「クリエイティブの力を使って、クライアントの思想や業務内容を体感できるコミュニケーションデザイン」をテーマに、様々な空間や家具・什器のデザインを手がける兄弟ユニット、バッタ☆ネイション。
これまでCINRA、ロフトワークといった有名ベンチャーのオフィスデザインから、『デイリーポータルZ』の記事にも登場した「巨大ガチャガチャ 」「 人間大砲 」の大道具まで、さまざまな案件を手がけてきた。
今回、FINDERS編集部のオフィス内装を依頼したこともあり、どのような考えのもとにデザインを設計したのか、そして彼らが考える理想のオフィス空間のあり方をうかがった。
聞き手:米田智彦 構成・写真:神保勇揮
岩沢ヒトシ(写真右)
バッタ☆ネイション代表取締役
岩沢兄弟の兄。空間デザイナー/車輪家具プロデューサー/店舗やオフィスなどの空間デザインからイノベーション家具の提案、デザインを手掛ける。
岩沢卓(写真左)
バッタ☆ネイション取締役
岩沢兄弟の弟。コンセプト設計、ディレクション、音響デザインなどを手掛ける。
「社内交流」は仕掛けがなければ発生しない
ロフトワークの打ち合わせスペース兼イベントスペース『loftworkCOOOP』。壁面がすべてホワイトボードになっている。
千葉県柏市の複合施設『ゲートスクエア』内にあるインキュベーションオフィス『KOIL』。写真のソファは後ろに車輪がついており、前の足部分を持ち上げることで容易に移動できる。
―― これまでオフィス関連ですと、ロフトワーク、CINRAといった有名ベンチャーのオフィスのデザインを手がけたり、ヤフーが運営するコワーキングスペース『LODGE(ロッジ)』でも「車輪家具」というオリジナルのオフィス家具を製作していますが、どういった経緯でどんな依頼が来るんですか?
岩沢卓(卓):ターニングポイントは2013年にロフトワークのオフィスづくりを担当したことですね。その後、ロフトワークが担当している空間プロデュースのパートナーとして『Yahoo!LODGE』などにも家具を納品し、多くの働く空間づくりに関わるようになりました。
それ以前は僕が「どこかでパーティーがある」と耳にしたら必ず行って、「御社の内装をやりますよ」っていう地道な営業をしていました(笑)。
―― 手がけた仕事が営業ツールになって、さらにつながっていくと。依頼をされるにあたって、どんなオーダーをされることが多いですか?
卓:最近の潮流と合っているなと思うのは「社内コミュニケーションのスペースが足りない」というニーズに対して空間でどんな提案ができるかですね。
ITシステムだけにお金を掛けるのではなく、家具を工夫することで、効果を最大化しやすいということが、現状のニーズとマッチしたというのはありますね。
左が岩沢ヒトシ氏(兄)、右が岩沢卓氏(弟)
―― 「社内コミュニケーションを誘発するような空間」とは最近よく言われますが、具体的にどんなものがあるのでしょうか?
卓:言語化するとすれば「明確なゾーニング、エリア分けにしない」ですかね。ここは立ち席エリアだ、座り席エリアだと分けちゃうと相互のコミュニケーションが生まれないので、もう少しエリア間の境界が溶けて混ざるような提案が受け入れられやすくなっているように感じます。
狭い会議室がガラス戸によって“拡張”される
―― なるほど。ではその実例として、FINDERS編集部のオフィスデザインについてお聞きしたいと思います。「メディアの編集部」であるという中で考えたこと、工夫したことなどはありますか?
卓:このフロアの最大の魅力は、窓から大きく広がる景色だと思いました。なので最初に考えたのは「これが映える空間をどうやってつくっていくか」ということです。
オフィス内装工事の様子。晴れた日にはバルコニーから富士山も見える。
岩沢ヒトシ(ヒトシ):あとは「インタビュー対象を撮影しやすいように距離が取れる」だとか、「インタビューの場所=背景を変えられる」ということは意識しました。
―― エントランスから会議室への導線がガラスの引き戸になっていて、これを開け閉めすることが早速この取材でも役立っています。
ヒトシ:エントランスにはソファーと机も配置したので、話している模様だけこっちで撮るということもできます。その際、会議室側はバックヤード、控え室にしたりだとか。
―― 会社自体まだ設立したばかりでそこまで大きな面積ではないですが、それでも「選択肢がある」というのはすごく便利です。特に力を入れたのは会議室ですか?
ヒトシ:力を抜いた箇所はありませんが(笑)、そうですね。もちろん人目に触れる場所だからっていうのもありますけど、さっき話に出た開放感のある窓はきっと執務エリアの方のための景色なんだろうなと思ったんです。ただ、会議室の四方、両側を壁で囲ってしまうと狭苦しい感じの部屋になってしまうので、ガラス戸にしました。
オフィスのエントランス部分。
ソファの足元にはコンセントが多数設けられており、ここでも作業ができる(撮影:石川真弓)。
エントランスと会議室はガラス戸でつながっている(撮影:石川真弓)。
この写真はガラス戸を開け、会議室内から撮影。
―― それで引き戸になっているんですね。
ヒトシ:訪問者にインパクトを残すことも重要だろうと思いました。「また遊びに来てもいい?」みたいなことが起きるような場所にしたかったですし、そのためにはちょっと驚きのあるような遊び心を入れたいなと。
会議室側からエントランスを見る(撮影:石川真弓)。
卓:レコード会社がアーティストのプロモーション映像を撮影する時に会議室を使うことってありますよね。あの感じの格好いいものをつくりたいとは思いました。例えばここにCDやプロモーションキットがたくさん並んだときに、引いた画もカッコよく写ると。
ヒトシ:きっとソファにいっぱい人が並んだ絵も格好良いし。
卓:編集でも、カンプ(印刷物の仕上がり見本)がバーっと並んだときのカッコよさもあるじゃないですか。そうしたことができるようにと考えました。
自由にレイアウトできる」ことをルール化する重要性
―― バッタネイションのオフィスデザインの特徴はどんな部分にあると思いますか?
ヒトシ:デザイナーが「使い方はこうだ」と決めすぎないようにすることですね。
卓:「人が動かして完成」っていうのはひとつありますね。
FINDERS編集部のオフィス内装模型。クライアントとの打ち合わせの場で細かな配置を動かしながら「レイアウトが自由に変更できる」というイメージをより明確に意識してもらえることから、必ず製作しているという。
―― 使う人がルールを決めていけるような。
卓: 例えば会議室やイベントスペースの使い方で「テーブルやイスを動かして使いやすいレイアウトにしよう」という話になるじゃないですか。でもそういう発想が思い浮かばない人も結構いますし、あったとしても大企業では「レイアウトのパターンA・Bがあります」みたいな固定のルールブックを作ろうみたいな話になってしまいがちです。でも「その場その場の思いつきでバンバン変える」という体験を一度してもらえれば、それが社内全体に広がっていくんです。
―― ラーニングしてもらうみたいな。
ヒトシ:はい。あと僕らは「車輪家具」という、その名の通りタイヤがついたホワイトボードなどを自作することも結構あるんですが、「車輪がついている」ということが目立つことによって、「これは動かせるものだ。だからレイアウトが変えられる」という刷り込みをしてもらうわけです。
誰も喜ばない“出来損ないのディズニーランド”型オフィス
机の上にぶら下がっているのは可動式コンセント。天井のレール上で自由に動かせる(撮影:石川真弓)。
壁際もデッドスペース化しないよう、ロッカーや本棚、外部ライターなどの作業スペースとして活用する。テーブルの上のお酒はFINDERSオフィス開設記念パーティでの戴き物(ありがとうございました!)。
―― 人が自由に動かしたりする中でいろんな最適解が出てくるということですよね。ところで、グーグルとかザッポスみたいな西海岸っぽいド派手なデザインが一時期流行ったじゃないですか。ああいうのに関してはどう思いますか?
卓:あれをやろうとするためには、日本人の照れとの戦いな気がします。
―― 日本人はドラムセットとかエアロバイクなんかが置いてあっても、正直あんまり使わないよっていう感覚はありますよね。
卓:頼まれればつくるんですけど、セットをつくっちゃうみたいで、あまり好きじゃないんです。そういう場合は「その空間は何を目的、ゴールとしてつくるのか」ということをきちんとヒアリングしてデザインに落とし込みます。
―― オフィスワーカーのためというよりは、取材時に写真映えするとか、採用時に「われわれの会社はとても自由です」というイメージを持ってもらいたいとか、そういう意図なのかなという気もします。
卓:上着を投げて、どかっとソファーに腰掛けてノートPCをいじっている、という光景も見栄えが良ければいいんですけど、多くの日本人はたぶん端に座っちゃうんですよ。
ヒトシ:そうしたアイデアの参照元が飲食店だったりすると、言葉は悪いですが“出来損ないのディズニーランド”みたいになっちゃって、実際に働いているワーカーはあんまり喜ばないっていうケースも少なくないんだと思います。
あらゆる企業が「人を呼ぶスペース」を作ることで変わるオフィスの未来
―― 最後に、今後のオフィス空間のあり方について質問したいんですが、これからはどんな潮流が出てくると思いますか?
卓:自分自身を鑑みてもそうなんですけど、“自分たちの強み”のプレゼンテーションがまだ上手くない会社が多いなと感じます。その辺り、もっとビジュアルや体験で見せられるのがオフィスに必要なもうひとつの要素なんじゃないかと。
オフィスの中にあるショールームが、求められていると思っています。そのためには、借りた床面積いっぱいに社員を詰め込むんじゃなくて、少し大きめのところを借りておいて、社外の人と交流するのも良いですし、勉強会をオープンにやりましょうというのも良いと思います。どの程度、オープンにすべきかのさじ加減が難しいところですが。
そういったものが大企業だけでなく、中小企業や工場なんかでも自分たちのプレゼンテーションをホームで行えるような場所を持っておくことが、働く場所で次に必要とされているものなんじゃないかなと思っています。
―― ヒトシさんはいかがですか?
ヒトシ:オフィスだけでなく、これからの空間デザインで大切なのは、「それぞれの使い方をつくれる自由」を残すことかなと。
今までは、デザイナーの主観で空間の一番かっこいい姿やあり方、使い方など、全てに完成されたルールを作っていたように感じます。でもそれだと、いざ使う側が使ってみると、作られたルールと自分のやりたいことに摩擦が起きて、うまく使えないなんてことがあったりもします。
いろんな人がいていろんな働き方があるじゃないですひとつのルールにはもう収まらないと思うんですよ。僕はもう不完全なもので良いと思っています。つまり、介入する余白のあるものを提供することで、個人が新しい使い方(ルール)をつくり出せると思うんですね。
これからは、「ルール」じゃなくて、人がやりたいことに使える「ツール」をデザイナーはつくるべきだと僕は思っています。僕らもいろんな場所で、僕たちが今想像もつかないような使い方を産みだせる、いろんなツールをつくっていけたらと思っています。