EVENT | 2020/12/14

創業から20年。「スマイルズのアーティスティックな事業」はなぜ生き残ってこれたのか。遠山正道インタビュー【ビジネスとアート、アートのビジネス(1)】

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多種多様なビジネスを展開するスマイルズが、既存事業を「止めない」理由

スマイルズの社内コレクションより。作品は1985年生まれの書家、ハシグチリンタロウによるもの。ロックやパンクを大音量で流しながら、まるでグラフィティのように筆を走らせる

ーー 最後に、遠山社長の最近の興味・関心を教えていただけますか?

遠山:私が今注力しているのが、「The Chain Museum」というプロジェクトです。もともとスマイルズは7年ほど前から、芸術祭などに「作家」として作品を出展しています。4年前に瀬戸内芸術祭で「檸檬ホテル」を出品して、翌年は何をやろうか考えていた時、作家としてのスマイルズのコンテクストは「ビジネス」だと気がついたんです。私たちはチェーン店をやっている。「チェーンとアート」って、全然相容れませんよね。だから、これは面白い、少なくともアート側からは出てこない発想だと思って、「The Chain Museum」という言葉を置いてみた。今、そこから少しずつ輪郭をはっきりさせようとしている最中です。

事業としてはプラットフォーム事業、ミュージアム事業、コンサルティング事業の3つから成っているのですが、そのプラットフォーム事業として運営しているのが、アーティスト支援プラットフォーム「ArtSticker」です。課金した金額に応じた色の「Sticker」を掲載作品に貼ることで金銭的な支援をしたり、掲載作品に対する感想コメントを寄せたりして、アーティスト本人と直接交流をすることができるというサービスですね。

2019年2月にβ版をリリースして、8月に正式ローンチをしていますが、いまだにその「ビジョンとミッション」について、日々考えています。このインタビューを受ける前の週末には、「The Chain Museumとは、アーティスト、企業、鑑賞者などが、各々持てるものを一堂に供出し、アートへの新たなる挑戦的発展を試み、広く芸術文化への継続的貢献を志すもの」というメモを書いてみました。私が思い描いているのは、アーティスト・企業・鑑賞者という三者の繋がり。それぞれがフラットに自分の持てるものを出し合って、マーケットも含め、次なるアートというものを拡張・更新してみようというわけです。

「挑戦」というのは、既存のものを広げるのではなくて、今までになかったものや技術を用いて、アート業界の中にもあるサラリーマン的な古いしきたりを超えることです。もっと「われわれ的」な、ある種インディーズ的なマーケットのあり方を探していこうよ、と。そして「継続的貢献」とは、今で言う「SDGs(持続可能な開発目標)」のようなものかもしれません。企業の持っている価値も巻き込んで、アーティストにとっても、企業にとっても、鑑賞者にとっても価値のある、新しい発展の仕方を作っていきたいんです。

ーー 今のお話を伺っていると、抽象的と言いますか、これまでとはちょっと違うプロジェクトということなんですかね?

遠山:確かに抽象度は高いかもしれませんが、もともと「Soup Stock Tokyo」も女性がスープを飲んでホッとするという抽象的なイメージから始まっています。「PASS THE BATON」も随分時間が経ってから名前を思いついて、急に顔立ちがはっきりしてきました。どの事業も、段階を追うごとにやるべきコンセプトがだんだんと定まっていくんですね。

「ArtSticker」も、もともとは3年前にバーゼルのアートフェアに行って感じた「疎外感」が根っこにあります。作品の値段がどれも2億円以上とかして、とても買えなかった。もちろん「そういうものなんだ」「そこに行く方が悪いんだ」という考え方もできますが、その疎外感の中に新しい領域が眠っているかもしれない、と感じたんです。これは既存の作品を作ったり買ったりしている場合じゃなくて、新しいシステムを作るべきだと思ったんですね。だから、構築したシステム自体が作品と言えるかもしれません。

「Soup Stock Tokyo」は、「なんでこうなっちゃうの」という世の中に対する疑問や苛立ちから生まれました。アートの世界にも「なんでこうなっちゃうの」があります。例えばある40代のアーティストと飲んでいたら、「私はアートしかやってこなかったから、未だに請求書の書き方一つわからないんです」と言うんですね。私たちは請求書なんて毎日書いてるじゃないですか(笑)。私たちからするとアートって立派なものだと持ち上げて見てしまいがちですけど、アーティストも欠落感が色々とあるんだな、足りてないものがたくさんあるんだな、と気づいた。むしろ、足りてないものだらけなんですね。だから、私たちビジネス側の技術がアートに重なったら、新しい表現が生まれるかもしれないし、アートそのものももっと周辺に広がるかもしれません。アーティストだけじゃなくて、私たちがいるからできることがあります。

あるいは鑑賞者の立場からすると、みんなよく「私はアートのこと全然わかりません」って言うんですよね。その気持ちは私もすごく分かるんですが、それはある種のチャンスだと思っていて。その自分で作っている気持ちの壁を、スッと通り抜けさせてあげたいんです。実際、「ArtSticker」を始めてみたら、アーティスト側にはいい感じで広がっていきました。だけど、鑑賞者側はダウンロードしてもあまり「Sticker」やコメントをしてくれず、周りで眺めている感じなんです。

これは美術館と同じ状態だとふと気づきました。美術館でも、みんな絵を眺めて無言で通り過ぎていきますよね。ネット上でも同じことが起きている、と。でもWebやアプリであれば、コミュニケーションの場があります。みんなが「いいね」を押したり「Sticker」をしてコメントしたりしたら、アーティストが返事をしてくれることもある。これって、今まで美術館やギャラリーの中ではなかったことを実現できていると思うんです。

ただ、まだやっぱりみんな慣れていない。みんな作品のことをかっこよく語らないといけないと思ってるんですが、そうじゃなくていいんです。自分と作品の関係を書けばいいんだから、自分の感じたことを心のままに書けばいい。そうしたら、急にその長年の壁をスッと抜けられるかもしれない。さらに、「Sticker」という形でドネーションができます。今までアートは売買か入場料収入が主でした。でも、これで第3のお金の回り方が生まれる。かつては王様がアートを支えていたけれど、これからは「マイクロパトロネージュ」、つまり私たちが支えられるようにするんです。

それによって、アーティストが売るためにマーケットが求めることを考えながら作品を作らなくて済むようになれば、本当に作りたいものを作れます。だから、これが実現したらかなりイノベイティブなんですね。鑑賞者もそれまで腰が引けていたのが、自分の感じ方でいいんだと思えれば、また新しい知性の領域がドーンと目の前に出てくると思うんです。今はその前夜、という感じがしています。


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