EVENT | 2023/04/03

今こそ学ぶべき「ゲーム業界と違法ダウンロード問題」 どのように“割れ厨”と戦ったか

「Apex Legends」より(左)
昨今、コンテンツを取り巻く「海賊版」への関心が改めて高まっている。
例えば、...

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「Apex Legends」より(左)

昨今、コンテンツを取り巻く「海賊版」への関心が改めて高まっている。

例えば、3月10日に映画『Winny』が公開された。「Winny」とは2002年に開発されたファイル共有ソフトだが、その高い機密性と利便性から海賊版ソフトの拡散に利用され、結果的に開発者である金子勇が逮捕されてしまう。このように、2000年代当時は一大事件に発展するほど海賊版問題は日本でも大きな問題となっていた(金子の帰責性や警察による捜査の適法性も映画で描かれる)。

『Winny』の他にも、2022年10月に公開された、音楽業界での「割れ」がストリーミングサービス「Spotify」の登場へとつながるNetflixオリジナルシリーズ『ザ・プレイリスト』や、今年3月22日に放送されたTBSの人気番組『水曜日のダウンタウン』内での「水曜日のダウンタウン 相変わらず違法アップロードされまくってる説」といった企画など、海賊版をめぐる作品が立て続けに公開。今、改めて海賊版に対する関心が高まっていること、そしていまだ撲滅に至らない海賊版の被害を物語っている。

そこで本稿ではビデオゲーム産業における海賊版問題を取り上げたい。ビデオゲームの海賊版被害についてはアニメ、マンガ、音楽など他のコンテンツ産業ほど関連の話題に登ることは減ったものの、少なくとも2010年頃までは日本でも日常的に話題となっていた。だからこそ海賊版を打開するべく様々な施策を生み出した産業は、恐らく他にないだろう。

【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(22)

Jini

ゲームジャーナリスト

note「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、2020年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。
ゲームゼミ

最初から無料提供。ゲームビジネスを変えた「フリー・トゥ・プレイ(F2P)」

「Apex Legends」より

まずはゲーム業界ならではの実にユニークな対策を紹介したい。実はこの“対策”こそ、現在のゲーム業界の隆盛に関わっていると言っても過言ではないかもしれない。

その名前は「フリー・トゥ・プレイ」(F2P)。日本ではよく「基本プレイ無料」として訳されるビジネスモデルだ。

日本でF2Pといえば、やはりスマートフォンゲームが挙げられる。中でも『パズル&ドラゴンズ』『Fate/ Grand Order』など、一般にソーシャルゲーム(ソシャゲ)と呼ばれるようなジャンルだろう。他にも『荒野行動』『シャドウバース』などオンライン対戦ゲーム、『Apex Legends』『League of Legends』などコンソールやPCにも同様のF2Pタイトルが多数存在する。

ご存知の方も多いように、これらのゲームを遊ぶためには、小売店でパッケージを買ったり、オンライン上でゲームを遊ぶ権利を買う必要もなく、まったくの無料で、しかも遊び放題だ。その代わり、ゲーム内に存在するアイテムやキャラクターを販売するのである。つまり「ゲームは無料で差し上げます。ただ、強力な武器、おしゃれな服装、かわいい/かっこいいキャラクターが欲しければお金を払ってください」というわけだ。

このF2Pが発達したのは韓国である。そもそも、2000年ごろまでゲーム市場は日本・北米・欧州の三地域が中心だった。では他の地域でゲームが遊ばれていなかったかといえばそんなこともなく、特に中国や韓国では違法にアップロードされた「海賊版」が主流だった。これは当時まだ経済が十分発展していなかったことに加え、そもそもゲームが当該地域で販売・翻訳されていなかったことも原因の一つに考えられる。

しかしアジア通貨危機以降、特に韓国では「サイバーコリア21」と題した国家主導での情報インフラの整備が1999年から2002年にかけて実施され、各地にネットカフェが生まれた。つまり当時の韓国の若者にとっては、お金はないがネットにはありつける状況だった。

そこで韓国の技術者たちも、こうした環境に適したビジネスモデルとしてF2P形式のゲームを開発した。中でも有名なものが、韓国NEXONが2003年にサービスを開始した『メイプルストーリー』であり、本作は日本にも輸出され多くのユーザーを惹きつけた。

「メイプルストーリー」より

そこから韓国産のF2Pゲームは粗削りながらも「無料」という点で一線を画し、まず中国、そして日本や北米にも影響を及ぼした。またスマートフォンの普及によって大勢の人が身近にオンライン環境と接するようになって以来、ほとんどのスマートフォンゲームはこのF2Pが採用され、現在スマートフォンゲーム市場はゲーム市場全体のおよそ半分を占めるに至っている。さらにPC、コンソールまでもF2Pタイトルは普及し、今も増え続けている。

つまり、現在のゲーム業界の隆盛は、ファイル共有ソフトなどを介して流通した「海賊版」への対策が発端になったという見方もできるというわけだ。

とはいえ、こうしたビジネスモデルにも問題はある。中でも現在、特に批判されているのが「ルートボックス」、いわゆる「ガチャ」だ。

ルートボックスは特定のアイテムやキャラクターを直接購入せず、一定額を支払うことで、複数のアイテム・キャラクターの中からランダムに入手する。まさに「ガチャポン」だ。そのため欲しいアイテム・キャラクターが手に入らないからと、ついガチャを回し続け、散財をしてしまう人も少なくない。特にその射幸性(=努力ではなく、偶然によって利益などを得る要素)の刺激はギャンブルと同程度とみなす研究もあり、欧州を中心に政府による規制を求める声も高まっている。

コメディアンのハサン・ミンハジが「タダでもらって気づいたら中毒、ドラッグの売人と同じだ」と揶揄するように、F2Pのビジネスモデルは一部非常にアコギで、それも子どもをターゲットにしている点で、そのビジネスが妥当なものか議論が生じている。

現在では徐々にルートボックスは見直されつつあるが、日本の一部ソーシャルゲームなど、一般常識から考えて到底妥当と思えないような価格設定(封入確率)がされたサービスは現在も残っている。こうした倫理的な課題の克服が、現状F2Pの急務だ。

任天堂は「3段構え」で鉄壁プロテクト

ゲームに限らず海賊版への対策として代表例といえば「コピーガード」「コピープロテクション」と呼ばれる技術だろう。CDやDVDなどの媒体にあらかじめ複製できないような処理を施し、そもそもデータを流出させなければよいという発想だ。

しかし、コピーガードによる対策は正規の購入者からは反発されやすく、しかも焼け石に水となりやすい。

例えば音楽業界では、2000年代初頭にCCCD(コピーコントロールCD=PC上でデータを読み込めないようにしたCD)の導入が推進された際、音質の劣化や再生不良、iPodの登場などもあり、業界の内外から激しい反発が起き、数年で廃止に至ったことで知られている。ゲーム業界においても、ダウンロードソフトのデータファイル内にコピーガード目的で、「海賊版利用者にのみ作動するというマルウェア」が仕込まれていたことが発覚し、炎上した事例もある。

しかも、このようなコピーガードは発売後しばらく複製を防ぐことができても、数カ月、下手をすれば数週間でハッカーたちが解析手段を更新し、中にあるデータを取り出すことができてしまう。しかも一度でもオンライン上でデータが共有されてしまうと削除が追いつかなくなる。

このように、映画や音楽と同じくビデオゲームにおいても、コピーガードのような物理的な制約はあまり意味をなさなかった。ただしその中でも、徹底した防御によって海賊版を遠ざけ、従来的なゲームビジネスを貫徹した企業がいる。それが任天堂だ。任天堂は2017年にNintendo Switchを販売して以来、のべ1億2000万台を超える記録的なヒットとなったが、発売から6年経った現在も以前ほど目立った海賊版による経済的被害は見られない。

どのようにして任天堂は鉄壁の海賊版対策を実現できたのか。任天堂非公式のハッキングを試みたユーザーによれば、Nintendo Switchやソフトウェアのオフラインのプロテクトだけでなく、オンライン上で機能する検知システムも用意されているという。これらをプラットフォーム(ニンテンドーネットワーク)上で照合することで、データの流出入を防止しているのだそうだ。つまりハードウェア、ソフトウェア(ゲームカード)、オンラインプラットフォームの「三重の壁」により、ハッキングを拒むことに成功している。

(※いうまでもなく、Nintendo Switchへの改造行為は任天堂の規約により禁じられており、具体的には第1条第5節「本ゲーム機本体、周辺機器、本ソフトウェア等を不正に改造しないこと、および任天堂の許諾を受けていない本ゲーム機の周辺機器およびソフトウェア等を使用しないこと」に抵触する行為である。よっていかにリサーチ目的といえ、上述のような改造行為は任天堂が許したものではない点をご留意いただきたい)

現在でこそ海賊版被害を大きく抑えることができた任天堂だが、歴史上、任天堂は長きにわたり海賊版被害に悩まされた企業の一つだった。中でも「マジコン」のような非公式の拡張機器は広く出回り、2009年には蓮舫議員がTwitter上で「DS「イナズマイレブン2」の改造コードの入れ方をどなたかご存知ですか?私にはさっぱり…。」とツイートしたことが原因で、マジコンを使っているのではないかと疑われ、炎上したこともあった(後に蓮舫氏は「プロアクションリプレイの件でご懸念を抱かせてしまいました」と、マジコン利用の疑念を否定している)。

とはいえ、ここまで用意周到に海賊版への対策を行っても、その被害をゼロにすることはできない。米任天堂は2020年、Nintendo Switchのハッキング製品販売者に対して訴訟を起こしており、裁判中には「深刻な国際問題となっている」とも訴えている。任天堂はこうしたハッカーへの訴訟を通じても、海賊版対策を進めている。

なお、ソニーのPlayStation、MicrosoftのXboxについても、最新世代のものであればセキュリティのレベルは各段に改善しており、ジェイルブレイクの事例こそ散見されるものの、ただちに大きな経済的損失にまでは発展していない模様だ。

コンソールゲームは、音楽や映画と異なりハードウェアもプラットフォームも独自のものを用意することで、ハッキングに対して一定の防壁を築くことに成功している。しかし、これも完璧ではなく、ハッカーとのいたちごっこにより被害をゼロにするに至ってはいない。

「サブスク」が普及しなかった理由と打開の余地

「Xbox Game Pass」より

頑強なコピープロテクションで真正面から抑えるのも一つだが、現代エンタメ業界におけるトレンドは、むしろ海賊版の経済性や利便性を素直に受け止め、その折衷として展開していくのも対策の一つとして考えられている。

具体的な例が、サブスクリプションサービスである。まさにNetflix『ザ・プレイリスト』で語られたように、海賊版の利便性や安さを理解した上で、辛うじて全員で利益を分け合える形に落とし込んだのが「Spotify」だった。

よって現代では音楽、映像、出版など、様々なエンタメでサブスクリプションが主流になりつつある。では当然、若者が中心であるビデオゲーム文化においてもサブスクが主流になるか……と思われたが、実はこれまでなかなか浸透してこなかった。

ビデオゲームのサブスクリプションは2010年代だけでも「OnLive」「Stadia」「GeForce Now」などがローンチしたが、「Spotify」や「Netflix」ほどの成功には至っていない。中でも「Stadia」はGoogle謹製のサービスとして開発や広告にそれなりの予算を投じたものの、今年1月にサービス終了の憂き目にあっている。

なぜゲームはサブスク型サービスに適合できなかったのだろうか?その理由として、ゲームプレイに生じる遅延と、ハードウェア上のUXから生じるストレスが考えられる。

まず遅延の問題とは何か。一般的に、サブスクサービスの多くは、映画、音楽なども含めストリーミング形式が主流だ。ビデオゲームも同様で、「Stadia」などでは、オンライン上のサーバーでゲームを処理し、その映像だけをハードウェアに送る仕組みとなる。

しかしここで問題となるのが表示の遅延だ。データをリアルタイムで受信し、それを楽しむという仕様上、サブスクはネット環境次第で多かれ少なかれ遅延が生じる。これが映像や音楽であればそこまで気にならないが、そもそもビデオゲームはプレイヤーがコントローラーから入力を行い、その反応を楽しむ「インタラクティブメディア」だ。

ゆえに、純粋な映像作品と比べてフレームレート=1秒あたりに処理するフレーム数、が多い(映画などの映像作品は基本的に24fps、ゲームは30~144fps、多ければ240fpsまで求める人もいる)。そのため映像鑑賞であれば気づかないような僅かなラグ、遅延が大きなストレスになってしまうのである。

またハードウェア上での制約も大きい。そもそもサブスクはスマートフォンの普及に伴い、ユーザーの母数が圧倒的に多いハードでこそ成立した薄利多売のビジネスだ。事実ほとんどのサービスではスマホユーザーを主なターゲットとしている。しかし、ゲームはジャンルごとにコントローラーやマウスなど多彩なハードウェアとそれに応じたUXを用いるのが一般的だ。なので、スマートフォン向けに最適化したゲームはともかく、コンソール・PC用ゲームをスマホで遊ぼうとするとどうしても違和感が残る。こうしたUXの最適化不足が、同じくユーザー側はストレスを感じやすい。

そこで今注目されるゲームのサブスクが、Microsoftが提供する「Xbox Game Pass」だ。本サービスは他社以上にラインナップを充実させただけでなく、スマートフォンのストリーミングに加え、PC、Xbox Series S/Xに直接ダウンロードしてプレイすることが可能だ。これにより、遅延やUXをあまり気にしないゲームはスマートフォンで、本格的に遊びたいタイトルはPCやXboxで遊ぶといったスタイルが可能になり、ゲームのサブスクが抱えていた課題を克服できている。

今こそ参照すべき、ゲーム業界戦いの歴史

ここまで「フリー・トゥ・プレイ」「コピーガード」「サブスクリプション」の3つの事例から、海賊版問題を克服するために多様化していったゲームビジネスを紹介してきた。どれもゲーム独自の課題を抱えている一方、ゲームにしかできないアプローチとして進化している点が興味深い。

ゲームに限らず、創作活動はお金がなければ続けることは難しい。しかし、今や若者は懐に余裕がなく、新興国の人々もターゲットに入れるとなれば、必然的に「欲しいが、そこまでのお金は出せない」人が現れる。その「歪み」の一つが海賊版問題であり、逆にこの問題を正面から捉えることで、ビジネスモデルを多様化し、より多くの人に作品を届けられるようになったのが現代だ。

もっとも、海賊版対策から生じたビジネスにも相応の問題はつきまとう。コピーガードは機能すれば望ましいが、実装には膨大なコストもかかるし、いずれ突破される危険性もある。

サブスクは今でこそ一般的だが、シンガー・ソングライターの川本真琴が「サブスクというシステムを考えた人は地獄に堕ちてほしい」と語るように、クリエイターへの利益が従来よりも奪われていないかという懸念もある。ルートボックスはゲーム独自のものだが、ゲーム内コンテンツを販売することでのゲームデザイン上での制約や、射幸心を過度に煽ることへの批判は少なくない。

海賊版問題がいまだ注目される現代。とりわけ海賊版に悩まされ、そして戦ったゲーム業界の様々な事例は、こうした構造上の歪みを考えるうえでヒントになるかもしれない。