文:高岡謙太郎 撮影:山中慎太郎(Qsyum!) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
インターネットに漏洩するプライバシー
日々ネットを巡回していると、自分の個人情報を知っているかのような広告や記事がレコメンドされる。なぜ自分の趣味や住んでいる地域に関する広告が出てくるのか……。疑問に思いつつも、基本的に実害もないため深くは気にせずに日々を過ごしてしまう。情報化社会が発展するにつれて、その得体の知れない感覚が日々高まってきているように思える。テクノロジーの進歩によって輝ける未来が訪れるように思えたが、現在はどうやらそうでもなさそうだ。
私たちがインターネットを利用するだけで発生する「どんな内容のコンテンツをクリックしたか」「どんなワードを検索したか」「何を購入したか」といった行動データは、Facebook、Google、Amazonなど各種プラットフォームを運営する巨大テクノロジー企業に収集されている場合が増えている。そして収集した個人情報をもとに、アルゴリズムによって最適化された「あなたにおすすめ」なコンテンツや広告が表示され、意識的に、あるいは無意識に私たちはついついそれをクリックしてしまう。つまりプラットフォームによって、行動や感情をコントロールされているようになってきたとも言える状況だ。もちろんそれが不快ではない人もいるだろうが、どうしてもプライバシーを覗かれている感覚は拭えない。
このようにインターネットの情報に疑いながら接する状況から、どうすれば人間性を損なわず情報に触れる生活ができるのだろうか。また、今後インターネットから新しい文化は生まれてくるのだろうか。それを問い直す状況が、ここ数年で高まっている。
監視資本主義という社会問題
山口情報芸術センター[YCAM]で、こうした状況を問い直す展示が今年11月から始まった。もともとメディアアートを中心とした展示を数多く行ってきたYCAMは、研究開発プロジェクト「鎖国[Walled Garden]プロジェクト」として、インターネットにおけるプライバシーや透明性に斬り込む作品を3年連続で実施してきた。今回は、アーカイブ展示と新作を含めた作品が並び、一般市民に社会問題を伝える内容となっている。
本プロジェクトのテーマのひとつでもある「監視資本主義」という言葉を提唱したのは、アメリカの社会学者でありハーバード・ビジネススクール名誉教授のショシャナ・ズボフ。彼女が2019年に出版した『監視資本主義 人類の未来を賭けた闘い』(21年には邦訳版も発売された)は世界的なベストセラーとなり、数多くの賞を得ている。『ニューヨーク・タイムズ』、『サンデータイムズ(UK)』、『ガーディアン』などのベストブックの一冊に選出され、バラク・オバマ元大統領が選ぶ2019年ベストブックの一冊にも選出。日本でも評価を得ている。
監視資本主義は、この書籍の出版以前から世界的な問題として注視されており、EUでは2018年時点で、個人情報の取り扱いに関する規制を敷くためのGDPR(一般データ保護規制)、そして日本国内でも2022年に改正個人情報保護法が施行されるなど、法改正を通じてプライバシーを守る動きが起こっている。近年、「位置情報やクッキーなどの情報取得に同意しますか」といったポップアップがブラウザに出るようになってきたのはその影響だ。そしてユーザー自身も受動的ではなく、能動的に情報提供する・しないを選択していくことが対応として求められている。
筆者は今回、内覧会の招待を受け、展示を体験した。まず館内に入ると、監視資本主義とは何かを紹介するパネルや、過去に展示した作品やワークショップのアーカイブ動画が並ぶ。インターネットにおける他者との関わりについて考えるワークショップ「ネットにくらす、わたしのひみつ」などのアーカイブ動画を鑑賞し、徐々に問題を理解していく。
そして、2階へと向かう階段には、巨大なアンテナとディスプレイが設置されている。これはザ・クリティカル・エンジニアリング・ワーキング・グループによるインスタレーション「アンインテンデッド・エミッションズ」という作品だ。
スマートフォンなどのモバイルデバイスに付属するWi-Fiの「自動サーチ機能」を利用して、自動的に共有されるユーザーデータを分析、可視化する。鑑賞者が以前接続したWi-Fiの名称(SSID)から、過去に滞在した場所を推測して表示することで、知らぬ間にデータが取得されることを実感する内容だ。スマートフォンを持ち歩くだけで自動的にデータがやり取りされていることは知っていても、「そのデータがあれば何ができるようになるのか」までは知らなかった人も少なくないはずだ。
メディアアートを通してAIとの対話「できなさ」を体感する
今回発表された新作の展示は、メディアアーティストのカイル・マクドナルドとローレンリーマッカーシーによるもの。もともと彼らは社会問題を啓蒙する作品を数多く手掛けている。今回はパフォーマンス形式の「アンラーニング・ランゲージ」という作品だ。
体験者は、音声AIとの対話による、ぎこちないコミュニケーションを行うことになる。例えるなら、音声でアシストをしてくれるGoogleのSiriやAmazonのAlexaと対話をしているような体験、それをこの展示のために制作した。
パフォーマンスの展示会場内には、マイクとスピーカー、スポットライト、椅子が設置されている。体験者(最大8名)が、向かい合うように椅子に座り、インスタレーションは開始。人間のように振る舞う音声AIが喋り、体験者ひとりずつにスポットライトが当たって質問され、参加者が答えることで進行していく。
まずは本人の名前を述べるように音声AIが促す。音声AIが聞き取った名前を呼び返すが、AIの音声認識の能力の限界があり、聞き違いが発生し、間違えた名前を呼び返すことが多かった。そのぎこちなさがユーモラスなコミュニケーションとなり、体験者たちから自然と笑いが生まれた。AIが人間のように振る舞おうとするがうまくいかないコミュニケーションが続く。音声AIは人間に歩み寄ろうとする発言を続けるが、どうしても噛み合わない。そのズレが、「人間のように喋るAIは人間ではない」ことを痛感させる。
この作品のテーマは、「AIにはない人間の資質とはなにか?」。音声AIはデータを収集し、分析して、行動を予測するという、一連の行動を行うが、実際の人間らしさを知っている体験者は、人間のように喋ろうとするも上手くいかないAIのぎこちなさに、テクノロジーの限界を感じてしまう。どんなに人間のように振る舞おうとしても、AIは制作したプログラマーが意図する範疇の中でしか受け答えができないのだ。わたしたちがITサービスを利用する際、プログラマーによって行動が規定される感覚を伺うことができ、サービスあるいはシステムの恣意性を体感できる展示となっている。
パフォーマンスの会場内を出ると、ディスプレイが設置されている区画がある。そこでは「アンラーニング・ランゲージ」体験中にAIが検出していた音声、身体の動きなどのデータが動画として公開される。約30分の体験時間の中で、これだけ自分のデータが取得、分析されているということを客観視させられる。
そして展示の最後には、展示の感想を投稿しながら、インターネットの向き合い方に関する属性診断ができる、文筆家・木澤佐登志による「木澤佐登志のワクワクどうぶつ占い」が展示される。30件ほどの短い質問に答えることで、体験者の属性を動物に例えた診断をするのだが、皮肉がこめられたテキストが回答として表示され、ユーモラスな気分で展示を観終えることができる。ちなみに、こちらはオンラインからも体験可能なので、読者の方々も自分の属性をチェックしてほしい。
インターネットの問題を身体で体感
このように監視資本主義をアートセンターならではの見せ方で多角的に紹介していくことは、国内ではなかなかない試みだ。しかしながらこの問題は世界全体に広がっているため、解決策が限られている。テック企業への規制、個人的に利用を控えるなど、対応策はあるが、大半の人々はインターネットサービスの利便性に甘えてしまっているのも事実。そういった状況であることを作品を通して体感することで、なかなか感じ取ることのできなかった監視資本主義の状況が「身に沁みる」ようになるはずだ。
現在、YCAMではこれらの展示だけでなく、トークイベントやギャラリーツアーも行われている。このレポート記事では一部のみしか紹介していないため、山口市近辺に出向くことがあれば展示を体験してほしい。情報社会に対しての向き合い方が変わるだろう。
鎖国[Walled Garden]プロジェクト/ローレン・リー・マッカーシー+カイル・マクドナルド新作パフォーマンス YCAMとのコラボレーション
アンラーニング・ランゲージ
開催日時:2022年11月12日(土)〜2023年1月29日(日)
https://www.ycam.jp/events/2022/unlearning-language/
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