小川恭平
BASSDRUMTech Director
1993年京都生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。学生の頃よりエンターテインメント業界に携わり、漫画を中心としたクリエイターエージェンシーでエンジニア兼編集者を経験する。独学で3DCG制作を始めた後、上海に渡り、中国ナンバーワンのバーチャルアイドルのステージ演出やミュージックビデオの映像制作・動画配信を担当。2020年よりアソシエート・テクニカルディレクターとしてBASSDRUMに参画し、エンターテインメント・AR/VRのエンジニアリング、ウェブサイトやサービスの構築からコンテンツまで、幅広いプロジェクトに携わる。
私は普段、XR(AR・VR)領域のテクニカルディレクション・開発業務に携わっている。去年あたりからはメタバース作るための技術をリサーチし、開発する機会も増えてきたことから、「メタバースの今後を占うような展示があるか」という観点で「CES2023」を見て回った。
こちらの後編では2つの注目テーマのもうひとつ、「バーチャル化技術の進化」という観点で興味深かった展示の数々をご紹介する。
【モーションキャプチャ】
ジャイロや加速度センサーがついたモーションキャプチャデバイスは、機材環境を整えようとするとこれまで最低でも数十万円かかってしまうものであった。そこに、5万円前後の低価格帯のものが出てきたことで、誰でも手軽にモーションキャプチャができるようになりつつある。
■mocopi
ソニーが1月20日に発売した、1つあたり約8g、直径約3.2cmの超小型のセンサーを6つを固定バンドでつけるだけのキャプチャデバイス。VRChatなどでのコミュニケーション用途であれば十分な精度でトラッキング可能だ。スマートフォンアプリからモーションキャプチャーできるというのも素晴らしい。ちなみに日本でも早速ユーザーがSNSに使用動画を大量にアップしており話題になり始めている。
■HaritoraX ワイヤレス
「HaritoraX ワイヤレス」は、mocopiと同じ低価格帯キャプチャデバイスである。
他にも、パナソニック傘下のスタートアップSifttall社が開発したVRコントローラ「FlipVR」は、手首を返すとコントローラを手首に固定できる。「キーボード入力の際にコントローラを離すと、手首のトラッキングがロストしてしまう」というバーチャル空間での生活で生じる課題に焦点を当てて開発されたコントローラだ。
■Contact Globe
低価格帯のハンドトラッキングが可能な、グローブ型コントローラである。触覚フィードバックもあり、一通りの機能が揃っている。将来バーチャル空間のコントローラはこうなっていくのではと思わされるぐらい、よくできたデバイスであった。
【バーチャルヒューマン】
■NVIDIA Omniverse Avatar Cloud Engine(ACE)
NVIDIAはCES 2023向けに特別講演を公開しており、以下でメタバース文脈で関係がありそうな発表を紹介しておく。
こちらは同社CEOであるジェンスン・フアンのアバターの声、体と顔のアニメーションを自動生成したNVIDIA ACEのデモ動画である。
自由に受け答えするデジタルヒューマンをゼロから作ろうとすると、音声をテキストに変換する技術、そのテキストの内容を理解し返答を生成する技術、返答のテキストを音声に変換する技術、音声ファイルから顔・口のアニメーション自動生成する技術など、機械学習からCG制作まで様々な技術の組み合わせ・開発が必要である。それがACEさえあれば全部まかなえるのだ。このサービスの開発者向け早期アクセスが2023年1月からスタートしている。
自作のアバターを少ない工数でインタラクティブなデジタルヒューマンにできるこのサービスは今後も要注目である。
【クラウドゲーミング】
■GeForce NOW搭載の自動車
またNVIDEAは「GeForce NOW」というクラウドゲーミングサービスを提供している。サーバ上でゲームを実行し、それをインターネット経由でストリーミングしプレイできるサービスだ。
このサービスを使えば、ハイスペックPC向けのゲームをスマホからプレイすることができる。デバイスに縛られないという素晴らしい利点があるが、インターネット環境に依存するので遅延があったり、サービス提供側も高性能GPUを積んだサーバーが必要で運用コストが大変だったりするという面もある。実際に、GoogleもGoogle Stadiaというクラウドゲーミングサービスを提供していたが、利用が広がらず2023年1月にサービス終了する。
身も蓋もないそもそも論を言ってしまえば「車に乗っている間まで本格的にゲームしたい人がどれだけいるのか」「車酔いは大丈夫なのか」といった疑問も浮かんでしまうが、本来ハイスペックな環境が必要なゲームがデバイス環境に縛られずプレイできるのは、メタバースの発展にも通じる技術である。
【製造工程のバーチャル化】
■NVIDIA DRIVE Sim
NVIDIAが思い描くメタバースは、現実をシミュレーションする空間でもあることがわかる。
「NVIDIA DRIVE Sim」は自動車のデザインから販売までをバーチャル上で効率化するためのツールだ。デモ映像ではデザイナーとエンジニア、そして顧客がバーチャル空間上での運転席の体験の検証をしている。「ハンドルがフロントパネルに被ってしまうので修正しよう」とか「昼と夜での見た目を見比べてみよう」といった、さまざまなシチュエーションをシミュレートできるというわけだ。
「実際に作ってみないと、やってみないと分からない」という現場は、製造業のみならず医療や農業などでもあるはずだ。シミュレーションできることがメタバースの強みのひとつであることは間違いない。
【EC体験のバーチャル化】
■LOTTE X CALIVERSE
よく見かける「メタバース的なもの」が展示されていたのであえて紹介する。バーチャル空間のショッピングモールを歩き回って購買体験をするという想像通りのものであった。
体験者の位置を同期させていたり、ワールドもしっかりと作りこんでいて、開発されたもの自体は素晴らしかったが、バーチャルだからこそやる意味がやはり見いだせず、少し残念ではあった。
例えば、リアル世界だと接客にストレスを感じてしまう人もいるが、バーチャルヒューマンが店員役を代行して、ユーザーと対話しながら買い物ができるといった、現実ではできない体験が盛り込まれていると良いのだろうなと感じた。
【コミュニティのバーチャル化】
■Virtual Fan Engagement
「好き」を共有するファンが集まるコミュニティをメタバース的な空間で体験できるという、ソニーとサッカークラブ「マンチェスター・シティ」の実証実験である。アプリ自体は未リリースで、ファン同士がどういったコミュニケーションが行えるのかは不明であるため、まだ評価はできない。
会場で展示されていたのは、選手のプレイデータをバーチャル化し、多視点からリプレイできるという一部の機能のデモのみだった。
果たしてサッカーファンがこの機能で盛り上がるのかは分からないが、確かにユーザー同士共通の目的、話題があるコミュニティのメタバースは、コンテンツが作りやすそうである。
「バーチャル空間だけは作ったが何をしたらいいか分からない」という状態が今のメタバースにありがちなのだが、大勢に使ってもらうプラットフォームを目指すのではなく、まずはユーザーの特性を絞って作っていく方が面白いものが生まれそうである。
■Portable Volumetric System
もう一つの実験として、ソニーによるポータブル式のボリュメトリックキャプチャシステムが展示されていた。
ボリュメトリックキャプチャとは、複数のカメラでキャプチャしたい空間を囲い込んで撮影し、その多視点の撮影データから3DCGを生成する技術のことである。
人の動きを記録して現実空間をそっくりそのまま3DCGでバーチャル空間に持っていきたい場合のほとんどが、ボリュメトリックキャプチャが使われる。
ソニーは日本でもボリュメトリックキャプチャスタジオを開設しているが、本来大型のグリーンバックスタジオと数百台のカメラが必要である。
今回は、それを他社製の深度センサーの付いたRGBカメラ7台のみを使用して、簡易的なボリュメトリックキャプチャを行い、低遅延でバーチャル空間でキャプチャしたデータを再生するデモが置かれていた。
mocopiでモーションキャプチャを誰でもできるものにしたように、安価なボリュメトリックキャプチャデバイスが開発されるかもしれないと思うと、個人的にはワクワクした。
誰の何のためのメタバース?
ここまでメタバースと接続される(かもしれない)モノたちを中心に紹介してたが、前編で会場地図を示した通り、今年のCESでメタバースがメイントピックだったというわけではない。
CES 2023では「Human Security for All」「BE IN IT」といったテーマやキャッチコピーが掲げられ、それはフードロスや環境問題など人類が直面するグローバルな課題を、テクノロジーの力で皆で手を取り合って解決しようというメッセージが込められたものであった。
実際、大企業からスタートアップまでサステナビリティ推しの展示の方が多く、注目が集まっていたのは事実である。
種まき時にセンサーを使い、適切なタイミングで適量を散布することで肥料を6割削減できるテクノロジー
これらを見ていると「まずはメタバースより現実世界を何とかしないといけないんじゃないか」という思いに駆り立てられるとともに、現状の、とりあえず箱として用意されただけのバーチャル空間=メタバースが、環境保護やフードロスといった問題解決の糸口になるとは思えない。
前編で紹介したような、没入感を向上させるためのハードウェアの進化は今回も明らかになった。だが後半のバーチャル化するための技術自体はいくつか存在し、進化もしているものの、「何を誰のためにバーチャル化するのか」という肝心なところが、すっぽりと抜けていた気がする。
ただ、自分自身どうしてもエンターテイメントとしての消費者向けのメタバースにこれまで目が行きがちだったので、その目的を感じづらかったところもあるのかもしれない。製造現場向けなどエンタープライズ用メタバースの存在価値も見出せた気がする。
私を含め、メタバースブームの中の人たちは、いちサービスを全人類に使ってもらえるような、大きい野望を抱いたある種の「汎用メタバース」を作ろうとし過ぎているのかもしれない。
まずは、必要としてくれる人が確実にいる小さなメタバース空間の存在が必要で、それらが相互につながっていくための規格づくりが必要になってくるはずだ。
CESの主催団体CTAは、「メタバースはインターネットの次に来るものだ」と言っていた。インターネットも初めは大学や研究機関といった小さな単位から生まれ、通信のためのプロトコルや規格、インフラが整備されて、誰もが使えるものになっていった。
今のメタバースには共通したルールは何一つとして存在していないし、今回紹介したモノたちもまだみな個々に独立した技術や仕組みで、覇権を握るべく各社しのぎを削っている段階だ。
そういった意味ではMetaverse of Thingsは存在しなかったし、誰でも利用できるメタバースはまだまだ先なのかもしれない。
今回紹介できなかったヘルステックやサステナビリティの展示のレポートは、私の所属するBASSDRUMがYoutubeで配信している「BD LIVE」という番組で紹介している。こちらも是非ご覧いただきたい。
■CES 2023 Report Day 1
https://youtu.be/0jNKrm--HGE
■CES 2023 Report Day 2
https://youtu.be/c1hRMVfwdw8
■CES 2023 Report Day 3
https://youtu.be/VNw-VkUGSBk
後編記事はこちら
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