ITEM | 2023/06/29

人生に「目的」を持つのは悪いこと?「哲学書」と「ビジネス書」を一緒に読んで解き明かす〈読書術〉の提案

代官山 蔦屋書店にてコンシェルジュを務める岡田基生が、日々の仕事や生活に「使える」書籍を紹介する連載「READ FOR ...

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代官山 蔦屋書店にてコンシェルジュを務める岡田基生が、日々の仕事や生活に「使える」書籍を紹介する連載「READ FOR WORK & STYLE」。第7回目となる本稿では、これまでと少し趣向を変え、ジャンルの異なる2冊の本を一緒に読んでみる読書術をご紹介。

選んだのは「哲学書」と「ビジネス書」。それぞれ相容れないようにも思える一方で、最近は意外と馴染むジャンル同士のようにも思えるこの2冊を合わせて読むことで見えてくる新たな視点を、書店のコンシェルジュの立場から提案いただきました。

岡田基生(おかだ・もとき)

代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ。修士(哲学)

1992年生まれ、神奈川県出身。ドイツ留学を経て、上智大学大学院哲学研究科博士前期課程修了。IT企業、同店デザインフロア担当を経て、現職。哲学、デザイン、ワークスタイルなどの領域を行き来して「リベラルアーツが活きる生活」を提案。寄稿に「物語を作り、物語を生きる」『共創のためのコラボレーション』(東京大学 共生のための国際哲学研究センター)、「イーハトーヴ――未完のプロジェクト」『アンソロジストvol.5』(田畑書店)など。
Twitter: @_motoki_okada

そもそも「パーパス」とはなにか

今年の4月に『目的への抵抗』という哲学書が刊行されました。コロナ危機を背景に、『暇と退屈の倫理学』でおなじみの東京大学大学院教授・哲学者の國分功一郎さんの講話をまとめた一冊です。タイトルを目にしたときから、ハッと考えさせられるものがありました。

 國分功一郎『目的への抵抗』(新潮新書)

なぜならば、ビジネスの世界ではちょうど「パーパス経営」が盛り上がっているからです。日本では、2021年頃から関連書籍の出版ラッシュがあり、書店での取り扱いも非常に増えました。同時に自社の「パーパス=目的」を定める企業が増えるなど、スタンダードな考えになってきています。

ここで、パーパスの概念についてご紹介しましょう。

おすすめの書籍は、武蔵野美術大学教授でビジネスデザイナーの岩嵜博論さんとTakramディレクター/ビジネスデザイナーの佐々木康裕さんによる『パーパス 「意義化」する経済とその先』です。世界全体の経済と文化の流れの中で「パーパス」の概念を位置付け、国内外の事例を紹介しつつ、ビジネスでの活用方法まで著述しています。「パーパス」をめぐるムーブメントの熱気やインパクトが伝わってくる点も魅力的です。

岩嵜博論、佐々木康裕『パーパス 「意義化」する経済とその先』(NewsPicksパブリッシング)

この本においてパーパスとは「社会的な存在意義」を意味します。つまり「企業は何のために存在するのか」「社会においてどのような責任を果たすのか」といったことです。「パーパス」が重要になる時代というのは、地球環境の変化、生活者の価値観の変化、企業の競争環境の変化などさまざまな潮流の結節点であり、以前の状態に戻ることのない変化を生むといいます。利潤を増やすことを目指すビジネスから、事業を通して社会を良くすることを追求するビジネスへ。このパラダイムシフトの中心となる概念が「パーパス」なのです。

このように「パーパス=目的」は近年ビジネス書で注目を集めています。それでは、國分功一郎さんが「目的」について、どのように捉えているかを見てみましょう。

「人間が自由であるための重要な要素の一つは、人間が目的に縛られないことであり、目的に抗するところにこそ人間の自由がある」

目的に抵抗するところに、自由であるための重要な要素がある。では、「パーパス経営」は人間の自由に反するものなのでしょうか? 『目的への抵抗』という本の中には直接「パーパス経営」についての言及はありません。しかし、それについて考えるヒントは与えられています。

「目的」だけでは人生は息苦しい

國分さんは、「目的」をめぐるさまざまな論点を提示しています。「パーパス」との関連で重要なのは、「目的を意識して行動する」という態度に関する議論です。これは一見するとよいことですし、働きだして間もない頃に上司からアドバイスされた人もいることでしょう。しかし、極端な話、どんなときも目的を意識して行動するとしたらどうでしょうか。

たとえば、キャリアアップを目指して、無駄な時間をなくそうとしている人がいるとします。休日にレジャーでリフレッシュするのも、気分転換によってウィークデイの集中力を得るため。ご飯を食べるのも、眠るのも、仕事のパフォーマンスを上げるため。そのように生活していると、心が休まる時間もなく、息苦しくなってしまうのではないでしょうか。

目的を意識する態度は、「どんなことも何かのためにしなければいけない」と考えさせます。そうすると「休むために休む」「チェスをするためにチェスをする」というように「それ自体のために行為すること」は無駄なものとして排除されるようになります。このように、目的」の追求は、心の豊かさを失わせる危険性を持っているのです。

そんな危険性を認識した上で、國分さんはハンナ・アーレントという哲学者を参照しつつ、「行為をするために目的は重要な要素だが、目的を超越する限りで、行為は自由である」と論じます。少しむずかしい言い回しが出てきましたね。「目的を超越する」とは、一体どういうことでしょうか。

國分さんは、文化祭の出し物を決めるための話し合いを例に出しています。「文化祭を作り上げる」という目的に向けてスタートした話し合いですが、だんだん、会話のやりとりを通じて、この「話し合い自体」に不思議とワクワクしてくる。つまり、ある目的のために始めたことが、もはや目的を超えて、それ自体として楽しくなりだす。これが、「自由な行為」です。國分さんは、「目的によって開始されつつも目的を越え出る行為」を「遊び」という言葉でも捉えています。

組織と個人とでは捉え方が異なる「パーパス」

さて、ここで「パーパス」の話に戻りましょう。これまでの展開をもとに考えると、パーパスを掲げる企業で働く人が、心の底からそれに共鳴している場合でも、「パーパスを実現する」という点にのみフォーカスしていると、人間らしさや自由を失ってしまうことになりかねないと言えるでしょう。それによって社会課題が解決されるとしても、それを実現する人たちが不自由ならば、社会は良くなっているとは言えません。したがって「パーパス」を実現するプロセスにこそ、「パーパス」を超えて楽しむことが求められるのです。

それを実現する上でのヒントになるのが、國分さんが提示する「充実感のために何かをすること」と「結果として充実感を得ていること」との区別です。この区別は、國分さんが道路建設に関する社会運動に参加したときの経験をベースに語られています。社会運動に関わるなかで國分さんは次第に充実感や楽しさを覚えていったそうです。しかし、「社会運動をやりたいがために社会運動を行っている」と誤解されることを危惧して、その気持ちを隠していました。ですが、「充実感のために」社会運動をすることと、社会運動をした「結果として充実感を得ている」ことは、全く別の状態なのです。たとえ、外からは区別が難しかったとしても。

「パーパス」に関しても、組織としては自己満足のために“パーパス経営ごっこ”をするのではなく、あくまで「パーパス」の実現を真剣に目指す必要があります。それと同時に、個人としては「パーパス」を超えて楽しむ姿勢が大切なのです。 

今回の記事は、二冊の魅力的な本のご紹介であるとともに、「哲学書とビジネス書を組み合わせて探究する読み方」のデモンストレーションでもあります。領域を横断しながら新たな洞察を得ていくという意味で、これは「リベラルアーツ的な読書術」とも言えるでしょう。

哲学書の中では、「目的」や「自由」のような、私たちの仕事の中でもしばしば当たり前の前提として機能している概念を、一歩引いて考え直すという議論が展開されます。そのような議論を踏まえてビジネス書を読み直すことで、新たな視界が広がり、より幸福なワークスタイルを実現するためのヒントが得られると私は信じています。


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