EVENT | 2020/08/12

「仕事が上手くいかないのは、方向性が間違っているからだ」が誤りな理由【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(6)

早稲田ビジネススクールの講義「深圳の産業集積とハードウェアのマスイノベーション」。紫のシャツを着た中央の女性がゲスト講義...

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早稲田ビジネススクールの講義「深圳の産業集積とハードウェアのマスイノベーション」。紫のシャツを着た中央の女性がゲスト講義してくれたJie Qi

高須正和

Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development

テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
https://twitter.com/tks" target="_blank" rel="noopener">Twitter:@tks

「何をするか」より「どれだけやるか」が大事

僕は早稲田大学ビジネススクールでMBAコースの非常勤講師をしているので、キャリアについて質問されることがあります。社会人向けのMBAコースに通ってくる人たちは僕よりよほど恵まれたキャリアだと思うのですが、事業開発として外国で新しい仕事を作っているというところが面白がられているのでしょう。

ほとんどの質問は「どうするといいか」という方向性=Whatの話です。スティーブ・ジョブズも「仕事にはベクトルがいちばん大事」と常々言っていたそうです。数学で使われるベクトルという言葉は、「ある方向性を持った力」という意味です。方向性・Whatに加えて、そこへ向かう力の量が合わさった言葉です。

質問ではWhatを中心に聞かれますが、僕自身は方向性よりも、積み重ねた実績の量や質、つまり「どれだけやるか」の方が大事だと感じています。方向性を問わない純粋な力、スカラーから話し始めます。

「今後ますますテクノロジーの重要性は上がっていくので、テクノロジーに触れ続けていれば何をやっても良いけど、何より自分が面白みを持ってやれることをやるべきで、その分野で多くの友達ができて、周りから名前を知られているぐらいになるのが大事です」とアドバイスしています。周りにその分野に強い人が仕事抜きで集まるぐらいになるのが理想です。

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方向性の良し悪しはやってみないとわからない

どの方向性が正しいかは、始めてしばらく経ち、結果が出るところまでいかないとわかりません。今後も社会はテクノロジーに寄って変わり続けていくでしょうが、コンピュータやネットワークの仕組みはどの分野でも共通するもので、たとえば流通のAmazonから製造業のAppleに転職しても、必要とされるテクノロジーはかなり共通しています。逆に今誰も注目していないブルーオーシャンな分野で、かつ始めたばかりだと、それが後ほど大きくなるかどうかはまったくわからないのです。

すでに社会で注目されている分野だと、一定のレベルまで行くのに必要なスカラーは大きくなります。

新しくライバルが少ない分野だと少ない実績で注目されることができますが、人気になると(特に商売に結びつくと)水準はどんどん上がり、やがて実力者しか残らなくなります。

また、分野全体の注目が減っても、No.1は残ります。何より、他人に聞いて「なるほど、この分野が儲かるのか!」と納得できた時にはそこはもうレッドオーシャンになっています。例えば今Amazonで「コロナ」で検索するといくらでも関連本は見つかりますが、2年後も同じ話をしている人はほとんどいないでしょう。

プレイヤーの少ないブルーオーシャンの時期に始めて、その後世間の注目を集めるようになると、少ない努力で大きい成果が入ってくるので「おいしい」ですが、プレイヤーの少ない時期に始めるのは「流行り物を追わない」人であることが大前提なので、情報収集のみでそれを狙うのは無理があると考えています。

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勢い=モメンタムが質を生む

Jie Qiによる講義の模様

僕の授業でゲスト講義をしてくれたJie Qiは、キャリアについて僕と似た考え方を持っていると思います。それを「モメンタム」(勢い・流れ)という言葉で明快に説明していました。彼女は10歳の時に両親に連れられて中国からアメリカに来た中国系アメリカ人で、コロンビア大学で応用化学と工学を学び、その後MITメディアラボでアートの分野で博士号を取得しています。在学中に知育ツールのスタートアップ、Chibitronicsを起業し、知的財産について啓蒙するプロジェクト「Patent Panda」を立ち上げるなど、複数の分野で活動をしている研究者です。2019年からは東京大学川原研究室に所属しているので、活動する国もこれで3カ国目になります。

スタートアップ、研究、アート、知財と幅広いキャリアを築いている彼女の講義でも、MBAコースの学生(ほぼ全員が社会人)からキャリアについての質問が出ましたが、回答するJieが「モメンタム」という言葉を使っていたのが印象的でした。

博士論文を書く過程で自分のアイデアである知育玩具を量産したのも、その延長でChibitronicsを起業したのも、「アートとサイエンスの間で新しいものを作ることがやりたくて、その間のモメンタムで必要な人たちと一緒に仕事をすることになり、クラウドファンディングや起業をすることになった」と説明していました。

Jie QiがMITメディアラボ在籍時に共同創業したスタートアップ、Chibitrnonics

僕自身は、キャリアや仕事で一番大事なのはスカラー、スカラーを生むのはモメンタムで、ベクトルは結果だと思っています。僕の本業は新規事業開発なので、大きさはともかく新しいことをやることに傾くため、まだ注目している人が少ない分野に手を出すことが多いです。Jie Qiは未知を知に変えるのが仕事の研究者なので、そこは似ている部分があります。どの分野が正しいかはしばらく進めてみないとわからないので、まずはじめてみて勢い、モメンタムを生んでいくことが大事だと考えています。


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