CULTURE | 2020/04/28

事業費を倍増した矢先の大きな誤算。どん底からの再スタートで見えてきた地域活性・観光振興におけるアートの役割【連載】「ビジネス」としての地域×アート。BEPPU PROJECT解体新書(7)

『混浴温泉世界 2015』クロージングの様子
過去の連載はこちら
構成:田島怜子(BEPPU PROJECT)
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どん底からの再スタート。原点に戻って見つけた芸術祭の新しい形式

『混浴温泉世界 2015』アートツアーの様子

『混浴温泉世界』は2009年の閉幕時に継続を宣言しましたが、同時に3回で区切りをつけるということも決めていました。BEPPU PROJECTを立ちあげた2005年から数えて、3回目を開催する2015年はちょうど10年です。当初は訝しがっていた地域の方々も、アートというものの存在への理解が進み、それを目的に町を訪れる人たちの存在も認知し初めています。このタイミングだからこそ、リスタートして新たな企画を立てるべきだと考えていました。

そもそもBEPPU PROJECTは、芸術祭のために作られた事務局ではありません。僕らが大事にしているのはあくまでもこの町の日常です。芸術祭の会期以外も、僕らはここで日々活動を続けています。そのBEPPU PROJECTだからこそ、『混浴温泉世界』の事務局として果たせる役割や活かすべき強みがあるのではないか。僕はそこから『混浴温泉世界 2015』のあるべき形を模索していきました。

最終回にあたる『混浴温泉世界 2015』も、初回から関わってくださっている芹沢高志さんと佐東範一さんにディレクターチームに参与していただきました。開催まで1年を切った頃、僕はお2人に1つの方針を提案しました。海外でアーティストとして活動していた僕が帰国を決意したのは、別府の有志が実施していたまちあるきガイドツアー『路地裏散策』でした。その活動に心を動かされた記憶から、「歩く」ということがいつしか僕の原点になっていました。そこで、10年間別府で活動してきた僕らだからこそ案内できる、アート版『路地裏散策』をしたいと考えたのです。そう伝えると、お二人も僕の意見に賛同してくださり、目指すべき芸術祭の形が明確になっていきました。

僕らが重視したのは、観客数の多寡ではなく、体験の深さを提供するということでした。そこで、『混浴温泉世界 2015』はガイドの案内で町を歩きながら作品に出会うというツアー形式の芸術祭として展開していくことにしました。こうして、普段は人が立ち入ることができない場所にアーティストが作品を設置したり、町を劇場に見立て、市街地を回遊しながらダンス作品を鑑賞するなど、町と作品とが融合したプログラムを組み立てていきました。

2015年の会期は夏でした。僕らは作品に出会うまでをどう案内すべきか熟考し、町と向き合いながらツアーを企画しました。ガイドの案内で町の奥深くに入り込み、閉ざされたある場所の鍵が自分たちのために開けられる。時間とともに推移する光や町の音、着飾って店へと向かう人、洗面器を抱えて温泉に向かう人…夕方はそんな情景やこの街で暮らす人々それぞれの生活が交差する時間帯です。よく言えばレトロなこの町の日常を体感できるこの時間帯が僕は一番好きです。

戦災を免れた別府の中心市街地は、昔の区画のままの路地に、戦後間もなく建てられた古い商店や飲食店が密集しています。しかし、高度経済成長期とともに発展してきた町は、少しずつ老朽化が進んでいます。そのなかでどのようなアートプロジェクトを展開すべきかをアーティストは考えてくれました。

アートツアー『アートゲート・クルーズ』のクライマックスとして案内する作品は、大友良英さんの作品でした。会場は、今は閉鎖された温泉の階上の、市街地を一望できる場所にある畳敷の小さな公民館です。別府は温泉の2階に公民館があるケースが非常に多く、地域のコミュニティの中心が温泉なのだと実感させられます。

大友良英『バラ色の人生』

その公民館の中には、古びた緞帳がかけられていました。それを黒子がするすると開けると、扇風機やジューサーミキサー、ブラウン管のテレビ、レコードプレイヤーなどがステージに積み上げられています。これらはすべて昭和時代に作られた家電です。黒子が大友さんの書いた指示書の通りに、スイッチを入れたり切ったりすると、それぞれがモーター音や轟音を立てながら動き始めます。そしてそれらの音の重なりが最高潮に達したとき、レコードプレイヤーがルイ・アームストロングの「ラ・ヴィ・アン・ローズ(ばら色の人生)」を奏でます。すると、それまで騒音でしかなかった家電の音が、まるでオーケストラの一員のように感じられてきました。大友さんの指示書は楽譜であり、黒子は家電を楽器に見立てて演奏していたのです。

アートツアーで2時間近く別府のレトロな町並みを眺めながら歩いてきたせいか、僕には家電のオーケストラが高度経済成長期を支えてきたサラリーマンの姿に重なって見えました。演奏が終わると、観客はみんな拍手を贈っていました。それはもしかしたら、自分の父親世代に対する拍手だったのかもしれません。

ちなみに、大友さんのお父さんは福島県で電気店を営んでいたのだそうです。