清水幹太
BASSDRUM / PARTY NY
東京大学法学部中退。バーテンダー・トロンボーン吹き・DTPオペレーター・デザイナーなどを経て、独学でプログラムを学んでプログラマーに。2005年12月より株式会社イメージソース/ノングリッドに参加し、本格的にインタラクティブ制作に転身、クリエイティブ・ディレクター / テクニカル・ディレクターとしてウェブサイトからデジタルサイネージまでさまざまなフィールドに渡るコンテンツ企画・制作に関わる。2011年4月より株式会社PARTYチーフ・テクノロジー・オフィサーに就任。2013年9月、PARTY NYを設立。2018年、テクニカルディレクター・コレクティブ「BASSDRUM」を設立。
AIスピーカーは結局どう使えばいいのか
年末年始、ついに我が家にAlexaがやってきた。
言わずもがな、2014年にリリースされてシェアを伸ばしている、いわゆる「AIスピーカー」、Amazon Echoシリーズ。そしてそれに入っているパーソナルアシスタントがAlexaだ。
日本でも招待制で販売を開始したのは記憶に新しいが、筆者が住んでいるニューヨークではどこに行っても普通に売っている。Best Buyのような電器屋さんはもちろん、Amazonに買収されたオーガニック系スーパーマーケットであるWhole Foods Marketなんかでも、リンゴや玉ねぎのそばでEchoが売られていたりする。 いろんなお店で目にすることができるので、その存在はみんな知っている。
筆者の家にやってきたEcho(Alexa)
私の場合、2017年の年末にたまたまAlexaのスキル(Alexaで使えるアプリのようなもの)の開発仕事が入ったのだが、冬休みに入ってしまうので家でリサーチしようと思って持ち帰ってきたのだ。Alexa、なかなか便利だ。日本語版ではSpotifyにはまだ未対応(AmazonアカウントをUS版のものに変更する必要がある)だが、英語版だと、自分のSpotifyアカウントに紐づけて、「Alexa、私の●●っていうプレイリストを再生して!」なんて言って好きな音楽を洗い物などをしながらコントロールできてしまうし、今日の天気を聞いたりすることもできてしまう。大きいやつであればちょっとしたスピーカーとしても良いし、何より洗い物をしているときにいろいろできるのがいい。
さっきから洗い物洗い物言っているが、筆者は家では洗い物担当で、一日の半分くらいは意識の片隅に洗い物が存在している。作業中は両手が塞がってしまうので、Alexaは洗い物の友としては最高なのだ。
ところが、しばらくして使わなくなってしまった。というのも、子どもたちが面白がって、人が使っているときにもお構いなしに「アレクサ、アレクサ」と話しかけまくり、しまいには兄弟喧嘩を始めてしまい、Alexaを中心とした混沌が生まれてしまったのだ。子供がジャマをしてまともに使えない、というのは結構Alexaあるあるなのではないかと思う。
あと、現段階では、実際問題そこまで使わない、というのがある。音楽プレーヤーとして利用して、天気を聞くにしても1日一度くらいだし、窓の外を見りゃわかるといえばわかる。自分の場合、結構そんなもんなのだ。Alexaといえば、音声ひとつで接続されているIoT(Internet of Things)、つまり常にインターネットに接続されているコネクテッドデバイスをコントロールできるよ!なんていうのも売りの1つだ。
じゃあ家の中にコネクテッドデバイスがそんなにあるかといったら、全然ない。そういう仕事をしているし、自分たちでもコネクテッドデバイスを開発したりするので、仕事柄、会社にはいろいろあるが家にはない。で、そういうものがそんなに必要かというとそんなに必要でもないから買わない。
日本から見ているとアメリカというのはIoT先進国に見えるかもしれない。実際問題、Alexaもずっと前からあったわけだし、電器屋さんにはコネクテッドデバイスがたくさん陳列されている。では、本当に日常的にコネクテッドデバイスを使っている家庭がそんなにあるのかというと、これがなかなかわからないのだ。私は技術者であるし、周囲にはITリテラシーの高い人が多い。しかし、じゃあ周囲の人間でコネクテッドデバイスやAIスピーカーを使い倒している人というのがすごくいるのかというと、これが全然いないのだ。
みんな、ビジネスのテーブルでは話題にするのだ。「これからはコネクテッドだよ」とか言うわりに、じゃあ「Alexa使ってる?」と聞くと持っていない人がほとんどで、持っていても音楽にしか使っていない人が大半だったりする。
じゃあそれがアメリカ全体の現実なのかというと、それはそれで早計な気がしていて、私が住んでいるのは東海岸、しかもニューヨークという特殊な場所なので、もしかしたらこういったものの総本山である西海岸では、あらゆる家庭でコネクテッドデバイスが活躍しているのかもしれない。それでも、日本で暮らし、東海岸で暮らしてきた人間として、なんか納得がいかない。「果たして本当に、IoTは使われているのか?」。無邪気にAlexaに話しかけまくる子どもたちを眺めながら、そんなことを考え続けていた。
2018年、IoTはウイスキーの銘柄を判断できるようになった
いわゆる「電化製品」の延長線上にあるものならなんでもあるのがCES。写真は巨大ドローン
そんな年末年始を終えて、今年のテクノロジー・エレクトロニクス業界を占うCES(The International Consumer Electric Show)に参加すべく、ラスベガスに行ってきた。日本でいったらトヨタのような自動車会社からソニーのようなエレクトロニクス会社まで。国外でも、サムスン、LG、GEなどのメジャー企業から深センの小さい工場に至るまで、さまざまな企業が参加して、さまざまな領域にまたがる新製品やコンセプトモデルを展示する、恐らく世界最大の「エレクトロニクス祭り」だ。
時代は2018年なわけで、大きな会社も小さな会社もみんな、「コネクテッド」。つまりインターネットにつながったIoT製品を展示している。世界中のIoTがここに集まっている感すらある。テレビも、クルマも、楽器みたいなものでも、なんでもかんでもインターネットにつながっている。インターネットがウェブブラウザを飛び出して、パソコンを飛び出して、あらゆるものとつながり、結果的に、つながらなくても良いようなものにまでつながってしまっている。世界各国のIoTスタートアップが集まるサンズ・エクスポの会場には、そんな「つながりすぎちゃっているIoT」がたくさん展示され、活況を呈していた。
スマート水筒のHidrate Spark
まず、衝撃を受けたのはスマート水筒の「Hidrate Spark」だ。これは本当にすごいIoT製品だ。Fitbitという市販のフィットネス用スマートリストバンドと連携して利用する。この2つは、Bluetoothでスマートフォンとつながっている。リストバンドを装着すると、手首の皮膚から、その人の身体の水分の状態を解析する。つまり、リストバンドを通して「その人が水分を必要としているか」=「喉が渇いているか」がわかり、水分が必要だったら、水筒に仕込まれたLEDが光ってお知らせする。そしてそんな自分の水分摂取状況をスマートフォンを通じてデータ管理をする。
思わず、「水を飲むタイミングくらい自分で決めるわ!」と叫びそうになってしまうが、とても凝った技術だ。しかし、デバイスをスマートフォンと接続してリストバンドを巻いて…、みたいなことをする暇があったら、やはり私は自分が喉が渇いたときに勝手に水を飲みたいと思う。これを実現した技術力は素晴らしいが、どうしても「つながり過ぎてしまった」感じが否めない。
栄養分センサーを使って、食べ物の状態や安全度を計測することができるIoT製品は、昨年からいろいろ出てきている。しかしそんな中、今回見つけた「Linksquare」 は、もっと突っ込んだところまで解析することができる。
センサーを通じてウイスキーの銘柄を教えてくれるLinksquare
いろいろな食品の成分解析を行うことができるうえに、もっとすごい機能をデモンストレーションしていた。ウイスキーにセンサーを浸してしばらくすると、センサーと接続されたスマートフォンの画面に、「これはシーバス・リーガルです」という驚くべき情報が表示される。そして別のウイスキーにセンサーを浸すと「これはジョニー・ウォーカーです」と表示される。えらいことだ。2018年、IoTはウイスキーの銘柄を判断できるようになった。つまり、このデバイスを使うことで、そのウイスキーが偽物か本物かを知ることができる(そしてその解析情報をインターネット上に保存できる)。
こうなると、もはや便利なのかどうなのかわからないが、「とりあえず飲んで判断すれば良いのでは…」などと思いつつも、展示している方に質問してみた。
「これってソーダ割りにしても銘柄わかるの?」
彼は言った。「良い質問だね」。
そして、「今はまだ無理。ごめんよ」と答えてくれた。
遂に登場「おしゃれ仮想通貨マイニングマシン」
左:おしゃれ仮想通貨マイニングマシンのAcute Angle
右:音楽に合わせて筋肉のコリをほぐすDr.MUSIC 3
こんなような、技術はすごいが「ネットにつながりすぎてしまっている」IoTはたくさんあった。パナコランみたいな電気マッサージパッドをネット経由でコントロールしたり、マリファナの育ち具合をネットから観察できたり。ただでさえ、IoTが本当に使われているのか、つまりネットを介して操作する必要があるのか半信半疑だったところに、自分の想像を超えてつながり過ぎてしまったプロダクトが波のように押し寄せてくる。
その上で、IoTの極致というか、Internet of ThingsというよりThings of Internetというか、インターネット上の仮想世界が現実に漏れ出しているようなものも出てきている。
「Acute Angle」は、据え置き型のおしゃれ仮想通貨マイニングエンジンだ。このトライアングルなデバイスがやっていることは、「仮想通貨の掘り出し」である。詳しい方はご存知の通り、ビットコインを始めとする仮想通貨というのは「マイニング」という演算作業をコンピュータで行うことで「掘り出す」ことができる。つまり、簡単に言うと仮想通貨を無から生み出す作業ということになる。
Acute Angleが目指しているのは「太陽光発電におけるソーラーパネル」なのだという。ソーラーパネルは屋根につけておくだけで電気を生み出してくれる。「自家発電」というやつだ。このAcute Angleは、インターネットにつないで部屋に置いておくだけで、クラウドサーバとして他人の配信データを蓄積して配信する代わりに、どんどん仮想通貨を生み出してくれる。つまり、「自家錬金マシン」ということになる。
ちょっとおしゃれなインテリアとして置いておけば、日々の生活費を稼いでくれる、みたいな夢のような発想なのだが、ビットコインのようなメジャーな仮想通貨だとこのサイズの機械で掘り出せる量はたかが知れているし(なにしろ敵は、データセンター全体でマイニングをしているような中国の巨大マイニング業者だ)、そもそもこのAcute Angleが生み出してくれるのは、この開発会社が運営して提供しているオリジナル仮想通貨(AAC)だ。仮想通貨の価値というのは、その通貨を提供している主体のビジネスやテクノロジーの価値ということになるから、AACの価値はこのクラウドサーバサービスの価値ということになる。
問題は、そもそも1AACは現在20セント程度(2018年1月20日時点)で、このおしゃれマイニングエンジンが1日に掘り出せる量は今のところ3AAC程度でしかないということだ。1日70円ぐらいの収入のためにこのハードウェアを買うのか、将来性に期待するのか、そのへんを考え始めると脳内が混沌としてくる。ものすごく面白いアイデアではあると思うのだが。
イノベーションは「CES会場の外」にすでにある
大企業ブースのスケールの大きい展示もCESの魅力。写真はLG電子の曲面ディスプレイ
このような形で、さまざまなIoTが会場を賑わせていたCESは、新しい技術のプレゼンテーションとともに、IoTという存在そのものに疑問を投げかけるような、その存在意義の自家中毒を引き起こしていたと言える。「コネクテッド病」だ。これは、数多のIoTに囲まれながらも、IoTというものを見つめ直す良い機会であったとも言える。
あらゆるものがインターネットにつながっている。しかしその多くは、多かれ少なかれ、上記に挙げたプロダクトのような、「無理してネットにつないでしまった」手段と目的がよくわからなくなっているものであったりするし、実際に日常生活の中でAlexaからコントロールしたいものなんていうのは、大してない。「つながる」ことがメインになってしまっていて、「何が」「どこに」つながるかの設計が雑になってしまっている。それが現実だ。
じゃあ私たちはインターネットの恩恵を受けていないのか。Internet of Thingsは存在しないのか。IoTは明らかに存在していて、人々の生活を変えている。しかし、それを一番実感できるのは、CES会場の外だ。
ラスベガスに分散するCESの会場を行き来するのに一番便利な手段はUberであり、Lyftのような配車サービスだ。インターネットがあるから、好きなときに好きな場所に車を手配することができる。これは、ラスベガスのみならず、特にアメリカでは都市移動のあり方を変えている。CESの開催時間が終わってLyftに乗って、私たちが戻るのはAirbnbで借りた誰かの「空き部屋」だ。そういった、インターネットというインフラを通して需要と利益が循環するエコシステムをつくり、多くの人に利用されているサービスには枚挙にいとまがない。媒介するのはスマートフォンであって特定のハードウェアでなくても、配車サービスだったら「インターネットにつながっている運転手と車」なわけであって、あり方としてはInternet of Thingsだ。
こういったものは、もはや当たり前のように存在していて、誰も疑問に思うことがない。イノベーションとは、その存在が当然のものとして生活の一部になったとき、ことさら「イノベーション」と呼ばれなくなったときが本当のイノベーションとなる。
「IoTで社会を変える」とはどういうことか
なぜ、これらの「IoT」は、イノベーションとして根付くことができたのだろう。今年のCESに広がりつつあった「コネクテッド病」に陥ったプロダクトとは何が違うのだろう。
それは、「つながる」ことが目的ではなく、手段として活かされ、大きな社会全体のシステムの中にインターネットが適切に入り込み、つながることを通じて人々の生活の血流を良くする結果を産んでいる、ということだ。ただの「コネクテッド」ではない。「エコシステム・コネクテッド」だから、コネクトする意味があるし、人に使ってもらうことができるのである。アメリカだけではない。中国のMobike(インターネット経由でレンタルできる乗り捨て自転車)をはじめとしたシェアリングエコノミーの仕組み、そしてその基盤になっているWeChat PayやAlipayといった電子決済システム。すべて、社会の、コミュニケーションの流れに同期して意味をつくっているから、CESなどでは目立たない程度に当たり前になっているのである。
シンガポールで展開されている「BREEZE」という製品がある。街中でレンタルできる、携帯の充電器だ。CESのブースでサービス紹介を行っていた。
シンガポールの街中で展開しているポータブルケータイ充電器のBREEZE
携帯の充電器なんて文字通り充電が切れたときにしか使わないわけで、ずっと持っている必要があるものではない。効率的に、必要としている人の手に渡って使われていけばそれが一番合理的だ。BREEZEは、街中に置かれたスタンドから取り出して、使い終わった後に他のスタンドに返却すればいい。取り出す際は、スマートフォンのアプリからスタンドに表示されたQRコードをスキャンするだけだ。取り出したバッテリーには広告スペースがあり、その広告費でマネタイズすることで、ユーザーに対しては安価に提供できる。エネルギーが必要なときに必要な人に供給され、無駄なく回転していく。ちょっとした個人間のスマートグリッドシステム(社会での電力配分最適化システム)になっている。
CESではこんな感じでエコシステムへの意識を強く持ったプロダクトも展示されていた。それどころか、実は今年の大きなテーマはまさにそこだったようだ。
話題を呼んだトヨタの自動運転移動型サービスモジュール「e-Palette」(移動店舗や移動ホテルなど、必要なサービス車両が自動的に必要としている場所にやってくる仕組み)をはじめとして、大企業の出展ブースにおいては、どの出展企業もただの「コネクテッド」ではなく、「エコシステム・コネクテッド」を強く意識し、「スマートシティ」の形成を見据えた展示を行っていたらしいのだ。「らしい」というのは、今回筆者は大企業の展示ブースに立ち寄らず、サンズ・エクスポのIoTのるつぼの中で悩みを深めていて、そういったプレゼンテーションを見ていないからだ。見るべき場所を間違えてしまった感もちょっとある。
これは、多くの企業が単純な「コネクテッド」に限界を感じ、「コネクトした先」を考えるようになった、ということの証左だろう。「IoT」はIoTであるというだけでは意味をなさない。有意義にインターネットとつながり、有意義な効果を生み出してこそ、Internet of Thingsなのだと思う。混沌とした社会のなかで、インターネットと私たちの関係も少しずつ熟成されていく。そんなIoTの未来を、今年のCESを通して見通すことができた。つながる意味をしっかり持った本当のIoTが生活の中に入り込んできたとき、我が家のAlexaとの会話も有意義なものに変わっていくはずだ。