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「ヘイト本」だらけの出版業界になる前に。70代になっても挑戦を続ける米ベストセラー作家、ジェイムズ・パタースンに学ぶ【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(12)
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  • 2019.03.25
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「ヘイト本」だらけの出版業界になる前に。70代になっても挑戦を続ける米ベストセラー作家、ジェイムズ・パタースンに学ぶ【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(12)

『大統領失踪』発売時のジェイムズ・パタースン(写真左)とビル・クリントン元大統領(右)のサイン会の様子
Photo by Shutterstock

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渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott

エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者

兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)。ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。
連載:Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。

難しい本や古典が敬遠されるのは、時代の変化だけが理由なのか

高度成長期だった昭和時代の日本では、海外から訪れた人が「日本ではホームレスですら新聞を読んでいる!」と驚くほど識字率が高く、電車でも大半の人が本を読んでいた。だが、ゲームやインターネットが普及し始めた2000年頃から、当たり前だったその風景が変わってきた。私は1993年に日本を離れたのだが、その後日本を訪問するたびに出版業界の人から「日本人は本を読まなくなった」という嘆きを聞くようになった。そして、電車の中で人々が眺めているのはスマホになってしまった。

ゲームやソーシャルメディアなど読書のライバルが増えているのはアメリカでも同じなのだが、日米を比較するとその対応の違いを感じずにはいられない。現在のアメリカのベストセラーのトップはミシェル・オバマ元大統領夫人とアンドリュー・G・マッケイブ元FBI副長官の回想録なのだが、日本では若い女性の写真集やヘイト本、健康のトンデモ本などが目につく。特に他国や他国民に対するヘイト本が大手出版社から堂々と出版され、書店で平積みにされているのは日本の特徴と言える。他の国でもあるだろうが、少なくとも北米では法的、倫理的に許されないレベルの本が日本で売られている。

自費出版のものをコントロールするのは難しいが、アメリカのアマゾンでは「アマゾンは、憎しみ、暴力、人種や性や宗教への不寛容を促進したり、駆り立てたり、賛美したりする作品や、そのような見解を持つ組織を宣伝するいかなる作品の販売も許可しない」という方針がある。

とはいえ「ヘイト本なんか出したくない」あるいは「くだらない本は出したくない」と思っている編集者は多いのではないだろうか。なぜなら、自分が信じていない本や情熱を抱けない本を作るのは、自分の生きる情熱や誇りも奪うものだからだ。だが、「生き延びるためには仕方ない」という全体的な雰囲気に負け、「長いものには巻かれろ」的な感覚になってしまうというのも想像に難くない。

そういった環境では、「良い本を作ろう」という気持ちが削がれ、サバイバルのために過去の成功事例を繰り返そうとするだけになる。読者もそういった本ばかりを与えられるうちに慣らされてしまい、いつしか自らそういった本を求めるようになる。

アメリカで良い大学に合格するためには高校で古典や時事の本を多く読んでいなければならないし、就職の面接でも最近読んだ本について尋ねられる。こうして子ども時代から本を読むトレーニングを積んでいる人が多いのでアメリカでは難解な文芸書や500ページもある時事問題の本も売れるのだろう。

日本は大学受験制度が異なるので、高校生が本を読む時間が取りにくいのだが、ほんの少し前までは大学生が難しい本を背伸びして読むことで自主トレーニングをしていたのだ。

電車の中で大部分の人が本を読んでいた時代に日本を離れた私には、帰国するたびに電車内の風景だけでなく、書店の平積み本が変化していくのを寂しい思いで眺めてきた。

執筆の仕事でも、ここ数年は編集者から「その表現は難しすぎて今の読者は意味が通じません」とか「たくさん改行しないと読んでもらえません」といった訂正を求められるようになった。これも、過去30年間での変化だ。

それらは出版社による「売るための努力」の結果なのだろう。だが、軽く簡単に読めるものばかりを読ませていたら、そういったものしか読めなくなってしまうのではないだろうか? 深く考える機会を与えれば、そのチャレンジを楽しむ読者も必ず存在するはずなのだ。「売れないから」という理由で簡単な方法を選び続けるのは、徐々に縮まって自分の首を絞める悪循環の輪を作っているようなものではないだろうか?

あるいは、飢えているから仕方ないといって、次の年の種を食べ続けるようなものかもしれない。

だが、将来飢えないためには、収穫が増える種の改良や土を肥やす方に力を入れるべきではないだろうか?

アメリカの出版業界はいまどんな挑戦をしているか

ジェイムズ・パタースン
Photo by Shutterstock

アメリカの出版業界でも過去の成功例にこだわる姿勢がないとはいえない。しかし、多くの努力は、「これまでなかったものを提供することで新しい読者を作り出す」ことに費やされている。

インターネットやソーシャルメディアの普及を止めることは不可能だし、現在の20代から30代の「ミレニアル世代」は中学生の頃からコンピューターで宿題をしてきた世代だ。ミレニアルの下の「ジェネレーションZ」に至っては、コンピュータやスマホがなかった時代すら知らない。テキストメッセージで24時間いつでも対話し、恋人に別れを告げるときには電話すらせずにテキストメッセージ1行ですませるこれらの世代と、昭和時代に海外の「ペンパル」と1カ月かかる手紙のやり取りをしていた私とでは、思考の回路とスピード感が違うのを実感する。

出版業界が生き残るためには、幼い頃から親や学校、図書館を通してこれらの世代に「本を読む癖」をつけさせる一方で、彼らの思考回路やスピード感に順応して業界そのものも変容し、進化していく必要がある。

1947年生まれという古い世代でありながら、これを自覚して進化し続けている作家がジェイムズ・パタースンだ。刊行する本とベストセラーの数では、パタースンを超える者は世界のどこにもいない。2017年には児童書や絵本を含めて25冊、2018年には約30冊の新刊を出し、「ニューヨークタイムズ紙ベストセラーリストに最も多くの作品が入った作家」、「電子書籍の売上で初めて100万部以上を売った作家」としてギネスブックに登録されている。

英語圏の業界関係者の間で「自分の本を読む暇があるのだろうか?」とジョークを言われるほどパタースンの刊行作品数が多いのは、「共著」という方法を使っているからだ。パタースンは「共著」の詳細を明らかにしていないし、私がこれまで取材した共著者も口を濁すので推測するしかない。だが、これだけの数を刊行する事実を見れば、パタースン自身がすべてを書いているわけではないのは明らかだ。

集めた情報からは、実際に文章を書く「作家」というよりも指導を与えて書かせる監督であり、「パタースン」のブランドを率いるCEOであり、表向きの顔として活躍するスポークスマンのような存在だということが見えてくる。

彼の「売る力」に目をつけた「共著」の一例が、2018年6月に発売されたビル・クリントン元大統領との共著である政治スリラー『The President Is Missing(邦題:大統領失踪)』だ。これは、最初の2カ月で北米のみで百万部以上売れた大ベストセラーになった。同年12月には日本語版も刊行されている。

だが、彼の偉大さは、「パタースンの名前がついた本は売れる」という現在の「栄光」に満足してしがみつかず、常に自己改革の試みをしていることにある。

数多くの新ジャンルに参入するジェイムズ・パタースンの挑戦

ジェイムズ・パタースン公式サイト内の『The Chef』紹介ページ

パタースンは1976年に元司法心理学者のアレックス・クロスを主人公にしたスリラーでデビューし、そのシリーズはすべてベストセラーになった。他にもミステリ分野で多くの本やシリーズを成功させたのだが、2001年には、『Suzanne's Diary for Nicholas(邦題:スザンヌの日記)』で男性作家が少ないロマンス小説のジャンルにも参入した。このジャンルで最も有名な男性作家は『The Notebook(邦題:きみに読む物語)』などで知られるニコラス・スパークスなのだが、『スザンヌの日記』は、スパークスが書く作品のように映画化も果たした。

そして2004年には、高校生を対象にした「ヤングアダルト(YA)」のファンタジー小説『Maximum Ride(マキシマム・ライド)』を刊行した。これは、YAファンタジー人気のきっかけになった『Twilight(邦題:トワイライト)』が出版される1年前のことだった。つまり、パタースンはYAファンタジーのブームを先取りしたことになる。

個人的にはパタースンの文章力や人物構成に満足できず好きではないのだが、共著などで売れない作家を数多く救い、ベストセラー続出の成功に奢ることなく、常に新しいものに挑戦する彼の姿勢は尊敬せずにはいられない。

パタースンが作家でありながらも誰よりも鋭いマーケティングの感覚を持っているのは、有名な広告代理店の「ジェイ・ウォルター・トンプソン」で役員まで務めた過去があるからかもしれない。

そんなパタースンが昨年後半から今年の初頭にかけて新たに挑戦したのが、ソーシャルメディアを利用したインタラクティブなミステリ『The Chef』だった。

The Chefの主人公は、ニューオリンズの刑事で夜はフードトラックを経営しているケイレブ・ルーニーだ。だが、忙しいマルディグラ(毎年2~3月に行われる世界的に有名なカーニバル)を前にして殺人者の疑いをかけられている最中にテロリストの陰謀をかぎつける、というストーリーだ。

公式のフェイスブックページにメッセージを送ると、自動的にケイレブからのメッセージが届くという形で小説が始まる。そこには、写真やケイレブがテロリストの巣窟に潜入してiPhoneで撮った映像も含まれている。

そして、主人公のケイレブがあたかも実際に存在するかのように、彼が運営するフードトラックの「Killer Chef」のインスタグラムのアカウントがある。

2018年11月に公開されたインタラクティブな小説がメディアで話題になり、ファンに広まったところで、パタースンはハードカバーの『The Chef』を2019年2月18日に発売した。NPDブックスキャンによると、この週(2/17~2/23)の売上は2万7,000部で、フィクション部門で発売同時に全米ベストセラー1位になった。

ちなみに日本でもこの数年、LINEやFacebookメッセンジャーを模した画面で物語が進行する「チャット小説」というものが登場しており、書籍化や実写ドラマ化などのメディアミックスも使って盛り上げていこうという動きもあるようだ。残念ながら『The Chef』のような幅広い層に読まれる大ヒットと言える作品はまだ現れていないようだが、「バイヤーペルソナ」を考慮した展開をすれば、大きくなる可能性はあるだろう。

この規模のベストセラーを毎年いくつも出し続けてくれるパタースンは出版業界にとってありがたい存在だ。だが、パタースンの新しい挑戦によって恩恵を得るのは彼と出版業界だけではない。

ハリウッドですら変革を受け入れざるを得ない時代

コリー・タッカーが出演する米ドラマ『The Neighborhood』の撮影風景。ちなみに彼のTwitterアカウントはこちら

インタラクティブな『The Chef』で主人公のケイレブを演じた俳優のコリー・タッカー(Cory Tucker)もそのひとりだ。ロサンジェルスに住む彼から電話で話を聞いたところ、この仕事を引き受けたことで新しい道が開けたという。

タッカーは、これまでいくつもの知名度がある映画やテレビドラマに出演してきたが、いずれも脇役である。つまり、ハリウッドの数多くの役者のように、将来に不安をおぼえつつ、常に大きなブレイクを狙うひとりだ。エージェントから『The Chef』のオーディションの資料を受け取った時、受け取ったものがいつものような脚本ではなく、まるで小説みたいだったことに驚いた。20年のキャリアでこんなに奇妙なものは見たことがない。そこで彼は最初は断ったのだが、エージェントは「クライアントはジェイムズ・パタースンとフェイスブックだよ」とこの新しい試みに加わるようタッカーを説得した。

実際にこの仕事をやってみたら想像以上に「クールだった」とタッカーは言う。ニューオリンズでのロケは映画やTVドラマとは異なる臨場感がり、iPhoneを使って自分で撮影する手法などもこれまで経験したものとは異なり新鮮だった。

これまでは「映画かテレビドラマ」というメインストリームの選択しか想像できなかったのだが、他にも俳優として活躍できる道があることを知って「こんなやり方もあったのか!」と目から鱗が落ちるような体験だったと言う。現在の若者が主導権を握る未来には、こういった新しいジャンルへの需要の方が増えていくかもしれない。パブリシストから自分でPRする方法も学んだタッカーは、インターネットやソーシャルメディアで自分のマーケティングも行い、今後は『The Chef』のような仕事を積極的に引き受けていくつもりだという。

ハリウッドでは、つい最近まで「映画の方がテレビより上」といった雰囲気があった。ネットフリックスがオリジナルコンテンツを作り始めた時に笑い者にしていた人も少なくなかった。だが、現在のハリウッドで最も力を持つのはネットフリックスだと言われている。オリジナル作品の『ROMA/ローマ』がアカデミー賞の監督賞、外国語映画賞、撮影賞を受賞し、この傾向に不安を覚えたスティーブン・スピルバーグがストリーミングがオリジナルの作品をアカデミー賞から締め出す努力をしているニュースも話題になった。

ミレニアル世代の上のジェネレーションX世代やその上のベビーブーマー世代は、高精度の大型スクリーンのテレビを持つのが誇りのようなところがあった。だが、アメリカのミレニアル世代やジェネレーションZは「テレビ」そのものを持たず、映画館にもあまり行かず、自分の気が向いた時にノート型パソコンでストリーミング映像を観る。この世代にとって、テレビ局が決めた時間に観るか、録画するしかない主要テレビ局のドラマはめんどうくさいのだ。

現在のところオリジナルの映像を提供するネットフリックスの最大のライバルはアマゾンだが、今年はそこにアップルも加わることになっている。

アメリカの出版業界はアマゾンの「キンドル」が登場した時に紙媒体にこだわって電子書籍に抵抗していた。だが、抵抗をやめて積極的に変貌することで恩恵を受けた。ハリウッドの傾向についてもすでに目を向けているので、これまでのタイアップの手法だけでなく、パタースンのようにオリジナルでいろいろな出版の形を試みていくことだろう。

「こんまり」さんがネットフリックスの番組でアメリカの人気者になるきっかけは、2014年にアメリカで刊行されて全米No. 1になった「『The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing』という本だった。人気の秘密は、「spark joy(ときめき)」というポジティブなメッセージだった。だから、日本国内にしか通用しない「ヘイト本」ではなく世界で愛される本をどんどん輸出してほしいと心から願っている。


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