加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち。
これまでの常識を打ち破る一発逆転アイデアから、壮大なる社会変革の提言まで。彼らはなぜリスクを冒してまで、前例のないゲームチェンジに挑むのか。
進化の大爆発のごとく多様なヴィジョンを開花させ、時代の先端へと躍り出た“異能なる星々”にファインダーを定め、その息吹と人間像を伝える連載インタビュー。
デジタル広告の第一線で活躍→突然退社、旅行に映画鑑賞、ナレーションやシナリオの講座に通うこと1年以上。新野文健氏の肩書きは、人生100年を見据えた「ライフシフター」。
リンダ・グラットン著『LIFE SIFT』が説く「自己の再創造」、その実践者の視点から過労社会やAI革命/大失業時代をサヴァイヴする、新しい生き方が見えてくる。
聞き手・文:深沢慶太 写真:増永彩子
新野文健(あらの・ふみたけ)
ライフシフター
NECグループでウェブプロデューサーを務めるなど、インターネットの黎明期よりデジタルマーケティング分野でキャリアを積む。外資系広告代理店ビーコンコミュニケーションズを経て、デジタルクリエイティブカンパニー「カケザン」の創業に参加。業界勉強会の主催やアイデアソンのファシリテーターなども務めた。『NEC ecotonoha』でアジア初のカンヌ広告祭サイバー部門グランプリを受賞するなど、受賞歴も多数。2017年5月に退職後、新たな社会を見据えて「ライフシフター」として活動している。
クリエイティブ業界を離れ、「人生の再創造」が始まった
ーー 新野さんはデジタルマーケティングの世界で輝かしい実績を上げながら、2017年5月に会社を辞めてから1年以上にわたって仕事に就かず、「ライフシフター」として活動しています。具体的には、どんなことをやっているのでしょうか。
新野:一言でいえば、自分の人生における「ライフシフト」の移行期間を過ごしているところです。ロンドン・ビジネススクールの教授であるリンダ・グラットンの著書『LIFE SHIFT』(東洋経済新報社)は、医療の進歩などの恩恵によって平均寿命が100歳に到達する中、これまでの「教育→仕事→引退」というライフコースの見直しを提唱して話題を呼んだ本です。
なかでも僕が感銘を受けたのが、100年という長い人生において、これまでのキャリアを見つめ直し、自分自身のリ・クリエーション(再創造)を行う移行期間が必要だという部分。退職から半年ほど経った頃にこの本の読書会に参加して、「自分のやっていることがほぼ、ここに書いてある!」と驚かされました。
でも、日本ではまだその実例がほとんど見当たらない。ならば、僕自身が実践者になることで、その経験を多くの人に共有していきたい。そう考えて、今年4月には「LIFE SHIFT 365日のリ・クリエーション(自己の再創造)報告会」と銘打ったトークイベントを、コミュニティ運営やイベントの管理サービスを運営するPeatix Japan株式会社で開催したところです。
カケザン時代に手がけた仕事より、インタラクティブなデジタルサイネージ作品の展示風景
心身ともに疲弊。「自分が本当に何をやりたいか」を見つめ直した
ーー それまでの経歴についても、簡単に教えていただけますか。
新野:最初の就職先はNEC系の広告代理店で、ウェブを使ったブランディングキャンペーンに取り組みました。その時に、中村勇吾さんがデザインを手がけた『NEC ecotonoha』がアジア初のカンヌ広告祭サイバー部門グランプリを獲得しています。その後、外資系代理店のビーコンコミュニケーションズでプランナーやプロデューサー、ストラテジストなどデジタル広告にまつわる仕事を一通り経験して、D2C系列のデジタルクリエイティブカンパニー「カケザン」の創業に第1号社員として参加しました。デジタルサイネージなど当時の新しいメディアを取り入れたりする一方で、講演や広告系メディアに執筆したりもしましたね。
カケザン時代に手がけた仕事より、テレプレゼンスロボット「Double」を活用したトミー ヒルフィガー ジャパンのバーチャル来店キャンペーンの様子
ーー その界隈で着実にキャリアを築いていたにもかかわらず、その世界からいったん離れようと思ったのはなぜでしょう?
新野:その理由は……よくある「燃え尽き症候群」に近いですね。過労で背中を痛めたり、ぎっくり腰になったり……自律神経もおかしくなって、体の不調と同時にマインドも落ち込んでしまって。そのときに、今後の人生をこれまでの実績の余韻で生きていくのは無理だと思ったんです。
若くして“笑いの神”のポジションを確立してしまった植木等のドキュメンタリー番組を観て、早くして“上がる”のはいいことだけじゃないんだな、とも思いました。でも逆に、やなせたかし先生が『アンパンマン』を描いたのは50歳を過ぎてからのこと。そんなこんなで「何かを始めるのに遅すぎることなんてない」という気持ちと同時に、「自分が本当に何をやりたいか、あらためて見つめ直したい」と考えるようになりました。
退職後、友人を訪ねてオーストラリアへ。シドニー近郊のボンダイビーチにて。
体力、知力、人間力も!? ライフシフトで“ここが変わる”
ーー 自己探求を始めようと思ったきっかけの背景には、心身の不調に加えて、現在の日本の働き方やキャリアの仕組みに対する違和感があったわけですね。
新野:はい。大学を卒業して就職し、引退をして年金生活に入るという生き方が日本では一般的ですが、それ以外にどんな可能性があるのかを身をもって試してみたかった。『LIFE SHIFT』が説く「移行期間の型」にはエネルギー再充塡型と自己再創造型の2つがありますが、僕はこの移行期間中にその両方を経験しました。そのプロセスを自分なりに体系化すると4つの段階に分けられます。
「LIFE SHIFT 365日のリ・クリエーション(自己の再創造)報告会」のスライド資料より、ライフシフトにおける自己の再創造プロセスの図
まず「癒やし」の段階。体を壊していたので、1カ月以上はのんびりすることくらいしかできなかった。次に「娯楽」。体の調子が整ってきたところで、いろいろと行きたかった場所に行ってみました。友人がいるオーストラリアとシンガポール、ベトナム、そして小豆島。さらに、「札幌国際芸術祭2017」や「奥能登国際芸術祭2017」など地方開催のアートフェスティバルや、地域おこしのイベントが開催されていた鹿児島県の甑島(こしきじま)にも。そうしたなかで、旅先での出会いや体験から自分の考え方が整理され、次の新しい出会いへと導かれていくことを実感しました。
石川県珠洲市で開催された『奥能登国際芸術祭2017』を訪問。海岸の漂着物で作られた深澤孝史の作品『神話の続き』と、EAT&TARO TAROのアートプロジェクト『さいはての「キャバレー準備中」』にボーイとして参加した時の一コマ。
その次が「学び」の段階。例えば、映画をたくさん観るなかで自分の好みの傾向がわかってきた。そこからシナリオに興味が湧いてきて、脚本の講座に通い始めてみたり、金融の勉強を始めたり。
そして最後の「人的」の段階は、一言でいえばコミュニティの構築でしょうか。いままさに、報告会に来てくれた人たちとつながりが生まれたり、初対面の参加者同士が仲良くなったりしたのを目の当たりにして、人的な資産に興味が移りつつあるところです。
ただ、この活動を続けるには、資金と同時に健康であることが必要です。僕の場合は貯金を切り崩してピラティスや習い事に通うなど、お金などの有形資産を自分の健康や新しい知識、人的なつながりなどへ移し替えている。社会人として蓄えた有形資産を無形資産へと“振り替え預金”している感じですね。
ーー 会社員時代といまの新野さんをドラゴンボールの「スカウター」で見比べたら、体力や知力、人間力がボンッとUPしてそうですね! ……とはいえ、自分の周囲からも「新野さんって、いったいどうやって暮らしているんだろう?」という声を耳にします。ずばり、そのあたりはどうでしょうか?
新野:生活費は失業保険と貯金、運用は株式投資とロボット投信、それにビットコインも長期保有積立をしています。お金がいちばんの不安要素なので、ある程度の資金の用意は必要ですし、ファイナンシャルプランナーの国家資格や証券外務員一種の資格を取るなど、金融分野の勉強もしているところです。理由としてはまず、収入に対する不安のために自分が面白いと思えない仕事をするのを避けたかったから。加えて、周りからお金の心配をされると思ったので、「ちゃんとやっているよ、むしろ僕のほうがお金について詳しいぞ」というお墨付きを身に付けようと。
ライフシフト中の“学び”の取り組みより、金融関連の学習テキストの一部
ほかにも、NHKのアナウンスカレッジでナレーションのレッスンを受けたり、「シナリオ作家 養成講座」に通って脚本の勉強をしたり、通信制の「BBT大学(ビジネス・ブレークスルー大学)」でビジネス英語の勉強もしています。さらに、個人でスキル学習のレッスンを受講できるマッチングサービス「ストアカ(ストリートアカデミー)」を活用したり、中小機構(独立行政法人 中小企業基盤整備機構)でいろいろなセミナーを受けたり……決して遊んでばかりいるわけじゃなくて、むしろ忙しいくらいなんですよ(笑)。
資本主義社会の曲がり角。明日に向かって「見る前に跳べ!」
ーー こういった学び方は、自分のライフコースを決定する前の学生の段階であれば、大学の講義をいろいろ受講することで可能ですが、社会人の視点で改めて取り組んでみて、どんな手応えがありますか?
新野:学びに対する姿勢として学生時代と大きく違う点は、「脚本家になりたいからシナリオの勉強をする」ということではなく、まず興味を持ったことをとりあえず体験してみていること。その上で現時点での答えは、「本当にやりたいことは、そう簡単に見つからない」。ちょっと面白そうなことは見つけやすいけれど、でもそれが本当にやりたいことかというと、なかなかそうは言い切れない。これが事実だと思います。
ライフシフト中の“学び”の取り組みより、「シナリオ作家養成講座」で執筆した脚本原稿の山
ーー 心理学の中には、自分の生き方を「人生脚本」として捉え、そのシナリオを自ら書き直すというアプローチを取る流派があります。働き方や生き方にまつわるシナリオをリセットし、新たな自由を獲得する試みは、社会的な既成概念に対する問題提起にもつながりそうですね。
新野:そうですね。これまでの自分はいわば、従来の資本主義社会の仕組みに自らを適合させて生きてきたわけですが、世の中的にも、働き方改革やベーシックインカム導入の議論、シンギュラリティに伴う大量失業の一方で人間の新しい生き方が可能になるという話など、既存の価値観が転換期を迎えつつあるのを感じます。でも実際問題として、働き盛りの人にはその転換を阻む要素がたくさんある。そのなかで僕の試みが新しい生き方のヒントになったらいいな、とは思っていますね。
2018年4月、東京・恵比寿のPeatix Japanで開催された「LIFE SHIFT 365日のリ・クリエーション(自己の再創造)報告会」の様子
ーー よくあるパターンとして、「新時代をサバイヴするためのスゴい秘訣を教えます!」といった煽り文句でセミナーに誘導したり、情報商材を売りつけたりなど、人を食い物にするやり口やその模倣者が後を絶たないわけですが……。新野さんの場合は逆に自分の知見を率先して共有しようとしている点で、信頼できると思いました。
新野:「資本主義社会に搾取されず、好きなことをして生きていく」と謳いながら、結局はオンラインサロンや情報商材を売りつけているだけのやり方には、僕も違和感を覚えます。自分が見つけた方法を押し付けるのではなく、それぞれのセンスや人柄、周囲との信頼関係に応じて、その人らしいやり方が見つかるはずだと思っていますね。
それに、いまは日本が貧しかった時代と比べて、相対的にお金の持つ価値は下がってきていると思います。お金のために命を削るのは、時代的にそぐわないんじゃないかな。ブロックチェーンや仮想通貨など、技術の進化がお金の価値や仕事の仕方にもたらす影響は、今後ますます大きくなっていくはずです。
例えば「キッザニア」は子どもたちが楽しくいろいろな職業体験をする場ですが、大人もそれと同じような働き方ができればいいなと思います。収入をたくさん得ることを目的とせずして、花屋さんやパン屋さんなど、自分がやってみたかった仕事を叶えられる。そんなふうに自由度の高い働き方を叶えたいと思う人が増えてくれば、社会変革の可能性も高まっていくはずではないでしょうか。
ーー 本当の意味で主体的な生き方を実現する、その可能性に向かって「見る前に跳べ!」というわけですね。ちなみにご自身の将来について、現時点で見えてきたヒントなどはありますか?
新野:まだ探し中の段階なので言語化はできていませんが、何となく見えてきてはいるんです。感覚的には、属している会社や業種から完全に離れた結果、ポジショントークをしなくてよくなったので、以前の自分よりは格段に軽やかになった。そうした経験を共有したり、ライフシフトの考え方に共感した人たちがお互いに接しやすい環境を作ったりしていきたいなと思いますね。
何より多くの人に伝えたいと思うのは、「辛い」「不安」「体調が悪い」ということをまず受け止めて、正直に自分が楽しいこと、やってみたいことを考えること。そう言うと必ず「男は働かなきゃ」とか、「貯金がこのくらいないとやっていけないんじゃないか」とか、常識とか固定概念が邪魔をし始めますが、やってみると意外とそんなことないから。だから、勇気を持ってほしい。それが、今現在の僕からのメッセージですね。