ITEM | 2019/03/11

ダークウェブの存在は自由を生かすか殺すか「ネットの向こう側」から考える自由論【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

似て非なる「ディープウェブ」と「ダークウェブ」

東日本大震災から8年が経った。震災を境にマスメディアでは「絆」という言葉が頻繁に使われるようになり、同時にネットではそれに対する違和感を主張する人が少なからず現れるようになった。人々の絆は、ネット空間側から見るとどのような姿に見えるのだろうか。

また海外に目を向けると、アラブの春やウォール街占拠運動など、インターネットが人々に連帯を与えた歴史的大事件がこの十年ほどで幾度となく起こった。一方で、インターネットはISIS・移民排斥・フェイクニュースなど、分断やヘイトの傾向も数多く生み出してきた。

木澤佐登志『ダークウェブ・アンダーグラウンド』(イースト・プレス)は、インターネット世界の中でも知られざるダークウェブの世界を読者に紹介しながら、現代社会を読み解いていく。

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「クラスタ」といった蛸壺化したグループを介して、なんとなく一体感や共同性を可視化することはできても、結局のところそれは錯覚でしかなく、個々人が自分だけの「世界」を形成して孤立していることに変わりはない。(P13)

「みんながこう言っている(から自分は違う意見を発言しづらい)」の嵐が吹き荒れるSNSのタイムライン上で「ゆで蛙」状態になってしまう同調主義。世界的に広がりを見せるポピュリズムと排外主義。そうした中で、ある種の「自由」が模索され続けてきたのがダークウェブと呼ばれるオンラインスペースだ。

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グーグルの検索エンジンがクロールできる領域は、今ではインターネット全体の4%に過ぎないといわれ、それ以外の、WEBメール、登録制のサイト、有料コンテンツ、学術データベース、イントラネット、ツイッターの鍵アカウントなど多岐にわたる領域は何らかの意味でアクセスが限定されている。 (P31)

グーグルが検索できる約4%のウェブ領域は表層ウェブ、そして検索できない残りの約96%はディープウェブと呼ばれる。例えば、googleがgmailについて説明したページは表層ウェブにあり、ユーザーID・パスワードを入力しなければ見られないgmailの送受信ページはディープウェブにある。本書のテーマとなっているのは、ディープウェブというクローズドな環境に存在しながら、専用ブラウザやソフトウェアがあれば閲覧可能なダークウェブである。ブラウザやソフトウェアがあれば、クローズド状態を解けるウェブ領域とご理解いただければよいだろう。

「闇のamazon」と呼ばれたディープウェブサイト「シルクロード」

インターネット文化・思想に詳しいブロガー・文筆家の著者は、ダーク(暗い)ウェブとディープ(深い)ウェブの区別について、ダークウェブのほうがディープウェブよりも深い、あるいはダークウェブのほうがディープウェブより小さいなど、質的・量的比較をしない方がいいと忠告している。両者は全く別物なのだ。

ダークウェブの土台と本書で称されている「Tor(トーア)」についてもご紹介しよう。TorはThe Onion Routerの略で、タマネギの皮のように何重にも暗号化を施して、発信元がわからないように匿名化してインターネットに接続できるブラウザである。元々は1990年代中頃に米海軍研究所が開発に着手した。2004年以降はオープンソース化され、2011年にはエジプトの反体制派を支援したことで、フリーソフトウェア財団の社会貢献プログラム賞を受賞している。

このTorブラウザがなければ利用できない、「闇のamazon」「ドラッグのebay」と呼ばれた有名サイトが「シルクロード」だ。2011年に開設され、コカイン・ヘロイン・LSDなどの違法ドラッグから、デジタル機器・衣類・宝石・タバコなどいわゆる「普通のもの」まで広く取り扱われていたという。支払いはビットコインで行われた。

著者はTorやシルクロードといった存在の善悪を判断するために事例を紹介しているのではなく、「ウェブ空間において人間の自由がどのように希求されているのか」ということを焦点に当てている。

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「シルクロード」は詐欺を根絶するための洗練されたシステムを実装していた。しかし現実には、「シルクロード」にはTony76を筆頭とする詐欺師が常に跋扈していたし、悪質な荒らしや恐喝、ハッキング攻撃も日常的に行われていた。ダークウェブのブラックマーケットにおける技術は、詐欺師やハッカーとの戦いの中で徐々に整えられていったものだ。(P90)

違法な物のやりとりや詐欺などがシルクロード上であったことは事実だ。しかし、本書の論点は「なぜTorというブラウザやシルクロードというサイトが世の中に必要とされている(されていた)のか」という点にある。

インターネット空間で得られる「現実味」

前述した本書の方向性は、改ざん不可能なブロックチェーン技術を使って、2017年にある写真がブロックチェーン上にアップされたという出来事が著者の興味を引いていることからも分かる。

その写真とは、天安門事件に対する抗議を象徴し、戦車の前に立ち塞がる男性を写した「Tank Man」と呼ばれる有名な1枚だ。これは中国政府でも除去不可能で、天安門事件の情報を制限している政府としては極めて不都合な写真だが、全世界に公開されているビットコインの取引履歴を閲覧できる中国人全てが見られる状態となってしまっている。

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Tank Manの画像は、永久に暗号空間上に浮遊し続けることになる。ブロックチェーンの性質を用いた新しい「言論の自由」運動ともいえるが、しかし実はこの「抗議運動」の本来の目的はいわゆる「釣り」で、中国に暗号通貨のマイニング(採掘)が集中していることに憤った何者かが、中国の大手マイニング企業と中国政府との関係を悪化させるために仕組んだのではないかとも憶測されている。(P225)

このように、「写真のアップ」というたった一つの行動にも、「抑圧された自由」が複雑に関与していることを著者は詳らかにしていく。「暗号化・匿名化によって利用者の身元が一切わからないツールを使って、違法な薬物の売買がなされている」と聞けば多くの人が「怖いから規制してほしい」と思うかもしれないが、一方で世界的に有名な暴露サイト「ウィキリークス」に政府や企業の不正を通報する際も、Torなどの匿名化ツールの使用が推奨されている。自明のことだが道具は単に道具でしかなく、使い方によって正義にも悪にもなるのだ。

本書の内容は、筆者にとってはこれまで知らなかった固有名詞やダークウェブの様々な実情のオンパレードだった。これはひとえに著者の知識量がなせる業だが、その豊富な事例の中でも筆者が特に興味深いと思ったものを最後に一つ紹介したい。「鳩羽つぐ」というバーチャルYouTuberの動画についてだ。

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ツイッター上にアップされた動画に見られる、少女の声をかき消すほど強調された環境音や、カメラで撮っていることを強調する手ブレなど、鳩羽つぐの動画は常に、「少女がどこかの場所でカメラを用いて撮っている」といった撮影の状況/過程それ自体が生々しく伝わってくるようになっている。(P249)

実際見ていただくのが一番だが、鳩羽つぐという少女のキャラクターからカメラが後退していくと「白ホリ」と呼ばれる撮影用の白い幕があることが判明して撮影のフィクション性が発露したり、ふつうだと鮮明に入るべき声がよく聞こえず、そのかわりに通常なら小さく聞こえるべき音が恣意性を感じるほど大きく聞こえたりと、距離感がちぐはぐな映像だ。そして、コメント欄には「君はどこにいるんだい?」と、鳩羽つぐに語りかけるようなコメントが散見される。

一連の動画を見て、現代日本を生きる人々にとって、「現実味」というのはどこから生まれてくるのだろうと筆者は不思議になった。表向きには手と手をつなぎあったような「絆」という、見えないながらもはっきりとした連帯を希求している日本社会は、水面下で呼吸しようと必死に手をあちこちに伸ばしているのだろう。世界のこれからを考える上で、明るい未来と表裏一体なものとして、ダークな箇所に目を向けてみることは決して徒労ではないと教えてくれる一冊だ。