5の成功から十分すぎるほど盛況を見せるコンソールゲーム市場だが、Microsoftが今まさに船を漕ぎ始めた「大航海時代」は到来するのか。10年、20年後のゲーム業界を見据えたその戦略に、今後も注視していきたい。
なお、ゲームパス時代にどのようなゲームが流行しうるのか?という話は筆者のnoteで掲載している。Microsoftが「新たなゲームのあり方」を提示しているのではないか、という部分まで踏み込んで考察しているのでぜひ読んで欲しい。