エチオピアのスタートアップ企業が提供するサービス「Flowius」。水道メーターをIoT化して、水道料金のカウントコストを下げ、多くの人に水を届けることを目的にしている
高須正和
Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development
テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks
21世紀に入って、社会全体の底上げはさらに加速して進んでいます。20世紀末から急速な発展を遂げつつある中国に続いて、インドほかアジア諸国が経済成長を始め、アフリカ諸国も発展しつつあります。
一方で世界全体で、富の格差は広がっています。社会全体の底上げと富の一部への集中は、同時並行で進んでいます。テクノロジーはその両方に作用しています。
テクノロジーを使った格差縮小への路は成立するか?
「社会全体の発展」と「一部への富の集中」は対立する概念ではなく、同時並行で進みます。無料の教育を提供しているGoogleはオープンソースのソフトウェアや、無料の教育ツールを提供していますが、世界の富を平等にしているわけではありません。
中国のアリババグループが運営する金融サービス企業アント・ファイナンシャルは、金融サービスをIT化することでコストを下げ、ほとんどがクレジットカードを持てず、事業用の資金を借りられなかった中国でそれらに代わるサービスを提供し、結果として世界でも有数の起業大国に変えました。それまで政府との何らかのコネがないとビジネスを始めづらかった中国が、さまざまな分野で新しいビジネスが見られる国になったことで活力は上がり、国全体の生活水準も上がりましたが、一方で貧富の差はさらに激しくなっています。
情報科学により、新興国でも様々なスタートアップが出てきています。インドやエチオピアのスタートアップは、農業の生産性向上など、ベーシックな生活を向上させるビジネスを営む企業が多いですが、それは貧富の差を縮めているわけではありません。
テクノロジーそのものには、格差を広げる・縮めるといった特性はなく、どのような目的にも使えるものです。たとえばメガネや医療といったテクノロジーは、身体的なマイナスを補完します。一方でほとんどのビジネスは貧富の差を広げていきます。
格差解消に有効なのはIT産業でなく、大規模労働集約の製造業
21世紀に入って、所得の格差はますます広がっています。もっともGDPの多い国アメリカでは、リーマンショック後の不況で失業の嵐が吹き荒れる中、「この国の富が1%の人たちに専有されているのはおかしい。私達は残りの99%だ」という主張を掲げてウォール街を占拠するデモ活動が行われました。しかしその後も依然として豊かな1%とそれ以外99%の格差、さらに豊かな1%の中でも最も豊かな30%と残りの70%の格差は広がっています。
15年かけて世界の財務データを集めたトマ・ピケティの『21世紀の資本』は、膨大なデータをもとに、「社会全体の発展速度」よりも、「その資本が集中する速度」の方が早い、というのを立証してベストセラーになった名著です。
『21世紀の資本』の中では底上げと格差解消が同時に進む例といて大規模な工業化が挙げられています。たしかに、IT産業は大規模製造業に比べると、大量の労働者を必要としないため、格差解消にはつながりにくい特性があります。
エチオピア・アジスアベバ郊外の靴工場。深圳の中国企業が移転して靴を製造している。アフリカ最貧国と言われているエチオピアにも工業化の波は訪れている
一方で、世界全体の生活水準の底上げも進んでいます。世界の多くの場所で教育はあたりまえのものとなり、インターネット接続人口は世界の半分を上回って急速成長中。20世紀はじめでは先進国でも当たり前だった児童労働は急速になくなりつつあります。OECD等の国際機関が発表するさまざまな数字は世界が豊かで健康で文化的になりつつあることを証明しています。『進歩 人類の未来が明るい10の理由』や『ファクトフルネス』『21世紀の啓蒙』など、世界全体が良くなっていることを伝える本もヒットしています。
コンピュータ技術は、機会の平等を提供している
他のあらゆる技術と同じく、コンピュータ技術も生活水準の底上げと格差拡大という両方の側面があります。
固定電話や光ファイバーの普及については、「所得の高い国ほど普及率も高い」という関係が見られますが、携帯電話になると単純な所得との紐付けが成立しなくなり、年間所得が5000USDに満たない国でもいくつかの高所得国を上回る普及率の国が出てきます。元々の土台がない国こそ、デジタルIDや決済システムなどが急激に普及して先進国を追い越す発展を見せるリープフロッグ(カエル飛び)と呼ばれる現象です。携帯電話で農産物の売り先情報を収集して売り先を調整するなど、新しいお金の稼ぎ方が可能になります。国際電気通信連合2007年の統計では、新興国では携帯電話が1台増えるごとにGDPが3000ドル増えるそうです。
コンピュータが登場したばかりの頃は一部の専門家に限られていたプログラミングは、オープンソースのテクノロジーによって民主化しました。大資本が提供するクラウドコンピューティングは世界のどこでも利用でき、コンピュータを使った新しい事業を立ち上げることは、どの国のどの階層にも開かれています。
また、GoogleはUXデザイナー、プロジェクトマネージャーなどの職種を無料で学べ、修了者を大卒扱いと認定するオンラインコース「Google Career Certificates」をはじめました。
Googleが始めた教育システム「Google Career Certificates」
こうしたテクノロジーやサービスは、これまで技術へのアクセスが難しかった人たちにも開放されます。結果、新興国でもスタートアップ起業が見られるようになっています。
以前は先進国の大都市に留学でもしなければ不可能だった教育や起業支援へのアクセスがテクノロジーの力によって開放され、チャレンジできる人が増えたのは素晴らしいことです。
こうした機会の平等が増えることは、なぜか格差の拡大も招きます。
ここで間違えてはいけないのは、世界の富の総量は増えていて、人類全体は豊かになっているということです。たとえば労働の効率化と農業の効率化のおかげで、「1時間あたりの労働で得られる食料」などはこの50年間増え続けています。平均寿命も大きく伸びました。その意味で世界は素晴らしく文化的で幸福になっていますが、それと並行して富の集中も進んでいます。その両面を見て、「格差そのものに注目するよりも、全体の底上げにより注目すべきだ」という見方を唱える声もあり、一定の支持を集めています。
公共サービス×テクノロジーに「底上げ」のカギがある
テクノロジーはビジネスに限らず、教育や福祉を含めたあらゆる分野で利用されるべきです。僕はシンガポール在住時代、政府が主催するテクノロジーと教育のイベントや、行政サービスをテクノロジーで向上させていく取り組みにいくつか参加しました。ビジネスと公的機関は目的が違うので、公的機関からのテクノロジー利用は、より格差解消がゴールになりやすいです。
インドでは公共事業として「インディア・スタック」という一連のシステムが開発されています。これまで、貧困層に補助金を支給しようにも、IDも銀行口座もない人たちが多いため有効に機能せず、仕方なく自治体に交付すると途中で吸いとられてしまうなどの問題があり、テクノロジーでの解決を図ったものです。
結果、これまで12億の国民ID「アダール(Aadhaar)」が発行され、国営の決済APIである「UPI」は40USD以下の資金移動は手数料無料で提供されていることもあり、多くのビジネスが生まれました。有名なPaytmもGoogle Payも、インドではUPIの上にサービスを提供しています。これは、システムとしてはアリババグループのAlipayや、アメリカのPaypalなどと共通点があり、少額決済の手数料無料などはよくあるフリーミアムモデルに見えますが、主体が政府の公共投資として行われているので、このシステムを通じた補助金の支給など、所得の再分配に使われています。
ビジネスは今後も「伸びる人を伸ばす」方向で発展していくでしょう。テクノロジーの積極的な活動は、まずビジネスの分野ではじまっていますが、福祉や公共サービスの分野でも今後、テクノロジーの利用が進んでいくはずです。
国や自治体の役目は、起業家を育てることだけではありません。インドのように、公共サービスの分野でテクノロジーがさらに活用されることで、国全体の底上げはさらに進んでいくでしょう。
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