CULTURE | 2021/02/01

「自民党は特権階級」「医療崩壊はウソ」社会を混乱させる陰謀論、免疫力をつけるにはどうすればいい?

【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(11)

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倉本圭造

経営コンサルタント・経済思想家

1978年神戸市生まれ。兵庫県立神戸高校、京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感、その探求を単身スタートさせる。まずは「今を生きる日本人の全体像」を過不足なく体験として知るため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、時にはカルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働くフィールドワークを実行後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングプロジェクトのかたわら、「個人の人生戦略コンサルティング」の中で、当初は誰もに不可能と言われたエコ系技術新事業創成や、ニートの社会再参加、元小学校教員がはじめた塾がキャンセル待ちが続出する大盛況となるなど、幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。アマゾンKDPより「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」、星海社新書より『21世紀の薩長同盟を結べ』、晶文社より『日本がアメリカに勝つ方法』発売中。

陰謀論が蔓延する社会を良くするためには、何に気をつければいいのか

最近の日本という国について、日本人としてあまり「うまくいっている」と感じていない、一種の「機能不全状態」にあると感じている人が増えているように思います。

特に最近のコロナ対策の混乱ぶりや、アメリカ大統領選挙に関する陰謀論を真剣に信じ込んでいる人が、ある程度知的と見なされていた保守メディアの中にもかなりいた(さすがに完全にバイデン大統領が就任してからは少しおとなしくなったようですが)状況…などに頭を抱えている人も多いでしょう。

このFINDERSというウェブメディアの編集者と次の連載記事の相談をしていたら、

再び感染者が増加した新型コロナか、アメリカ大統領選挙の混乱についてのどちらかでお願いしたいですね

と言われたのですが、この2つの大テーマは実に「同じ問題」を抱えていますよね。

それはいわゆる「陰謀論」の問題です。

普通の「主流メディア」で扱われる世界観とは全然違う「真実」を俺は知っているぜ!と主張する人たちがインターネット上に溢れかえっていて、

「政治的立場は違えど“この程度”は事実として共有した上で話せますよね?」

といった常識を吹き飛ばしてしまう。 

新型コロナと米大統領選、どちらの「陰謀論」も、最初のうちは笑って「こういうのも自由主義社会であることのコストのひとつだろう」とか言っている人も多かったですし私もそう思っていたのですが!

しかし、コロナ対策がここまで混乱を繰り返したり、単に知る人ぞ知るネットの奇人変人だけがハマってるだけじゃなくて日本の保守系独立メディアの大半がアメリカ大統領占拠の陰謀論を真剣に論じている状態には、ちょっとさすがになんとかしないと…という気持ちになってきました。

新型コロナ対策にしろ大統領選挙についてにしろ、「現実からかけ離れた陰謀論」が蔓延している状況では、「民主主義的な決定」をすればするほどどんどん「現実からかけ離れた現状認識」に基づいて突き進んで行ってしまうわけで、こんなのならもう中国みたいな権威主義社会で「少数の賢いエリートが全権を握る社会」にするしかないんじゃないか? というような風潮にさえなってしまいます。

それでも私たち日本人があくまで民主主義社会を維持していきたいなら、

私たちの社会は「陰謀論の蔓延」とどう対峙していけばいいのか?について一度根本的なところから考え直してみる必要がある

ところまで来ていると言えるでしょう。

その「陰謀論の蔓延」に打ち勝つことで、日本社会はコロナ対策にしても、アメリカ新大統領の政策がもたらす国際社会の変化に適切に対応していくことも、スムーズに行えるようになるでしょう。

ちなみに初めての方に少し自己紹介をすると、私は20年近く前に学卒でマッキンゼーという外資系コンサルティング会社に入ったのですが、そこで行われるような「グローバル経済最前線」的な社会の運営の仕方と「日本社会の基盤的な部分」との間のギャップがあまりに大きく感じて精神を病んでしまい、

「このまま続けていたら、社会がどんどん2つの何の関わりもない集団に分断されて罵り合うようになってしまうんじゃないか?」

…という危機感を猛烈に覚え(それは結局“トランプ派とそれ以外との対立”といったかたちで世界中の大問題になるわけですが)、その「両者」を繋ぐ社会運営のあり方のビジョンを求めて、一時はわざわざカルト宗教団体に潜入してみたり、ブラック企業で働いてみたりして「日本社会のリアリティ」を体験したあとに、中小企業向けの経営コンサルタントとして生活してきました。

つまり、「グローバル資本主義の世界」も「ローカル社会における人間関係や経済活動」も両方体感しつつ、その狭間で生きてきたわけで、「分断された2つの世界を繋ぐ」のは私のライフテーマなんですね。

まさに「社会に陰謀論が生まれる源泉としての分断」の最前線で色々と模索してきた人生といえると思っていますし、おそらくこの記事を読んでいる方のように「なんでこんなに陰謀論が流行るのかそもそも体感として理解できない」という知的なキャリアの人には「なるほど、そこに気をつければいいのか!」というような視点を提供できるものにできるはずです。

1:「福島」の時とは違う希望も見えてきている

最近、ワクチンに関する過剰な危険性をアピールする言論(これも陰謀論の一種だと思いますが)を安易に掲載したメディアに対して、全国の医療者や専門家などがスクラムを組んで反対し、次々と撤回させたという出来事がありました。

また、ツイッター社は公式ブログにおいて、新型コロナワクチンに関する陰謀論をSNSから排除していくポリシーを発表しています。

もちろん科学的裏付けのある、危険性の検証記事があることは必要ですし、ワクチン摂種が最終的には強制ではなく任意であるべきだという考え方にも深い意味があると思いますが、科学的に間違った恐怖心を煽り立てる事でアクセスを集めようとするような悪意に対して、社会がちゃんと「NO」とい言える体制ができつつあるのは非常にポジティブなことだと言えるでしょう。

いろいろな人が比較していますが、東日本大震災の時の原子力関係においては、放射線に関する専門家の数が医療関係者の数と比べるとあまりに少なすぎて、当時は「スクラムを組んで非科学的に煽り立てる言論を抑え込む」機能を十分に果たすことができませんでした。

結果として、原子力の活用に賛成にしろ反対にしろ、過剰なゼロリスク信仰の中で合理的な決定が混乱し続けることになってしまいましたよね。

今回は「福島の時」とは違う可能性が見えてきつつあるのは、非常に希望が持てます。

特に現代社会で問題なのは、「いわゆる“右や左”といった党派性」が、「現実に対する客観的な認識」を吹き飛ばしてしまう状況に陥ることですよね。

・今の日本政府は「邪悪な敵」だから、奴らがやっている政策は必ず間違っているはず、間違っているべきだ。情報を隠しているはずだ。
・サヨクどもは「邪悪な敵」だから、奴らが言っていることは必ず間違っているはず、間違っているべきだ。扇動して社会を崩壊させようとしているに違いない。

…こういう「党派性」が先にあって、それに合った「敵を全否定できる情報であればデマでもなんでもいい!」という感情を暴走させてSNSで仲間内で盛り上がり、「それみろ、やっぱり“アイツラは完全に“邪悪な存在”なんだ!”」と盛り上がる…ということを繰り返しているうちに、「現実に関する客観的な認識」は遥か彼方に吹き飛んでいってしまいます。

結果としてそこに「陰謀論」が生まれていくことになる。

ではどうすればいいのでしょうか?

私たちの社会が、「陰謀論」に対する免疫力をつけるにはどうすればいいのでしょうか?

2:「右VS左」から「現実派VS妄想派」への対立構図の変化に持ち込んでゆく

「左右それぞれの党派性」が力を持つのは、簡単に「正しい俺たちVS邪悪なアイツら」的な構図に持ち込めてしまうからだ…という分析がよくなされます。

私は、社会を陰謀論の蔓延から救うには、毒を持って毒を制するというか、私たちも積極的に「俺たちVSアイツら論法」で対抗していくしかないと思っています。

最近SNSで以下のようなことをいろんな人が言っているのをチラホラ見るんですが(すいませんが誰がオリジナルかはわかりません)、

これからの時代は、政治的立場の違いよりも、リアリスト(現実派)かドリーマー(妄想派)かの違いの方が大きくなっていく

つまり、

「ネットで俺は真実を知った!マスゴミが言ってるのは全部ウソだ!」という“ドリーマー(妄想派)”さんたち

と、

「まあ政治的立場はそれぞれだけど事実関係はこういうことだよね」というリアリティへのグリップを一応持っているリアリスト(現実派)さんたち

の間の分断の方が、「政治的立場の違い」よりも大きくなっていくのではないか…という指摘でした。

リアリスト、ドリーマーという単純すぎる分類が個人的にはあまり好きではない(本当に“現実派”であり続けるためには一種“ドリーマー”と呼べるぐらいの熱意が必要だったりしますし)ので、ここからは

「現実派」VS「妄想派」

という用語でこの対立を表したいと思います。

私は、「この情勢変化」は基本的に希望への道だと考えています。

つまり、「左右の党派争い」がSNSで紛糾して果てしなく現実認識が空論化していく流れを止めるには、「現実派VS妄想派」という“新しい党派争い”に置き換えていくことが重要」なんですね。

右でも左でも、「今までは仲間に見えていたけど、ちょっとアイツラとは一緒にされたくないな」という感情が満ちてくることで、「右でも左でも現実派寄り」の人たちが一箇所に集まって「新しい味方」を見つけてスクラムを組めるようにしていくことが、社会が「陰謀論」に対して”“免疫力”を発揮していくために大事なことなのです。

その事を、以下では私が7年前ぐらいから著書で繰り返し使っている図を使って説明します。

3:「言論の場のカーブ」をM字から凸型に持ち上げていく

以下の図では、横軸が左に行くほど「改革派な方向で過激」、右に行くほど「保守派の方向で過激」な意見であることを表し、縦軸がその意見の「社会の中でのコンセンサス(同意)の集めやすさ」を表しています。

特に最近の“分断”が問題な社会においては、以下のM字のような形になっています。

社会が「現実派VS妄想派」でなく「左VS右」が重要な状態にあるとき、

「敵陣営に属する人間が言っているまともな意見より、味方陣営に属する人が言っている、まともそうに見えて荒唐無稽な意見の方を徹底的に褒めたい」

という原理でみんなが動くことになりますよね?

そうすると、まああまりにも極論すぎて見るからにバカバカしい意見が広く共有されることは少ないので、図の左端、右端に行くにつれて曲線は下がってきますが、問題は図中で「原爆解」「ホロコースト解」と書いた部分に、「現実的にあまり良いとは言えないが物凄くコンセンサスを取りやすい点」が2つできてしまうことなんですね。

なぜ「原爆解」「ホロコースト解」と呼ぶのか…については20世紀の人類の歴史とイデオロギー対立の関係に関わる深い話があるので、ご興味があれば去年書いた私の著書『「みんなで豊かになる社会」はどうすれば実現するのか?』を読んでいただけるとありがたいのですが…

とりあえずは、以下の2点を覚えておいてください。

・「ホロコースト解」の特徴は、「そのままで行くと完璧とは言えないが6~7割ぐらいの点数が取れる。しかしその犠牲になる役割の人にとっては辛い道」であるということ。

・「原爆解」の特徴は、「その理想主義的な目論見どおり多くの人の連携を最適に取れればとても良い案になりうるが、完全に連携が取れないと目もあてられない混乱に陥る可能性がある危険な道」であるということ。

ここまで書くと、わかる人には現代社会の、あるいは歴史上のいろんな問題におけるいろいろな問題について「ああ、そうそう、こうなるんだよねえ」的な連想がアレコレ働きだしているのではないかと思います。

結局「一番現実的で良い案を、広い連携を取って一歩ずつ進めていく」という、この図の「中央」の部分に合意形成をするのは非常に難しくなるわけで、そこを「合意形成のデスバレー(死の谷)」と呼ぶことにします。

こういう分断が定着すると、「陰謀論」を振りまく人が増えます。それはつまり、「現実的で意味のある提案」よりも「いかにかっこよく“敵側の邪悪なアイツら”をこき下ろすことができるか」という基準でみんなが必死に中身のない意見を放言しまくるからですよね。

一方で、先程の「M字分断」の図に対して、「理想はこうあってほしいよね」というのが以下の「凸型の図」です。

真ん中に安定した「凸」になっている部分があって、「立場は違えど現実的にはこの範囲だよね」という共有感覚が安定しているので、どちらの側も「弱み」までもちゃんと見せあいつつ意見を持ち寄り、具体的な対策を練り上げていくことができます。

かといって「異端的な意見」が排除されているわけではなく、両端に「シグナルとしての異端者」と呼ぶべきゾーンで一度「ある程度共有しやすい盛り上がり」が存在する。

大事なのは、

・「真ん中の凸」部分に参加している「保守寄り」の人は、「右のシグナルとしての異端者」たちに心理的共感は一応持っていて動向をフォローしている…という「地続き」の人間関係を維持すること

・「真ん中の凸」部分に参加している「改革派寄り」の人は、「左のシグナルとしての異端者」たちに心理的共感は一応持っていて動向をフォローしている…という「地続き」の人間関係を維持すること

です。

異端者が考えることは人類社会にとって非常に重要なヒントになりえることです。が、異端者は社会の実情がよくわからないからこそ異端者なので、そのままでは全然具現化できない無理筋の意見になっていることもよくあります。

この「凸」部分と「異端者」の関係は、聖書の有名な言葉でいうと

「光は闇の中に輝いている。しかし闇は光に打ち勝つことは決してなかった」

…みたいなバランスが保たれていることが重要なんですよね。

「凸」部分が安定的に共有できているほど、「異端者」の意見をヒントとしてどんどん取り入れてブラッシュアップしていくこともスムーズにできるようになる。

「凸」部分が安定的でなくすぐに「M字」に分断されていってしまう危機にさらされていると、社会が現実性を維持するために「異端者」を抑圧せざるを得なくなる。

逆に言うと、「異端者」さんも「俺は社会に理解されないけど真実を知ってる男だぜ!」的に気楽に信者さんたち相手に放言しまくっているうちが花なんであって、自分の意見が国全体社会全体に強烈に共有されて現実的責任を負うことになってしまうと、ちょっと彼ら本人も困ってしまう事が多いでしょう。

「無責任に放言する限りにおいて真実の一端を捉えることができる才能」を持つ人たちを、「適切な距離感」で社会が活かしていくことが、この「凸型のグラフ」では可能なわけですね。

では、ぜひこの「凸型」状態に日本を、あるいは人類社会を持っていきたいですよね。どうすればいいんでしょうか?

実は、「M字分断」化された社会から「凸型」への以降において、「陰謀論の蔓延」は産みの苦しみ的に意味があることなんですよ!

4:「陰謀論の暴走」が「新しい味方との出会い」をもたらし、対立構図を変化させる

もう一度、さっきのM字分断の図と凸型の図を並べてみます。どうすればM字から凸型への移行が可能になるでしょうか?

まずこの「M字」の図を見ていると、「原爆解」「ホロコースト解」に今は集まってしまっているそれぞれの人達が「分裂」して…。

その分解した「それぞれ」の半分が「中央に集まる」組と、両端で「シグナルとしての異端者」に分かれることで、「凸型の安定」に変化していくんじゃないか?というイメージが湧きますね? 何度か図を眺めながら、“M”にある2つの凸が、分裂して“真ん中”と”“両端”に分かれるイメージをまずは図形的に思い描いてみてください。

さて、上の2つの図をイメージしながら最近のいろいろなことを思い出してみましょう。

「M字の2つの凸」の内部で、「内部抗争」が増えてきていませんか?

「右の凸」の中では、「いまだにアメリカ大統領選挙の陰謀論を真剣に論じる人たち」と「それにはさすがについていけない」という層の分断と罵り合いがかなり激しくなってきていると聞きました。

「左の凸」の中の内部抗争は多種多様ですが、たとえば、「自民党政権がやることなすことには全部反対して逆を主張するのが自分の使命」みたいな人たちと、「専門家会議や医療関係者が言っていることにはまずはちゃんと耳を傾けて、その上で判断しよう」という人たちとの間の分断は結構チラホラ見るようになってきました。

結果として、「政府と一緒に働いている専門家」を一緒くたに「ケガレた存在」として「御用学者」と切り捨てるような思考停止にはついていけないぞ…という層が、「M字の左の凸」の内部の分断を徐々に産みつつあるでしょう。

7年前ぐらいから、私は「いずれそうなるから辛抱しよう」と言い続けてきたわけですが、やっとその入口ぐらいまで来ているのではないかとほっとしています。

読者のあなたがさきほどの2つの図の「どこ」にいる人なのかわかりませんが、「M字分断の2つの凸」の内部にいるな…と感じているのであれば、積極的にバンバン“内輪もめ”に油を注いでいきましょう。

そうすると、先程書いたように

「右VS左」の分断よりも「現実派VS妄想派」の分断の方が大きくなってくる

わけですね。

俺は根っからの保守派だ!リベラルなんて大嫌いだね!しかしいまだにトランプが勝ったと思っているような人たちとはちょっと一緒にやっていけねえぜ

となった時に、隣を見るとふと、

私はリベラルな人間です。人類の良識と普遍的精神を信じています。しかし、当局がやることなすことすべてに反対することが自己目的化しちゃって、普通に考えてマトモな政策ですら「この御用学者!」「あの悪魔の自民党政権の政策を支持するのか!」とか糾弾しはじめる人たちとは最近非常に心理的距離を感じるようになってきました

みたいな人がいて、

「あれ?実は俺たち話が合うんじゃ…??」

みたいな発見があるといいですね。

自然にまかせていても徐々にそういう流れは起きていくでしょうけど、この記事の「M字から凸型へ」の図をイメージしながら、積極的に

「政治的立場は違えど“この程度”は事実として共有した上で話せますよね?」といった常識

を再生していきましょう。

決して「ありとあらゆることで合意」する必要はありません。

「凸型のグラフ」は「凸型派」というマジョリティが唯一の“党派”になることではなくて、あらゆる個人の自然な気持ちを一切の忖度なく放出していった時に、そのあたりに「安定的に共有される領域」が自然に生まれるように持っていくことを目指しているわけですね。

5:具体的な「コロナ」の話で考えてみると…

さて、ここまでの話を過去一年間の日本のコロナ対策の混乱っぷりを思い出しながら、もっと具体的に「どうすればよかったのか」について考えてみます(この記事はすでに長くなってきたので、“コロナ問題”に関してもっと深堀りする記事は別記事に切り出しました。ご興味ある方はこちらをどうぞ)

ダメだったことばかり取り上げても気が滅入るので、まずは先程の「反ワクチン陰謀論をスクラム組んで抑え込めた話」と似た感じの、「最近この点はなかなかいいぞ」という話からします。

たとえば下図のように、昨年末ごろには「欧米よりも圧倒的に感染者数が少ないのになぜ医療崩壊するのか?」という課題について、いろんな人がいろんなことを言いっぱなしになっていたことがありました。

しかし昨年末ぐらいから、「どうすれば医療キャパシティを増やせるのか」についての具体的な提案・調査・吟味が、メディアに増えてきましたよね。

普通に民放のニュース番組でも長野県松本市を中心として行われている「松本モデル」などが紹介され(TBSのYouTubeチャンネルにも動画がありました)、

・地域全体で連携してコロナを診る病院とコロナを診ない病院を振り分け、対応できるスタッフを一箇所に集めてキャパシティを増やす

・回復期の患者がいつまでも重症患者用の設備を埋め続けないように退院基準を緩和し、「回復期患者を専門に診る病院」を作ると良い

…といった「具体的な方法」がちゃんと共有されるようになっていった。

日本人は「すでにある縦割りの組織の外側」と柔軟に連携するのが苦手な特性があるので、こういう「広域の連携の見直し」が必要なプランは「機運」が高まってこないとトップダウンではできないんですよね(本当は神サマみたいに優秀なトップがいればできるかもしれませんが、結局いつもマスコミが「本当に実現できるのか?」「こんなリスクがあるじゃないか!」と袋叩きにして潰そうとする結果になりますよね)。

でも最近は、こういう内容がちゃんとテレビのニュースでも掘り下げられるようになってきて、もっと「具体的な話」でキャパシティを増やしていけるようになってきている。

もちろん、この問題についても、延々と陰謀論を言い続けている人は今でもいますが、大事なのは「具体的な対話がちゃんと進展すれば、陰謀論を押しのけて行くことが可能になる」という点です。

以下のような「対話」の中で「Cさん」の居場所がだんだんなくなっていくような感じ…にできればいいわけですね。

A「民間病院じゃコロナを診てないから、むしろ暇になってるとこもあるらしいじゃない。それで医療崩壊とかっておかしいよね。なんとかもうちょっと連携できないの?」

B「医者もその他スタッフも専門っていうのがあって、皮膚科のお医者さんが明日から重症の肺炎患者を診ろと言われても無理があるんだよね。だから病床があればいいってわけじゃなくて」

C「そうだ!私たちは団結してスガをやめさせなければならない!これは人災だ!自民党政権のような、人間の尊厳を尊重するというマトモな文明人としての精神が根底的にないこの不幸な国では私たちは見捨てられて死ぬしかないんだ!」

A「なるほどねえ…とはいっても重症の患者ばっかりが病床埋めてるわけでもないんでしょう?この非常時なんだからもうちょっとなんとか融通効かせる方法ないもんかね?」

B「たしかに最近現場でよく言われているのは、すでに回復期に入って安定してきた患者さんも検査が陰性にならないから退院させられなくて、貴重な病床を埋め続けてるのが問題になってるんだよね。そこの基準を緩和してもらえれば、回復期の安定した患者なら診れる能力があるスタッフの数は重傷者をケアできる人数よりもっと多くなるはずだから、民間病院の協力も得やすくなるかもしれない」

A「なるほど!それいいじゃない。そういうニュースも最近は流れるようになってきたし、そしたら病院間連携の話も進めやすくなるよね。でも実際にそれをやるとしたら病院経営的にも難しい点があるとかいう話あるじゃない?政府がそのへん補填する事が必要だとしたら、どういう観点で仕組みを作る必要があるんだろうか?」

C「ドイツ首相メルケルの演説を聞いたか?ニューヨーク市長クオモのプレゼンテーションを見たか?あれぞ文明国のあるべき姿だ!それに比べて我が国ときたら…洗練された文明人の言葉を語ることができない戦犯国家の子孫である土人どもに支配されたこの地獄のような国で生きていく不幸は本当に…・・・」

A・B「ちょっとあんたしばらく黙っててくれないかな!」

C「…」

こういう↑「すれ違いを具体的な対話で超えていく」ことをしないと解決できない問題が、昨年から延々問題になっている「PCR検査を増やす・増やさない」みたいな話でも同じ問題があるわけですが…。

この記事は随分長くなってきたので、もっと詳細な話はnoteで「コロナ対策を軌道に乗せるのは陰謀論との戦いそのものである。」という記事を書いたのでそちらを読んでいただければと思います。

こういう「対話」がちゃんと行える環境をととのえて陰謀論を排除できるようになることは、混乱を続ける日本のコロナ対策をマトモなものに立て直すだけでなく、これからの国際社会の激動の中で自分たちならではの正しい戦略を常に選び取っていける「社会運営の技術」を私たちに与えてくれるでしょう。

6:われわれはもっとできるはず!

ここまでに書いたような「対話」が、少しずつですが、いろんなメディア(民放テレビや新聞、ウェブメディアまで含む)と、マトモなSNSアカウントとの響き合いの中で徐々に実現できてきているのは、とても素晴らしいことだと思っています。

要するに、なんか今の政府のやり方がおかしいな、と思った時に、なんか「いかに日本政府がダメかを大げさに嘆いてみせて仲間と一緒に“いいね”を押し合う」前に、以下のような「魔法の質問」をするようにしたいわけですよね。

・現時点でそれができいない理由はなんだろう?

・どうすれば実現できるのかな?

そうすれば、「対話」がはじまるんで、

・なるほど、そういう事情があるんですね!

・じゃあこういう風にしたらどうでしょう?

という話も進み始める。

「対話の最初」は“素人側”は素人でもいいんですよ。素人ならではの視点ってのもありますからね。

さっきの「病院のキャパシティを増やす方法」の話でも、最初の頃は感染症法の二類だとか五類だとかいう分類でミスが起きているから起きている問題で、すべては厚労省の利権が悪いんだ…みたいな話が溢れていましたが、最初はまずそういうところからでいい。

でもね、マトモな知性がある人なら、実際の医療関係者側からの「反論」も読むようになるわけじゃないですか。そこで相手の話を一切聞かずに延々と「同じ話」をずっとずっと繰り返し続けるようになったらもうそれは「陰謀論」なわけですよ。

そういう「陰謀論」が暴走すると、本当に皮膚科のお医者さんも重症肺炎患者を診ろみたいな政策が出てきちゃったら困るから、現場の人は「過剰に保守的な見積もり」を意見として言うしかなくなるわけですよね。

でも今のように、主流メディアの中の人がちゃんと率先して、「医療リソースをもっとうまく活用するにはどうしたらいいか?」を具体的に取材してニュースで取り上げ適切に評価してくれるようになれば、安心して「もっとこういう手段も取れるはず」というアイデアを持ち寄ることも可能になってくるんですよ。

そういう「具体的な対話」が進めば、いまだに「二類が…五類が…厚労省の利権が…」とか同じことを延々と言い続けている人たちの声を抑え込んで、現実的な対処を次々と社会が取れるようになっていく。

ここで今の日本でよくある一番良くない例が、単にただ、「そういう制度上のすれ違いがどこにあるのかを具体的に考える」べきところで、今の日本でよくある一番良くない例が

やっぱり日本は人間の尊厳や科学的知見の大事さについて尊重する文化がないからダメなんだ!

…的な「唐突にバカでかい主語の文明論」とか、

やっぱり自民党政府は自分たちのお友達しか助けるつもりがないんだ!

…的な「これこそ陰謀論」みたいな話をぶち上げて内輪でキャッキャ騒ぐことなんですよ。

7:「望月衣塑子型陰謀論」は諸悪の根源と言っていいぐらい

その流れで最近、ほんとうに良くないと思うのが、名前出して悪いですけど望月衣塑子さんのこういうツイートとかなんですよね。

これ、日本の飲食店休業支援は「1日6万円」で、月30日なら180万円なわけで、ツイート中のイギリスの126万円よりむしろ断然多いぐらいだろ…という「明らかに間違っている」ツイートで話題になっていたので見かけたのですが。

そういう「単純な計算間違い」の話だけじゃなくて、ドイツの内容と比べても日本の飲食店の時短営業協力金は全然劣っておらずむしろ十分すぎるほどで、多くの小規模飲食店において普段の売上を補って余りある金額になっている試算も出されているぐらいなわけです。

日本のコロナ対策財政支援は国際比較してもそれほど小さくなく、むしろ倒産が普段よりも減ったぐらいの手厚さを出しているわけですよ。

…にも関わらず、というかそもそもそれ以前の単純な計算間違いのことも指摘されまくっているのに上記ツイートをそのまま放っておいているあたり、これはもう「アメリカ大統領選挙で勝ったのはトランプ」と吹聴しているアカウントと変わらないレベルの陰謀論と言っていいんじゃないでしょうか?

「選挙に勝ったのはトランプ」型の陰謀論は誰が見てもわかるけど、この「望月衣塑子型の陰謀論」は見た感じ(それをシェアする人間の気分としても)自分たちは頭が良い!と思い込んでいるので余計に問題が大きいと感じます。

もちろん今の対策が完璧なわけはありませんよね? 制度のスキマにこぼれ落ちてしまっている人たちもいるでしょう。制度がわかりづらくて利用されていない例もあるでしょう。そのあたりもっと改善していかないといけないところがあるでしょう。だからこそ……

今ある制度のどこがどう問題があるのか、実際どうしたらいいのか?それを掘り下げて取材して問題提起するのがジャーナリストじゃないんですか!!!???(怒)

それにそもそも、メディアがまずは「今ある制度」を周知することに協力してくれないと、政府がいくら頑張っても「支援」がちゃんと届かないままになってしまうじゃないですか。実際、せっかく用意したコロナ支援予算が「使いにくい」「わかりづらい」という問題点もあれど、ほとんど消化されていないものがあるという話が結構出てきていますよね。

ジャーナリストにしろ論客さんにしろ、テレビコメンテーターさんにしろ、評論家さんにしろ、新聞記者さんにしろ、例に出して悪いですが、上記の「望月衣塑子型陰謀論で大騒ぎをする」人が多すぎて、ありとあらゆる「対話」が断絶してしまっているのがここ最近の日本の大不幸だと思います。

結果として政府側も余計に「スキを一切見せられない」状況になっていってやたら高圧的な態度を取るようになり、さらにそれを見てリベラル派は絶望を感じて…というこの「卵が先か鶏が先か」問題について、「敵側」のせいにしてないでお互い自分ごととして考えていかないと!

「望月衣塑子型陰謀論」の一番良くない影響は、「ジャーナリストさん」がこういう事ばかりしていると、野党政治家がいくら頑張っても、「マトモな議論をすればするほど注目されない地獄」に陥るんですよね。

私は経営コンサルタント業の傍ら、いろんな個人と「文通」しながら一緒に人生について考えるという仕事もしているんですが、数年前まである野党国会議員さんがクライアントにいて、深く話してみると凄い見識も深くて、いろんな政策課題についてちゃんと自分で調べて知っているし、それを実行に移す時の難しさについても理解している人だった。これまでやや否定的なものとしてあった「野党政治家」のイメージを根底的に覆されるような出会いでしたよ。

だから「政治家個人」レベルで見れば十分な能力がある人は探せば結構いるはずなんですね。

しかし「有権者」のレベルが低いと…あるいは「メディア」のレベルが低いと、結局「敵か味方か」的な政局の部分しか周知されないので、拳を振り上げて「どうなっているんですか総理!責任取る気はあるんですか!」みたいにカメラ目線を意識しながら叫んで見せるだけでいい簡単なお仕事です…みたいなイメージになってしまうわけですよ。

8:「あらゆる問題が政治的対立に見える老害」たちから日本社会を取り戻せ!

とはいえ、さっき「危機感ゆえか昨年末ぐらいから主流メディアの一部が少し“覚醒した”ところがある」と書きましたが、コロナ問題が長引くにつれて、単に「政治的対立構図」にあてはめて「全部敵のせいにして騒ぐ」みたいな形“でない”報道が徐々に増えているように思います。

「あらゆることがイデオロギー的対立図式でしか見れないビョーキ」的な団塊の世代が徐々に引退してきて、(私は今40代前半なんですが)30代~50代ぐらいの人間が徐々に社会の中で重要なポジションを得るようになったことで、少しずつですが、ただ単に「敵のせいにして騒ぐ」だけでない「深い分析」がちゃんと報道の中でも見られるようになってきているのを感じます。

そういう風潮があれば野党政治家だってちゃんと意味がある仕事をやっていけるようになります。特定の党のことを述べると脊髄反射的に反発する人がいるかもしれませんが、たとえば最近たまたま国民民主党の玉木雄一郎代表が医療リソースの適切な役割分担と必要な施策について書いている「今の改正案では医療崩壊を防げない~欠けている2つの視点」というブログ記事を読んだら、凄くちゃんと考えてあって驚きました。(彼は50代前半ですね)。

玉木氏の普段の活動や国民民主党の政策について私は詳しくないので「支持者」というわけでも必ずしもありませんが、とりあえずこの件について言えば上記ブログぐらいの内容は当然の前提レベルになって、そこからさらに「対話」が進んでいけば日本社会が苦手な”縦割りを超える広域連携”もどんどん可能になっていくでしょう。

そうやって「気運」を温めるぐらいはメディアとSNSでお膳立てしないと、日本社会で実際の「縦割りを超える連携」とか絶対できませんよ。実際に仕事で人を動かす仕事をしたらわかるでしょう?

「批判だけでなく対案を出せ」というよくある話がありますが、いろいろな事情があって現段階の形になっている現実がある時に、「それを全く踏まえずに更地に理論的に完全な絵を描いてみせる」ような「対案」を出されても当局側は手のつけようがないわけですよね。

もちろん現在の案とは全然違う「対案」があってもいいですが、その場合は実現の道筋においてどういう問題があるのか…どうすれば乗り越えられるのか…ぐらいは先回りして検討するぐらいでないと。

政府・自民党が悪いと批判する「だけ」ではなく、「そういう考えうる問題点も先回りして検討する役割」をも、特にリベラル派が真剣に取り込むようになれば、野党政治家だってもっと本当の力を発揮できるようになるはず。その先に、今は夢のまた夢の「政権交代の可能性」だって、それが日本にとって本当に必要ならば見えてくるでしょう(この連載の編集者で“ド左翼”の神保氏に「そういう野党議員だっているんですよ!」と力説されたんですが、そりゃいるんでしょうけど、そういうちゃんとしてる野党議員を育てていけるかが、メディアや有権者のレベルにかかってるって話なんですよね)。

最近話題になっていた立憲民主党の枝野代表のインタビュー「今はちょっと支持できないです…枝野さんに正直な疑問をぶつけてみた」を読んでも、彼も「今のままでいい」とは全然思ってないみたいですしね。

改めて言いますが、今の日本は「自民党」に支配されているのではありません。

「どっちのサイド」にもいる、あらゆることが「イデオロギー対立」に見えてしまうビョーキな人たちに支配されて混乱しているのです。

これからは協力しあって以下の図のように…

私たちがジャーナリストさんに、ネット論客さんに、野党政治家さんに、評論家さんに、テレビコメンテーターさんに聞きたいのは、本当はこういうこと↓であるはずです。

・今の制度のどこに欠陥があって、それはどういう事情でそうなっているのか?

・それを改善する方法は? それが今できていない理由とその解決策は?

そのためにはまずあなた個人が、そういう「敵を攻撃して溜飲を下げるのでなく、リアルな質問をする」ように心がけましょう。

「あらゆることが政治イデオロギー対立に見えるビョーキ」の団塊世代から主導権が下の世代に移り変わることで、いろんなメディアも徐々に「覚醒」してきている兆候ぐらいは見えています。もしあなたが「メディア業界の中の該当世代の人」なら、「団塊世代が牛耳っていた時代とは違うやり方」をもっともっと勇気を持ってやってみてください。

「メディア情報の受け手」のあなたは、そういうメディアの新しいチャレンジを見つけたら積極的にシェアして褒め倒してアクセスを集めてあげましょう。

そういう「個人の努力」の結果として、

社会の対決軸を、「右VS左」から、「現実派VS妄想派」へと転換していく

ことができれば、「言論共有カーブ」が凸型に立ち上がってきて…

日本社会は嘘のように「マトモな理屈が縦横無尽に通る国」にできますよ。

こういう「知的な対話」が縦横無尽に社会内部で行えるようになれば、「学問的なインテリ世界とそれ以外」が絶望的に分断されてしまっている欧米社会の行き詰まりをも打ち破って、人類社会が中国型の権威主義の優位に飲み込まれずに済む防波堤に日本がなることもできます。

FINDERS連載の前回記事で書いたように、20世紀に米ソ冷戦時代の日本が「2つの極端なイデオロギーに挟まれる」ことでその間で「本当の実質」を追求することで栄えたように、21世紀の米中冷戦時代にも、「2つのイデオロギーにイッちゃってる人たち」に挟まれることで「本当の実質」をひたすら見つめて行動できる繁栄の道を見つけることが、「私たち日本人の禅的本性」を活かす道として見えてくるはずです。

危機はチャンスです。立場を超えた「マトモな対話」ができる人間が率先してリーダーシップを取っていき、「イデオロギーというビョーキ」の人たちから日本社会の主導権を取り戻していくことで、この混乱を乗り越えていきましょう。

私たちならできますよ。

文中でも書きましたが、コロナ対策の混乱の細部をどう考えたらいいのか?についてのもっと詳細な話は「コロナ対策を軌道に乗せるのは陰謀論との戦いそのものである。」という別記事に切り出したので、こちらのnoteへどうぞ。

また、この記事で書いたような「まともな対話」さえできれば、削りすぎてもう科学立国など風前の灯だと批判されまくっている日本の学術予算だって簡単に増やせる余地はあるはずだ…という記事『『日本の学術会議予算は実は簡単に増やせる』という話』も書いたので興味のある方はぜひどうぞ。実際には、「学費払ってもらったらウチ破産するのかな?」レベルじゃなくて、「あちこち節約すれば十分出せる額なのだ」ということを知ることから、「まともな対話」は始まります。罵り合ってる場合じゃありません。

感想やご意見などは、私のウェブサイトのメール投稿フォームからか、 私のツイッターにどうぞ。

連載は不定期なので、更新情報は私のツイッターをフォローいただければと思います。

この連載の趣旨に興味を持たれた方は、コロナ以前に書いた本ではありますが、単なる極論同士の罵り合いに陥らず、「みんなで豊かになる」という大目標に向かって適切な社会運営・経済運営を行っていくにはどういうことを考える必要があるのか?という視点から書いた、『みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?』」をお読みいただければと思います(Kindleアンリミテッド登録者は無料で読めます)。特に今回の連載記事の内容が「そのままもっと深く」書かれているといって良い本で、「経営コンサルタント」的な視点と、「思想家」的な大きな捉え返しを往復することで、無内容な「日本ダメ」VS「日本スゴイ」論的な罵り合いを超えるあたらしい視点を提示する本となっています。

また、記事中に少し書きましたが、私は老若男女色んな個人と「文通」をして人生を考える…という仕事もしており、これはいわゆる「サロン」じゃない一対一の文通なんでほんとビジネス的には無茶なんですが、最近やはりこれが自分が凄く楽しいこと、やりたいこと、ライフワークだな…と感じてきているので、もう少し宣伝してみようかと思っています。日本に住んでいる人も海外に住んでいる人も、都会の人も地方の人も、お金持ちもまあそうでない人も、普通のサラリーマンも政治家さんも若い学者さんも篤農家のおじさんもバブル世代のお姉さんもいます。興味があればこちらから。今を生きる色んなタイプの個人と友達になって色々と話せたらと思っています。


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