【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(38)
2023年8月16日から20日にかけて、北京で世界ロボット大会が開かれた。大会はカンファレンス、展示会、学生ロボットコンテストの3分野それぞれ4日間フルでプログラムが組まれている大規模なもので、カンファレンスの一つにはアメリカから4足歩行の犬型ロボット「Spot」を開発したボストン・ダイナミクスのCEOも参加した。
ロボットの展示会そのものは中国各地で行われているが、今回の大会は4日間に渡って小中学生ぐらいの様々なロボット競技が行われ、中国全土から子どもたちが参加していたのが特徴的だ。
高須正和
Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development
テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
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最先端テクノロジーと子ども向け大会が同じ場所で
UBTech社のデモに群がる人々。子ども連れも多い
展示会とカンファレンスは、ロボット産業を盛り上げるために、産業全体を包括したハイエンドなものだ。精度や速度で優位に立つ日本や欧米のブランドも多く出展している。会場ではドイツのKUKA、韓国のサムスン、中国のSIASUNと並んで、産業用ロボットでは世界有数のブランドである日本の安川電機が自動車組み立てラインを模したブースで出展し、それぞれ巨大なロボットアームを動作させていた。
産業用ロボットでは世界有数のメーカーである安川電機のブース。動作のキビキビさでは際立っていたように見えた
こうした工場で使われる工業ロボットだけでなく、スタートアップ投資により、ロボットの新しい用途が開拓されるケースも多い。レストランで食べ物を運ぶ、医療行為を行うなどのサービスロボットなど、製造業が多く人口も大きい中国は、どの分野でも最大のロボット市場・生産国になっている。
まだ明確な産業分野が定まっていない、二足歩行するヒューマノイドロボットや犬型ロボットの開発に乗り出すスタートアップも多く、会場では開発中のロボットに人々が群がっていた。
シャオミが開発中のヒューマノイドロボットに群がる子どもたち
また、シャオミが人形・犬型ロボットと同時に、ロボットの関節に使う制御機能付きモーターを発売するなど、先進的なロボットに必要なモーターやセンサー類を販売するスタートアップも多く生まれている。サービスロボットはテクノジーのかけあわせなので、系列の存在が薄く、企業同士の提携が早い中国はこうした部品を作るスタートアップに有利だ。
こうした先端テクノロジーを披露し合うロボット展示会と同じ会場で、子どもたちのロボット大会も開催されていた。複数の大会が会場内の複数箇所で4日間ずっと開催されるボリュームで、最も大規模な大会であるVEX Robotを使った小中学生対象のロボットコンテストは、632のチームが各地から北京に集まった。
小中学生の大会はレゴのようなプラスティックのVEX社キットで行われる
2015年に始まったこのロボットコンテスト「世界机器人大赛(World Robot Contest、略称はWRC)」は、当時1000名程度だった総参加者が4万人規模になるほど拡大した。北京の会場ではこのWRCのほか、深圳Makeblock社のMake-Xロボットコンテストなど、複数のコンテストが行われ、会場は4日間ずっと子ども連れで溢れていた。
受験産業規制とイノベーション振興・ロボット教育への後押し
深圳から北京まで参加してきたチーム
中国は過酷な受験戦争で知られる。学歴は「高学歴で生活に余裕のある家の子供が高学歴になりやすい」傾向があり、格差拡大の一因になっている。そのため2021年7月、中国政府は突然、学習塾ビジネスを規制した。
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中国の経済成長に伴い、国内の貧富の差が拡大している。ここ数年中国政府は格差解消の政策を行い、格差を表すジニ係数2008年頃には0.43まで上昇したあと、下がり始めた。(アーサー・R・クローバー『チャイナ・エコノミー第2版』白桃書房)
子どもたちの未来に突然干渉する乱暴さはともかく、格差解消は一定の狙いがある。
ロボットコンテストの成績や、ロボット教育に関連する部分は、中国の一般的な大学受験科目に入っていない。つまり水泳やピアノなどと同じカテゴリの習い事だ。にもかかわらず多くの親たち、子どもたちが、ロボット遊びに多大なお金と時間を費やしている。
もちろん勝負事なのでアツくなるというのはあるが、それ以上にロボットコンテストのもたらす効果が浸透している。それは今の受験制度では伸ばせない、問題解決や発想力、チームワークだ。将来自分のアイデアを実現する起業家となる、エンジニアとしてアイデアを具現化する上で、こうした能力は欠かせない。DJIやファーウェイほか、米グーグルなどまで含め、先端技術で知られる各国企業が、ロボットコンテストの好成績者を厚遇していることは有名だ。
また、中国政府もこの分野には規制どころか、規模を大きくするために投資を惜しんでいない。会場になった「北京亦创国际会展中心」は、東京ビッグサイトに匹敵する9万平方メートルの展示面積を誇る巨大なコンベンションセンターで、この大会を毎年開催されるために作られた。
面白がることと、手を動かすことが21世紀の教養
深圳Makeblock社のロボットコンテスト MakeXも開催
工場の生産ラインに人間を並べて作業することで経済成長した中国は、今後はヒット商品で付加価値を産んでいかねばならない、より難しいステージに入りつつある。ロボットコンテストの裾野を拡大し、大きなシーンを作ろうとしている中国政府の支援は、イノベーションとはどういうものかという考えが現れている。
ロボットは技術の結晶だが、座学だけでロボットコンテストに勝つのは難しい。物理的なものは滑り、壊れ、ぶつかり、ヒビが入っていく。しばしばアルゴリズムを裏切り、設計に修正を迫る。
さらにチーム戦になるとチーム内の人間関係、本番でのハートの強さなど、座学以上の要素が大きくなっていく。しかも受験科目に入っていないので、長い大会を完遂するためには「ロボット作りや、コンテストでの競技をおもしろがれるかどうか」というモチベーションが不可欠だ。
中国で盛り上がっているサービスロボットも、相手が人間なので単一の正解に収斂しない分野だ。日本ではガストなどのファミレスで食事を運んでいる深圳Pudu社の猫ロボットも、それまで3年間で数台しか受注がなかったものが、猫型にしたことで年間3000台導入されるヒット商品になった。こうしたアイデアは積み重ねだけでは生まれず、かといって偶然性だけでも生まれず、興味を持ちながらチームで手を動かし続けることで育っていく。
中国は今も今後もリーダーに注目が集まるエリート社会だが、エリートの意味するものは、興味を持って手を動かせる人間に変わっていきそうだ。