バーチャル伊勢丹はあくまで百貨店事業
――これを実現するにあたり、「会社への提案」は大きな関門だったと思います。なにせ「バーチャル世界に伊勢丹を建てよう」という話ですので。
仲田:そうですね。思い立ってから3回提案に挑戦したのですが全部通らなくて、どうしようかと悩んでいた時に「社内企業制度」と出会いました。2年前にできた制度なのですが、知った時は「これだ!」と思いまして、そこで再チャレンジをしたのですが、また落ちまして……。
――あれ、そう簡単にはいきませんね。
仲田:会社からは「実現可能性が見えない」ということを言われていました。ただここで落ちたことによりやる気に火がつきまして、まずは自分で実物を用意しようと考え、当時の部下と2人で毎日YouTubeを見てCGのモデリングを独学で勉強しました。それで、完成像を提示できるところまでもっていって、翌年ついに採択となりました。
もちろん、会社としてもまだまだ実証実験段階だと捉えている部分は大きいと思いますが、これから結果を出して行くことで次のステップへ進んでいけるのかな、という状況です。
――会社に対してはどういった事業として説明したのでしょうか?
仲田:僕が一番重要視して話した文脈は「新規事業ではなく百貨店事業」ということです。百貨店は時代に合わせてお客さまのニーズを読み取って品物を揃えていく、お客さまを第一に考えていくものだと僕は思っています。
そして、現代社会ではオンライン空間上で多くの若者がコミュニケーションを取り合って生活しています。そういった方々を新規の潜在顧客と捉え「オンラインでコミュニケーションをとり生活をするお客さまにとって必要なものを揃えて、提供する場」であることを伝えました。
もちろんそれを実現するためには、「新たな収益になっているか」は必須事項です。なので、現在はどれだけ会社に対してそのことを示していけるか、という状況ですね。
――新規の収益を生み出していくために、どのようなことを考えていますか?
仲田:1つは「アバター用の洋服のファッションデータ」の販売を考えています。在庫リスクがなく、倉庫に保管も不要。データなので何万点でも販売可能なので、百貨店が抱えるリスクを極端に軽減することができます。つまり、冒頭でお話した、服飾の学生たちが抱える不安に対しての、1つの答えになるのではないかと思います。
「REV WORLDS」の仮想伊勢丹新宿店内
――なるほど、そこから人気のデザインは実際の洋服として販売する、といった動きに派生していくこともできそうですね。ECとの差別化はどのように考えているのでしょう?
仲田:色々な方にインタビューをしてわかってきたことは、バーチャル世界の中に求める体験は大きく2つに分かれるということです。1つはリアルの自分のためのソリューション。例えば実際に伊勢丹に来られない方々がバーチャル伊勢丹で買い物の下見をするといったような、リアルの自分になにかを還元するための体験です。バーチャル世界を通してECで買い物をする、という方もここに入ります。そしてもう1つが「アバターとしての自分のライフスタイル、自己表現の場にしたい」という方々です。
極論ですが、ECのためにバーチャル世界を使うというのは、トレンドではありますが、一方で在庫が存在する従来の百貨店業であることに違いはありません。百貨店業は「商品数が100だったら獲得できる利益はこれだけ」と決まるビジネスで、完売させるためにメディアに出たり、ECに載せたりと手間もコストもかかる。1%~3%の営業利益を得るビジネスモデルの上にさらにバーチャル世界を作るコストをかけるとなると、少ない営業利益率をさらに圧迫していくことになります。
――確かに、ECへの流入を支援する広告塔にしては、手間もコストもかかりすぎるかもしれません。
仲田:ただ現状では、アバターの服をデータで買いたいという市場より、バーチャル世界内であっても、ECで買い物をしたいという市場の方が100倍ぐらい大きいのが現実です。そこでバーチャル伊勢丹では、おそらくバーチャル世界から一番縁遠いと思われる30代の女性の方々をターゲットに、コスメや婦人服などのEC販売からスタートしました。
そうやってまずはバーチャル世界に慣れてもらうことで、使用しているアバターとのシンクロ率が高まってくる。すると次第に「こういうアバターにしたい」「こういう服を着せたい
」といったニーズが増えてくるのではないかと思っています。普段からゲームをする人や、VR Chatなんかでアバターに馴染みのある人はすでにそういった部分に価値を見出していますし、まずはどのようにバーチャルの世界に慣れてもらうか、というのが重要になってくるかと思います。
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