EVENT | 2018/11/05

壮大なビジョンがなくても高みを目指して働く会社【連載】遊ぶように働く〜管理職のいない組織の作り方(12)

「納品のない受託開発」を提供するソニックガーデンは、全社員リモートワークで本社オフィスがない。さらには、全社員がセルフマ...

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「納品のない受託開発」を提供するソニックガーデンは、全社員リモートワークで本社オフィスがない。さらには、全社員がセルフマネジメントで管理職もいない。管理をなくして遊ぶように働きながらも、ビジネスは順調に成長することができている。その自由と成果の両立を実現する経営に隠された謎を紐解く。

倉貫義人

株式会社ソニックガーデン代表取締役

大手SIerにてプログラマやマネージャとして経験を積んだのち、2011年に自ら立ち上げた社内ベンチャーのMBOを行い、株式会社ソニックガーデンを設立。ソフトウェア受託開発で、月額定額&成果契約の顧問サービス提供する新しいビジネスモデル「納品のない受託開発」を展開。会社経営においても、全社員リモートワーク、本社オフィスの撤廃、管理のない会社経営など様々な先進的な取り組みを実践。著書に『「納品」をなくせばうまくいく』『リモートチームでうまくいく』など。「心はプログラマ、仕事は経営者」がモットー。ブログ http://kuranuki.sonicgarden.jp/

ビジョンは強要するものではなく共感されるもの

前回は、マズローの5段階欲求から社員の求めるものと会社が提供できるものについて考察しました。会社が提供するのは金銭的な報酬だけでないし、社員は社会的なつながりや承認欲求、果ては自己実現まで手に入れることができる可能性があるのです。

そう考えると会社とは、ただ経済活動を回して富を増やすためだけの仕組みではなく、まして資本家のために労働者が働くだけの仕組みでもないように思えてきます。では一体、現代社会における会社の目的は何で、何のために人は集まって組織になっているのか。それが今回の考察です。

会社の目的として、よく一般的に言われる言葉はミッションやビジョンです。人の集まるような良い会社には、素晴らしいミッションやビジョンがあって、共感した人が集まって働いているというものです。希望に溢れたビジョンを提示されると、人はワクワクするものです。それが良いビジョンです。

一方で、「世の中の役に立つ」くらいの何も言ってないビジョンを掲げているところもあります。特に上場企業で大きくなってしまうと、たくさんの人が共通して共感できるビジョンにしようとすると仕方ないのかもしれません。それでも問題なく順調に成長している会社はあります。必ずしも立派なビジョンがなければいけないというわけではなさそうです。

創業したての会社やベンチャー企業などは、ビジョンが先行しているケースが多くあります。夢と希望に溢れていると言えば聞こえは良いですが、なにもかもが足りていない状態の大変な時期を仲間とともに乗り越えていくには明るいビジョンは必要不可欠なのでしょう。

本当に叶えたいビジョンがあってビジネスを始めた人や会社もあれば、組織が大きくなってきてチームワークを高めるためにビジョンを用意した会社もあります。このように、きっと100社あれば100通りのビジョンがあるのです。

どんなビジョンでも良いと思いますが、働く人をマインドコントロールするような使い方をするような会社には違和感を覚えます。朝礼で連呼して思い込ませるのは怖いですよね。そこまでいかなくても「ビジョンの浸透」なんてよく言いますが、果たしてそれは洗脳ではないのだろうかと心配してしまいます。

ビジョンとは勝手に共感されるもので、人に強要するものではないと考えています。

組織にいる人が先にあってビジョンが見つかる

私たちソニックガーデンには「プログラマを一生の仕事にする」というビジョンというかミッションというか、ステートメントのようなものがあります。これに加えて明文化したビジョンとミッションはありますが、中心にあるのはこの言葉です。

私たちは元々大手システム開発会社の社内ベンチャーからはじまったのですが、その当時はビジョンなんて意識したことはありませんでした。ただ事業を立ち上げることだけに一生懸命でした。そこから組織と事業を買い取る形で独立をして、自分たちの会社を立ち上げることになって、ようやくビジョンを考えるようになりました。

とはいえビジョンをどうやって決めればいいのか、なんとなくイメージはあったけれど、どうすればいいかわからずにいたのですが、あるときヒントはないかと読んだジム・コリンズ『ビジョナリーカンパニー2』という本に以下のように書いてありました。

「まずはじめに、適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、その後にどこに向かうべきかを決めている」

この言葉は私たちにとって、とてもフィットするものでした。というのも、独立して起業することにした大きな理由が、社内ベンチャーで一緒にやってきたチームを解散させずに続けていきたいということがきっかけだったからです。私たちにとって、まず先に仲間があることは自然だったのです。

強いリーダーによる壮大で立派なビジョンなどなくても、一緒のバスに乗ってる人たちの顔を見てビジョンを決めれば良いんだと気付かされました。そこで、一緒に起業してくれた仲間の顔を順番に見ていったら…全員がプログラマだったんです。

だったら、いっそのことプログラマのための会社にしよう、プログラミングが好きな人たちが集まって、プログラマという職業を尊重して、プログラマをやめずに高みを目指していくことをビジョンにしようと決めたのでした。

そこから「プログラマを一生の仕事にする」という思いを発信し続けて、その思いに共感してくれる人たちが集まってきて、組織として成長することができました。

一緒にビジョンを語り合うことでチーム力が高まる

そうして「プログラマを一生の仕事にする」という思いに共感する人たちが集まる会社になったわけですが、だからこそ私たちが採用の時に注意しているのは、応募してくれた人にとってのビジョンと会社にとってのビジョンが相反するものになっていないか、ということです。

その人が将来やりたいことや成し遂げたいこと、形成したいと考えているキャリアがあるのなら、それが会社に入って仕事をすることで実現できるのか、その夢や思いの実現は会社として助けてあげられることなのか、もしその部分が一致していないのであれば、とても能力があったとしても長く一緒にやっていくことは難しいだろうと考えているからです。

ビジョンはフィットしていないけれど、求めているスキルが合致するような場合は、業務委託のような短期的な契約を結ぶ方がお互いにハッピーではないかというのが私の見解です。

会社と個人の互いのビジョンの確認は入社前だけでなく、入社した後も続けていきます。たとえば、「すりあわせ」と呼んでいる取り組みがあります。社長や同じチームのメンバーなどと共に、個人として考えている夢や希望をアウトプットして共有するというものです。1on1のようなものですが、目標管理や評価面談とは違います。あくまで、本人自身がどういうビジョンを持っているのか、そのために何をしていくのかを共有します。

「ビジョン合宿」と呼んでいる取り組みもあります。先ほどの「すりあわせ」を何人かで一斉に泊りがけで行なっていきます。会社全体が今どうなっているのか共有した上で、それぞれが個人と会社の視点を行ったり来たりしながら、自分自身のビジョンを見直して共有します。

こうして一緒に未来のことを考え合うのは、同じチームだからこそです。もしチームでなければ、他人の未来などどうでも良いと思ってしまうでしょう。まずは互いのビジョンを知り合うこと、そして応援したいと思えるようになってチーム力は高まります。

管理のない会社による自己組織化で育つビジョン

私たちソニックガーデンでは、これまでの連載で書いてきた通り、管理することをやめてフラットな組織を実現してきました。そんな管理のない会社における経営者の仕事の一つが、個々人のもつビジョンを包含して会社のビジョンを言葉として表現することです。

私たちにとってのビジョンはトップダウンで決めて浸透するものではなく、会社で働く個々人がそれぞれに持っているビジョンの集合体だからです。

会社を続けていって未来に近づくほどに解像度は高くなっていくし、人が増えていくほどにできることの可能性は広がっていくものです。管理はしないけれど、ビジョンのすりあわせを行なって、個人が目指そうとすることが会社のビジョンにつながるようにロジックを整理していきます。

大事なことは、個人の思いを尊重することです。誰しも人間なので、最終的には自分のためにがんばるものだと考えています。とはいえ、それぞれが勝手に生きれば良いというほどドライな関係を目指してはいません。誰かのためでなく、自分のためという動機付けを組織への貢献にうまく束ねていきたいのです。

その束ねる鍵になるのは、ビジネスモデルではないかと考えています。立派なビジョンがあっても、それにつながらないビジネスをしているなら社員は疲弊してしまいますし、あくどいビジネスモデルだったらビジョンが立派であるほど薄ら寒い気持ちになるでしょう。

働く人が自分のビジョンを叶えるための努力が、そのまま組織の成果に結びつけることのできるビジネスモデルを構築することが経営者の腕の見せ所です。

果たしてそれで、創業者のビジョンは達成するのか心配になるのもわかります。しかし、会社がそこで働く人たちにとっての互いの夢やビジョンを実現するために協力しあうための場になるのだとしたら、その場には創業者もいてビジョンを共有しているのだから、きっと実現できることになると信じています。


次回の公開は11月20日頃を予定しています。

ソニックガーデン

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