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渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott
エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者
兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)など著書多数。翻訳書には糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経ビジネス人文庫)、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)など。最新刊は『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)。
連載:Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。
未だ収束が見えない、黒人殺害への抗議デモ
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アメリカのミネソタ州ミネアポリスで、白人警官が武器を持っていない黒人男性ジョージ・フロイドの首を膝で抑えつけて圧迫しさせる事件が5月25日に起こった。発端は、フロイドが偽の20ドル札でタバコを買ったというコンビニ店員の通報だった。
これまでも、武器を持っていない黒人を白人の警官が殺す事件は何度も起こっていた。こうした動きについてはニューズウィーク日本版ウェブサイトでの連載「ベストセラーからアメリカを読む」で、「白人が作った「自由と平等の国」で黒人として生きるということ」や「アメリカで黒人の子供たちがたたき込まれる警官への接し方」という記事などで、当時の話題書を紹介しながら書いてきた。
そういった事件が起こるたびに抗議デモは起こったし、ソーシャルメディアでも 「#BlackLivesMatter(BLM、ブラックライブスマター、黒人の命も重要だ)」という抗議運動も高まった。
けれども、フロイドの死の後にミネアポリスで起こった抗議デモは、今までとは異なった。そこで終わらずに全米に飛び火し、新型コロナウイルスへの対応で疲弊している医療従事者も抗議運動に加わった。6月18日現在でも運動は収まらず、世界中で賛同のデモが起こるようになっている。
今回の抗議運動がこれほど大きくなったのには、いくつかの事情が重なっていると筆者は考える。ひとつは、目撃者による多数のビデオからフロイドが警官のデレク・ショーヴィンによって冷酷に殺されたことが明らかなことだ。
ニューヨーク・タイムズ紙が経緯をまとめたビデオを観ると、フロイドはすでに後ろ手に手錠をかけられており、地面にうつ伏せになり、その上に3人の警官が乗っていたことがわかる。抵抗できないその状態で、フロイドは「息ができない」と少なくとも16回繰り返したが、ショーヴィンは8分45秒にわたって首に圧力をかけ続けた。目撃者たちが「息ができないと言っている。やめなさい!」と抗議している目の前で、警官たちは平然と一人の人間を殺したのである(抗議デモが広まった後、ショーヴィンは第3級殺人罪で起訴された)。
もうひとつの要因は、3カ月近く続いているパンデミックによるロックダウンだ。学校や職場が閉鎖され、パブやコンサートなどで友人と集まることも禁じられ、小さな自宅で勉強や仕事をするアメリカ人の多くは、外に出られないストレスをため込んでいる。パンデミックのために職を失った人たちも、リモートワークの人と同様に家で待機するしかない。家にいる時間が長いのでテレビやソーシャルメディアでニュースを追う機会も増え、政府への不信感や憤りをためこみやすくなる。これまでの抗議デモには関心がなかった人までデモに参加したのは、こういったストレスを「抗議デモ」というエネルギーに変えることの魅力があったのではないか。
日本での報道に偏りがあるせいなのか、この抗議デモが一人の黒人男性の殺害への怒りをぶつけているだけだと誤解している日本人がかなりいるようだ。BLMについても誤解が多い。黒人以外にも多くの人種が抗議運動に参加しているのは、この国に構造的な人種差別があることを知っているからだ。それを説明すると長くなるので別の機会にすることにして、今回はほとんど報道されていない「抗議デモの出版業界への影響」について語ろうと思う。