EVENT | 2020/09/03

「テクノロジーによる格差解消」は可能か?【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(7)

エチオピアのスタートアップ企業が提供するサービス「Flowius」。水道メーターをIoT化して、水道料金のカウントコスト...

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コンピュータ技術は、機会の平等を提供している

他のあらゆる技術と同じく、コンピュータ技術も生活水準の底上げと格差拡大という両方の側面があります。

固定電話や光ファイバーの普及については、「所得の高い国ほど普及率も高い」という関係が見られますが、携帯電話になると単純な所得との紐付けが成立しなくなり、年間所得が5000USDに満たない国でもいくつかの高所得国を上回る普及率の国が出てきます。元々の土台がない国こそ、デジタルIDや決済システムなどが急激に普及して先進国を追い越す発展を見せるリープフロッグ(カエル飛び)と呼ばれる現象です。携帯電話で農産物の売り先情報を収集して売り先を調整するなど、新しいお金の稼ぎ方が可能になります。国際電気通信連合2007年の統計では、新興国では携帯電話が1台増えるごとにGDPが3000ドル増えるそうです。

コンピュータが登場したばかりの頃は一部の専門家に限られていたプログラミングは、オープンソースのテクノロジーによって民主化しました。大資本が提供するクラウドコンピューティングは世界のどこでも利用でき、コンピュータを使った新しい事業を立ち上げることは、どの国のどの階層にも開かれています。

また、GoogleはUXデザイナー、プロジェクトマネージャーなどの職種を無料で学べ、修了者を大卒扱いと認定するオンラインコース「Google Career Certificates」をはじめました。 

Googleが始めた教育システム「Google Career Certificates」

こうしたテクノロジーやサービスは、これまで技術へのアクセスが難しかった人たちにも開放されます。結果、新興国でもスタートアップ起業が見られるようになっています。

以前は先進国の大都市に留学でもしなければ不可能だった教育や起業支援へのアクセスがテクノロジーの力によって開放され、チャレンジできる人が増えたのは素晴らしいことです。

こうした機会の平等が増えることは、なぜか格差の拡大も招きます。

ここで間違えてはいけないのは、世界の富の総量は増えていて、人類全体は豊かになっているということです。たとえば労働の効率化と農業の効率化のおかげで、「1時間あたりの労働で得られる食料」などはこの50年間増え続けています。平均寿命も大きく伸びました。その意味で世界は素晴らしく文化的で幸福になっていますが、それと並行して富の集中も進んでいます。その両面を見て、「格差そのものに注目するよりも、全体の底上げにより注目すべきだ」という見方を唱える声もあり、一定の支持を集めています。

公共サービス×テクノロジーに「底上げ」のカギがある

テクノロジーはビジネスに限らず、教育や福祉を含めたあらゆる分野で利用されるべきです。僕はシンガポール在住時代、政府が主催するテクノロジーと教育のイベントや、行政サービスをテクノロジーで向上させていく取り組みにいくつか参加しました。ビジネスと公的機関は目的が違うので、公的機関からのテクノロジー利用は、より格差解消がゴールになりやすいです。

インドでは公共事業として「インディア・スタック」という一連のシステムが開発されています。これまで、貧困層に補助金を支給しようにも、IDも銀行口座もない人たちが多いため有効に機能せず、仕方なく自治体に交付すると途中で吸いとられてしまうなどの問題があり、テクノロジーでの解決を図ったものです。

結果、これまで12億の国民ID「アダール(Aadhaar)」が発行され、国営の決済APIである「UPI」は40USD以下の資金移動は手数料無料で提供されていることもあり、多くのビジネスが生まれました。有名なPaytmもGoogle Payも、インドではUPIの上にサービスを提供しています。これは、システムとしてはアリババグループのAlipayや、アメリカのPaypalなどと共通点があり、少額決済の手数料無料などはよくあるフリーミアムモデルに見えますが、主体が政府の公共投資として行われているので、このシステムを通じた補助金の支給など、所得の再分配に使われています。

ビジネスは今後も「伸びる人を伸ばす」方向で発展していくでしょう。テクノロジーの積極的な活動は、まずビジネスの分野ではじまっていますが、福祉や公共サービスの分野でも今後、テクノロジーの利用が進んでいくはずです。

国や自治体の役目は、起業家を育てることだけではありません。インドのように、公共サービスの分野でテクノロジーがさらに活用されることで、国全体の底上げはさらに進んでいくでしょう。


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