EVENT | 2019/03/26

「普通」とは違う、好きなことを極めるネット高校でどんな生徒が育ったのか。N高第1期生卒業式レポート

取材・文・写真:立石愛香
今年度も全国の学校は無事に卒業式を終えた。新生活を前に、各々の自由な時間を過ごしている学生が...

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取材・文・写真:立石愛香

今年度も全国の学校は無事に卒業式を終えた。新生活を前に、各々の自由な時間を過ごしている学生が嬉しそうに街中を歩いている。

あなたは通信制高校に対し、どんなイメージを持っているだろうか。全日制高校に通えない、不登校の生徒の受け皿? スポーツ選手や芸能界を目指す人が夢を叶えるために高卒認定をサポートしてくれるところ?

世間の認知がまだその段階だった頃、角川ドワンゴ学園N高等学校(以下、N高)は2016年に開校。ネットをフル活用して行う授業や、VRヘッドセットを装着して行う入学式など、その奇抜さでメディアを賑わせた。

N高の公式サイトにはこんな校長メッセージが記されている。

――「通信制高校を“つくる”」のではなく、「通信制高校の制度を“使う”」ことで、できることをたくさん提案したいと考えています。――

開校から3年が経ち、当時第1期生として入学した生徒が卒業を迎えた。彼・彼女らはどんな高校生活を過ごしたのだろうか。そしてN高の存在は日本の教育に変わらなくてはいけないと思わせるきっかけを示せたのだろうか。

ニコ動中継のコメントが流れる中、1850名が卒業

3月20日、東京・お台場のTFTホールにて、N高の第1期生と転編入した生徒、1,850名が卒業式を迎えた。

当日会場に出席したのは250名。遠方の理由などで会場に来られない卒業生や在校生徒はリアルタイムで配信している「ニコニコ生放送」を観て式に参加した。

まずはじめに、希望者が校長から一人ずつ卒業証書を受け取った。その際、ステージに設置されたディスプレイに流れるコメントに「www」(笑いを表すネットスラング)が多用されているのを眺めると、「ニコニコ動画が関わっている高校」だということを改めて思い出す。

卒業証書授与が終わったかと思っていると、ステージ上にロボットが現れた。参列できないネット参加の卒業生を代表して、アメリカのシリコンバレーに留学中の佐々木雅斗さんが、ANAホールディングスらが開発を進めるロボット「ANA AVATAR」のモニター越しに登場したのだ。彼は今後、慶應義塾大学のSFCへ進学する予定。

校長式辞「自分の物差しを持とう」

VR入学式のイメージからか、お祭りのような雰囲気の式を想像していたが、N高の卒業式は意外にも厳かな雰囲気で進んでいく。

次に、校長の奥平博一氏から式辞が贈られた。

「これからもみなさんの歩みは止まることなく続いていきます。でも、人に笑われないようにしようとか、人に褒められたいと思うとか、そういうものが君たちの目標ではないはずです。本当に君がやりたいことはなんなのか、自分の時間を自分の目指す道に使わないのは、もったいないと思いませんか。人の物差しと、自分の物差しは一緒ではありません。なぜ人の物差しに人は合わせようとするのだろうか。自分は自分だけの物差しをぜひ使ってください。そういう自分の時間を積み上げることによって、本当の仲間が自分の周りに増えてくるはずです」

この言葉に、N高の目指す世界が表れている。奥平校長は小学校や学習塾、通信制高校などで約30年間にわたり教育に携わり、N高の設立準備から参画している教育のスペシャリストである。

ノーベル賞受賞者山中教授、DA PAMPからの祝辞

続いてノーベル生理学・医学賞受賞、京都大学iPS細胞研究所所長、山中伸弥教授の祝辞では、自身の人生で学んだことを話し、人生の先輩としてエールを送った。

「数えきれない実験の中で、多くの場合予想通りの結果が得られません。しかし失敗した実験から予想外の発見があり、それがiPS細胞の発見につながった。予想外の結果を次に活かそうとすることは研究者にとって大切であり、それはどんな仕事においても大切。新しいことに挑戦したいと思う気持ちを大切に。やらずに後悔よりやって後悔する方が、はるかに良い経験につながると思います」

式が中盤に差し掛かった頃、会場が暗転し「U.S.A」が流れ出した。ディスプレイにはN高本校のある沖縄県出身のDA PUMPのメンバーが生中継で映し出され、会場から歓声が起こった。卒業生からのモチベーションを維持する方法について教えて欲しい、という質問に対し、ISSA氏は「やりたいことをやり続ける、好きなことを追い求める姿勢」だと答えた。

起業、移住、留学、88歳の卒業生!?

特別表彰を受けた生徒たち

在学中に目覚ましい活動や成果を収めた生徒8名には、特別表彰として、校長からクリスタルトロフィーが贈られた。

鈴木颯人さん、山田陽大さん
N高起業部第1期生かつ起業第1号として「株式会社Easy Go」を創業。2枚の画像を投稿し、2択の投票によって周りの意見をカジュアルに集められるアプリサービス「erabee(エラビー)」を開発・ローンチ。

鈴木さんには式の終了後に話を聞かせてもらうことができた。元々は地元栃木県の高校に通っていたが、周りの人と自分とを比べてしまって学校に行けなくなったという。その頃からインターネットに触れ、自分の会社でサービスを作って活躍している人(CAMPFIRE代表取締役の家入一馬氏など)の存在を知り、N高に入れば自分もそんな生き方ができるのかもしれない、何か変われるのではないかと思ったことが編入のきっかけだそうだ。

卒業後は先述の会社を経営しながら慶應義塾大学の環境情報学部に進学する。進学後の目標は「コンピューターを使って世の中をより良くしたい」と胸を張って答えてくれた。

白鳥優季さん
東京から鹿児島県長島町に移住し、「Nセンター」(長島大陸Nセンター。高校のない自治体でN高が支援する教育拠点)で学習しつつ、水産業や農業に従事し、地域活性化に貢献。

相原翼さん
N高サッカー部(現eスポーツ部)。第18回アジア競技大会ジャカルタ・パレンバン「ウイニングイレブン 2018」eスポーツ 金メダリスト。

清水郁実さん
第30回国際情報オリンピック 銅メダル、第12回アジア太平洋情報オリンピック 銅賞など、プログラミング分野で活躍。

冨樫真凜さん
海外大学国際教育プログラムを活用し、スタンフォード大学やオックスフォード大学のサマープログラムに参加するなど、N高のプログラムを最大限に活用し、積極的に行動。

※FINDERSでの取材記事はこちら:「N高」1期生のスーパー10代がオックスフォード大のサマープログラム、米国留学で得た、日本の将来を明るくするヒント

足立素音さん
2017年度未踏ジュニア(17歳以下の独創的なアイデアを持つクリエイター、プログラマーに対して専門家による指導や開発資金などの援助を行うプロジェクト)に採択。IT企業へのインターンシップや文化祭の実行委員として活躍。

ハンチング帽が印象的で、メディア露出も多かった足立さん。2017年にN高の沖縄本校でのホリエモンフェスの際、友人と共同で開発したグルメサービスをホリエモンに評価してもらった。

N高で過ごした3年間については「良い出会いがたくさんあって、がんばればがんばるほど先生たちが評価してくれて、本当にいい3年間でした」と笑顔で話してくれた。卒業後は4年制のカンボジアの工科大学校へ留学をするそうだ。

竹内けいさん(卒業式は欠席)

最高齢88歳のN高卒業生。今後は大学に進学するなど、年齢にとらわれない飽くなき向学心が在校生の手本になった。「いくつになっても挑戦する、その志に深く感銘しました」という校長のメッセージが添えられた。

紆余曲折あったことを感じさせる校長の涙

卒業生答辞を担当したのは、2016年のN高開校の入学式で新入生代表宣誓を行った塩屋敬加(えんや・のりか)さん。在学中は夢だったバンドを組み、友情にも恵まれた3年間だったそうだ。卒業後は「一音一句で魅了するアーティスト」を目指し、フリーランスクリエイターになる。

彼女が答辞の中で「開校当初は世間から信じられないほどのバッシングを受け、心が折れそうになったこともありました」と涙をこらえながら一生懸命読む姿が印象的だった。その気持ちを汲み取ったのか、校長が涙をぐっとこらえるシーンも。

涙を堪える奥平校長

式後に校長にこの時の気持ちを伺った。

「元々通信制高校ということで評価は低かった。我々はそういった社会的なイメージを変えたいと思っていましたので、あえて通信制高校とは言わずにネット高校という言葉を使っています。そういう意味で、まだまだですが、少しずつ(通信制高校の)見方が変えられるきっかけにはなったかなという気がします」

第1期生はどうでしたか?という質問に対し、「本当に個性的で、楽しい生徒たちでした」と校長は答えてくれた。卒業生退場の際には一人ずつと握手をし、別れを惜しんだ。

新しいこと、未来が見えないもの、人はそれを恐れる。新しいことをすると、外野は良くも悪くも叩く。

N高は新しい教育の形を示した。新しい学校の形を作るということがどれほど大変なことだったか。

しかし未開拓の場所に自分の可能性を賭けて、全身全霊で突っ込んできた者こそが、面白がり、楽しみ、時にもがき、新しい時代を作っていくのだろう。卒業式の空間はとても温かく、晴れ晴れとしていた。