2023年9月6日、恐らく今年最も注目されるビデオゲームの一本が、発売を迎えようとしている。
そのゲームのタイトルは『Starfield』。アメリカで著名なゲームスタジオ「Bethesda Softworks」が手掛ける最新作にして、西暦2330年の銀河そのものを舞台に、1000を超える惑星を冒険できる、恐らく史上最大の規模となるであろうロールプレイングゲームだ。
その期待はゲームコミュニティ内外から大いに寄せられ、2021年に公開された告知動画「Starfield: Official Teaser Trailer」はYouTube上で1800万回以上再生され、直近6月に公開された「Starfield Direct – Gameplay Deep Dive」も約300万回再生される等、『ゼルダの伝説 ティアーズオブザキングダム』などさまざまな大作が揃った2023年内でも引けを取らない超大作だ。
よって『Starfield』が単に発売するだけで、関連するさまざまな広告が展開され、株価が動き、コミュニティが騒ぎ、SNSやYouTubeにも波及する。ある種の「お祭り」状態になることは必至。そこで今回はもう少しビジネス、カルチャーの目線から、ゲームに関心のある・ない人問わず、これから起きる「Starfield祭り」が一体なぜ発生し、何が注目され、そしてどう展開されていくのかを解説したい。
とはいえ水を差すようなことを書くと、『Starfield』が傑作になるか駄作になるか、発売されるまで確かなことは言えない。巨大な予算を投じた大作が、必ずしも傑作となりえるわけではないのは歴史が証明する通りで、従って本稿でも、ゲーム内容を想像で膨らませたいわけではなく、あくまで客観的な現状分析として、なぜ数あるゲームの中で『Starfield』が注目されるのか、その背景にあるのは何かを論じたい。
【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(27)
Jini
ゲームジャーナリスト
note「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、2020年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。
ゲームゼミ
注目するべき理由①:「広大な世界の自由な冒険」を追求してきたBethesda Softworksの新作だから
Bethesda Softworks より。同社が手掛けるタイトルの一部
銀河そのものをゲームの舞台とする、あまりに壮大なコンセプトを実現しようとする『Starfield』。とはいえ本作が注目されるのは単に壮大なコンセプトによってのみではない。本作を開発するスタジオにも多大な信頼が寄せられているからこそ、その新作も注目されているのである。そこで本作を開発するBethesda Softworks(ベセスダ・ソフトワークス)とは一体どういった企業なのかという点から説明したい。
Bethesda Softworksはアメリカ・メリーランドで1986年に創業した、比較的歴史のあるゲーム企業だ。創業当初は20人前後のスタッフで、AmigaやMS-DOSといったPC向けにスポーツゲームや「ターミネーター」のような版権ゲームを扱っていた。言ってしまえばどこにでもあるゲーム企業だった。
転機となったのは1994年に自社オリジナルのRPGタイトル『The Elder Scrolls: Arena』の発売だ。『Arena』は「タムリエル」と呼ばれる広大なファンタジーの世界を舞台に、どこでも好きな順序で訪れ、自由にクエストを請け負って生活するという、現代のオープンワールド的なコンセプトを実現した作品の一つだった(それ以前にも他社によって「Might and Magic」や「Ultima Underworld」のような作品も似たコンセプトで開発されていた)。1996年にはThe Elder Scrollsシリーズの2作目『Daggerfall』を、2002年には3作目『Morrowind』を発売。更に「広大な世界での自由な冒険」というコンセプトを押し広げ、特に3作目はPCゲームとして100万本以上を売り上げる成功を収めた。
その上で4作目として2006年に発売した『Oblivion』が、Bethesda Softworksをゲーム業界における不動の地位に押し上げた。『Oblivion』は従来の「The Elder Scrolls」シリーズでは実現しきれなかったディティールをほぼ実現しきった作品であり、言うならば「The Elder Scrolls」の完成形とでも言うべき作品だった。世界は徒歩で踏破しきれないほど広大で、にも関わらずさまざまな種族が住まう街や、危険なダンジョンが無数に存在し、更に攻略しきれないほどのクエストと、読み切れない程のテキストに世界中のゲーマーは圧倒され、世界でなんと約1000万本も売り上げる大成功を収めた。
『Oblivion』の成功を何よりも決定づけたのが、これまで発売してきたPCに加え、家庭用ゲーム機であるXbox 360やPlayStation 3に向けても同時に展開する、現代でいう「マルチプラットフォーム」を貫徹した点である。これまで一部のPCゲーマーに認知されていたマニアックなゲームが、一躍、日本を含む全世界に知れ渡り、約1000万本近く売り上げる大成功を収めた。
(『Oblivion』は日本語版も発売。結果、日本でも同作は大々的に知れ渡り、その自由かつ広大な「北米的なRPG」の在り方に、多くの日本人ゲーマーが驚いた。なお、厳密には前作『Morrowind』もXbox版をリリースしていた点も留意いただきたい)
この『Oblivion』の成功によって勢いづいたBethesda Softworksは、以降も核戦争後のアメリカを舞台とした『Fallout 3』で約1200万本、「The Elder Scrolls」シリーズ5作目となる『Skyrim』で約6000万本という、記録的快挙を次々と達成。たちまち世界的なゲームスタジオとして知られるようになり、「あのベセスダの新作」というだけで世界が期待を寄せるようになったのだ。
Bethesda Softworksの真に驚くべき点は、彼らが作り続けるゲームには一貫性があり、不可能と思える理想をも実現してしまう意志である。1994年の『Arena』から、ハードウェアの性能的限界や企業の予算的限界と戦いながらも、「広大な世界で自由に冒険をロールプレイする」という「夢」を一貫して追求し、それは2006年の『Oblivion』の次世代ハードにおけるマルチプラットフォームによって遂に誰もが納得する形で実現した。つまり彼らの「夢」に時代が追いついたのであり、そんな彼らだからこそ、並のゲーム企業では実現できないような壮大なコンセプト……つまり「銀河を舞台に冒険する」という『Starfield』でさえ、ひょっとすれば実現できるのではないかとゲーマーは期待してしまうのだろう。
注目するべき理由②:開発費が高騰する現代において、数を減らしつつある「超大作」の一本だから
Starfield Direct – Gameplay Deep Dive より
もっとも、ここまで述べてきたBethesda Softworksの夢を貫徹する意志は、必ずしもポジティブな結果だけをもたらすわけでない。特に同社が手掛けるような「超大作」とでもいうべきスケールの作品の多くは、発売直後にはバグが多発し、ゲームプレイとしても爽快感が少ない、ディティールが煮詰められていないといった批判も寄せられやすい。
例えば、現時点での最新作『Fallout 76』(2018年リリース)は意欲的なオンラインゲームとして開発されたが、発売当初には夥しいほどのバグ、不具合が発覚し、しばらくまともにプレイできない状態が続くなどして、いわゆる「炎上」状態に。ディレクターのトッド・ハワード自ら、批判に晒されている事実を認める(※)など、同社の詰めの甘さが露呈する結果となった。
(※)Bethesda Director Todd Howard Is Open to Film, TV Adaptations of Studio’s Games
「期待の超大作」が諸事情により上手くいかなかった、という事例はベセスダ作品に限らない。2020年には『ウィッチャー』シリーズ等で成功したCD Projekt REDから、圧倒的な質・量でサイバーパンクの世界観を構築した『サイバーパンク2077』が鳴り物入りで発売されたが、発売当初から膨大なバグや、トレイラーにあった要素の欠如などによって、前評判を上回るほどの成功には至らなかった。また広大な戦場に128人のプレイヤーがぶつかるというコンセプトで2021年に発売された人気FPSシリーズ「Battlefield」の最新作『Battlefield 2042』も、やはり不具合やバグの連続によって多くの批判が寄せられる結果となった。
もっとも、『Fallout 76』、『サイバーパンク2077』、『Battlefield 2042』のいずれも、批判を真摯に受け止めた開発側の努力によって、問題点は修正、コンテンツも改善され、現在となっては十分楽しめる作品となっているのだが、このSNSやYouTubeでの口コミ全盛社会において初動でコケてしまうことのリスクは極めて大きい。実際に『サイバーパンク2077』を開発したCD Projektは株価が443PLN(ポーランドズロチ)から100PLN未満と、約4分の1まで暴落。「Fallout」シリーズと「Battlefield」シリーズも、ブランドイメージを大きく損ねた。
このような失敗が続いた結果、多くのゲーム企業は「超大作」の開発に消極的になりつつある。ただでさえゲームの開発費が高騰しつつある現代、膨大な予算を投じてリスクのあるゲーム開発に対し、株主や経営者が難色を示している。加えて、ゲーマー側も数々の「超大作」の失敗を目の当たりにすることで、未知の壮大なゲームが発売することに対する期待が失われつつあることも考えうる。2000年代の『Oblivion』が成し遂げたような「超大作」のシンギュラリティを、2020年代で味わうことは叶わないのではないかという風潮が漂っている。
こうした昨今の世情にもかかわらず、『Starfield』は「銀河を舞台にした完全新規IPのオープンワールドRPG」という、愚直と言わざるを得ないほど、壮大かつバブリーなコンセプトを打ち立てた「超大作」だ。直前に『Fallout 76』が批判に晒されていながら、それでもベゼスダらしい「広大な世界で自由な冒険を」という夢を実現しようとするメンタリティに、つい期待してしまうのが人情というものだろう。従来以上にリスクが看過できない現代ゲーム業界で、本当に「夢のような超大作」で再びゲーマーたちを感動させることができるのか、『Starfield』の成否はゲーム業界全体で注目されているのだ。
注目するべき理由③:マイクロソフトによるゲームプラットフォームの成否を担うから
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ここまで、筆者は1990年代から一貫して「広大な世界で自由な冒険を」という「夢」を追求してきたBethesda Softworksが、超大作が度重なって失敗した2020年代においても「夢」を貫徹しようとする姿勢を、半ば無謀に飛び込む勇者のように論じてきた。もっとも、同社は何の打算もなく無謀な挑戦をしているわけではない。彼らの背後には、ある強力なパートナーが控えているからだ。
そのパートナーとはマイクロソフト。言うに及ばず、ゲームハード「Xbox」を販売しながら、昨今ではビデオゲームのサブスクリプション「Xbox Game Pass」や、クラウドゲーミング「Xbox Cloud Gaming」を運営する、ゲーム業界における大手プラットフォーマーだ。昨今ではActivision-Blizzardを約690億ドルで買収すると発表するなど、大規模なM&Aも行っているマイクロソフトだが、実はBethesdaも2020年に75億ドルで買収しており、『Starfield』もまたXboxとPC、つまりマイクロソフトのプラットフォームでのみ販売及び、同社のサブスクリプションサービス「Xbox Game Pass」での配信を予定している。
つまり、従来まではサードパーティとして単独で作り上げなければいけなかったのに対し、今回はプラットフォーマーであるマイクロソフトのバックアップを得られるという点で、これまで失敗してきた超大作にはないアドバンテージがあるのだ。
実際、Bethesda Softworksは以下のステートメントにもあるように、マイクロソフトによる買収を「開発リソースのため」と受け入れている(もっとも、買収される立場上、その主張が好意的なものにならざるを得ないのも事実だが)。
少々事情が異なるが、ここで連想できるのが今年5月に任天堂から発売された『ゼルダの伝説 ティアーズオブザキングダム』の成功だ。前作から踏襲したハイラルのオープンワールドを舞台に、「ゾナウギア」と呼ばれる様々な機械を組み合わせるなど、これまで以上に自由かつ創造的な遊び方ができるゲーム(遊び手の自由は、作り手にとって膨大なバグや不具合といった不自由との闘いになる)だが、発売後にはほとんど不満もなく、その「夢」のようなコンセプトを実現することに成功した。これは任天堂の技術やセンスもさることながら、そもそも同社がNintendo Switchのプラットフォーマーとして持つ、膨大なリソースを潤沢に投入できたという点は大きい。
もし単なるサードパーティのゲーム企業であれば、問われるのはゲームの売上だけであり、開発費や宣伝費以上のリスクは看過できない。しかし任天堂やマイクロソフトのようなプラットフォーマーであれば自身のプラットフォームを拡大する名目で売上以上のリスクを取ることができる。無論、その分のリスクやコンフリクトも想定できるが、現代で常識を塗り替える「超大作」を作るには、相応のリソースを供給できるパートナーが必要だったと、少なくともBethesda Softworksは公的に述べている。
ビデオゲーマーは宇宙オープンワールドの夢を見るか
Starfield Official Gameplay Trailer より
広大な宇宙を再現した舞台に、1000を超える惑星を股に掛けた、スペースオペラRPG。
まさに「夢」のようなゲームだ。この壮大な「夢」は1990年代から一貫して「広大で自由な冒険」という「夢」を叶えようとしてきたBethesda Softworksの意志と、「超大作」のようなリスクを回避しつつある現代ゲーム業界で芽生えるある種の希望、そしてマイクロソフトという巨大なパートナーによるリソースによって、発売される寸前に至っている。
果たして『Starfield』が成功するのか、すばらしいゲームに仕上がっているのか、繰り返しになるが、それは発売されるまでわからない。ただ少なくとも言えることは、その無謀でさえある壮大なコンセプトに対し、多くのゲーマーが心を躍らせ、業界関係者は固唾を呑んでいることだ。筆者自身、こうした超大作が発売される直前の「祭り」とでもいうべき高揚感そのものに、つい浮かれていることも否定できない。
少なくとも『Starfield』の成否は、ゲーム業界の今後に、少なくない影響を及ぼすことだろう。ゲームに関心がない人も、これを機に本作の行く末に注目し、できれば実際に発売日からプレイすることを推奨したい。なお筆者もnoteで連載するゲームゼミにて、恐らく本作の批評を俎上に載せる予定である。よければそちらも確認いただけると嬉しい。
※(8/28更新)「Oblivion」について、発売当初吹替版のリリースがあった旨を記載しておりましたが、実際は吹替版は存在しなかったため、訂正いたしました。編集部の確認不足により誤った情報を記載してしまい申し訳ございません。