ステンレスボトルや炊飯器、電気ケトルでおなじみのタイガー魔法瓶株式会社は昨年7月、自社のステンレスボトル(正式には「真空断熱ボトル」)シリーズにて『4つの約束』と銘打ち、「NO・紛争鉱物」「NO・フッ素コート」「NO・丸投げ生産」「NO・プラスチックごみ」を掲げたプロモーションを展開した。
この取り組みは、ものづくりの現場に根強く残る人権軽視や環境破壊に抗する企業としての姿勢を実直に演出し、特にTwitter上では大きく話題を集めた。
今回、プロモーション開始から1年が経つタイミングで、同取り組みを主導する取締役の浅見彰子氏へインタビューを行った。2018年に入社後、広告宣伝のみならず商品企画、事業戦略など現場の統括を任されている、いわば今回の立役者だ。
大きな変革の時を迎える社会の中で、企業はどのように振る舞っていくべきなのか?表面的な「SDGs」を喧伝するだけでは決して生み出せない、「日本企業らしさ」をベースにした取り組みのヒントを授けてもらった。
なお当記事は、ジャーナリストである佐久間裕美子氏による『「SDGs」と「五輪支持」を掲げる矛盾。日本企業はSDGsにどのように取り組んでいくべきか』と合わせて読んでもらうことで、「企業」と「SDGs」の関係についてより多角的に考えることができる。また、取材には佐久間氏にも聞き手として同席いただき、話しを深める助けをいただいた。
文・構成:赤井大祐 聞き手:赤井大祐、佐久間裕美子
浅見彰子氏
浅見彰子
タイガー魔法瓶㈱ 取締役 (ソリューション本部担当、BM 総括)
上智大学工学部電気電子工学科卒。要素技術開発・次の100年を見据えた事業戦略・商品企画・戦略的マーケティング・広報宣伝PR・知財法務などを横断的に担当している。
徹底した「企業人格」作り
――「4つの約束」は、日本企業の”SDGs的”な取り組みとしては、異例の注目を集めましたね。
浅見:ちょっと最初に誤解を解いておきたいのですが、「アメリカの企業はSDGsすごいよね。でも日本の企業は全然駄目」ってマスコミなんかがよく言いますよね。でも、日米両方の会社に勤めた経験のある私からすればまったく逆だと思いますよ。
――そうなんですか?
浅見:日本の企業ってこういうことがある意味当たり前だと思っているので、表立って言わないんですよ。でもアメリカなんかはベースの考え方が異なるので、ちょっと良いことをするとすぐに注目されるんです。
――なるほど。この取り組みはどのように始まったのでしょう?
浅見:タイガーは2023年に創業100周年を迎えるのですが、「次の100年間に向けて、どんな会社にしていくかをちゃんと定義しよう」という話になりました。ゴールを設定し、そこから逆算して会社を経営していきたかったんです。
――次の100年はどのようなものであると?
浅見:やはり、持続可能な社会を目指すことになるだろう、という見立てはありました。そこから、じゃあその時代における企業というものはどうあるべきなのか? タイガーという企業はどこへ向かうべきなのか、ということを経済合理性とかではなく「企業人格」から考えたんです。
――「儲かるから」「社会に求められているから」、ではなく「タイガーという企業はこういう人格だから」という行動の指標を決めるということですね。
浅見:はい。まずはメーカーなので技術者としての側面があるだろうと考えました。そして、ちょうどJAXAと共同開発した宇宙で使用する真空二重断熱容器が宇宙に打ち上ったこともあって、技術的には「宇宙一の熱制御企業」というマインドを持つことができたんです。でも技術者である以前に、もっと根幹にある人格を考えないとね、という話になったんです。
例えば昨年、コロナの影響で日本中の工場が閉まって、大企業が期間工をやむなく人員削減していましたが、タイガーでは全員ハイヤリングして、給料も全部出しました。元々自社工場へのこだわりなんかも強く持っていて、そういうことを本当に普通にやってる会社なんです。もちろん、紛争鉱物のチェックも、実は以前から大体はやっていたんですよ。
――「4つの約束」はもともと持っていた企業としての姿勢を改めて言葉にした、ということですね。
浅見:なので、根本で我々はどういう人格で、何のために存在していて、社会にどう貢献していこうと考えているかをちゃんと訴え、組織として徹底していくことにしました。その過程で、紛争鉱物の非使用のチェックなどを改めて徹底し直しました。だって、「大体やる」のと「完璧にやる」のって雲泥の差ですよね。
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