ウェブサイト、ECサイト、アプリなどの顧客体験を分析するサービスを提供するContentsquare(コンテンツスクエア)は、デジタル顧客体験(CX)の最適化に取り組む実践者たちが登壇するカンファレンス「CX Cicrle Tokyo 2023」を2023年6月に開催した。
本イベントにはAIからデジタルアクセシビリティ、検証まで、CX(顧客体験)戦略やイノベーションに焦点を当て、業界トップクラスのスピーカーが多数登壇した。
FINDERSでは去年11月に行われた「CX Cicrle Tokyo 2022」の書き起こし記事も掲載しており、今回もContentsquare Japanから記事提供をいただき掲載する(本記事は全8回中の2回目。記事一覧はこちら)。
本記事では『アフターデジタル - オフラインのない時代に生き残る』の著者としても知られる、ビービット執行役員CCO(Chief Communication Officer)の藤井保文氏が、生成AIと顧客体験について語った。
なお「CX Cicrle Tokyo 2023」の模様は無料配信されており、登録をすれば視聴が可能。視聴登録はこちらから
生成AIの基礎を学び、顧客体験の向上に活かすために
ビービットは、UX(ユーザーエクスペリエンス)の分野で23年間やってきている会社です。UXの老舗として、海外事例も含めて、UXの最新状況をアップデートしています。今日は生成AIを中心に、AIの基礎的な情報を紹介しつつ、それが顧客体験、UXやCXにどう影響するのか、また我々が何を考えるべきか、お話しします。
まず、図の一番左にある「AGI」は汎用人工知能と呼ばれているものです。これが一番広い概念で、図の右に向かってだんだん概念が狭くなっています。AGIは、人間と同じ感性とか思考回路、言うなれば鉄腕アトムを作るような領域のことです。人工知能の研究においては、これが最終目標と言われています。
次に、生成系AI(ジェネレーティブAI)は、大規模なデータセットからパターンを識別して、新しいオリジナルのデータ、またはコンテンツを生成します。簡単に言うと、世の中にあるパターンから「すごく可愛い猫を出して」と言われたら、「僕にとってすごく可愛い猫はこういう感じです」というものを出すわけです。「もう1回出して」と言ったら、結果は異なります。人間も「猫の絵を描いて」と言われて、毎回同じようには描けませんよね。ものを生成する、もしくは情報を提示するという点では、人間と近しいことができるのが生成系AIです。
そして、生成系AIは、画像を生成するもの、音楽を生成するもの、言語を生成するものとさまざまです。中でも、言語に特化したものがLLM(大規模言語モデル)と呼ばれています。例えば、OpenAI社のLLMはGPTで、それを多くの人が使いやすいようにウェブブラウザ上で利用できるようにしたのが「ChatGPT」です。テキストに絞って、対応のテキストデータを使ってトレーニングされた、「言語で聞くと言語で返してくれるモデル」とお考えください。
写真でインプットした例もあり、冷蔵庫の中の写真を撮って、「この冷蔵庫の中にあるもので作れるレシピを出して」と伝えたら、レシピを出力してくれたケースがTwitterでバズったことがありましたね。もちろん大変驚かされましたが、従来も冷蔵庫の余り物で作れる料理のレシピを提供するサービスはありました。そういったサービスでは、ユーザーが食材をいちいち入力していましたが、写真を撮るだけでよいとなると、サービスの作り方が根本的にひっくり返ったと言えます。例えば、エクスペディアのChatGPTプラグインでは、会話調で「いつごろにハワイに行くんだけど、どの島に行けばいい?」または「目的はハネムーンなんだけど、この時期って適してるの?」と聞くと、答えてくれるばかりか、最終的に泊まるべきホテルまで提案してくれます。
GPTがもたらすインパクト
GPTの開発元であるOpenAI社の共同設立者であるグレッグ・ブロックマン氏がTEDで語っている動画を見てみましょう。このプレゼンテーションで、彼は「TEDが終わった後に食べる食事を画像で出してくれ」と言い、それが画像で出てきます。すると、「それを作りたいんだけど、必要な食材を出して」と伝えます。そして、アメリカではネットスーパー的に物が買える『Instacart』というサービスに購入リストを渡したり、Twitterに投稿したり、それらをChatGPTだけで完結させています。
写真を撮って、レシピサービスにアップして、買い物のために別のアプリを開いて、購入リストを入れて、それを写真を撮ってTwitterを開いて、Twitterでこんな料理を作ろうと思っていると投稿する……。これまでは、それぞれのサービスごとにユーザーは行動していましたが、それらが全てAPIでつながるようになってきました。皆さんも自社のウェブサイトやアプリへの導入を考えると思うのですが、全てがチャットで完了することを受け入れられるのでしょうか。ユーザーの行動はもちろん、それに対する施策や戦略が変わってくると考えられます。
AIは情緒を理解できないという、日本国内での過小評価
基礎的なAIについて説明したのは、私自身が生成AIとUX、顧客体験のプロジェクトに取り組むなかで、生成AIを勘違いしていたり、過小評価したりしている方とよく出会うためです。例えば、ビル・ゲイツ氏はGUI(グラフィカル・ユーザーインターフェース)を見たときと同じくらいの衝撃を感じていると発言しています。過小評価している人は、まだChatGPTが成熟していない時期に試していたり、質問の仕方があまり適切でなかったりするようです。実は、日本語での利用の方が英語の場合よりもあまり賢くないと言われています。グローバル全体で日本語より英語の数の方が多いので、GPTは英語の方を多く学習しています。
例えば、「病気の子どもを持つ父親になんと声をかけますか?」という質問に対する返答では、とても感情表現が豊かだったり、人を慮ったりします。「AIが相手の感情を読み取れるわけがないし、情緒的な表現みたいなことができるわけがない」と言われますが、むしろ得意です。どちらかというと、文章を出すことよりも、読み取る方が得意と言われています。皆さんが適当な文章を打ち込んだとしても、その意図をしっかりと汲み取っています。回答も、世の中にあるさまざまな情緒に溢れた文章を参照しているので、実際に情緒を持っているわけではありませんが、一般的な人が普通に回答するよりも、感情表現が豊かで情緒的に表現されることが多いです。
生成AIの活用は3段階に分けられる
では、ここからは、AIの活用が顧客体験に何をもたらすのか、脅威と機会についてお話しします。図で第3段階と示しているところに注目しています。今の生成AIの取り組みは、第1段階または第2段階がほとんどです。
1つ目は対個人です。個人が生産性を上げるためにGPTなどを使って、メールのタイトルを改善したり、開封率の高いメールを書いたりできるようになります。
2つ目の対業務の方はもう業務プロセスに関する活用です。例えば、営業のAIチャットボットを作るなどして、業務に組み込みます。
生成AIによって大きく変わる顧客体験
そして、本日のテーマである顧客体験は、第3段階である対顧客に関係しています。顧客に対して提供しているサービスにおいて、生成AIをどう使うとよいのでしょうか。多くの企業が、コンプライアンスや意思決定の難しさを考慮すると、第1段階または第2段階までの活用までしか取り組めない場合が多いのではないかと考えています。第3段階の導入には少し不安がありますよね。
例えば、英語学習のための「スピーク」というアプリがあります。全てAIが回答するのですが、かなり精度が高く、本物の英語の先生のようです。例えば、アプリが言ったことに対して、私が英語で回答します。すると、「今の言い回しはあまり良くないから、こういう言い回しに変えた方がいい」あるいは「発音が少しおかしいから、ここを直した方がいい」と教えてくれます。
ユーザー体験として考えてみてください。英会話を勉強して外国人の先生に習おうとしたとき、最も面倒なことは、時間を空けて時間を予約することではないでしょうか。良い先生がいるのにスケジュールが合わないと、なかなか受講できないかもしれません。
一方で、英語に慣れてない人は、まだ英語をしっかりと話せないはずですよね。すると、まだ上手ではない英語で話して大丈夫なのか、ためらってしまうかもしれません。あるいは、相手が言ったことが分からないために恥ずかしい思いをするかもしれません。しかし、AIが相手ならそういった心配はいりません。自分の予定のことだけ考えればいいし、いくらでも話しかけられる。スピークを利用してから、一番英語を話したという人もいるそうです。これは怖いですよね。先生が不要でサービスを提供できて、その上、ユーザーにとって予約や話すときの心理的ハードルがない。従来のビジネスモデルが完全に崩壊していますよね。
GPT-4は業界の未来すら高い精度で推測する
そこで、GPT-4に「GPT-4が大々的に活用された結果、教育業界の大企業にとって危機になるシナリオを5つ挙げてください」と尋ねてみました。
1つ目は、教育資源の価値低下。GPT-4によって教材の内容が簡単に生成・カスタマイズされるようになるので、従来の教育資源の価値が低下します。例えば、英語の単語帳は全部生成AIで代替できてしまいます。単語帳の市場はなくなっていきます。あるいは、「自分が今日勉強した方がよい10個の英単語を教えて」とGPT-4に聞いてしまえば、それで十分かもしれません。
2番目は、伝統的な講師の役割が脅かされる。先ほどのスピーク同様、先生がいなくなってしまうのではないかということですね。
3つ目は、オンライン教育プラットフォームの競争激化。GPT-4を活用した新規プレイヤーが教育市場に参入してくると、現存する大企業が市場シェアを失う可能性があるというわけです。
4つ目は、収益構造の変化。先生が無料になってしまえば、収益構造は大きく変化しますよね。
5つ目は、教育の品質に関する懸念。人間の教師と同等またはそれ以上の品質で教育を提供すると主張されていますが、一方で、AIによる教育の品質やその評価方法に関する懸念が生じる可能性が出てきます。もはや倫理に近い領域にまで触れていますね。ちなみに、「もう5個追加して」と頼めば、5個追加してくれます。ご自身の業界について、このような質問をGPT-4に投げかけたことのない方は、ぜひ一度尋ねてみてください。ドキッとするかもしれません。
生成AIがもたらす4段階の驚異的な変化
生成AIの利用による変化の段階を4つに分けてみました。
皆さんのなかには、ウェブサイトやアプリを持っていたり、メールマガジンを作っていたり、さまざまな方がいらっしゃると思います。しかし、そういったものは、全部代替されつつあるのではないかと言われ始めています。デザイン、コーディング、コンテンツ作成は、生成AIによって、人手による制作が不要になるのではないでしょうか。これが第1段階です。
次に、第2段階では、インターフェイスが刷新されます。例えば、ECサイトでものを買うとき、商品写真が並んでるページで、フィルターをかけて、自分の好きなものを選びますよね。そうではなく、例えば、1週間ぐらい前に黒いNIKEのコラボスニーカーをInstagramで見た気がするとします。性別と靴のサイズに該当しそうな商品を全て出してと伝えたら、LINEのようなインターフェースに商品が次々と出てくる。そして、メーカーや価格をリストアップしてと頼めば、ずらっと表示される。まだ実現はされていませんが、おそらく簡単にできるのではないかと考えています。デザインやコーディングを任せられることよりも、インターフェースを大きく変えてしまうことの方が大きな変化ではないでしょうか。
第3段階では、提供される価値やビジネスモデルが刷新されます。スピークの例のように、コスト構造が変わります。人、お金、教材を調達する必要がなくなってくるかもしれません。
第4段階が一番怖いんです。個人が自分向けのサービスを作れるようになります。例えば、ランニングのアプリとして、「NIKE RUN CLUB」というアプリがあります。必要な基本機能を賄えているとします。しかし、「サプリメントを飲みたいから、飲むタイミングをリマインドする機能と、サプリを購入できるECを付けた、私専用のアプリを作って」と言えばできてしまう。このような技術が実現されるのはしばらく先だと思いますが、そんな時代に差し掛かってきているように思います。
新たな機会や価値を生み出す生成AIの可能性
では、ここからは機会とは何なのか、我々は何をすればいいのか、4つのポイントで考えていきましょう。
チャット形式のインターフェースって、使いにくいですよね。いちいち全部書かなければならないので大変です。その上、ユーザーの書く能力に依存します。チャット形式で正確に書けるユーザーは、おそらく10%以下だと私は考えています。そうするとサービスの品質を保てないはずなんです。今後チャット形式のインターフェースが主流になることは想像しづらく、ハックする余地があると思っています。先ほど紹介したエクスペディアのような旅行サービスであれば、場所、タイミング、シチュエーション、目的のボタンだけを用意しておいて、ユーザーにボタン形式で選択してもらったら、それを言語に変えてGPTに質問するという形にすれば、おそらく質問の品質を問わずに済みますし、文章で詳細を入力する必要もありません。
2つ目は、利用ハードルが下がってくるということです。中古市場におけるメルカリの例で考えてみましょう。PCを利用したネットオークションが主流だった時代から、モバイルでメルカリが利用される時代になり、大きくサービスの利用ハードルが下がってきました。それまで出品時には、デジタルカメラで写真を撮って、PCにコードをつないで写真を読み込ませて、データを圧縮してアップロードする必要がありました。しかし、スマホの登場とともに、それらの作業は全部モバイル上でできるようになりました。技術の革新によって、ハードルが下がったんですね。現在の皆さんのサービスや事業において、技術的なハードルや精神的なハードル、リテラシーのハードルが邪魔をして、新規のユーザーが獲得できていない可能性は十分にあります。そのハードルを見つけると、新しい市場が見えてくるはずです。
3つ目は「Expert in the Loop」です。AIを利用したチャットボットを開発するとします。これまでコールセンターで対応をしてきた会話ログをテキスト化して、GPTに読み込ませて、自動でコールセンター対応できるようにする試みが増えていると思います。しかし、うまく対応できていなかったり、ユーザーを怒らせてしまったりするケースがあるはずです。怒らせてしまった例を削っていく必要があります。どの人の対応や回答を入れるのかという選択も重要ですし、「気を遣いきれてないから、もっと配慮のある回答にしてください」とGPTにラーニングをさせていく必要があります。このプロセスに専門家が入ることで、AIと人間が一緒に高い品質を作っていくような取り組みが必要になってきます。
4つ目はプロトタイピングです。「ChatGPTを使って何ができるか」から発想したサービスはきっと使われないでしょう。お客さんのペインポイントをちゃんと捉えていたり、さっき述べたようなハードルが下がっているところを見つけたりしないと、ユーザーには響きません。つまり、皆さんがこれまでユーザーや顧客体験を理解しようと努めてきた経験や技術が、実はこれからもとても重要なのではないでしょうか。それを踏まえて、GPTにさまざまな回答をさせて、品質の向上のために何度もループさせてフィードバックをかけて、ユーザー側が価値を感じて使い続けてくれる品質まで作り込んでいかなければなりません。顧客のペインやハードルを見つけて、より良いインターフェースを提供しながら、顧客が使い続けてくれる価値をつくるという、従来のプロトタイピングは変わらずこれからも重要であるということです。
生成AIの登場を前向きに捉えて、より優れた顧客体験を
日本では過小評価されがちですが、生成AIまたはGPTは、読解力や情緒的な対応こそがその真骨頂です。これまで解決が難しかったような顧客の課題や困りごとを、一瞬で解決する可能性を秘めています。大きな危惧やリスクもありながら、顧客の課題をしっかり捉えている企業にとっては、生成AIの登場はおそらく朗報です。ユーザーに入力負荷をかけない、選民的でないAI UXを考えて、ユーザーの課題に、誰でも使える形で価値を提供できるかが鍵になります。既存の接点やサービスにおいて利用する場合は、ペインポイントやハードル把握がしっかりできていて、サービスや事業と向き合ってる方々にとっては、これまでやりたかったことを簡単にできるようになる可能性があります。まずはユーザー理解、顧客理解からしっかり始めていくことが、引き続き肝要だと考えています。