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渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott
エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者
兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)など著書多数。翻訳書には糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経ビジネス人文庫)、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)など。最新刊は『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)。
連載:Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。
ブラック・ライブス・マターとはいったい何なのか?

新型コロナウィルスの患者を最も多く受け入れているボストンの病院では、医療従事者がひざまずいてBLM運動への賛同を示した(撮影:Allison Scott)
全米でブラック・ライブス・マター(BLM)の抗議デモが起こっている。日本でもそれがニュースになっているようだが、SNSを見ると間違った情報や、誤解が多い。たしかに、遠くに住んでいる人がテレビやSNSに流れてくる情報だけを見ていると、誤解しやすいムーブメントである。しかし、「極左のアンティファ(ANTIFA)が先導している暴動」、「破壊を正当化する暴力的な運動」というのは明らかな誤解である。数千文字で解説するのは不可能だが、それを承知で、なるべく簡易にBLMとその背景を説明したいと思う。
まず、BLMは「非暴力的な市民不服従(non-violent civil disobedience)」を主張する分散型ネットワークの運動である。全国レベルに広まった運動の発起人は、アリシア・ガーザ、パトリッセ・カラーズ、オーパル・トメティの3人だが、ひとつの大きな組織による上意下達の運動ではない。また、ワシントン・ポスト紙のジョナサン・ケイプハートがコラムで強調しているように「ブラック・ライブス・マターとアンティファは同じものではない」。そもそも、アンティファとは「反ファシズム」の運動であり、アメリカでは小さなグループはあるかもしれないが、組織を持たない自主性が特徴だ。アンティファを自称する者がBLMに賛同して抗議デモに参加することはあるだろうが、組織としての関係はない。
この運動がスタートしたきっかけは、2012年にフロリダ州で「自警団員」を自称するヒスパニック系白人のジョージ・ジマーマンが黒人(アフリカ系アメリカ人)の高校生トレイヴォン・マーティン(当時17歳)を射殺した事件だ。ジマーマンは、少年が「怪しく見える」というだけで追跡し、武器を持っていない相手を射殺したのだ。それなのに、2013年の判決でジマーマンは無罪になり、それに対する抗議の声が全米に広まった。SNSでは#BlackLivesMatterというハッシュタグで賛同者を集め、路上でも抗議デモが起こった。
翌年の2014年、ミズーリ州で大学入学を目前にした18歳の少年マイケル・ブラウンが白人警官に銃殺され、ニューヨーク州では路上でタバコをバラ売りしていたエリック・ガーナーが警官に絞め技をされて窒息死した。どちらの被害者も黒人男性であり、武器は持っていなかった。オハイオ州ではおもちゃの銃を持っていた12歳の少年タミール・ライスを、白人警官が射殺した。彼らを殺した警官はいずれも罪に問われなかった。
マイケルやタミールが白人だったのなら、警察官はこれほど簡単に殺さなかっただろう。そして、彼らを殺した警官は罪に問われたはずだ。これらは、「アメリカは国民を平等に扱うはずだ。そして、国民を守る神聖な誓いをしているのが警察官だ」、そう信じたいアメリカの黒人たちを絶望視させる出来事だったのだ。
今回の記事では、BLMに異を唱える人がよく挙げる、
・黒人以外の命は大切ではないのか?
・黒人の犯罪率が高いから、警察が警戒するのも仕方ないのでは?
・BLM支持者は暴動・略奪をスルーするか肯定している
・警察予算削減や解体に賛成するなんて、治安維持は一体どうするんだ
という4つの反論について答えていく。
反論①黒人以外の命は大切ではないのか?

裕福なアメリカ人が別荘を持つことで知られるナンタケット島は、人口の約90%が白人で、黒人が5.5%。その島のオーガニック農場に掲げられた大きなBLM支持の旗。これも全米に広まっているBLM運動の典型的な例である(2020年10月2日筆者撮影)。
BLMについて書いたところ、「大切なのは黒人の命だけではないだろう。全員の命が大切だ」と私に反論してきた日本人がいた。それは根本的な部分を理解していない意見だ。BLMは、「黒人の命も、本人にとっては(アメリカの特権階級である白人と同様に)貴重なものなのだ」「黒人だからといって、簡単に殺さないでくれ。命を粗末にしないでくれ」という悲痛な願いをこめた人権運動のスローガンであり、警察による黒人に対する暴力への抗議運動なのである。
初期の運動については、拙著『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』に収めた「白人が作った「自由と平等の国」で黒人として生きるということ」、「アメリカで黒人の子供たちがたたき込まれる警官への接し方」などにも書いているのでぜひ読んでほしい。
BLMの初期の抗議運動の参加者の大部分は黒人(アフリカ系アメリカ人)だった。だが、それを大きく変えたのが、2020年5月25日にアメリカのミネソタ州ミネアポリスで、白人警官が武器を持っていない黒人男性ジョージ・フロイドの首を膝で抑えつけて圧迫死させる事件だった。これをきっかけに全米に広まったBLMの抗議運動には、白人を含むあらゆる人種のアメリカ人が参加している。
偽の20ドル札でタバコを買った疑惑や、薬物依存症だった疑惑を理由に「フロイドは警察官に殺されて当然」と主張する人がいる。だが、たとえそれが事実であっても警察官による殺人を正当化する理由にはならない。司法に「推定無罪(いかなる人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される)」の原則があるし、そもそも警察官には、人を裁く権利も、死刑を執行する権利もないのだ。「殺される者が悪い」という人は、警察官が勝手に人を裁くことが許される社会で安心して生きられるのだろうか?「自分だけは、そんな扱いはされない」と思っている特権階級(と思っている人も含む)に特有の無責任な発言だと私は思っている。
BLMは、単なる肌の色の違いによる人種差別への反対運動ではない。この運動を理解するためには、残酷なアメリカの歴史を知る必要がある。
15世紀末にクリストファー・コロンブスがアメリカ大陸周辺の島にたどり着いた時から、ヨーロッパ諸国はアメリカ大陸で侵略と剥奪を行ってきた。現在のアメリカ合衆国にあたる地域では、まず先住民が土地を奪われ、故郷から追い払われ、殺害された。アフリカで囚われた黒人を奴隷として使うようになったのは、17世紀初期の南部のイギリス植民地だった。その前には、貧しいヨーロッパ人を「年季奉公人」として労働力に使っていたのだが、それよりも黒人奴隷を使ったほうが「経済的」だったのだ。18世紀に綿繰り機(コットン・ジン)が発明されたこともあり、南部は奴隷の労働力に頼るプランテーション農業で富を築いていった。
奴隷の所有者は、黒人奴隷を「人間」ではなく「家畜」と同様の所有物として扱った。建国の父たちは「すべての人間の平等」を唱えたが、黒人はそれには含まれていなかったのだ。奴隷所有者は、逃亡を試みた奴隷を見せしめとして拷問したうえで虐殺したが、それは「殺人」とはみなされなかった。奴隷同士で家族のような形態を持つことはあったが、所有者は気が向くままに夫婦や子どもを引き離して、売り払った。
南部の白人のすべてが奴隷を所有していたわけではないが、奴隷を所有できない貧しい白人であっても、「黒人奴隷に比べたら、自分は優れている」と思うことができたのだ。その「カースト制度」の心理について、イザベル・ウィルカーソンが『Caste』という本で詳しく説明している。
1861年に南北戦争が始まり、1863年にリンカーン大統領が最終的な奴隷解放宣言を発布したが、それによって黒人が白人と同じ人権を得たわけではなかった。特に南部の州では、1876年から1964年にかけて「ジム・クロウ法」と呼ばれる黒人を白人から隔離する人種差別的な法律があり、黒人を弾圧し続けた。黒人の少年が白人の少女にバレンタインカードを送っただけで白人の集団からリンチされて殺害されるような事件は珍しいものではなく、加害者が罪に問われないという慣習も続いた。ビリー・ホリディの『奇妙な果実(Strange Fruit)』という有名な歌があるが、それは、白人からリンチにあって殺された黒人の死体が、見せしめのために木に吊るされて腐っていく情景を描写したものだ。
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反論②黒人の犯罪率が高いから、警察が警戒するのも仕方ないのでは?

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1950年代から1960年代にかけて公民権運動が盛んになり、アメリカでの人種差別政策は改善していった。2008年に父親がケニア人のバラク・オバマが大統領選挙に勝った時、「これで黒人差別はなくなった」と宣言する者がいたが、その中には黒人の有識者は皆無だった。なぜなら、アメリカにはまだ大きな構造的差別が存在するからだ。
弁護士で学者のミシェル・アレクサンダーの著作『New Jim Crow(新ジム・クロウ法)』によると、レーガン大統領時代に始まった「麻薬戦争(War on Drugs)」は、黒人をカースト制度の下部にとどめておくために巧妙に作られた人種隔離政策でもある。薬物を使う人の割合は、どの人種も同程度である。だが、リッチな白人はパウダー状態のコカインをよく使うが、都市部の黒人がよく使うのは廉価な固形のコカイン(クラック・コカイン)である。この法が執行された初期には、パウダーコカインとクラック・コカインの使用では、量刑の格差が1対100だったというのだ。改正後の現在も1対8だという。そして、ターゲットにされるのも黒人が圧倒的に多い。そして、白人の容疑者であれば、軽く見逃してもらえるような罪でも、重い実刑を受けることが多い。刑務所に収容されている黒人男性が圧倒的に多いことには、こういった背景がある。また、重罪を犯すと、釈放された後でも限られた職業にしか就くことができず、社会復帰も難しくなる。
Netflixで2016年に公開されたドキュメンタリー映画『13th -憲法修正第13条-』がBLM運動の高まりを受け、YouTubeで全編無料公開された(YouTubeの機能を使って日本語字幕もつけられる)。奴隷解放後も「無償の労働力」として米企業(刑務所運営ビジネスも含む)の成長を支えるべく、いかに黒人が大量投獄されてきたかをデータとともに示しており、日本人の間にも広がる「黒人=貧困=犯罪者が多い傾向にあるから捜査・逮捕対象になりがちなのだ」というイメージが、意図して作り上げられてきた部分も大きいことがよくわかる。
さらに、法で禁じられている地域が多いのにもかかわらず、いまだに警察が「レイシャル・プロファイリング(容疑者を絞り込むときに人種的な要素を入れる)」をする。「怪しいことをしている」から車を止めるのではなく、ランダムなはずの「ルーティーン」の捜査でも、実際には黒人をターゲットにしていることがわかっている。ミネアポリス市では、「ランダム」に停めている車のドライバーのなんと80%が黒人だということが判明している。
対象は運転手だけではない。アトランタ市では、ライドシェアサービス「リフト」の乗客に対して白人警官がレイシャル・プロファイリングをした事件があった。黒人男性がガールフレンドと子どもと一緒にリフトを利用していたところ、その車の後部のライトが切れているという理由で警察が車を停めた。警官が運転手に運転免許を求めたところ、運転手が免許を持っていなかった。すると、警察は乗客である黒人男性に免許の提示を求めたのだ。男性が「何も悪いことをしていないのに、なぜ私が免許を見せなければならいのか?」と反論すると、白人警官2人が子どもたちの目の前で彼が失神するまで暴力を与えて逮捕したのである。このように、何もしていないのに、「警察に逆らった」という理由で罪を着せられることもあるのだ。
私の知人の黒人男性は、高学歴のビジネスオーナーであり、裕福で平穏な郊外の街に住んでいる。それでも「外出するときには常に緊張している」と語っていた。アメリカの黒人は、他の人種には想像できないほどのストレスを感じながら生きているのだ。
BLMを理解するためには、このようなアメリカの歴史と現在にも続く構造的差別を知る必要がある。
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反論③BLM支持者は暴動・略奪をスルーするか肯定している

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むろん、それだからといってBLMに関連した抗議デモで起こっている破壊や暴力行為を正当化するつもりはない。抗議デモの最中に建物の破壊や暴力行為が起こっているのは事実だ。しかし、それらはBLMの組織的な暴動ではない。BLMはスタートの時点から根本的に「非暴力的な市民不服従」である。BLMに賛同し、活動に参加している大部分の人たちは、暴力行為に反対している。
報道で目立つためか、BLMの大半が暴動だと思いこんでいる人はアメリカにもいる。だが、紛争関係の研究分野で最もよく使われるArmed Conflict Location & Event Data Project (ACLED)のデータによると、93%以上が「平和なデモ」なのだ。
さらに、ACLEDのレポートによると、「メディアが略奪と破壊行為に焦点をあてているにもかかわらず、デモ参加者が広範囲にわたる暴力的行為を行ったことを示唆する証拠はほとんどない。デモが暴力的に変化した場所では、暴力を扇動するために(デモに)潜入した工作員がいたという報告がある」「白人優越主義のストリートギャング組織であるAryan Cowboysとつながりがあるヘルズ・エンジェルスが、商店の窓を叩き割っている場面が目撃されている」「(BLMデモ参加者の)暴力や破壊的行為は、主に、南部連合軍指導者の彫像を破壊するといったことに向けられている」ということだ。最近では、トランプを支持する極右の新ファシスト集団「プラウドボーイズ」がBLMのデモ参加者に暴力を振るう事件が多発している。
暴動を起こしている人たちの中には、正義感で破壊行動を正当化する人もいるかもしれない。また、抗議デモに便乗する犯罪が目的の人もいるだろうし、レッドソックスがワールドシリーズで勝った時にボストン市に繰り出して建物や車を破壊した、サッカーにおけるフーリガンのようなノンポリの便乗タイプもいるだろう。パンデミックで家の中に閉じ込められてフラストレーションを募らせている人にとっては、興奮する場面なのかもしれない。だが、それはBLMの本質とは無関係である。
反論④警察予算削減や解体に賛成するなんて、治安維持は一体どうするんだ

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それでは、よく話題になっている「警察の予算削減」や「警察の解体(と再編成)」という要求についてはどうだろうか?
特に最近のデモでは、これらのスローガンが目立つし、ジョージ・フロイド事件が起こったミネアポリス市では、市議会が警察の段階的な解体と代替組織の再編を議決した。だが、実際には、それほど大きな変化を求めるのは大多数ではない。いくつかの世論調査が行われており、そのいずれもアメリカ人の大部分はBLMを支持しているが、警察の解体や予算削減の支持は少数である。2016年の大統領選挙でトランプが僅差でヒラリー・クリントンに勝った激戦区のミシガン州で、地元紙デトロイト・ニュースとWDIV-TVが共同で行った9月の世論調査では、投票する可能性が高い有権者の58%がBLMを支持しているが、警察の予算削減を支持しているのは18%でしかなかった。
それより前の全米を対象にしたギャラップの世論調査でも、大部分の国民がBLMを支持していたが、警察の解体を求めるのは15%しかない。それらの世論調査をまとめると、大多数のアメリカ人はBLMを支持し、警察には解体ではなく改革が必要だと感じている。
このギャラップの調査には日本人にとって興味深い結果がある。「警察の取締り方法に大きな改善が必要である」と答えたのは国民全体の58%だったが、人種別になると割合が変わる。最も多かったのは黒人の88%で、これは納得できる。だが、次に多かったのは(よく警察のプロファイリングの対象とみなされている)ラテン系ではなくアジア系であり、なんと82%が「大きな改善が必要」と答えたのだ。ふだんはおとなしくしているので目立たないアジア系の住民が、警官に対して信頼感を抱いていないことを示す結果だ。
とはいえ、それらの人でも大部分は警察の解体や予算削減を求めてはいない。それよりも、警察が軍隊のように武装するために予算を使うのではなく、その部分の予算を精神疾患者のケア、職業斡旋、ホームレスの保護、薬物依存のケアといった別の形の「犯罪予防」にまわすことや、地域の住民と警察との親密な信頼関係を作ることを求めている。
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「私たちの世代は、上の世代のツケを払わされている」という憤り

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BLMがこれまで以上に多くのアメリカ人の賛同を得ている現象の背後にパンデミックの影響があることは無視できない。特に若者だ。世論調査でも劇的な警察改革を求めているのは若い世代である。友人と集まって遊んだり、騒いだりするのは若者の自然な欲求であり、特権でもあるのに、パンデミックのせいでそれらができなくなっていることが関係しているかもしれない。家に閉じこもる時間が増えたので、社会問題に注意を払い、ソーシャルメディアで語り合う機会が多くなったこともあるだろう。そこで、持て余しているエネルギーを、自ら行動する意欲に変換しているのではないか。
さらに、BLMに賛同する黒人以外の若者たちから話を聞いていると、「私たちの世代は、上の世代のツケを払わされている」という憤りを強く感じる。ベビーブーマーとその前の世代は、普通に働けば家も買えたし、リタイア後のための貯金もできた。けれども、現在の若者たちは大学に行っても良い年収の仕事に就けないし、年寄りになるまで学費ローンを払い続けなければならない。その状態で家を買うことなどできない。上の世代の欲のために環境汚染が進み、気候変動で大型ハリケーンと山火事がひっきりなしに起こっている。そして、今度は終わりが見えないパンデミックだ。地球の将来は危ういというのに、年寄りは反省もせずに独裁政権を夢見る大統領を支持し続ける。このまま上の世代の犠牲になりたくない……。そういったフラストレーションがつのっているようだ。
パンデミックで学校にも行けず、一緒に集まって遊ぶこともできない若者たちにとって、今の社会を作り上げてきた者たちへのフラストレーションと怒りが混じっているのが2020年のBLM運動ではなかろうか。彼らが抗議しているのは、人種差別だけでなく、現政権への不信感を含む大きな意味での「社会的公正」の活動なのだと私は思っている。しかし、BLMの平和なデモに何度か参加した20代後半の青年は、それより下の世代が極端な左傾化をしていることについて、「ソーシャルメディアのみでつながっているから、自分とは異なる考え方の人と実際に会ってコモングラウンドを見つけることができなくなっている」と心配していた。
過激になりつつある抗議運動は収まるのだろうか?
それは、11月の大統領選の結果とパンデミックの終焉次第だと私は考えている。
大統領選で負けても平和的な政権の明け渡しを確約しないトランプが勝利するか、あるいは敗北しても大統領の座に居座り続ければ、抗議運動はさらに過激になるだろう。だが、バイデンが勝利すれば、いったん収まり、活動家と政府とのネゴシエーションが試みられるだろう。そして、安全で有効なワクチンが開発されて人口の大部分に行き渡れば、さらに衝突は減ることだろう。
だが、それらの将来は、現時点では誰にも予期することはできない。