LIFE STYLE | 2019/03/15

「通知表」が変われば教育が変わる?オランダの通知表に見る世界一子どもが幸せな理由【連載】オランダ発スロージャーナリズム(11)

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日本では、そろそろ卒業式のシーズンですね。卒業式を迎えると、いくら学校が嫌いであっても、先生が好き...

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日本では、そろそろ卒業式のシーズンですね。卒業式を迎えると、いくら学校が嫌いであっても、先生が好きでなくても、そして成績が悪くても、なんとなくホロっとするものではないでしょうか? 卒業式ならではの雰囲気は、学校への思い出をすべて良かったものに変えてくれる。そんな効果があるようにも思えます。

筆者もかなり成績は悪かったので、このシーズンになるとこんな感覚がリアルに思い出されるのですが、今住んでいるオランダでは成績表や、通知表のあり方が日本とは大きく違います。

ということで今回はオランダの通知表と、そこから、うかがい知ることができるオランダの教育に対する考え方をご紹介します。

吉田和充(ヨシダ カズミツ)

ニューロマジック アムステルダム Co-funder&CEO/Creative Director

1997年博報堂入社。キャンペーン/CM制作本数400本。イベント、商品開発、企業の海外進出業務や店舗デザインなど入社以来一貫してクリエイティブ担当。ACCグランプリなど受賞歴多数。2016年退社後、家族の教育環境を考えてオランダへ拠点を移す。日本企業のみならず、オランダ企業のクリエイティブディレクションや、日欧横断プロジェクト、Web制作やサービスデザイン業務など多数担当。保育士資格も有する。海外子育てを綴ったブログ「おとよん」は、子育てパパママのみならず学生にも大人気。
http://otoyon.com/

他人と比べずに何よりも成長率を重視する

思い起こせば、オランダで最初に子どもが持ってきた通知表には、かなりびっくりしたものでした。「これ、本当に通知表?」というのが最初の印象。分厚いバインダーにはさまれた書類には、まず担任の先生からの総評(生徒のことをかなり詳細に見ている)が、ほぼA4サイズの一ページ分もあります。その後、今度は生徒自身のコメントが続きます。学校での友達とのコミュニケーションについて、仲の良い友達のこと、好きな活動や遊びのことなどなど。学校の授業についてのコメントも書かれていますが、これは分量が一番少ないです。

筆者の子どもがもらった通知表

このような、先生と生徒双方の総評のようなコメントがおよそA4サイズ2枚くらいに書かれているのです。

その後、やっと成績についてです。ただしこれも日本とは大きく違います。まず評価項目は42項目。すべての評価は絶対評価です。さらに言うと大事なのは「前の学期の自分と比べて、どうなったか?」ということ。つまり成長率が一番重視されます。ついでに言うとこのバインダー、実は学校に入学した時からずっと同じものを使い続けるので、通常は4歳で入学した時からのことが記録されています。

もちろん4歳の最年少学年(グループ1)や、その次の学年(グループ2)には、こうした評価項目自体ありません。その学期で描いた絵や、ちょっとした作品(工作)がファイルされているだけだったりします。

オランダの子どもたちはこうしたバインダー、つまりポートフォリオが成績表というか通知表になっているのです。余談ですが、こんなに小さいうちから「ポートフォリオ」に慣れているので、就職の時なんかに持ってくるポートフォリオが根本的に違うなあ、と思ったりします。

さて学校における通知表、つまりポートフォリオには学年が上がるにつれて、全国統一試験の結果なども加わってきます。しかしそれさえも、点数や偏差値(そもそも存在しない)が重視されることはなく、どこまで達成できたか? 平均と比べると、どこが優れていて、何が劣っているのか?ということだけが分かるような仕組みになっています。つまり、「80点以上は合格」とか「20点以下は赤点です」とかいう概念はそもそもなく、こういうテストの結果だけで留年したりすることもありません。

ちなみにですが、オランダでは小学生でも学年を一つ遅らせたりすることは普通で、現に我が家の次男もオランダ語のハンデや、生まれ月の関係で、現在2回目の最初の学年にいます。つまり、日本的にいうと小学校1年生時点で留年しているのです。

さて話を成績表に戻すと、前述のようにこの成績表で重視されているのが成長率。他人との比較ではなく、過去の自分と比べてどのくらい成長しているのか?というのが評価のポイントになります。

「昨年の同じ時期に比べると、このポイントがとっても伸びているから、こういう方向が合ってるんじゃないかしら?しかも、今期は急速に伸びたわね。この方向が向いているかもしれないから、来期はちょっと進んだレベルにトライしてみようか?」とか、「このポイントはイマイチ伸びていないから、ここは苦手なポイントかもね。無理してこの方向に進まない方が良いと思うわ」なんてことが、毎期の先生との面談で話されます。

ここで42個の評価項目を挙げてみると、コミュニケーションの分野として、「積極性」「人の話を聞く力」「リーダーシップ」、表現力の分野として「プレゼン能力」「計画性」「他人を助ける能力」、理解力の分野として「学校行事への参加度」「自己主張力」「協調性」「独創性」などなどがあり、こうした項目が一通り並んだあと、やっと語学力(国語力)として「スペリング」「ヒアリング」「文章作成力」などと続き、算数として「計算力」「理解力」などなどと並んでいます。こうした評価項目は全て、平均に対してどのような位置にいて、どのくらい伸びたか?ということだけが記されているのです。

先生の役割は「教える人」ではなく「コーチ」

こういう通知表ですから、日本のように点数がどうか? 偏差値がどうか?などは一切関係ありません。そもそも学校教育を通して「自分の適性や好きなことを見つけて、将来の自分の進む道を決める」ということが最も重視されています。

そのために先生は各人の適性を見抜き、適した道に進めるようにアシストしてあげる立場であり、日本の先生のように何かを「教える人」でもなく、「指導する人」でもありません。

日本とオランダのどっちが良いか?ということではなく、こういうシステムなのです。

さらに言うと、学校教育というのは社会とのつながりの上に成り立っているものであるので、現在のように社会が激変している世の中では、当然それに合わせて学校も変わるべき、という考えがあります。そしてこういう認識に立つと「先生こそが、現代の社会を最も知らない人」ということになります。そのため、ますます先生は「教える」という役割は果たせなくなるのです。

オランダでは「先生こそが社会をもっとも知らない人」という前提に立った教育プログラムづくりがなされており、例えば、生徒の親が順番に学校に来て自分の仕事の話をしたり、親が働いている会社などへの社会科見学的なことも頻繁に行われています。子ども向けに、さまざまな職業を紹介するYouTube番組が学校の教材として使われていたりもします。

ということで、先生はいわゆる「コーチ」に徹しているのです。

実は昨今、オランダでは小学校や、その上のミドルスクールでの先生不足が大問題になっています。給料が安く待遇があまり良くない。昇進などもないので、やりがいが見出せない。その上ストレスが多いことなどが原因で、そもそも先生のなり手がいないのです。先生の待遇改善のためのデモも大規模に行われています。

先生の役割を明確にして、IT化できることはIT化して、先生の負担を減らすといった対策をとろうとしているところもあり、実際に大胆なIT化を推し進めて先生の勤務負担を減らしている学校なども存在します。

こうしたことを見ても先生の役割自体、大きく変わってきているなあと感じます。

学校には、「クリエイティブな発想」を刺激するおもちゃも多く置かれている。

もしかしたら、こうしたオランダの通知表には、日本とオランダの教育に対する考え方の違いが如実に表れているかもしれないなあと感じています。オランダの教育方法として有名なイエナプランの学校が長野県にできたり、広島県でも導入されるというニュースがあります。また2020年に大学の入試改革などで、大きく教育が変わろうとしていると思います。こういうタイミングだと、偏差値がない国・オランダの教育システムは、広く日本の学校教育の参考になるかもしれません。

実際、日本からも多くの方がオランダの学校や教育関係の視察に訪れています。ご興味ある方は、ぜひ視察にいらして下さい。こっそりと通知表をご覧にいれます。

なお、オランダの教育は「100人いれば、100通りの教育方法がある」と言われるくらい多様性に富んでいますので、全ての学校にこうしたことが当てはまるとは限りません。ご承知おきを。


次回の公開は4月15日頃です。