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PR サバイバル登山家・服部文祥氏が考える自然との向き合い方【連載】鼎談・The Nature(2)
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  • 2019.04.26
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サバイバル登山家・服部文祥氏が考える自然との向き合い方【連載】鼎談・The Nature(2)

IT技術が加速度的に進化するにつれ、人は自然から遠ざかり、身体性が失われていく。そんな時代を背景に、毎回さまざまなゲストをお迎えし、今の時代に失われがちな「自然」や「身体性」について、ヤマップ代表取締役の春山慶彦氏とFINDERS編集長の米田智彦がゲストと共に語る連載「鼎談・The Nature」。

第2回目のゲストには、サバイバル登山家の服部文祥氏をお迎えした。自然との対峙で見えてきた、人の根源的なものとは?

文・構成:庄司真美 写真:松島徹

服部文祥

登山家・冒険家

1969年横浜生まれ。東京都立大学フランス文学科卒。大学時代からオールラウンドに登山を実践し、1996年にカラコルム・K2登頂、1997年の冬から黒部横断を行い、黒部別山や剱岳東面、薬師岳東面の初登攀など、国内外に複数の登山記録がある。その後、装備を切りつめ食糧を現地調達する「サバイバル登山」と自ら名づけた登山を始める。山行記に、『サバイバル登山家』『狩猟サバイバル』『アーバンサバイバル入門』などがある。

自然とフェアに向き合う“サバイバル登山”が現代人に訴えるものとは?

米田:今回、春山さんがサバイバル登山家の服部文祥さんに会いたいと思ったきっかけは何だったのですか?

春山:叔父が猟師で、小さい頃から叔父がイノシシや鹿の猟をしているのを見ていた原体験が、私が登山を好きになったことに影響しています。大人になってから叔父と一緒に山で猟をするようになりました。人間が生きることの原点は、「自分の手で命を獲って食べることだ」と思ったので、狩猟をより本格的にやってみたかったのと、写真家の星野道夫さんに影響を受けたこともあって、約2年アラスカに滞在しながら、イヌイットのクジラ漁やアザラシ猟を体験しました。

そんな経験があったので、服部さんが“サバイバル登山”を本で書かれているのを読んでハッとしました。生き方そのものはもちろん、文明との距離の置き方、道具の選択も含めて、自然とフェアに向き合うことをサバイバル登山で表現されていて、叔父の姿と重なりました。近年、地理的な意味での冒険は難しくなっていますが、服部さんは“サバイバル登山”という手段で、地理的な観点とは別の切り口で冒険をし、社会に一石を投じていると感じました。

ヤマップ代表取締役の春山慶彦氏

米田:服部さんの山との出会い、それから、“サバイバル登山”に進化していくきっかけは何だったのですか?

服部:本格的に山登りを始めたのは、大学でワンダーフォーゲル部に入ってからです。“サバイバル登山”については、自分が持つ才能があるとすれば、サバイバル登山でそれを発揮できるのではという思いがあってやってみたのがきっかけです。実際にやってみたらとても面白くて、人ができないことが自分にはできるかもしれないという可能性を感じました。

それまでは若かったこともあり、先鋭的な登山を目指していたのですが、K2(エベレストに次ぐパキスタンにある世界最難関の山。標高8611m)に登ったことで、とりあえず自分も登山家の端くれになれたかなという達成感もあり、精神的に解放されたことも大きいです。同時に、もっと自由に自分の好きな登山をしてみたいと思うようになりました。K2の延長線上には、たとえば8000m級の山、全14座を登ることにチャレンジするという選択肢もありましたが、強く魅力を感じませんでした。同時にフリークライミングをしていて、体ひとつで天然の岩を登るような世界との対峙の仕方に魅せられるようになりました。

逆に言うと、日本や世界の山の多くは、もはや天然の山ではありません。すべて人の手が入れられ、「登山してください」と言わんばかりに用意されています。それは僕にとっては登山ではないので、そうではないところで活路を見出したいと考えたのがきっけです。

登山家・冒険家の服部文祥氏

米田:道なき道を行くということですね。

服部:イメージしたのは、『はじめ人間ギャートルズ』(笑)。サバイバル登山によって、山と深くコミットメントできるだろうということで、現地で食料を調達しながら限られた道具で長く山を旅するスタイルに集約していったかたちです。

米田:狩猟も含めた自然との対峙の仕方を探りつつ、オリジナルの登山を追求していったということですね。

服部:人と違うことを探るというよりは、山と対峙できる自然な方向を探っていった結果ですね。自分の持っている才能を発揮しながら、美しい登山のあり方を考えた時に、そのスタイルに行き着きました。僕は自分の登山はどちらかというと表現であり、アートだと思っているのですが、表現するためにはそこに審美眼がなくなると意味がなくなるんですよ。

米田:春山さんは登山に関する自分なりの美学はありますか?

春山:美学というほど大層なものではありませんが、自分の命を外に開いて山や自然と一体化し、生きていることの喜びを実感できるか。それが私にとっての登山です。なので、高い山や命がけの登山、頂上を踏むことにはあまりこだわってないですね。

植村直己さんも好きで影響を受けていますが、山のピークを極めるのは人類で1人だけでいいと思っていまして……。アラスカに行く前に、冒険家の大場満郎さんが主催する山形の冒険学校に丁稚奉公しに行ったこともあります(笑)。大場さんは北極も南極も自分の足で歩くという偉業を達成された方で尊敬しておりますが、私には大場さんみたいな冒険スタイルは難しいと思ったし、今の社会で地理的な冒険にどれほど意義があるのか、正直よくわかりませんでした。むしろ日常や自分が住んでいる場所を冒険の感覚で深く掘り下げていくことの方が、現代では大事なように思います。

服部:確かに外国の高い山にわざわざ行くのは、もはや冒険としては違和感がありますよね。ゲストになってしまう時点で地に足が付いていない。日本人である自分にとっての山登りという活動はいったい何なのか?ということは僕もよく考えます。

春山:それは叔父にもつながる話で、叔父にとっては山や自然は日常の延長にあるものです。食べるために獲るという自然観で狩猟をやっているから、いい意味で山の世界と日常に分断がありません。山の世界と日常・街はつながっていて、そのつながりを肌で理解した上で、日々世界にわくわくして生きるスタイルは冒険的でもあると思うのです。そんな冒険のあり方を、服部さんはサバイバル登山を通して体現されていると感じました。

服部:スケールの大きなことをしようと思うと、海外の広大な野生フィールドは魅力的です。ただそこで食料を現地調達しようとすると、通りすがりの自分が現地の生き物の命を奪うことになり、漠然とした疑問がわいてきます。同じ地平に生きている生き物という感じがしないからです。

狩猟が生活の一部でなければ、ただ動物を殺すことになってしまいます。サバイバル登山では、「山登り」という要素を旅に加えることで、野生環境にあるリスクを受け入れて、食料調達を正当化し、「食べさせてもらう」意義を込めています。それでもやっぱり、わざわざ山に行って、そこにいる生き物を殺して食べることは、どうしてもわざわざ感が生じます。冒険のスケールと地に足が着いた活動というのは常にジレンマがありますね。

生き物を捉え、食べて取り込むということ

米田:多くの人は都市化された環境の中で暮らしているから、自然に触れ、本来の自分に帰る瞬間はなかなか持てません。でも、服部さんの本を読んで気づきを得たり、共感したりするといったさまざまな感情の動きが沸き起こると思うんですよね。

FINDERS編集長の米田智彦

服部:僕の本を読んで共感いただけるなら、ぜひ実際にサバイバル登山をやってみてほしいと思います。やってみるとわかるのですが、人間だけでなく、すべての生き物はほかの生き物を食べて生きているので、「獲って食べる」は根源的に生命のあり方そのものだということに気づくでしょう。結局、ほかの命を奪って食べて生きるということは、それが面白くなかったら命が続くわけがないので、面白いと思うようにできているんだと思います。

米田:どのあたりに面白さを感じますか?

服部:やはり狩りですね。狩りの面白さは簡単に言うと「興奮」と「集中」。それは獲物を追いかけている最中ですけど、いろいろなラインから生命の根源的なところにつながっているような言いがたい感覚みたいなものがあります。自分が生き物であることを生々しく意識するというか。

米田:その時の精神状態はどんな感じなんですか?

服部:うーん。辛いけど面白いという感じですね。何か生き物としてまっとうな活動をしている感覚というか。うまく言葉にできないですね。言葉は農耕民族的なところがあると思っているんです。今は文化人類学で狩猟採集民族の世界観が流行っていますが、西洋哲学的な考え方だと表現しにくい。

春山:狩猟の延長に祈りや祭りがあるように感じます。対峙した動物、命をいただく動物に対しての得も言われぬ感謝と負の感情を乗り越える形態として祈りや祭りが生まれたのではないでしょうか。

服部:昔、マタギの儀式のようなものを見たことがあるのですが、実際はそこまで宗教的でも敬虔なものではなく、形式上やっている感じでした。言葉だけでは収まらないから、それを儀式化することで安心しているのかもしれません。端から見れば、生き物への感謝と捉えられますが、外から抱くイメージや考え方と実際の狩猟者の世界観は少しずれているのかなと最近思い始めました。

米田:食に関しては、都市部での生活とサバイバル登山の両面あると思いますが、服部さんはどんなかたちで向き合っていますか?

服部:米は作っていないので買っていますが、肉に関しては自給率を10割に近づけたいと思っています。猟期中はほぼ10割、年間トータルで7割前後でしょうか。できれば自分で獲ってきたものを食べたい。それがなぜかを敢えて表現すれば、その方がすがすがしく感じられるからでしょうか。

生活のあらゆることを自分でやる感覚、「自力」は僕の中ですごく重要なキーワードなんです。サバイバル登山で自力登山にこだわってみたらすごく面白くて、日常生活もなるべく自給自足でやってみたら、やっぱり面白かったんですよ。

人間が喜びを感じることは一体何だろう?と考えた時に、山での生活はすべて面白いことであり、喜びなんです。食料調達も、獲物の解体も、棲家の修繕も、はじめは上手くできないけど、やるほどに面白い。なぜ街の生活ではそういうことをやらずにお金を払って解決してしてしまうのか、一時期かなり考えました。

僕はそうやって考えるのが好きで、考えたことを自分の手足を使って具現化していくわけですが、生きることに直接関わる面倒くさいことが実は一番面白いことかもしれない気がしています。そう言いながら、洗濯や食器洗いなどはあまりやらないのですが(笑)。

山で生きる獲物を捕らえることで、人は自然の一部に調和する

米田:「獲って食べて登る」スタイルの登山をする中で感じる心地良さは、自分の生きる力が増してくるような感覚はありますか?

服部:もちろん、最初は「タフになったな」という感覚はありましたが、それは単なる自己満足です。それより回数を重ねるごとに山や環境に自分がなじんでいく感覚のほうが僕の中では喜びでした。結局は山登りをする時、人間はゲストなんです。普段は街に住んでいて、休日に山に行くからゲストなのですが、ゲストなりにより山になじんで、一匹の山の獣に近づく感覚でしょうか。山や自然のサイクルに完全に入れるわけではありませんが、どうにか調和するような感じです。

米田:獣化すること、自然と一体化することは、気持ちいいものなんですか?

春山:食料を自給しながら登るサバイバル登山のスタイルだと、山と山に息づく命とつながる感覚は、普通の登山よりも圧倒的に強いのではないでしょうか。ネイティブインディアンの世界では、カリブーを食べる民族は、思考や動き方もカリブーに似てくると言われています。また、その土地に生きるカリブーを食べることによって土地とつながり、風景そのものになっていく。それはきっと、都市で暮らす私たちにはなかなか得られない“安心感”というか、“風土への帰属感”があるように思います。

服部:「いつかトップクライマーになってやるぜ」と思っていた若い頃には、世界と自分との境界線は皮膚1枚だと感じていました(笑)。最近は歳とともに、逆に自分と世界との境界線が曖昧になってきました。曖昧がゆえに逆にはっきり意識させられるんです。たとえばシカを捕らえて食べる時、ある意味で僕は世界を食べるシカを食べていることになり、それを取り込むことでシカが自分の肉体となり、世界が自分の中に入ってくる。すると世界との境界すら曖昧になっていく。撃つ獣と自分との境界が曖昧に感じることもよくあります。

その先にいるシカは山を食べているから山に近い存在で、山との境界線が曖昧です。そんなシカを撃って食べる自分との境界が曖昧になり、いつしか自分とシカが曖昧につながっている。都市で暮らしていると、境界線そのものを意識することはありません。命の秘密に迫り、命に触れる感覚があるので、それが狩猟の面白さのひとつだと思います。

こんな時代だからこそ、“サバイバル登山”による問いかけは大きい

米田:命に迫るお話が出ましたが、服部さんはこれまで何度か山で滑落された経験がありますよね。生かされていることと死が紙一重という感覚を味わいましたか?

服部:「これはヤバいな」という瞬間は何度かありました。登山で命を落とした仲間もいます。なぜ仲間は死んだのに僕は死ななかったのかということが、今でもよく分かりません。仮に紙一重を越えて、死んでいたらこの鼎談はもちろんないし、これまで出してきた本もすべてないわけです。イキがった若者が山登りをして、滑落して死んだということで終わっていた可能性は充分にありました。

春山:今は未開の地や未踏峰など物理的な空白地がほとんどなくなってしまったから、冒険家が冒険の社会的意義を、文章や映像を駆使して表現しないといけなくなった側面がありますよね。行為だけでなく表現レベルのハードルもあがっていて、文章や写真・映像を通して社会に還元しないと、周囲からの共感が得られにくい。服部さんは、自分の行為をサバイバル登山と名付け、行為と表現を両立させていらっしゃる稀有な登山家だと思います。

服部:若い頃は登山のたびに、生きて帰れるか分からないと漠然と思っていました。でも本当は、普通の生活をしていても数時間後に生きているかなんて、分からないことですよね。地球が明日あるかどうかも分からない。

春山:3.11でみんなそれを思いましたよね。

服部:あの時にみんな思ったけど、また少しずつ忘れていき、今ではほとんど忘れてしまっている人も多いようです。

春山:原発事故を含め3.11を経験したからこそ、サバイバル登山が投げかける問いはものすごく重要だと私は思ってます。生きるとは何か、食べるとは何か、人間にとって道具とは何か、という根源的な問いを、サバイバル登山は投げかけているとも思うのです。サバイバル登山が生まれたタイミングは必然な気がしています。30年前ならこのスタイルは生まれなかったかもしれませんね。

服部:30年前だとしたら、評価もされなかったでしょうね。冒険的な活動は時代と必ずリンクするから、そういう意味では必然でもあり、偶然でもあった。でも、ほかにやる人は出てきませんね。

目的に合わせて道具を選ぶ勇気

米田:スマホやデジタル機器に囲まれて暮らすビジネスパーソンは、自然と切り離されて自我に飲み込まれている人が多くいます。そんな身体性を失った現代人をどう思いますか?

服部:僕は自分がカッコいい存在でありたいと思ってきました。中高時代の憧れは、日本の文豪たち。芥川龍之介や梶井基次郎が好きで、彼らのような作品を書きたいと思っていました。もちろん、さまざまな冒険家に対する憧れもあって、そういう好きなものが混ざって自分の憧れ像が形成され、それを目指して表現活動をしてきました。僕は自然環境での活動は面白いと思っているので、多くの人に自信をもってお勧めします。自分でもこれからもつづけていくつもりです。でも、アウトドアが好きでない人もいるだろうし、家でゲームをやることがすばらしいと思う人もいると思います。身体性に価値を感じない生き方もありだと思います。

米田:ちなみに、服部さんは登山情報サイト「YAMAP」を使ったことはありますか?

服部:僕はスマホどころか、携帯を持っていないんです(笑)。必要性を感じなくて。

米田:そうだったんですね!(笑)

春山:服部さんがサバイバル登山で投げかけているもうひとつの哲学的な問いは、いかに「足るを知る」かだと思います。道具を捨て、制約を課すからこそ見えてくる風景、気づくことがある。服部さんの場合、自然とフェアに向き合うために、道具をある程度絞り、制約を加えることで自然と謙虚に向き合おうとしています。自分の登山レベルや力量に合わせて道具を見極め、取捨選択することはすごく重要ですよね。

アラスカでイヌイットの人たちとアザラシ猟に行った時、彼らは、伝統的な知恵、たとえば「この種類の鳥が大群で南から来るときは天気が荒れるので猟に行かないほうがいい」とか、「こんな雲の形のときはいずれ天気が良くなるので猟に行こう」といった伝統的な知恵を使う一方で、最新のGPS機器を使いこなしてました。理由は、宇宙の視点で自分の位置が分かるからということでした。

服部:GPSは視点が神的ですね。

春山:ですね。だから、どんなに海が荒れて、ひどい霧に囲まれてしまっても、GPSがあれば道に迷わないと言うんです。デジタルであろうとアナログであろうと、自分たちに必要な道具を見極め、ちゃんと目的を果たして家に帰る。彼らの道具に対する姿勢は、人間として健全だなと思いました。

スマホがいいとかGPSがいいとか紙の地図がいいとかよりも、自分が山と向き合うとき、どの道具が適切でどの道具があると危険を最小限に抑えて山を楽しむことができるか。「足るを知った」上で、自分の登山レベルに応じて、使う道具を見極めていくことが重要だと思います。それをあらためて考えさせるひとつの提起が、サバイバル登山であると、服部さんの本を読んで感じました。

服部:僕は、自分がやっていることの意味や目的について常に考えてしまう。自分の存在とは何かということもすごく考えるので、常にいろいろなことを疑います(笑)。そうやって考えを突き詰めていくと、道具が邪魔をすることがあるんです。目的が山登りであるならば、自分が行きたい山頂に自分の理想とするラインから登って下山するのが求めることです。その行為全体を楽しむのが登山だと思っているので、そこに過剰な安全とか効率を求めると、行為そのものを台無しにしてしまうんです。そういうことは、本当は行為者が考えなきゃいけないと思いますが、日本では、安全を口実に、内容より効率を優先して、本末転倒になっていることがある。

米田:本の中でも、ズルをしないポリシーについて書かれていますよね。

服部:山旅であっても、人真似が最大の命題だと勘違いしている人がいます。ガイドブックに書いてある場所はすべて見て、名物はすべて食べないと気がすまない。登山にしても、ヘリコプターで山頂に行ったら意味がないことはみんな分かっているけど、中腹まで車で行くのはいいのかということに関しては、あまり考えずにやっているでしょう。そもそも山に自分が何を求めて何をしようとしているのかを考えれば、安全や効率にとらわれず、本当に必要な道具は自ずと見えてくると思います。安全崇拝は時として見るものを誤るから、僕はよく考えるべきだと思います。死んでもいいかな、くらいのスタンスの方が、逆に本質的なところにはたどり着けると思うんです。

春山:「安全」と言われると確かに思考停止になりますよね。

服部:最初になにをやろうとしていたのかが、見えなくなってしまう。僕も気がつくと思考停止していることがあります。だから時々立ち止まって確認する。命は使わないと意味がない、でも使いすぎると壊してしまうかもしれない。そんなジレンマを抱えて生きていくしかないですよね。

春山:『ツンドラ・サバイバル』(みすず書房)の本では、ロシア北極圏で偶然出会ったトナカイ遊牧民「ミーシャ」について、とても美しいやりとりが書かれていました。

服部:彼らはソ連時代の定住化政策を蹴っ飛ばした人々だから、本当にすごい。ミーシャをはじめ、ウデへ人やユカギール人は、みんなソ連時代に定住させられたけど、ソ連崩壊後にその多くが森に戻っています。僕らは「もう昔には戻れない」とか簡単に口にしますが、戻れます。彼らがそれを体現していますから。

米田:人間の根源的な部分を目の当たりにした時の感動は大きいでしょうね。今日はサバイバル登山にまつわるいろいろなお話を聞かせていただきましたが、登山を表現し、それを一種のアートや作品と捉えているところがキーワードかなと思いました。最後に、服部さんがこれまでいろいろな経験をされてきた中で、一番美しいと思えた瞬間、心を打たれた瞬間はどんな時だったか、お聞かせください。

服部:冬の黒部の初登ルートを登っている時に見た風景です。冬の黒部に入り込んでその景色を見た人はこれまで100人くらいいると思いますが、誰も登ったことがないラインであれば、そこから見る景色は、人類の歴史で自分が初めて見る景色です。そんなこと感じながら登るのは、登山者冥利に尽きましたね。暗闇の中を手探りしながら、自分の身体能力でそれを越えていくことに、登山者としての喜びを感じました。

それから、ミーシャのような遊牧民に偶然出会い、言葉は通じないのに心が通じ合う瞬間が感じられた時。そういう仲間が同じ地球に存在していることを感じて、喜びとともに勇気づけられました。これまで自分がやってきたことは間違いではなかったんだということをすごく実感して、これからも自分が思うことを地道に一歩一歩続けていこうと背中を押された瞬間でしたね。

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