2019年6月@GOOD DESIGN MARUNOUCHI
聞き手・文・構成・写真:赤井大祐・神保勇揮
ALS(筋萎縮性即索硬化症 – きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)という病気をご存知だろうか?2014年に世界中で流行した「アイスバケツチャレンジ」と聞くとピンとくる人も多いかもしれない。運動神経が不全を起こしてしまい、自分の意志で体を動かすことができなくなってしまう病だ。
そして感覚や意識、思考には影響せず、筋肉「だけ」に影響するというのも特徴。昨年、参議院議員への当選を果たしたれいわ新選組の舩後靖彦議員をはじめ、日本にも約9500人10万人あたり、7〜8人の患者がおり(日本ALS協会より)、未だ根本的な治療法が確立されていない難病だ。
「一般社団法人END ALS」は外資系広告代理店のマッキャンエリクソンのメンバーを中心に立ち上げられた。2010年に同社社員の藤田正裕(ヒロ)さんがALSを発症したのをきっかけに活動をスタートし、さまざまな形でALS治療にむけた取り組みを行っている。
今回はEND ALSメンバーの大木美代子さんと尾崎千春さんに、END ALSの取り組みやALSという病気が直面している状況、そして中心メンバーにして当事者であるヒロさんについて話を伺った。
藤田正裕さん 2016年6月
「END ALS」の誕生と活動
―― はじめに、END ALSはどのような活動を行う団体なのか教えてください。
大木:END ALSは2010年にヒロがALSと診断され「広告代理店で働く自分がALSになったのは何か理由があるはずだ」ということで、マッキャンエリクソンの社員を中心に、ヒロ自らが一般社団法人として設立しました。
END ALS理事でマッキャン・ワールドグループ社員の大木美代子さん
基本的な活動目標の一つはALSの治療法開発の支援です。そのために、啓蒙活動と、活動に充てる寄付金を募ったり、Tシャツ販売などを通して資金集めを行っています。
―― 寄付や売上のお金は具体的にどのように使っているのでしょうか?
大木:大きくは研究機関への寄付です。例えば京都大学のIPS細胞研究所CIRAには毎年寄付し、研究に役立てて頂いています。
また、過去には「tobii」という視線入力システムを購入し、必要としている患者さんにお届けしました。ALSを発症した方々の多くは視線移動以外の動作ができなくなってしまいます。なので、視線入力システムは誰かとコミュニケーションをとったりするための言わば必需品なのですが、当時は保険適用を超える高額だったので、個人で購入するのがなかなか難しく、今までに3台提供しました。
ヒロさんが2011年発症後間もなくしてtobiiを使用している様子。
「動かない」仕事
―― ヒロさんはALSを発症してから、現在もマッキャンに所属していると聞きました。END ALSの立ち上げもそうですが、会社としてはスムーズに受け入れることができたのでしょうか?
大木:ここは外資の会社らしいなと思うところですが、ヒロの直属の上司と当時のCEOが、さも当たり前のことのようにサポートすると言ってくれました。活動に対して会社が資金援助を全額してくれる、というようなことは無いのですが、社員が営業時間中にEND ALSの活動をすることやEND ALSのキックオフイベントもマッキャンのオフィスでおこなったりと色々な形でサポートしています。
ここ最近のメインの活動である「Still Life」というプロジェクトは国際的な広告賞のカンヌライオンズや、日本のACC賞でもグランプリを獲ることができ、ALSの認知・理解を促進するだけでなく、活動を通してヒロは会社にも貢献しています。これは、ヒロのもう一つの目標でもあります。
―― どちらも最も権威ある広告賞のひとつですね!どういった企画なんでしょうか?
尾崎:これはALS患者の方にデッサンのモデルをやってもらい、参加者の方々にその姿を描いてもらうというもので、ヒロと一緒に企画しました。最初はヒロがモデルとなる企画として始まりましたが、徐々に他のALS患者の方とのコラボレ―ションも拡がり、今までに9名の方に参加いただきました。
END ALSメンバーの尾崎千春さん
―― 全体的に「難病支援らしくないトーン」を意識しているように見えるのですが、この企画はどのように始まったのでしょうか?
尾崎:元々ヒロは仕事でもとんがってる企画を作る人でしたし、本人の人間性もとんがっています。ALSという病気に対しても共存するとかではなく「打ち勝つ」という言葉を積極的に使っていくような人です。かわいそうだと思ってもらった共感を入口に認知を集めたりすることももちろん大切ですが、END ALSとしては、そういうものに反応してくれない人にも注目してもらいたいという狙いがありました。
昨年11月末に中目黒の「STARBUCKS RESERVE ROASTERY TOKYO」にて開催された「Still Life」の様子。
―― 周囲の方や参加された患者さんの企画への反応はいかがでしたか?
尾崎:もっと厳しい反応もあると思っていましたが、ポジティブな反応しかなくて、ちょっと意外でしたね。その後はヒロ以外のALS患者さんにも進んでモデルになってくださり、今までに10名のALS患者さんがStill Lifeのモデルになってくれました。
閉じ込められた「13%」
―― ヒロさんは今は眼球を動かすのも難しくなってきていると聞きました。
大木:そうですね。あまり知られていないかもしれませんが、ALS患者さんの約13%は眼球もほとんど動かすことができなくなってしまうそうです。ALSというとスティーブン・ホーキング博士なんかが有名で、目の動きだけは生きている印象が強いですが、ヒロも途中から眼球を自由に動かすことが難しくなっています。
―― 今はどうやってコミュニケーションをとっているんですか?
大木:目が動かないといってもまったく動かないわけではないので、例えばテキストを作るときは、ヘルパーさんが「あ、か、さ、た…」と読み上げていき、目標の文字のところでヒロがちょっとだけ目を動かす、というのを一文字ずつやっていきます。とはいえ意識せずとも眼球は自然と動いてしまいますので、いつも接しているヘルパーさんだからこそ読み取れるレベルだと思います。ヘルパーさんの存在は本当にありがたいです。
「Still Life」の際にヒロさんとヘルパーの方で作成したテキスト
―― 活動を通して感じている課題感を教えてください。
尾崎:啓蒙活動以外に活動の目標をみつけるのが難しいところです。どれくらいの資金があれば治療を受けられるなど明確なゴールがありません。なので、その中でどのように目標設定をしていけばいいのか、いつも難しさを感じています。
―― たしかに、1億円集まれば治療法が見つかる!みたいな簡単な話じゃないですもんね。
大木:そうですね。例えば、日本ではALSの発症から2年以上経つと治験を受けることができないとか、そもそもの治験の数がアメリカと比べると少ないという課題もあります。もう少し患者の意思で治験を受けられるようにしてほしいという思いで、ジャパンギビング(現LIFULLソーシャルファンディング)という寄付サイトで資金を集めてCM制作を行ったことはあります。
寄付によって作られたCM
ユーモア、助かります!
―― ところで、お二人はなぜEND ALSの活動に参加するようになったのでしょうか?
大木:私はもともとヒロの同僚として親しくして(よくからかわれていました!)いたことが大きいのですが、実はALSは診断がとても難しい病気で、なかなか診断結果がでず、ヒロが悩んでいた時に兄の勤める病院を紹介しヒロが診断されたということもあります。それ以来兄もヒロのサポーターの一人です。
実は、診断を聞いてどう接したらよいのか葛藤した時期が少しありましたが、ヒロがEND ALSを立ち上げて活動するということで、一緒に残酷すぎるALSを世の中からなくすために微力ながら貢献したいと思いTEAM END ALSに参加しています。
尾崎:私は半ば引きずり込まれたというんですかね(笑)。私が入社したのが、ヒロがALSだと診断された2010年でした。同じフロアだったので彼の存在はもちろん知っていましたし、私もヒロも帰国子女で英語と日本語をミックスで話したり、なにかと共通点が多い存在だなくらいに思ってました。オフィスで足を引きずって歩いてても、喧嘩したか飲みすぎたか?くらいに思っていましたしね(笑)。
症状が進行して、オフィスのドアが開けられなくなってからは、私がたまたまドアの近くに座っていたので、ヒロが通るときはドアを開ける係をしているうちに、ヒロのサポートをするようになりました。
―― いきなりALSだと告げられると、どう接したらいいかわからなくなりそうですね…。
尾崎: ALSという病気は調べれば調べるほど困難な病であることが鮮明になっていくだけですし、となると、ヒロに限らず患者の方と向き合っていくには、それなりの覚悟が必要になります。私も最初は戸惑いましたが、ヒロと話をしているうちにちゃんとサポートしていこうという気持ちが固まっていきました。
大木:最初の頃はご飯を食べさせてあげたりしてたよね。
尾崎:そうそう。ALSになってからしばらくは頑なに一人暮らしをしていたんですよ。それでその頃には腕がもう動かなくなっていたので、友達が代わる代わるシフトみたいにしてみんなで通ってご飯を食べさせたりしてました。私は金曜日の19時から23時ごろまでいることが多かったのですが、その頃は口元以外動かすことができなくなっていたので、丸4時間本当にしゃべるしか無くて、もうお互いのことを包隠さず全て話しましたね。
―― 周りでサポートしてくれる方に恵まれていたんですね。
大木:それはヒロの人徳だなって本当に思います。中学時代、アメリカンスクールの友人からマッキャンの同僚まで、ヒロに会いきてくれました。ヒロはユーモアがあってサービス精神もすごいんですが、ALSが発症して自身の状況が大きく変わってからもそういうところは全然変わらないです。2013年にヒロが書いた「99%ありがとう ALSにも奪えないもの」という本を読んで頂くと、彼の人柄だったり、どういうこと思いを持っているのかがよくわかるかもしれません。この本はヒロが視線入力システムのtobiiで自ら書いたものになります。胃ろうからコーヒーを入れて徹夜に近い日もありました。
『99%ありがとう ALSにも奪えないもの』(ポプラ社)
尾崎:やっぱり初めてALS患者の方を見ると、みんなそれなりにショックを受けてしまうんですよね。車イスに乗って呼吸器をつけて、それに表情もないので。そうするとその場の空気も固まっちゃうというか、気も遣ってしまいますし。でもヒロはそういう場面でいつもちょっとしたユーモアを交えてくれて、まず空気を和ませてくれて、もうホントに助かります!って感じです(笑)。
脳波を使ったテクノロジー募集中!
大木:それでもヒロとのコミュニケーションが難しくなってしまって、会いに来てくれる友達もだんだんと減ってきちゃったそうです。
尾崎:やっぱり人間っていくら仲良い相手でも、表情も無いし視線も合わせてくれない相手に一方的に喋り続けるのってすごく難しいんですよ。普段から接している私ですらそうそうです。
それで、先日、せめてクリスマスはにぎやかに暖かく過ごしてほしいなと思い、ヒロの脳波で部屋に飾り付けたイルミネーションを光らせる、という企画をしました。
―― どういう仕組みになっているんですか?
尾崎:これは脳波なんかの生体情報を利用したテクノロジー開発を行っている、ニューロスカイさんとのコラボなんですが、ヘッドセットを通して「アテンション=集中」の脳波と「メディテーション=落ち着いた状態」の脳波を計測し、それぞれのパラメータに合わせて赤と青のライトが光る作りになっています。このイルミネーションがヒロの自室に張り巡らされて、この部屋=ヒロ自身というか、ヒロの心の一部に見立てました。
ここ数年ヒロから何もアクション(動き)を見たことがなかった友人たちは、ヒロが彼らの会話に反応していることを光で見ることができたことに、感激してくれました。これは、ヒロと意思疎通ができているということではないですが、相手からするとヒロからの反応が光の色で表現されることによって、ヒロとより接しやすくなる演出になったと感じています。ヒロにとっても楽しい時間だったそうです。ただこのシステムはあくまで脳波の状態を読み取るものであって、ヒロの意思で操作するみたいなことはできないんですよね。
ヒロさんの脳波に反応するLEDで部屋をライトアップ。
――それこそハッカソンみたいな感じで、技術の公募みたいなことができないですかね。
大木:そうですね。本当に頭の中はクリアで、話も聞こえているし、理解している。だけどアウトプットするすべがない状態なので、せめてYes・Noの意思表示ができるようになって欲しいですね。なのでいやいや、もうできるよ!とか、脳波じゃなくてもこういう方法で解決できそう!という技術やアイデアがあればぜひ、ご連絡ください!
2020年はこのプロジェクトを含めてますます積極的に活動していきたいと思っています。7月10日には世田谷区のコカ・コーラの聖火ランナーにも選ばれています。皆様、是非応援お願いいたします。