エンタメワーカーの救済策を大きなうねりにしていくために
加藤:株主総会のような企業主導のものは除いて、基本的にどのイベントも中心になって制作しています。イベント当日だけでなく、何カ月も前から準備しますが、イベントの楽しさといえば、なんといってもやり遂げた後の達成感。それも含めた一体感がイベントの醍醐味だと思っています。
コロナの影響で方々からご心配いただくのですが、弊社シー・エヌ・エスはイベントだけでなくデザインや映像、アプリ制作の部門もあるため、不幸中の幸いで、売上はまったくゼロにはなっていません。
ただ、イベント関連会社の中でも、たとえば音声や照明などを専門にやっているところは、コロナの影響で売上がゼロになってしまったところが少なからずあります。そうした協力会社さんに対して、営業自粛を求められた飲食店ほどの救済策があるのかどうか、とても心配です。
―― たしか国のコロナ支援の対象に、イベント関連会社やパフォーマーは入っていないですよね? たとえばドイツでは早々と「文化芸術は我々が生きるために必要なもの」というメッセージと支援を打ち出しました。そうしたことが日本にはないのが非常に残念です。
長倉:ドイツでは、早々と文化支援をしていました。日本の場合、飲食や観光は政策対象にされていますが、イベントやエンタメといった文化面では、今のところ具体的な支援策が出ていません。
一方で音事協のトップの方々が働きかけをしていますが、それを受けて具体的な政策や保障が見えていないのが現状。だからこそ、草の根的に文化の火を消してはいけないというメッセージを発信する必要があると思いました。
最近では、ベーシストで音楽プロデューサーの亀田誠治さんが、エンタメワーカーを救うためのクラウドファンディングを始めました。それから、青森のねぶた師によるクラウドファンディングといった草の根的な動きはありますが、まだまだ大きなうねりになっていないのが現状です。
これを大きなうねりにしていくには、我々のような活動をする人が増えていく必要があると思っています。
ベーシストで音楽プロデューサーの亀田誠治氏の呼びかけにより実施された、日比谷音楽祭のクラウドファンディング第2弾「開催中止で仕事を失ったスタッフへサポートを」は1000万円以上を集めて成立。※すでに募集終了。
エンタメ系パフォーマーにも今後は求められる、DX
―― FM BIRDのパフォーマーのみなさんは基本的に自宅待機をしている状況ですか?
長倉:FM BIRDのメディア出演タレントは、4月の緊急事態宣言以降でも、通常通りの営業を続ける必要がありました。レギュラー放送を担当するタレントは、今回人生初のリモート放送に挑戦しましたが、実は業界全体としても初のことでしたので、想像以上に大変でした。
機材の貸し出しや返却、収録はどこでどのようにするのか、スタジオ内の仕切り設計、移動手段や打ち合わせ方法などなど、スタジオに8割くらいの番組が戻れるようになった現在でも(編集部注:6月末時点)、衛生面でかなり神経をとがらせています。
また、このリモート放送は「オンラインイベント」にもつながっていきました。出演者も Zoom、Webex, Temsといったアプリケーションを学ぶ機会になりました。同時に舞台やイベント仕事が中心の人は、秋まで仕事がほとんどない状態が続いていますが、今後、こうした新しいビジネスモデルに対応できるよう弊社のDXを強化していく予定です。
―― 直近の2〜3カ月でDXが加速せざるを得ない状況になりました。誰しもYouTuberをはじめとする配信者になれる今、プロとアマチュアの違いがあらためて問い直される時代になっていくと思うのですが、その点はどう捉えていますか?
長倉:おっしゃるとおりで、プロとアマの差は、研修や勉強を積んでいるかどうか、あとは人生の教養があるかどうか。自分の専門のことしか見えていないようではダメで、周りのことをちゃんと見渡せるのがプロの仕事です。
MCも同じで、台本をきちんと読めるだけでなく、現場の動きや周りをよく見た上でなければ司会進行はできません。制作者や視聴者の目線がわかってようやくいい仕事ができると思うのです。
DXが加速する今こそ、新しいことを吸収しやすい若手の力が必要
―― オンライン・イベントの事例を積み重ねる中で、加藤さんが実感することはありますか?
加藤:シー・エヌ・エスでもこの流れを汲んで、オンラインイベントチームを発足していますが、実際にやってみると、若い人の活躍の場が増えたという発見がありました。
というのも、若い人ほど新しいツールに対しての吸収が早いんです。たとえば、「Webexにはこんな機能があるけど、Zoomでは使えない」とか、逆もまた然りで、そうした知識をどんどん蓄積していて頼もしいし、今後が楽しみですね。
一方、照明さんや音声さんといったパートナー企業の多くは、年齢層が高めです。できればそこにいる若手が、オンラインの知識を積極的に取り入れて、若手が会社を引っ張って行けるようになれば、業界はまた盛り上がるのではないかと思っています。
先ほど長倉さんから、パフォーマーに向けたデジタルツールの研修の話がありましたが、そこは結構重要だと思います。
我々は実際に、イベントの司会者をアサインする時、Webexで打ち合わせをします。そこで「Webexってなんですか?」という人よりも、理解できている人の方が、当然仕事しやすいわけです。どれくらい理解度が高いか、オーディションをしているくらいですから。すでにそんな時代になっているんですよ。
長倉:舞台美術や照明さんといった業界の3次事業者の人たちは、昔から匠の技がある人が多いですよね。ライブはなくなっても、オンライン・イベントの出演者にいかに照明を当てたら効果的か?といった技術を確立し、逆にイベント会社に提案できるようになれば、理想的です。そういう意味でも今は端境期なのかもしれませんね。
ニューノーマルで生まれる新しいスタイルや産業
―― 今はまだ大変な状況ですが、必ず終わりはあると思います。現場がある日常が違ったかたちで現れて、それがコロナ後のニューノーマルとなった時、いかにプロフェッショナルとして対応していくかが問われるような気がします。
長倉:ニューノーマルといえば、コペンハーゲンの空港で開催されたライブが話題になりましたね。観客は車に乗ったままカーラジオの周波数を合わせてライブ音源を聴くスタイルです。
コロナの影響で閑散とした空港を有効利用するためにも、今年中にあと70件ライブが行われるらしいです。リアルと違って外に出て自由に歩き回れないので、観客同志の交流がなくてつまらないのでは?と思いきや、観客は車の外にいろんなプラカードを作っているのが特徴的でした。
ルールとしては左側の窓だけは開けてOK。たとえば女子2人で観に来た人は「Girls Only」というステッカーを車に貼って、ちゃんとアピールしているという(笑)。ニューノーマルの婚活や出会いのスタイルが生まれていますよね。
日本でも休閑地はたくさんあるし、たとえばライブイベントをドライブシアター式にすれば、近隣にも迷惑がかかりにくいですよね。そうなれば、ケータリングやレンタカーなどの需要も出てくるでしょう。もっと産業を広く捉えると、ニューノーマルも面白いことになるのではないでしょうか。
加藤:知り合いの会社が先日、幕張のイオンモールでドライブ・イン・シアターを開催していたのですが、J-WAVEなどが協賛し、DJイベントも行われていました。日本でもこういう取り組みが増えてきたのは、面白いなと思います。
長倉:発想の変換ひとつで、普段は駐車場としか使っていない場所を2次利用、3次利用できますよね。普段からパーキング内に大きなモニターを設置しておけば、たとえば買い物に行く人は店に入り、そうでない人は車内でのんびり過ごすという新しい余暇のスタイルもあり得るのではないかと思います。
加藤:心配なのは排気の問題ですね。となると今後は、環境にやさしいエコカーがデフォルトになる。そうした動きが、エコカーがさらに普及する後押しになるかもしれません。
―― パラダイムシフトがあらゆる面で起きる中、環境の問題もニューノーマルになっていくでしょうね。パンデミックの10年後の2030年がSDGsの目標達成の節目なので、そこに向かって世の中がどう変化していくかということだと思います。
長倉:原因は特定されていませんが、そもそも新型コロナウイルスが人間界に下りてきたのは、私たち人間が境界を超えてしまったところにも原因があると言われています。
悲しいかな、パンデミックのような大問題が起きて初めてそういうことに気づくきっかけになったのかもしれません。これまで観光客が大勢訪れ、濁っていたイタリア・ベネチアの運河が、街のロックダウンによって人の行き来が減り、元来のきれいさを取り戻したそうですよね(笑)。
―― パンデミックによって工場がストップし、中国やインドの大気や河川がクリーンになったとも言われていますね(笑)。最後に、今後のウイズ・コロナ時代に向けて、お2人がどんな指針をお持ちか、お聞かせください。
長倉:いつも入所してくる新人たちに言っているのは、「社会貢献できるタレントさんになってほしい」ということです。自分たちが学んできたこと、仕事で得たことをどんなかたちでもいいから社会に還元するように言っています。
有名になる、名声を得る、お金を儲ける、視聴率を求めるといったことは、人間の欲望として際限がありません。それを追い求めていてもあまり幸福感は得られないんですよ。
弊社所属のパフォーマーは大体がラジオのDJです。テレビとは違って、50cm以内の距離感で聞くメディアなので、リスナーとマンツーマンの世界。だからこそ、1人1人のリスナーの気持ちにいかに寄り添い、向き合えるか?ということが大事だということを伝えています。
加藤:現状、コロナとの戦いがまだ続く中で、オンライン・イベントの需要は高まっていますが、正直、早くコロナが収束して元に戻るといいなぁと考えているくらいです(笑)。
でも、新しい局面を迎えた今、オンライン・イベントを通じて得た知見や技術を今後も生かして、リアルとオンラインを複合した新たなイベントを作れるよう進化していきたいです。
ありがたいことに、現在オンライン・イベントの問い合わせが殺到していて嬉しい悲鳴ですが、残念ながらリアルなイベントの方が、予算も大きく、やっていて面白い。オンライン・イベントの需要が高まる一方で、リアルなイベントの価値も上がっていって欲しいと思います。