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社会派、エロ、暴力など、刺激的かつ野心的な内容を盛り込んだ作品を多数製作・放送し、コアな映画・ドラマファンを魅了し続ける放送局。それがアメリカのケーブルテレビ局・HBOだ。近年の代表作には、ウエスタロスという架空の大陸を舞台に七王家の権力闘争劇を描くファンタジードラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』や、AIのもてなす西部劇テーマパークを舞台に思弁的な問いを投げかけるSFドラマ『ウエストワールド』などがある。
そんなHBOでの今年のヒットドラマが『キング・オブ・メディア』(原題はSuccessionで「継承」という意味)だ。シーズン2制作もすでに決定している。
本作では、巨大メディアコングロマリット一族の中での後継者争いとウェイスター=ロイコ社の行く末を扱う。
梅澤亮介
ライター
1988年、埼玉県生まれ。リアルサウンド映画部・リアルサウンドテック・IGN Japanでも執筆。映画・海外ドラマ、ゲームのレビュー、芸能コラム、ポップカルチャーから見た社会批評が守備範囲。
Blog:http://edwardbickle.hatenablog.com/
Twitter:@ryosukepocky
創業者ローガンの心変わりで後継者争いが勃発
ウェイスター=ロイコ社の創業者で、会長兼CEOのローガン・ロイ(ブライアン・コックス)。
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本作の舞台は、巨大メディアコングロマリットのウェイスター=ロイコ社。創業者で会長兼CEOのローガン・ロイ(ブライアン・コックス)は、原作者は否定しているもののニューズコーポレーション元会長兼CEOルパート・マードックを想起させる。
第1話にてローガンは80歳の誕生日に引退し、次男ケンダル(ジェレミー・ストロング)にCEOの座を譲ると宣言して親族を自宅に招待。しかし、当日になってCEOの座を明け渡さずにとどまるとローガンは告げる。理由はその時点では定かでないが、ケンダルと“男らしさ”や男性中心主義的価値観において対立していたことだと筆者は見ている。この点については後に詳細に述べる。
次男で次期CEOに内定していたケンダル(ジェレミー・ストロング)。
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その後、ローガンは誕生日記念で気分を高め、ロイ家所有と思われる運動場にて、親族総出で彼の好きな野球をする。しかし、運動場からヘリコプターでの帰宅途中、ローガンは倒れる。第2話以降、登場人物たちは権力者の座を射止めようと権謀術数を張り巡らせ、ストーリーは二転三転する。
「リア王」的後継者争い、マキャヴェリズムのように周到な策略を用いた精神性といったテーマなどからも、本作については充分考察しがいがあるだろう。しかし、本稿では“男らしさ”に焦点を当てていきたい。なぜなら、作中で“男らしさ”を示す男性の性的なモチーフが随所に散りばめられ、また“男らしさ”を拠り所とした男性中心主義が様々なトラブルを招いているからだ。具体的には、「この業界ではナニの大きさ(比喩)こそが物を言う」といった旨の発言が度々登場する。具体的には父ローガン、次期CEOに内定していた次男ケンダル、ビジネスの才能は無いがローガンに可愛がられている三男でCOOのローマン(キーラン・カルキン)の3人に注視し、行間を読みながら予想も交えて論じる(本稿執筆時点では第5話までの放送だが、おそらく例の主題や三人の関係性はシーズン最終話まで続くだろう)。
ちなみに、ロイ家の末娘シヴォーン(サラ・スヌーク)、ローガンの三人目の妻マーシャ(ハイアム・アッバス)のように、女性で後継者争いに身を投じる者もいるが、現状目立った動向はなく、また“男らしさ”を揺るがす存在でもないため、本稿の中心には据えない。
飽くなき「力の追求」をこれでもかと描く
三男でCOOのローマン(キーラン・カルキン)。エキセントリックな言動で周囲を煙に巻く。
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“男らしさ”と、それを核とした男性中心主義社会。“男らしさ”の中身は時代とともに変遷してきたが、その普遍的な概念は、力と強さの飽くなき追及の過程で立ち現れる。それ故、より完全なる力を手に入れなければならないという脅威の感情とは隣り合わせで、“男らしさ”は脆いものでもあるのだ。
また、あるパラダイムシフトが起こる時期、例えば、古代から中世、中世から近代、第二次大戦以前と以降などにおいて、それまでの“男らしさ”という概念が揺るがされる中、その脆さを露呈する人物が現れると、保守的な男からは“去勢された男”として貶される歴史が連綿と続いてきた。
ローガンは男性中心主義社会のあらゆる要素を体現している。家父長制の頂点であるのはもちろん、部屋にはロナルド・レーガン元大統領の写真を飾っている。レーガンといえば、80年代において、旧ソ連との軍拡競争や南米諸国への高圧的な外交展開、家父長制重視などの姿勢から、まさしく"男らしさの権化と言える。
ロイ家が率いるウェイスター=ロイコ社は、メディアコングロマリットの中核として、新聞などのマスメディアを据えている。元来、マスメディア、とりわけ新聞や書籍は、19世紀後半以降、列強諸国は帝国主義政策の正当性を国民に向けて訴えかけ、拡張政策に大きく加担してきた。
同社のモデルだと思われるニューズコーポレーションは、新聞、映画、テレビ、書籍、雑誌、ウェブメディアなどの事業を展開する巨大メディアコングロマリットだ。第5話で、ローガンはイデオロギーに基づくニュース専門ケーブルテレビ放送局を設立したいと告げる描写があるが、これはニューズコーポレーション傘下の扇情的なタカ派メディアFOXニュースと重なる。
“男らしさ”の問題において、さらにわかりやすい例は、第4話で明らかになる不祥事の件だ。ウェイスター=ロイコ社はリゾート事業も担っているが、リゾート地へ向かう客船の中で行われたレイプ・買春などを組織的に隠蔽していたことが発覚。しかも、リゾート事業責任者が、末娘シヴォーンの夫トム(マシュー・マクファイデン)に引き継ぎの際、証拠となる資料を渡していたことを盾に責任転嫁した。隠蔽の件が漏洩し、社会的に抹殺されることをおそれたトムは、記者会見での報告を試みたが、相談役のジェリー(J・スミス・キャメロン)に潰される。その件も社内政治に利用されるなど、メインプロットに絡んでくるだろう。ローガンが隠蔽の命令を下していたこと、社内全体で男性中心主義が蔓延していたことも充分考えられる。
“男らしさ”の脆さを提示し、疑問を投げかけるドラマ
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ローガンの後継者とされていたケンダルは父とCEOの座をめぐり衝突するが、ここには単に後継者争いにとどまらない構図も見える。旧来的(劇中では「恐竜」と言われる)で揺るぎない男性観と、脆さも抱えつつ変化を求める男性観との争いである。一方的な情報発信で大衆をひとつの価値観に煽動できるという、マスコミ神話が衰退する中で多様な価値観が現れ、旧来的な価値観が諸々問い直される機運を背景に、ケンダルは富と権力で傲慢に物を言わせるのではなく、ポリティカルコレクトネスにも配慮する現代のビジネスマン然とした思考や行動が特徴的だ。例えば第4話にて、自社の抱える財団が毎年行っている祝典に出席した際、傘下テレビ局のATNネットワークの女性キャスターを誘うよう三男のローマンから冗談交じりに言われたが、「パワハラになるからやめておく」と告げる描写があったりする。
ケンダルがローガンに抱く思いはアンビバレントだ。父のような“男らしさ”にも憧れてはいるが、二代目の若造故なのか、重役や同業者からの印象は悪い。そのような状況からか、精神も不安定。力と強さを誇示するためにはコカインを吸わなければならなかった。彼のコカイン中毒から夫婦間にも亀裂が入り、妻子とは別居中でセックスもできない(資金調達により株価下落を止めた後にはセックスしているが)。そんな姿を弟ローマンからは嘲笑されている。
一方、ローマンは飄々と日和見主義を貫こうとするが、彼も父親同様“男らしさ”の体現者だ。第2話でCOOに就任し、病床にいるローガンの代わりにCEOに就こうとするケンダルと握手を交わす。兄の前ではローガンを時代遅れで無能と貶しているが、父親が病床から復帰し、自分が玉座に対して優勢になると見るや、「兄はCEOの器ではない」と父に告げる。口先で他人を丸め込むのが上手く、何かと女性を口説き倒してはセックスする。彼と兄ケンダルとの会話で、価値観の対称性が際立つシーンが第4話にある。
先述の財団の祝典準備で、ローマンが兄ケンダルに、「俺のズボンの中にあるデカい秘密を見せようと言えよ」とおどけた際、ケンダルが「お前は“歩く訴訟”だな」と呆れるシーンだ。
ローガンは旧来的な“男らしさ”の権化。ローマンは日和見主義で肚は見えぬが“男らしさ”を誇示する男。それ故、父からも一目置かれている。ケンダルは男性中心主義社会の中で“男らしさ”を求められるが、“男らしさ”が孕む脆さで苦悩しながら玉座に就こうとする。彼は男性中心主義社会の被害者でもあるのだ。
現実では、ドナルド・トランプ大統領はまさに“男らしさ”に憑りつかれ、さらにそれ故の詭弁を弄している。反トランスジェンダー政策推進などから、旧来的な“男らしさ”に、それを糾弾はしない男性、ジェンダーマイノリティ、女性を同調させようとする構図を強めるだろう。
本作はそのような反動志向のアメリカ社会、いや世界中で見られる男性中心主義社会に向けて、“男らしさ”の脆さを提示し、疑問を投げかけるドラマなのだ。果たして世界はこの作品をどう受け止めるのだろうか。
キング・オブ・メディア公式サイト:https://www.star-ch.jp/drama/king-of-media/sid=1/p=t/
BS10スターチャンネルで放送しているほか、同社のサービス「スターチャンネル オンデマンド」にて視聴可能。