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渡邉祐介
ワールド法律会計事務所 弁護士
システムエンジニアとしてI T企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚などの家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。
増加の一途をたどるSNSによる誹謗中傷
恋愛リアリティー番組「テラスハウス」に出演中だった人気女子プロレスラーの木村花さん(享年22歳)がSNSによる誹謗中傷を苦にして自ら命を絶ったというニュースは、社会問題にまで発展しています。
木村さんの受けた誹謗中傷は、1人による悪口にとどまりませんでした。インターネット上の多数による誹謗中傷で、インターネットを介した集団による「いじめ」ともいえます。
こうしたネット上の「いじめ」では、その加害者のほとんどは、匿名性という隠れ蓑で覆われ、自分は安全地帯にいるという安心感から、まったく利害関係もない有名人に対して「ノーリスクでの攻撃」をするのです。
SNSによる誹謗中傷が後を絶たないのは、インターネットの特性として、匿名で表現行為が行えることにあるでしょう。
有名人が誹謗中傷された過去のケース
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記憶に新しいところでは、元AKBメンバーでタレントの川崎希さんが、ブログを通じて妊娠・出産の発表をした際に、ネット上で「流産しろ」「放火のチャンス」などの誹謗中傷を受けるというものがありました。
川崎希さんは、弁護士に相談し、発信者情報開示請求という訴訟手続により誹謗中傷を行っていた2人を特定しました。被疑者となったのは山形県の主婦(39歳)と大阪府の女性事務員(45歳)でした。今年3月に2人は書類送検されています。
取り調べで、2人は書き込みについては認めた上で、「ほかの人も書いているし大丈夫だろう。バレないだろうと思った」などと供述し、それを聞いた川崎さんはブログで、
「匿名のインターネット掲示板ではバレなければ人を傷つけてもいいと思っている人が複数いるのだと思いとても残念に思いました』とコメントしています。
政府も動き始めたSNSによる誹謗中傷対策
このようなSNSによる誹謗中傷をはじめとする権利侵害情報が増え続けていることを受けて、高市早苗総務大臣はインターネット上で誹謗中傷等を行った発信者の本人情報特定をより容易にするため、現行制度の改正を検討する姿勢を示しました。今年4月から、「発信者情報開示の在り方に関する研究会」が発足し、検討が進められています。
法務省も今年6月1日付けで、SNSで相次ぐ誹謗中傷対策を検討するプロジェクトチームを設置。総務省をはじめとする関係省庁と連携し、民事手続きをスピーディーにするために投稿者情報を開示させる動きに出ています。
6月4日、総務省はSNS事業者などからの開示情報に電話番号を加える方針を示しており、早ければ年内にも関係省令を改正して実施されます。これが実現されると、TwitterなどのSNSの利用者が本人確認のために登録する電話番号が開示されます。
被害者側は弁護士を通じて携帯電話会社などに住所や名前といった発信者の個人情報を照会できるため、裁判の手続きが1度で済むようになり、発信者特定のためのハードルが下がるのです。
こうした動きの背景には、ネット上の誹謗中傷に対する現状の法制度が、かならずしも十分ではない状況があります。まずは現行法のしくみについて簡単に見てみましょう。
ネットの誹謗中傷に関わる現行法は?
「現行法上、発信者(加害者)を特定して責任を追求するまでには、裁判手続きとして大きく3つの段階が必要です。
1.「発信者情報開示請求の仮処分」という裁判手続きをSNSの運営会社(Twitter、Facebookなどのコンテンツプロバイダ)に対して行う必要があります。この仮処分が認められると、SNS運営会社から誹謗中傷の書き込みがなされたIPアドレスとタイムスタンプが開示されます。
2.開示されたIPアドレスから加害者が利用した携帯電話キャリアなどの回線事業者が判明するため、その回線事業者に「発信者情報(住所や氏名等)の開示請求の訴訟」を提起する必要があります。これに勝訴すると、原告には回線事業者より発信者情報が開示され、発信者(加害者)がどこの誰か特定できます。
3.特定された発信者(加害者)に対して、名誉棄損等の不法行為に基づく損害賠償請求という民事上の責任追及や、刑事告訴による刑事上の責任追及を行うことができるようになります。
こうした3つの裁判でそれぞれ成果を挙げる必要があります。つまり裁判に3連勝しなければならないのです。
なお、法的強制力はないものの、裁判以外の方法で発信者情報の開示を請求する方法もありますが、運営会社や回線事業者の判断に委ねられており、実効性に乏しいものとなっています。
裁判「3連勝」の高いハードル
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「上記の裁判手続きには、それぞれにハードルが存在します。たとえば、1の「発信者情報開示請求の仮処分」では、SNS運営会社がTwitterなど海外に本拠をおいている場合、海外SNS運営会社の資格証明(日本でいう法人登記のような書類)が必要です。
しかし、これを手に入れること自体が慣れない人には難しいばかりか、運営会社によっては、この資格証明を入手するためだけでも弁護士費用以外に費用が必要になることもあります。
次のステップの「発信者情報の開示請求訴訟」に進めたとしても、プロバイダ責任制限法4条1項の定める厳しい要件(被害者の「権利が侵害されたことが明らか」であること)をクリアする必要があります。
この要件はかなりのハードルとなっていて、被害者にとって不快な誹謗中傷であればどんな表現でもいいわけではなく、誰がどうみても権利侵害だといえるようなものでなければ開示が認められません。表現行為への制限は、憲法21条で認められている表現の自由への侵害となりうるために、厳格な要件を設けているのです。
また、誹謗中傷の投稿時に用いられたPCなどの端末が、たとえばネットカフェで不特定多数が利用できるものだった場合、個人の特定に至らないこともあります。IPアドレスから特定できるのは、あくまでインターネットプロバイダ契約者の情報です。
ですので、特定された契約者が投稿者本人であるという推定は働くものの、かならずしもその契約者が投稿したとはいえないケースもあり得るわけです。
そして投稿者本人の特定に至ったとしても、その投稿者に損害賠償請求訴訟で勝訴できるか、勝訴した後に賠償金を支払う余力があるのか、という民事訴訟一般のハードルの高さもあります。刑事事件にしたとしても、加害者を有罪までもっていけるか、それ以前に、刑事告訴が捜査機関に受理されるか、という刑事上のハードルもあります。
以上の手続きはすべて裁判手続きであるため、現実的には弁護士に依頼せざるを得ないケースがほとんどです。それぞれでかかる弁護士費用を考えると、出費もかなりのものになってきます。
投稿内容からして明らかに誹謗中傷があったといえるケースでは、発信者は加害者としての責任を負うべきですし、被害者が救済されるのが法治国家としての正義といえるでしょう。
ですが弁護士としては、望みを託して相談に訪れた被害者に対して、必ずしも本人特定まで約束できるわけではないこと、3連勝することのハードルは高いものだという説明は避けては通れません。
法治国家としての正義を実現するのに、ハードルがとても高いというのが我が国の現状の法制度なのです。
実は、こうした課題に対しては多くの法律家や専門家たちが法改正を求めて運動を続けていました。日本弁護士連合会などは2011年から現行法制度の問題点や意見を訴え続けてきたのですが、この10年間、問題点は解決されず、現在に持ち越されています。
木村さんの悲報は、社会を動かすきっかけになったといえるでしょう。