実はもっと活用できるはずのリチウムイオン電池
軽自動車の荷台にリサイクル蓄電池ボックスが積載されている
王本社長は、この蓄電池ボックスを回収して使用可能な蓄電池モジュールを取り出し、実用に耐えうる蓄電池モジュールを再構成することで蓄電池ボックスを再生しようとしているのだ。しかも、ガソリン車のエンジンをモーターに換装してEV車に生まれ変わらせることで、希少資源であるリチウムを無駄に国外流出させないのと同時にCO2の排出抑制にも貢献したいという。
しかし、そんなにうまく事業性を確保できるのだろうか。王本社長によれば、リチウムイオン電池の価格が高いのはその能力をすべて使いきることなく無駄に処分をしているからであり、その能力を限界まで有効に使っていけばもっと安く利用できるようになるという。蓄電池モジュールを低下した品質に合わせてその用途を変えていくカスケードリユースをすることによって、それぞれに必要とされた調達費用や処分費用をシェアして低減させることが可能となるのである。
アプデエナジー社公式サイトより、EV用リチウムイオンバッテリーのカスケードリユースのイメージ
王本社長はまずこれをガソリン車からのコンバートEV車に積載することにした。さらに王本社長は驚くべき言葉を口にする。
「電気自動車って200年前からあるんですよ」
えっ、そんな馬鹿な。当時アメリカでT型フォードが量産されていたのは知っていたが、それはあくまでもガソリンエンジン車だったはず。しかも、200年前って江戸時代じゃないか。
そこで調べてみると、確かに王本社長の言うように電気自動車は今から194年前の1828年にハンガリーのアニオス・ジェドリック博士により発明されている。これはカール・ベンツ博士が1886年にガソリンエンジン車を発明する半世紀以上前のことである。1900年頃のアメリカではエジソンが発明した蓄電池を背景に電気自動車のシェアが40%を占め、ニューヨークのタクシーはすべてEV車だったとされる。
この事実を知った王本社長は、自前のロールス・ロイスをコンバートEV車に改造しようとしている。そのことでプロモーション効果を得るだけでなく、老朽化したロールス・ロイスをコンバートすることで富裕層からCO2削減に協力をしてもらおうという魂胆だ。
モーターに換装された軽自動車のフロントエンジン
コンバートEV車での利用に耐えられなくなった蓄電池も、ボックスを解体して蓄電池モジュールごとの品質を厳正に検査、仕分け、再構成することで、今度は家庭用、オフィス用の蓄電システムとして再利用することができるようになる。低コストの蓄電システムなので卒FIT(再エネの固定価格買取制度=FITの期間が満了した発電設備のこと)の受け皿としては最適でもあるし、家庭やオフィスがこれまでとは比べ物にならない低コストで蓄電できるとなれば、オフグリッド家庭やオフグリッドオフィスの実現にもつながる。ソーラー発電やガス発電などによる無数のマイクログリッド社会が地域に誕生すれば、災害や戦争によるエネルギー途絶時にも社会全体の抗堪性は高まるのである。
「電気をつくる、貯める、使うという技術は、実は専門がバラバラで言葉が通じないんです」
ビートル運転席から蓄電池モジュールの状態がわかる(左から6番目と18番目の性能が落ちている)
そして、さらに品質が落ちた蓄電池モジュールも、同じ工程を経ることによって、わが国では津々浦々で見かける自動販売機の蓄電池として再利用できる。王本社長がカスケードリユース先として目を付けた自動販売機は、ここ20年間で消費電力量を70%以上カットしてきたとはいえ、2021年の数字で全国に設置されている403万台のうち、225万台の飲料用自動販売機だけでも、1台当たりの年間電力消費量が700~800kwhなので、年間60万世帯分の使用電力に匹敵する電気を消費しているのである。
この自動販売機の発電負荷を軽減するだけでも、わが国のエネルギー需給に対する大きなインパクトになる。そこで、系統から独立させてオフグリッドで自動販売機を稼働させるためにカスケードリユースするリチウム蓄電池を利用するのである。しかも、電力供給を太陽光発電によるスタンドアローン方式にすれば、山頂や耕作地の真ん中など送電線の敷設困難な土地にも自動販売機を設置することが可能となるし、大規模災害時にも自立する。ここに天気センサーを設置して民間の天気予報会社に情報提供することも考えられている。
「50年前にローマ会議で提唱された通りの筋書きになっているんです。わかっていても人間はそうするのかと思ってしまいますよ」と笑う王本社長だが、その目の奥は笑っていない。
「人間の飽くなき科学的探究心は、もしかしたら100年後に核融合の車を走らせているかもしれません。科学の進歩に遅れないように現実の人間社会の方も常にアップデートしていかなければいけないんです」
確かに王本社長の構想は風呂敷を大きく広げているように見えるが、不可能ではない。なぜなら、ひとつずつの技術は既存のものであり、それを組み合わせているだけだからだ。しかし、それがなぜこれまで誰の手によっても発想され、実現してこなかったのか。それは、技術相互の間にそそり立つ壁が高かったからである。
「電気をつくる、貯める、使うという技術は、実は専門がバラバラで言葉が通じないんです。そこに通信やクラウドやオフィスや自動車や自販機などの技術も必要になってくる。それらを通訳する人が今までいなかったことが大きな原因です」と王本社長。
つまり、専門的に突き詰めれば突き詰めるほど、社会全体へのシステム実装が遅れていくというジレンマを抱えているということになる。それは、こうした新しいシステムを許認可する行政の姿勢も、未来から厳しく問われてくるということでもあろう。25年周期で新しい社会システムが築かれようとしているとき、その意味を理解できない行政が新しい芽を摘んでしまわないように気をつけるべきところである。