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「猛暑」という言葉がもはや普通に感じられる今年の夏。実は、ヨーロッパでも今年は完全に何かが狂ってしまったような夏を迎えました。現時点では、史上最高に暑かった6月、そして7月。山火事多数。スペインやイタリア、ギリシャ各所で史上最高温度を記録など。しかし猛暑に襲われたかと思えば、8月は一転して冷夏というより、むしろ寒いくらいな夏になったりと、明らかに今までの夏とは違う様相を呈していました。
そして、こうした気候により影響を受けるのは人間だけではありません。農作物はどうなっているのでしょうか?今回は、農作物への影響をレポートしてみたいと思います。
吉田和充(ヨシダ カズミツ)
ニューロマジック アムステルダム Co-funder&CEO/Creative Director
1997年博報堂入社。キャンペーン/CM制作本数400本。イベント、商品開発、企業の海外進出業務や店舗デザインなど入社以来一貫してクリエイティブ担当。ACCグランプリなど受賞歴多数。2016年退社後、家族の教育環境を考えてオランダへ拠点を移す。日本企業のみならず、オランダ企業のクリエイティブディレクションや、日欧横断プロジェクト、Web制作やサービスデザイン業務など多数担当。保育士資格も有する。海外子育てを綴ったブログ「おとよん」は、子育てパパママのみならず学生にも大人気。
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猛暑から一転、冷夏のヨーロッパ
実は、今年のヨーロッパの夏は全体を通してみると猛暑ではありませんでした。むしろ冷夏だったかもしれません。そして、それは場所と時期により大きく異なりました。
6月や7月は、確かに猛暑でした。ヨーロッパでは梅雨がないので、学校やスポーツのプロリーグなどがぼちぼち夏休みを迎える6月から夏のイメージがあります。各所で学期末というか、年度末のイベントも盛りだくさん。例年、街ではすでに夏が始まっているような雰囲気になっていますが、今年はこの時期に猛暑が始まりました。街の街路樹や芝生は枯れ始め、道路にあるような花や草は一斉に枯葉色に。雨も降らなかったので、一斉に枯れてしまったのです。
それは今年の夏本番の暑さを予感させるものでもありました。実際に、ヨーロッパ各地では史上最高に暑かった6月を記録しました。7月前半もこの暑さは続きましたが、中旬ごろ、ちょうど日本での海の日あたりでパタっと終わりました。今年のヨーロッパの夏は、ここで終わったのです。
もちろんヨーロッパと一言でいっても大きい大陸ですので、一概には言えません。ギリシャでは山火事が頻発し、そしてヨーロッパの対岸にあるモロッコでは8月に入ってから50℃を記録したりもしています。
筆者は、今年の猛暑が形を潜めたそのタイミングに、スロバキアにいました。日中までは強い日差しで、呼吸しても苦しいほど空気もカラカラだったのですが、突然暗くなり、大粒の雨が降ってきました。そして典型的な夕立のように嵐がやってきたのです。嵐の時間は1、2時間だったでしょうか。ちょうど宿泊していた宿の裏庭にあった大木が風で折れてしまいました。それが建物に当たっていたら大惨事だったと思うのですが、そのくらいの突然の強風が吹いて、それ以来、すっかり涼しくなりました。
農業の置かれている過酷な状況とは
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この猛暑をはじめとする天候不順は、当然のように農作物への影響も大きいものと思われます。まだ今年9月の時点では、今年の天候不順の影響が直接的に現れている感じはありません。ですが、ロシア・ウクライナ戦争以降続いているインフレはじわりじわりとまだまだ継続しており、食品も全般的に値上がりが続いています。もしかしたら天候不順による不作の影響も、こうした昨今のインフレの中にすでに紛れているのかもしれません。
しかし、実は農業環境という視点で見ると、かなり過酷な状況になっていることが分かります。フランスのニュースサイト「Euractiv」の記事「Europe’s heat and drought crop losses tripled in 50 years: study(ヨーロッパの暑さと干ばつによる農作物損失は50年間で3倍に:研究結果)」では以下のように伝えています。
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「ヨーロッパにおける熱波と干ばつによる作物損失の深刻さは、過去50年で3倍」になったようです。これは1961年から2018年までの28のヨーロッパ諸国(現在の欧州連合とイギリスを含む)での農産物生産を調査し、極端な気象事象(干ばつ、熱波、洪水、寒冷)のデータと比較した結果、気候変動が観測記録において作物損失を増加させている証拠が見つかったということなのです。(筆者訳)
また同記事によると「ヨーロッパの作物収穫量は1964年から1990年までの16年間と比べると、1991年から2015年までの16年間でほぼ150%増加しました」ともありますが、この大量生産によって、土が持っている能力の限界を迎えているのではないか?という指摘もあります。化学肥料や農薬の大量散布などにより、土中の微生物がいなくなり、土そのものが死んできているというのです。現に、そのように荒廃してしまった土地が世界中にあり、そこでは農業もできないのです。化学肥料そのものも、インフレなどの影響により大きく値上げしています。
また気候変動は、熱波や干ばつなどの気象の極端さを増幅させると予想されています。このあたりは、2006年に公開されたアメリカのドキュメンタリー映画『不都合な真実』でも描かれています。ヨーロッパの気候変動の影響は、世界的な食品システムや食品価格に「連鎖反応」が生じる可能性があると以前から警告されています。
2018年のヨーロッパでの過酷な熱波と干ばつは、過去5年間の平均穀物生産量と比較すると8%の減少を引き起こし、「家畜の飼料不足を引き起こし、急激な商品価格上昇を引き起こした」と述べています。
みなさんも、すでに体感されていると思いますが、2010年以降は毎年が史上最高温度や、史上最大雨量などを記録しています。日本でも「猛暑 農業」などとニュース検索すると、野菜・果物・コメ・酪農に至るまで幅広く被害が及んでいることが一目瞭然です。こうした影響は世界中で生じており、例えばイタリアでは、ぶどうが日焼けをしてしまうために、カバーを被せたりして直射日光を避けるなどしていますが、その年のワインの出来にも大きく影響を与えるそうです。
インフレについては価格そのものは上がっていないものの、内容を減らすという形での実質インフレが進んでいたりもします。日本でもそうですが、筆者が住むオランダでもお菓子などでそのようなことが行われており、問題になりつつあります。
食糧生産問題はもはや待ったなし
このように、私たちが気づかないレベルで、世界のフードシステムは徐々に崩壊に向かっているのかもしれません。
中には「単一作物の大量生産こそが、気候変動の根本原因の一つだ」と主張する専門家もいます。そのために、昔ながらの少量多品種生産を行い、土地自体を再生していくような農業スタイルがヨーロッパでも再注目されていたりもします。
例えば、少量多品種型で環境再生型の農業スタイルとして注目されているのが、去年の連載でも紹介したHernborren (ヘレンボーレン)という会員制組織です。2016年にオランダでスタートし、今では18箇所に農園があり9000人以上の人たちに食料を供給しており、今後、かなりの数の増加が見込まれているスタイルです。
Hernborren (ヘレンボーレン)の公式サイトより
地域で250世帯の賛同を得て、共同で農地を借り、実際に農業をやる専門家を招き入れてスタートします。彼らは、自分たちで食べたい野菜、食物を自分たちで決めて、専門の農家や組合と相談して、何を作付けするのか? 家畜を飼うのか? 果樹は育てるのか?などを決めます。
基本的には農地をサステイナブルに、場合によっては改善することを目的としていますので、少量多品種になります。土地に作物の多様性を持ち込むことで、大きな負担をかけないようにします。家畜を飼って排泄物を肥料にしたり、果樹の森を作ったりもします。こうすることで、土地自体が再生されるのです。この取り組みもオランダ全土に広がっており、周辺国にも波及しています。
しかし、この農法だけで世界の人口分の食料が賄えるのか?というと、それは厳しいでしょう。収穫量もそうですし、品質にばらつきがあったり、そもそも量の確保ができないために、大手資本が作る食品の流通システムには乗りません。というか、乗せることができないのです。
この辺りは、ニューヨークの著名シェフ、ダン・ハーバーが書いた『食の未来のためのフィールドノート』にも書かれています。2015年に邦訳版がNTT出版から出ていますが絶版で中古価格も高騰中なので、興味のある方は図書館で探してみてください。
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真に持続可能な食のシステムは単純ではないという事実がほとんど認識されていない。持続可能な食のシステムを支える農業の原理はひとつやふたつではないし、優れた食材をひとつやふたつ生産しただけで満足してはいけない。
原書の出版は2014年で今から10年近く前に出版された書籍に書かれていることですが、いまだに未解決事象として、現代の我々に課されている課題なような気がします。
今年の夏はいよいよ気候変動の影響が目に見える形で現れてきた年になってきたのかもしれません。食の課題解決には、もう猶予がないのかもしれません。