思わず働きたくなる魅力ある企業の要素として、今春から始動する働き方改革は重要な要素を担っている。そんな中、世界最大級の総合人材サービス「ランスタッド」が就業先として魅力ある企業を表彰する取り組みが、「エンプロイヤーブランド・リサーチ ~いま最も働きたい企業 2019~」だ。
その受賞企業として今回紹介したいのは、味の素ベーカリー株式会社。同社の強みは、日本有数の生産を誇る冷凍パン生地の生産拠点を有する点にある。コンビニを中心に増え続けるパンの需要に応え、成長を続ける同社で働く魅力とは?
取材・文:庄司真美 写真:多田圭佑
味の素から分社化し、堅調に成長
コンビニやスーパーなどのインストア・ベーカリーで焼きたてのパンを提供するための冷凍パン生地を提供する味の素ベーカリー。そもそもは大手コンビニエンスストアからの依頼で、味の素の一事業として始動し、1993年に分社化されて以来、堅調な成長を続けている。
近年は、時代に沿って変化するニーズに合わせて、パンだけでなく、スイーツなどの冷凍生地開発にも注力する同社代表取締役社長の宮本太氏を直撃し、同社の魅力に迫った。
味の素ベーカリー代表取締役社長の宮本太氏。
―― 御社の経営方針について教えてください。
宮本:昨年12月に創業25周年、4半世紀を経て、それを機にこの4月から新しくミッションやビジョン、バリューを制定しました。冷凍パン生地事業のプロフェッショナルとしてお客様に愛され、かけがえのない存在になりたいというのが我々のミッションであり、そのために人材と技術力を駆使して常に新しい強みを創り出し、チャレンジしていくのが経営方針です。
私が考える良い会社とは3つあって、1つ目はお客様に喜んでいただける商品やサービスを提供し、社会に貢献すること。2つ目は、そこで働いている社員が幸せであるということ。3つ目は高収益であることですが、儲けることが目的というよりは、1つ目と2つ目を実現するとおのずと適正な収益が上がると考えています。特に2つ目の社員が幸せであるということは常日頃から大事にしているところです。
―― 少数精鋭の組織ということですが、採用についてはいかがですか?
宮本:弊社は事業本部と生産管理本部という2つの本部制で、あとは社長直轄下として品質保証部がある小さな組織です。事業本部は大手コンビニエンスストアを担当する事業部と経営企画部で、経営企画部は事業計画策定や商品企画を担当しています。
大手コンビニ向けに冷凍パン生地を提供する事業がもっとも収益が大きくニーズがあるため、実は人手不足です。パンだけでなく、パイ生地などのスイーツ生地にもニーズが増えていて、今後、そうした部分にも商機が広がると考えています。
そのため採用については、必要に応じて採るかたちです。現在は既存以外の新たな顧客を開拓するにあたって、直近ではこの春から1名営業を採用しています。ありがたいことに、誰を採用するか迷うくらいたくさんの優秀な人材に応募いただきました。
少数精鋭ならではの強み
―― 入社してほしい理想の人物像は?
宮本:指示を待って動くのではなく、自分で考えて行動できる人を積極的に採用したいと考えています。もともと私は、味の素本社に在籍し、10年程人事畑にいました。その時と考え方は同じで、応募する人も会社を選ぶ立場にあるので、会社のことをちゃんと知って好きになっていただけるかどうかという部分は大事にしています。マニュアル本などで面接対策をして志望動機などをすらすら答える人も多いですが、もっとその人の本質的なことを知るために、解のない質問をすることも多いですよ。
―― このたび、ランスタッド主催の「働いてみたい注目成長企業 2019」を受賞されましたが、感想はいかがですか?
宮本:最初は戸惑いましたが、就職先としての企業の魅力度の評価をいろいろな理由でいただいたということで素直に嬉しく思っています。恐らく弊社のことはあまりご存知ではなくとも、味の素のグループ会社という部分も評価材料としてあったのだと思います。今後は親会社の企業イメージだけではなく、中身もしっかりと伴ったかたちで、これから入社する方に「やっぱりいい会社だった」と感じていただけるようにしなければと思っています。
―― アワードでは、職場環境をはじめ、安定した雇用機会や給与水準、福利厚生などで軒並み高得点が目立つ結果でしたが、御社で働くメリットや人事制度について教えてください。
宮本:パンをまとめ買いで安く買えることでしょうか(笑)。それから、ファミリーデーという家族ぐるみのイベントを年に2回実施し、社員それぞれの両親や夫婦、お子さんと一緒にパン作り体験やピザパン、チョコクロワッサンなどの飾りつけをして、最後にそれを焼いてみんなで食べたり、持ち帰ったりしていただいています。それから職場見学ということで、工場見学も好評です。社員が安心して働くには家族の協力が不可欠ですので、ご家族にもうちの会社について知っていただこうという試みです。
―― 家族に職場を見せられるいい機会ですね。少数精鋭の組織としての強みはどこにあると考えていますか?
宮本:こうしたアットホームな家族ぐるみのイベントができるのも、小さい組織ならではだと思います。私も毎回参加していて、みんなと一緒にパンを作っていますよ。オープンなイベントによって、自分たちの仕事に誇りが持てるようになると考えています。
それから手前味噌ではありますが、弊社の営業は少数精鋭ながらとても優秀で、お客様との関係性をがっちり掴んでいる点で頼もしく感じています。逆に言えば、「あいつがいなくなったらどうしよう」というところもありますが、今後はちゃんと組織を構築して、後進を育てなければと考えています。
―― この4月からの働き方改革関連法案の施行に向けての取り組みはありましたか?
宮本:弊社のミッションはお客様の要望に迅速かつ的確に応えることなので、正直に言えば、働き方改革はまだまだ遅れています。2018年度については、まずは各部署の業務の無理・無駄を洗い出すというところから始動しています。その上で、今後は簡素化、効率化、外部化の観点で改善・整理していきたいと考えています。
今後については、部署をまたいだ仕事や業務分担をダイナミックに見直す予定です。味の素本社時代にコーポレート業務革新の仕事を担当していたこともあるのですが、本社と共通しているのは、各部共通でもっとも時間を取られているのは会議です。残念ながら弊社では会議革新はまだ途上ですが、毎週火曜日に部門長を静岡に集めてやっていた会議をテレビ会議とし、東京から参加できるようにしたり、海外とはスカイプで打合せしたりしています。今後も、この会議をなくしたらどうなるかを考えたり、スタンディング会議の導入などを検討したりできればと思っています。
ただし働き方改革といっても、残業を減らす、有給をとるといったことが目的ではなく、機能と組織を強化し、成果を上げるために業務効率化し、仕事のやり方を変えることが前提です。既に導入している部分では、生産量と要員のバランスをいかにとるかで、コストダウンや業務効率化につなげています。
工場では1日に数多くのアイテムを生産していて、単純な作業から難しい作業までありますが、各人員が難しい作業を過去に何時間経験しているかといったことをすべてシステムでデータ化し、それに基づいて各ラインへの人員の配置ができる仕組みになっています。たとえば、ずっと生地にチョコを乗せる作業が続くと飽きて効率が下がるので、午前と午後で現場を変えるという調整ができるのです。
―― 少数精鋭だけに上司や部下などの距離感も近い職場だと思いますが、社員とのコミュニケーションはどのようにとっていますか?
宮本:社員全員の顔も性格も分かるレベルの規模ではありますが、さすがに1人1人のパートさんの顔と名前を知っているかというと完全ではありません。でも、ずっと人事畑にいましたので、無関心にはならず、努力はしています。
それから社員には、全員が全員から学ぶ「全学(ぜんまな)」を提唱しています。これも実は私が味の素の営業部に所属していた時にやっていたことのひとつで、人材育成は上司から部下、先輩から後輩というのが一般的ですが、年長者も若い人から学ぶことが重要だと考えています。たとえばITスキルなど、若い人からいろいろなことを学ぶ機会はあって、画一的に上から下ではなくて、常にどこからでも誰からでも学べるという柔軟な姿勢や謙虚さ、素直さが重要だといつも言っています。そのスタンスがあれば、コミュニケーションがスムーズになり、そんな社風を築いて行ければと考えています。
コミュニケーションで言えば、人間なのでどうしても苦手なタイプはありますが、苦手な人ほどあえて近づいて行くのが私のモットーです。と言いますのも、一度壁を超えるとすごく距離が近くなったり、分かり合えたりするからです。たまには飲みに行って、本音で話してもらえると、表面的なことだけでは分からないような、相手が求めていること、課題といった本質的なことが分かってきますから。
―― 人への興味や好奇心がコミュニケーションには重要ですよね。最後に、社長の宮本さんから見て、社員が生き生き働いていると実感できる瞬間について教えてください。
宮本:やはり、提案した商品がお客様のところで採用された時です。もちろん、その商品がヒットすれば万々歳ですが、どんなにいい商品を作っても選ばれないこともあるのです。BtoBビジネスなので、まずはお客様から選ばれることが最初の難関となります。
採用に至るまでには、1人の手柄ではなく、工業化が重要です。おいしいパンを1個作ることなら簡単にできますが、それを同じ品質で毎日何十万個も作らなければなりません。それを生産ラインに乗せるために、営業や開発、工場が協力し合って何度もテストし、試行錯誤した上でようやく成果に結びつくわけです。
そうした過程にはみんなの汗と涙の結晶が詰まっていて、それを経てお客様に採用いただけた瞬間は、非常に達成感があります。少なくとも人から喜ばれるという意味でも、とてもやりがいがある仕事だと思っています。街中やお店などでパンやスイーツを食べている人を見かけて、「あ、うちのだ」と気づくと、思わず買い物カゴに入れたくなってしまいますね(笑)。