「SDGs」という言葉は使っていなかった
――「4つの約束」はいわゆるSDGs的な取り組みでありつつも、経緯としては直接は関係無いものですね。
浅見:そうですね。国連や国の要請に応えようと突然捏造したわけではないですから。実は我々のキーメッセージの中では、「SDGs」って言葉を1度も使っていなかったんですよ。
「4つの約束」特設ページより
――言われてみれば、確かにそうですね。
浅見:SDGsが流行る前から我々は人権や環境、安全性にずっとこだわってきたから、逆に乗っかりたくなかったという思いもあるんですよね。なのでここはあえて距離を置くように意識しました。
――なるほど。「SDGs」を謳う企業の取り組みはほとんどスルーされているのが実情ですが、「4つの約束」がそうならなかったのは、こういった成り立ちの違いからくる良い意味での違和感を消費者がビビットに感じ取ったからかもしれません。
――取り組みへの反響はいかがでしたか?
浅見:当初はちゃんと効果が出るまでに3〜4年はかかると思っていました。私たちのお客様はどこにいるのか、ちゃんと届くのか、という不安があったんです。でもSNSでのシェアもそうですが、結果としても思っていたよりもたくさんの共感をいただけました。
――それはどのようにしてわかったのでしょう?
浅見:キャンペーンに合わせて、初めてD2Cサイトを作ったのですが、そこでの反響が非常に大きかったんです。
商品の値段はもちろん定価。ステンレスボトルも約4000円ほどと決して安くはありません。正直もっと安く手に入れようと思えばそれもできますが、ちゃんと理由があってのこの値段ですから。
例えば、「NO紛争鉱物」「NOフッ素コート」と掲げているように、使う材料についても隅々まで配慮していますし、製造過程において少しでも瑕疵があれば絶対そのまま出荷しません。個人的にも、そこまでやるのか、と驚くほどです。他にも、 営業利益の一部を、世界中に衛生的な水を届ける活動を行う国際NGO「ウォーターエイド」へ寄付するということなども行っています。
つまり、我々の製品がなぜ高いのかちゃんと説明して、「高いけれど、それでも買ってください」というサイトだったんですよ。当初は数千本程度売れたらいいなと思っていたのですが、結局売れたのは数万本単位で、やっぱりそこに対して共感してくれた人が多かったんだなと感じました。
――企業姿勢に売上もついてきた形ですね。
浅見:企業としてはもちろん売れたら嬉しいのですが、売れるかどうかに関わらずやっておくべきことはやっておく会社なんです。例えば電気ケトルで言えば、うちが今メッセージとして据えているのは「早く沸く」ではなく「ひっくり返してもお湯漏れが最小限で、蒸気が出ない」ということ。なぜなら、電気ケトルは転倒による火傷の怪我がとても多いからです。
これまでは○○秒でお湯が沸きます、という差分競争で争っていましたが、買っていただいたお客様に対して我々は愛情をもって企画しているということを知っていただきたかった。そして、早く沸くことよりも、火傷をせずに生活の中で毎日安全にお湯を使えることが重要だ、ということにお客様にも気づいていただきたかったんです。
――いち消費者として、何が欲しいのか、何が必要なのか、自分のことぐらい理解しているつもりになってしまいますが、企業のマーケティングが私たちの意思決定に介入している割合は非常に大きいなと感じます。
浅見:そういった影響を含めて、お客様とメーカーは経済合理性でつながっていたのがある種当たり前でしたが、今は信頼関係による繋がりに変わってきているんじゃないかと思います。
差分競争から降りて、疲弊しない物作りを
――具体的に、マーケティングはどのように変えていったのでしょう?
浅見:例えば、以前は毎年時流に合わせたCMを作って、その都度コピーも変えて、とやっていました。でも検索すれば過去のCMも全部見れてしまうような時代に、毎年違う格好で違うことを言っている企業って信用おけないな、と思ったんですよ。
製品を含めてどこを切っても同じ人格で、言動に一貫性をもたせるというのが私として拘ろうとしていた部分なんです。
――人格がぶれないよう徹底されたんですね。注目を集めたSNS含め、デジタルはいかがですか?
浅見:これまで、SNSの運用はほとんど広告代理店に丸投げしていたんです。でもそれを止めてアカウントの中の人は自分たちが主体でやろうと決めました。
――なぜでしょう?
浅見:やっぱり「企業人格」は人に任せられない領域だと思うんです。我々が何を思っていて、どこに行こうとしていて、何を訴えたいのかというのは、ソーシャルの時代、我々自分たちでできるだけ全部やらないといけないと思っています。
――徹底して「企業人格」にこだわっていますね。
浅見:以前は競合には絶対勝てないし……という感じで、社内がちょっと諦めモードみたいな感じだったんですよね。商品企画でも、昨年競合他社がこれをやったから、うちも今年はこうしましょうというケースが多かった。
でも、そうじゃないでしょうと。他社が何をしているかではなくて、うちが何をしたくて、どこに行こうとしてるのかが重要だよね、ということで、他社をベンチマークにするのをやめたんです。するとなにが起きたかと言うと、今年は逆に他社がうちを真似したようなマーケティングや製品を展開するようになってきたんです。
――なるほど、行動指針をはっきりとさせ、ブレずに取り組むことで立場が逆転したんですね。痛快です。
浅見:それからは、SDGsに合致したような、つまりタイガーの企業人格に沿ったアイデアが社員から積極的に提案されてくるようにもなりましたし、社内の雰囲気そのもがすごく変わったように感じます。差分競争から降りたことで、無駄に疲弊することもなく、今は自分たちの製品が社会を良くしているという誇りを持って製品を作れるようになったと思います。
こういったことを経て、最近は採用活動にも影響が出てきました。昔は大手の滑り止め的な位置で、工学部の学生を採るのにすごく苦労していたのですが、タイガーの企業人格や、宇宙での実績など色々なことが明確になったことで、学生からの応募がものすごく増えました。しかも「寄らば大樹の陰」的な思考ではなく、ビジョンや、未来を作り出す製品づくりの一員でいたい、というような志の高い子が希望してくれるようになりました。
これからは定年まで働かない社員もどんどん増えてくると思いますが、その人生の一時期をタイガーで働いて、「あの頃はすごく楽しかったし、やりがいあったよね」という記憶に残る会社になって欲しいですね。
競合はすでに海外企業へと
――会社としての、今後の動きや目標について教えて下さい。
浅見:まず、大きな方向性としてはグローバルを目指したい、という風に思っています。やはり我々の独自性や技術に素晴らしいものがあるということはJAXAとの取り組みで証明できました。なのでこれをいかに、いちベンチャーとして、グローバルに伸ばしていけるかチャレンジしていきたいですね。
――ということは競合相手も変わってきますね。
浅見:私としては、競合は欧米諸国のボトルメーカーだと考えているんですよ。我々はグローバルに通用する物を作っている自負があるので、正直、今競合視されている企業は日本で頑張ってくださいぐらいに思っています。
――たしかに、ボトルのデザインもグローバルスタンダードに合わせた雰囲気に変わってきていますね。
浅見:実は私が入るまではボトルは男用が青、女用がピンクで後は白と黒ってラインナップだったんですよ。私が入社した時にいきなりピンクのボトルを渡されて、この歳でこれ使えっていうの!?とか思って(笑)。
だから典型的な価値観の押し付けをまずやめたいと思いました。2018年以降は、性別によって色を決めるようなことはせず、いろんなカラーリングで出すようにしています。
ちなみにテレビCMも、以前は女性が男性のためになんでも言うことを聞いて料理を作る、というような構図のものを作っていましたが、それも速攻で取りやめました。今は、シングルファーザーとしてお子さんを育てていらっしゃる市川海老蔵さんにご出演いただいています。「幸せな家族像=お父さんお母さんに子ども2人」というような価値観の押し付けもやめて、多様性を尊重するものにしました。
――最後に、浅見さんご自身の展望などを伺えればと思います。
浅見:まず、こういった取り組みの甲斐あってか、業績も好調なのは良かったんですが、それよりも、社員のみんながタイガーの一員として物を作ってるってことに誇りを持てるようになってきたこと、すごく楽しそうに仕事をするようになったことが、私は本当に一番嬉しかったんですよ。
とは言え、これからもっと会社を伸ばさないといけないので、いかに現場に余計なプレッシャーをかけず、楽しく働いてもらいながら売上と利益を伸ばしていくかというのは、私たち経営陣の工夫のしどころかなって思います。
あとは、一社でも多くの日本企業が経済合理性や、単純なメディアへの露出を増やすばかりじゃなくて、自分たちがいかにいろんなことを考え、会社を経営し、物を作っているか、ということをもっと出していくと、ちゃんとお客様には伝わるよ、と伝えたいです。