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仕事で十分な創造力や記憶力、生産性が発揮できずに悩んでいる人は少なくないはずだ。悩みの原因は才能が不足しているのではなく、睡眠が十分にとれていないだけかもしれない。十分な睡眠はインプットした情報を統合し、創造力や記憶力を鍛えてくれる。睡眠時間をきちんと確保するだけで、生産性が向上するとも言われる。ここでは睡眠が私たちの活動に与える影響をみていこう。
文:関口雄太
クリエイティビティは睡眠中に発動する
目覚めたらアイデアがふってきたという体験をしたことがあるだろうか。夢の中でのアイデアが芸術や仕事の分野で役に立ち、社会的なインパクトを与えた事例が複数発表されている。
米アーティストのジャスパー・ジョーンズの作品には、夢とクリエイティビティの関係が伺える。ジョーンズは旗や標識など、奥行きがない二次元の対象を、二次元のキャンバスに描くことで個性を発揮した。彼が旗を描こうとした理由は「夢の中で旗を描く自分の姿を見た」ことだといわれている。ジョーンズの作品は芸術界で評価され、ポップアートやネオ・ダダの先駆けとしてアメリカで活躍した。
睡眠が創作活動に影響を与えたのは、ジョーンズだけではない。元ザ・ビートルズのメンバー、ポール・マッカートニーの作曲にまつわるエピソードもよく知られている。サイエンスジャーナリストのポール・マーティンは著書『Counting Sheep: The Science and Pleasures of Sleep and Dreams』のなかで「ポール・マッカートニーには一度ならず、複数にわたって夢の中でミューズが訪れた」と述べている。
ミューズとは、ギリシア神話に出てくる技術や知的活動をつかさどる女神である。
この本の中でマーティンは、「イエロー・サブマリン」はマッカートニーが就寝前の夢と現実の境目で思いついたアイデアからできていることを紹介した。「レット・イット・ビー」は彼の母が亡くなって10年後の夜に見た夢を元に書かれたというエピソードにも触れられている。
夢が現実の課題を克服するという事例は他にもある。米プロゴルファーのジャック・ニクラスやドイツの有機化学者アウグスト・ケクレなど、歴史にインパクトを与えてきたアイデアは睡眠中に見た夢に影響されている。
睡眠中に情報が統合し、記憶力が強化される
ウィスコンシン大学のジョアン・カンター教授は「睡眠は学習と創造性どちらにも重要な役割があることを研究結果は示している」と述べた。カンター教授によると、新しいことを学んだ日にとる睡眠中は、脳があるタイミングで非常に活発になる。活発化した脳は、就寝前に学んだ情報を記憶に定着させる。
カンター教授は睡眠と創造性の関係についても言及した。「意識があるとき、私たちの脳は1つの方向に集中して活動している(中略)睡眠をとることで、脳のセンサーが他の方向にも動くようになり新しいアイデアが浮かんでくるのではないだろうか」
カンター教授によれば、新しい発見に必要な洞察力(insights)は、2つのプロセスによって発揮される。まず意識がある日中に、集中して考えるということ。その後に睡眠をとることで、集中の糸がほどけ、新しいアイデアとの出会いが訪れるということである。
眠っている間に脳は2種類の睡眠を繰り返しているとされている。1つは、浅い眠りとされているレム睡眠。もう1つが深い眠りのノンレム睡眠。この2つの睡眠は約90分ごとに交互に入れ替わり、それぞれの役割を果たすとされている。マギル大学精神医学部の研究者シルベイン・ウィリアムズ博士とベルン大学の共同研究の結果によると、「レム睡眠を妨害されたネズミは情報の整備や記憶の定着ができなくなる」とされている。つまり十分な睡眠をとることで、レム/ノンレムの切り替わりが適切に行われ、情報が記憶されやすくなる。
睡眠は削るより、増やすことが求められている
ランド研究所シニア・エコノミストのマルコ・ハーフナー氏は『Financial Times』紙において、イギリスの生産性低下の問題は睡眠にある、と指摘している。イギリスのフィリップ・ハモンド財務相は2017年11月に予算案を発表し、人工知能などの研究開発に投資することで生産性を引き上げようとする長期計画を発表した。しかし、ハーフナー氏は発表された予算案に反対し、睡眠時間を延ばすことが生産性を上げる方法だと主張している。ランド研究所の発表によると、睡眠時間が6時間以下の場合、7~9時間の睡眠をとった場合に比べて、2.4%生産性が下がるとされている。英国では睡眠不足により、年間400億ポンドもしくは2%もGDPの損失を出しているとハーフナー氏は語る。
睡眠不足解消が成功へのカギ
私たちは働く時間を増やすために、睡眠を削り、より多くの課題に取り組もうという思考に陥りがちである。しかし、過去のクリエイターの実績や学術機関の研究結果を参考にすればわかるとおり、睡眠時間を削る前に取り組むべきことがある。社会により大きなインパクトを与える仕事をするには、眠らないことよりも、眠る時間を確保する工夫が求められている。
【引用・出典】
「夢の中で旗を描く自分の姿を見た」(Jasper Johns「The incredible story behind Flag」(PHAIDON))
「ポール・マッカートニーには一度ならず、複数にわたって夢の中でミューズが訪れた」(Paul Martin『Counting Sheep: The Science and Pleasures of Sleep and Dreams』)
The muse visited Paul McCartney more than once in his dreams.
「睡眠は学習と創造性どちらにも重要な役割があると研究結果は示している」(Joanne Cantor「Sleep for Success: Creativity and the Neuroscience of Sleep」(Psychology Today))
recent research suggests that sleep is essential for both learning and creativity
「意識があるとき、私たちの脳は1つの方向に集中して活動している(中略)睡眠をとることで、脳のセンサーが他の方向にも動くようになり新しいアイデアが浮かんでくるのではないだろうか」(Joanne Cantor「Strategic Sleeping: Snooze and Release Your Muse」(Psychology Today))
「レム睡眠を妨害されたネズミは情報の整備や記憶の定着ができなくなる」(Jonathan Webb「Dreaming brain rhythms lock in memories」(BBC News))