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主人公ぶらず、エキストラ感を出せ!中年という厄介な年代を「深イイ」ものにするコツ【ブックレビュー】
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  • 2019.02.18
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主人公ぶらず、エキストラ感を出せ!中年という厄介な年代を「深イイ」ものにするコツ【ブックレビュー】

神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

http://y-jimbo.com/index.html

中年を「分断」の年代にしてはいけない

田中俊介・山田ルイ53世『中年男ルネッサンス』(イースト新書)は、「男性学」の第一人者である社会学者と、「一発屋」という世間からのイメージとともに生きるお笑い芸人という異色コンビ(ともに1975生まれ)の対談から、中年男の生きる道に「深み」を見出そうと試みている。

お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当の山田ルイ53世は、かつての引きこもり経験から「無駄に過ごした期間は年齢からマイナスしてもいい」というように考えており、年齢に対して柔軟な姿勢を持っている。

山田 世間的には、四〇にもなればなにがしかの者になっているはずだというふんわりしたイメージがあるけど、実際には何者にもなれていない人のほうが圧倒的に多い。むしろ、昔より今の四◯歳のほうが、「こんなはずじゃなかったのに!」という焦りはあるし、キツいんじゃないでしょうか。(P40-41)

「なれたかもしれない人生」をよそに、「なれなかった人生」を歩んでいる。いわゆる理想と現実のギャップは、昔よりも多くの人が頭を抱えているのではないか。こうした山田の仮説に対して、田中は1966年に出版された加藤秀俊『人間関係』(中公新書)の中で説明されている「つきあい」と「おつきあい」の違いを引き合いに出しながら、社会学的な説明を加えていく。

「つきあい」は互いに影響を与え合う関係、「おつきあい」は上辺だけで進歩を含まない関係。後者では、ワイドショーネタなど手っ取り早い共通の話題をクッションにして、個々人が互いに距離をとりあっている。1960年代から既にこうした指摘がなされ、それはもちろん現代においてはより拡大している。

中年になると新しい友達もできにくく、その時点での勝ち組と負け組が手を取り合うようなことも起こりにくい。現代社会は負け組がどのように人生を深めていくのか突き詰める余地が与えられない、「分断状態」に陥ってしまうことが多いのだ。

「人からどう見られるか」と「どう働くか」の関わり

「一発屋芸人」という言葉は皮肉に満ちている。元々は野球で長打やホームランを狙う選手を指す言葉だったというが、転じて一度ヒットを飛ばしただけで成果が続かないことを意味するようになった。まるで、一発ヒットした後には、永遠にヒットを放つことを許されていないかのようだ。

そうしたイメージが先行してしまう一発屋芸人には、代えがたい価値がある。それは「皆が知っていた」ということだ。

田中 かつてのように、誰もが知ってるヒット曲などの流行があった時代とは違って、今は小さな世界がいくつもあって、その世界だけの有名人や、その世界の中だけのルールがたくさんある。大学教員として今の学生たちと接していても、みんなが知っている共通のカルチャーが何もないのをすごく実感します。(P81)

こうした事実を知ると、一発屋芸人は社会で膠着状態に陥った部位を溶解させるような、非常に重要な役割を持っているのではないかと思わされる。一発屋芸人定番の仕事は地方営業だそうだが、ここで「有名だったこと」をもって皆を楽しませつつ、ほんの少しだけ言いたいことを織り交ぜる。これもまた芸能という表現の一つなのだ。

「人からどう見られるか」は、芸人だけに関係することではない。本書の題名には「中年男」という言葉が入っているが、女性が読んでも全く差し支えない内容であり、女性の働き方にも言及している。山田は『新潮45』で「一発屋芸人列伝」を連載する中で、女性で「一発屋芸人」を名乗る人が少ないことに気がついたという。

田中 一方で、女性は小さい頃からみんな仲良く“協調”することが“女らしさ”として評価されてきました。そもそも芸人というアウトローな生き方自体が歓迎されない。その上、一発屋として“逸脱”することは、女性としての評価にマイナスしかない、と考えるのではないでしょうか。(P98)

女性芸人という特殊なライフコースの選択肢が豊かでない理由は、一般的な職種における働き方に対する理解とも同じだ。男性社会の論理にもとづいて女性芸人という存在が認識されてしまうこと、つまり女性が女性として扱われてしまうことで、結果的に豊かさは失われ社会成員全体が損することになるのだ。

エキストラでも立派な社会の成員であると、胸を張る勇気

「一発屋芸人」という言葉について、今一度その複雑さを噛みしめてみよう。「一発」といいながらも、継続的に「芸人」として何かを表現することは許容されているのだ。

その点を山田は重々承知しており、文筆業を全てお笑いだと思ってやっているという。そして田中は、漫才の台本をやっていることが文章の構成に効いていると評価している。

山田 僕の本を読んで、「ここが面白かった」とか、「髭男爵のネタでは笑ったことないけど、本のここは笑った」とか言ってくれる人がいるんですよ。言ってくれるというか、エゴサーチを一生懸命して見つけてるわけですけど(笑)。そういうのを見て、「これも全部含めて髭男爵の芸やからな!」「芸人としても面白いってことだからな!」みたいな気持ちはあります。 (P175)

「お笑い芸人ですが文筆もやっています」と言うのと、「お笑い芸人として文筆をやっています」と言うのには、文筆のモチベーションにかなり違いがある。筆者も筆者で、映画監督として書評を書かせてもらっているが、お笑い以外の書く・話す仕事の目的が「お笑いのため」であることは、本書の山田による発言にもにじみ出ている。停滞している中年男性に対する山田の助言は、「主人公ぶらない」、「エキストラ感を出す」、「これしかできない、をもっと堂々と言い張る」ことだという。

副業・複業が一般的となっていき、それらをどのようにつなぎ合わせるかということがよりこれから重要視されていくことになる。その中で、個々のバラバラだった知識と経験が結晶となり、その総体が弧を描くように回転していく。この理想形に、山田もまた向かっているのだ。

田中 副業と言っても、あまりに本業と違うことをやろうとするのは厳しいですよね。本業のほうが薄まっちゃうというか。たとえ短期的に収入が増えたとしても、そこで本業の軸がブレてしまったら、長期的には損するんじゃないかなと思います。(P175)

一見中年まっしぐらの読者や、まもなく中年を迎える読者に向けられているようでいて、様々な切り口から万人にとってのルネサンス(再生)が模索できる内容となっている一冊だ。


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