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清原を現役復帰に導いた、現阪神1軍トレーナー・本屋敷俊介氏が語る「過酷な環境で生き残る」ための仕事術
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  • 2018.11.06
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清原を現役復帰に導いた、現阪神1軍トレーナー・本屋敷俊介氏が語る「過酷な環境で生き残る」ための仕事術

2018年度のシーズンを終えたばかりのプロ野球セ・パ公式戦。年間140試合以上の過酷なスケジュールをこなす選手たちを影で支えるのが、トレーナーという仕事だ。今回紹介するのは、阪神の1軍トレーナーの本屋敷俊介氏。

スポーツ大国アメリカのカリフォルニア州立大学でアスリートのトレーニング学やコンディショニング学を学び、シアトル・マリナーズではインターンを経験。帰国後は、オリックス・ブルーウェーブ(後のオリックス・バッファローズ含む)や現役時代の清原和博選手の専属トレーナーを務めるなど、数多くのプロ野球選手から絶大な信頼を集めるプロフェッショナルだ。

残念ながら今シーズンは最下位に終わった阪神タイガースだが、チームが負けて選手が落ち込んでいるときこそ、ともに寄り添い、明日へのモチベーションを高めるのが、本屋敷氏の仕事でもある。選手1人1人の個性を見極めながら、選手やチームの士気を高める技術について話を聞いた。

聞き手・文・構成:庄司真美 写真:岩切等 取材協力:阪神タイガース

本屋敷俊介

プロ野球トレーナー、阪神タイガース1軍トレーナー

1975年大阪府生まれ。高校卒業後、カリフォルニア州立大学に入学。6年間に渡りスポーツ選手のトレーニングやコンディショニング学を学び、2000年にシアトル・マリナーズにトレーナーのインターンとして参加。帰国後、2001年にオリックス・ブルーウェーブに入団し、コンディショニングコーチに就任。2007年には左膝の故障により再起不能と見られていた清原和博選手のリハビリを担当。1年間にわたるリハビリをサポートし、清原選手を現役復帰に導いた。2016年より現職。共著に『トップアスリートに伝授した 怪我をしない体と心の使いかた』がある。

メジャーリーグはチームの練習時間は短くても、個人が努力する余白がある

―― 高校卒業後、アメリカの大学でアスリートのトレーニングやコンディショニングを学ぶようになったきっかけは?

本屋敷:僕自身も子どもの頃から野球をやっていて、将来はプロ野球選手を夢見ていました。ただ、残念ながら実力が伴わず、その夢は叶わなかったので、プロ野球選手の心身のサポートをするトレーナーを志すようになりました。全米アスレティック・トレーナーズ協会認定の資格「NATA認定アスレティックトレーナー」を取得すれば、日本のプロ野球界で仕事できるかもしれないと考えたのです。

―― そもそもプロ野球における、トレーニングやコンディショニングとはどのようなものなのでしょうか?

本屋敷:大きく分けると3つあります。純粋に選手のパフォーマンスを上げるために筋肉を鍛えるフィジカルトレーニング、それから、常に年間一定してパフォーマンスを上げるための日々の調整をするコンディショニング、さらにケガをしたときのリハビリですね。

アカデミックなトレーニング学を学べる場として、カリフォルニア州立大学を選んだのですが、大学ではまず解剖学や生理学といった、トレーニングやコンディショニングに関わるすべての基礎を学びました。それと並行して1,500時間の現場研修を修了すると、アスレティックトレーナーの受験資格がもらえます。

―― その一環としてシアトル・マリナーズでインターンをしていたのですか?

本屋敷:いえ、それとは別に個人的にメジャーリーグで勉強したいと思い、そんな熱意を手紙に書いてアメリカのあらゆる球団に送ったんです。もちろん、僕は一学生でなんのツテもありませんでしたから、返事が来るとは思っていなかったのですが、本当にラッキーなことに、シアトル・マリナーズからお返事をいただき、そこでインターンをすることになったんです。当時、まわりからも“奇跡のラッキーマン”と言われましたよ(笑)。

―― 本屋敷さんがインターンになった当時、シアトル・マリナーズにはイチロー選手や佐々木主浩投手も所属していましたよね? 一流の選手に囲まれてのインターン経験はいかがでしたか? 

本屋敷:当時はインターンでお客さん扱いだったので、みんな僕にやさしくフレンドリーに接してくれました。イチロー選手や佐々木選手からも「がんばってね」といった励ましのお言葉をいただきました。オリックスに入ってからも、イチロー選手からはいつもお声がけいただいていました。

アメリカは自由な国という印象がありましたが、意外にも、マイナーリーグなどでは組織的に若い選手にちゃんとプログラムを元にした教育がされていました。そこからメジャーリーグに昇格した選手は、トレーニングに自分に合った内容を取り入れていく流れです。かと言って、好き勝手に練習しているわけではなく、自分の課題意識が明確にあり、その対策に取り組むかたちでトレーニングを実践するイメージです。練習時間は日本と比べると短いのですが、その分、個人が努力する時間がたくさんあるのです。

―― その後、日本ではオリックスを経て、現在は阪神の一軍トレーナーとして活躍されていますが、アメリカのメジャーリーグと日本のプロ野球の組織の違いをどのように感じましたか?

本屋敷:アメリカは合理的な考えが浸透していて、たとえば移動時間が長くて選手が疲れているときは、練習をなしにして試合に集中させるといった臨機応変さがありましたね。日本の場合、同じようなケースでも、「がんばってみんなで練習して試合への士気を高めていこう」というスタンスであることが多いです。そうした日米のいい面をバランスよく取り入れることが、チームの強さにつながるような気がしています。

チームの枠を超えて選手同士が切磋琢磨するパ・リーグ

―― セ・パ両リーグそれぞれの特色はあると思いますが、オリックスと阪神の違いはどのように実感しましたか?

本屋敷:伝統的なことや打者の違いなど、野球自体が大きく違うなと感じています。セ・リーグは予告先発がないので、先発投手がバレないように相手チームとの交流自体があまりないのが以前は普通でした。逆にパ・リーグは予告先発なので、誰が先発で投げるのか分かってしまいます。だから、練習中に相手チームのピッチャーとトレーニングすることもあるんですよ。

たとえば、ダルビッシュ選手や大谷翔平選手が球場でウェイトトレーニングしていれば、ほかのチームの選手も一緒にトレーニングすることで学び、ともに切磋琢磨できます。僕がオリックスにいた当時、パ・リーグには一流のピッチャーがたくさんいたので、チームの枠を超えて選手同士がオープンにトレーニングをしながら、切磋琢磨する姿を見て、すごくいい風景だなと思いました。そうやってパ・リーグのレベルが上がっていっているんだなと感じました。制度の違いは仕方ないのですが、その点、セ・リーグはもったいないなと思っています。

―― 日本の野球界では、トレーナーやコンディショニングコーチの立ち位置はどのように捉えられていますか?

本屋敷:18年前に日本の野球界で仕事を始めた当初は、正直、トレーナーやコンディショニングコーチの地位はそんなに高くはありませんでした。アメリカでは、トレーナーやコンディショニングコーチが監督やコーチと対等に話し合うのが普通です。でも、近年はコンディショニングの重要性の理解が深まって、徐々に地位が上がってきていると感じます。とはいえ、アメリカと比べるとまだまだなので、僕らがもっと知識を高め、コミュニケーションを取るなど、信頼してもらう努力をしていくべきだと思っています。

―― 年間140試合以上、週に6試合をこなさなければならない日本の野球界はかなり過酷で、いつケガをしてもおかしくないということが、共著書『ケガをしない体と心の使いかた』で指摘されていました。選手のケアは、どのような範囲におよぶのですか?

本屋敷:実際、プロ野球のシーズン中は過酷なスケジュールですし、試合の6時間前から練習を始めるスポーツなんてプロ野球くらいだと思います。具体的にここだと特定するのは難しいのですが、担当する部分は多くて、コンディションを整えたりパフォーマンスを上げたりするために必要なことは何でもしています。たとえば食事や栄養指導、メンタルケア、目の使い方などがありますが、そうしたことを個々の選手に合わせて行っています。体育の先生であり、保健の先生でもあり、栄養士でもあり、メンタルの先生でもあり、お父さんやお兄ちゃんでもあり、いろんな顔を持つ仕事なのです(笑)。

―― プロ野球は1チーム70人の熾烈な競争の世界であり、勝ち抜ける選手と脱落してしまう選手がどうしても出てくる中で、本屋敷さんは「振り落とし理論」に基づくメニューはではなく、なんとか全員が芽を出せるトレーニングメニューを作るようにしているということですが、これについて詳しく教えてください。

本屋敷:チームは組織で、1軍は30人いるので、全員共通のメニューを時間内にこなす作業になりがちなのですが、中にはそのメニューがどうしても合わない選手、逆にそのメニューだけでは足りない選手が出てくるのです。だからこそ、選手の特徴に合わせてトレーニングメニューを考えないと意味がありません。それから、ポジションや役割によっても全然メニューが変わってきます。スピードが必要な選手、パワーが必要な選手がいて、投手の特徴も力で押し出すタイプなのか、技巧で投げるタイプなのかということでも違ってきます。役割で言えば、毎試合出る選手と週に1回先発で投げる選手などでも違います。そうした個々の選手にカスタマイズした上で処方してあげることが重要なのです。

大事なのは、選手に「明日も野球をやりたい」と思わせること

―― 選手それぞれが自分に合ったメニューを実践することが、パフォーマンスにも影響するとういうことですね。具体的には、試合後にコーチング・タイムがあるのですか?

本屋敷:特別な時間があるわけではなく、練習や試合後に選手たちがクールダウンしているときに、「今日のあのプレーは良かったね」などと何気なく声をかけています。そういう時間が一番選手の本音が聞けるタイミングだからです。

毎日野球を続ける中で、どうしてもコンディションの浮き沈みが出てきますし、毎日何か目標を持って進んでいくことは難しいことなのです。そんな時、長い間この仕事を続けてきて特に重要だと思うのが、いかに選手たちに「明日も練習したい」「また野球をやりたい」と思わせて帰らせるか?だと考えています。

特にミスをしてしまった選手は本当に落ち込んで、「もう試合に出たくない」などとネガティブになりがちなので、悩みを聞いて対策を見出し、「明日球場に来てこの練習をしたい」と、ポジティブに転換できるようにしています。

一流の選手ほど“休み上手”で客観的に自分を理解できる

―― ビジネスパーソンにも通じることですが、アスリートにおける「休む」ことの重要性について教えてください。

本屋敷:どんな仕事をしている人にも言えると思いますが、やはり身体がフレッシュな状態じゃないと集中力も発揮できないし、パフォーマンスも上がりません。精神論的な発想だと、練習を詰め込み、つらい練習に打ち勝てば結果が出ると思いがちです。もちろん、それはそれで精神的には強くなることもありますが、そこでパフォーマンスが落ちては意味がありません。特に今のプロ野球界は選手にとって過酷すぎ、もっと休養が必要だと考えています。シーズン中は毎日試合を消化する中で、どうしても身体が回復する時間が足りないのです。

超回復理論から言えば、「トレーニング」「栄養」「休養」の3つを順に取り入れるのが基本です。その3つが揃わなければ筋肉は成長しないと言われていますが、まだまだ日本では「休養」の概念が浸透していないのが現状です。

とはいえ、選手は結果が出なければ出ないほど、自分を追い込んでトレーニングしがちです。もちろん、野球は技術のスポーツなので練習は大切です。その中でいかに上手に休むかということが重要なので、選手にはいつも休む勇気を持ってほしいなと思っています。特に1軍の世界では、プレッシャーが大きいのでフィジカル面だけでなく、メンタルも疲れるのです。実際、プロ野球選手の中で、年間通して毎年ケガをせずに結果を残せているピッチャーは本当に少ないのです。今は昔よりも野球のレベルが上がってきていて、一球一打での身体への負担が大きくなってきているように思います。指導者には休ませる勇気が必要ですね。

だから少しでも、スケジュールがタイトなときほど練習時間を短くしたり、1時間でも睡眠時間を増やしたりするなど、疲労マネージメントを念頭においてメニューを調整するようにしています。

―― ということは、逆に一流の選手ほど休み方が上手だということですか?

本屋敷:おっしゃる通り、一流の選手ほど練習時間も含めた時間の使い方が上手です。一流選手の共通点は、自分のことを客観的に見ることができる人だと感じています。自分の今の立ち位置を俯瞰で理解し、客観的に自分に何が必要かを見極められるのです。その上で目標設定が明確にあり、そこに向かって努力できる人たちです。

たとえば、イチロー選手は天才バッターと言われていますが、ものすごい努力家としても知られています。あるオフシーズンに、イチロー選手は腹筋の弱さを自覚し、重点的に鍛えてもっと強くなろうということで一生懸命トレーニングをされていました。世界でトップクラスのスラッガーなのに、より高いところを目指して細かい調整をし、こんなにも努力しているんだなと驚きました。課題意識を持って、自分に足りない部分を修正したり、調整したりできる能力に人一倍長けていると感じました。

阪神で言えば、鳥谷敬選手ですね。彼もイチロー選手同様、そうした能力に長けていて、客観的に自分のことを俯瞰で見ることができます。彼のように、長年ショートという過酷なポジションで毎日試合に出続けることがどれほどすごいことかということを目の当たりにしてきました。毎日、誰よりも早く球団に来て練習していますが、その後、ロッカールームなどでしっかり体を休めている姿も見られます。鳥谷選手も練習や休息、睡眠時間も含めたトータルの時間の使い方が上手で、バランスがとれているんだと思います。

―― 本屋敷さんご自身が仕事をする上での流儀はありますか?

本屋敷:常に“アスリート・ファースト”を心がけています。何をするにも選手のためになるかどうかで行動するようにしていて、そういうことが信頼関係を生むと考えています。もちろん、自分も神様ではないので、時には感情的になることもあります。でも、怒る前に一瞬、自分に問い質すように、それが選手のためになるかどうかを考えます。コミュニケーション力の向上のため、心理学の勉強もしていますが、つまるところアスリート・ファーストを念頭に置いていれば、間違うことはないかなと思っています。

清原トレーナー時代に学んだ「励ます力」

―― 親心に近いものがありますね。清原和博さんの近著『告白』には、本屋敷さんがいたから、手術に踏み切ることができたということが書かれていて、トレーナーとしての本屋敷さんへの厚い信頼感が伺えましたが、どのような経緯で手術を勧めたのですか?

本屋敷:清原さんはあの時、絶望視されるほどの膝の故障を抱えながら「もう一度グラウンドに立ってホームランを打ちたい」という強い思いを持っていたので、「それならば手術を受けて、もう一度挑戦しませんか?」と提案しました。僕は小さい頃から桑田・清原のKKコンビに憧れて野球をしていたので、まさかそんな憧れの人と仕事をするなんて、今思えば夢のような話でしたね。ある日、アメリカのステーキハウスでごはんを食べている時に清原さんは「本屋敷、一緒に奇跡を起こしてくれるか?」と切り出し、手術を受けることを決意されました。その時の清原さんはものすごくかっこよかったですね。

―― 選手のモチベーションをキープさせるためには、「励ます力」も重要だと思いますが、アドバイスのコツについて教えてください。

本屋敷:もちろん、言葉を慎重に選んでポジティブな声かけをするようにしていますが、大事なのは、選手が「明日もまた野球をやりたい」と思えるように、会話や目標設定を定めることです。清原選手のトレーナーをしていた時は、僕自身、ちゃんと本人の励みになっているかどうか不安の日々でした。ただただ毎日少しでも良くなりますようにと必死だっただけのような気もします。

葛藤しながらも毎日全力で臨んだのですが、清原さんが引退するとき、インタビューでリハビリのことを聞かれていて、「手術後のリハビリは想像を絶するほどつらくてきつくて、行きたくない日もたくさんあったけど、今日も本屋敷が待っているから行こうと思った」と言ってくれたんです。それを聞いたときは感動して泣きましたね。トレーナーとして何か特別な言葉をかけるというより、いかに家族や夫婦、恋人のように側にいるだけで安心できる存在になれるか?ということが大事なんだと思います。一流の人ほど、飾り立てた言葉が不要なときがあるのです。

自分の生きる立ち位置を常にファンと重ね合わせて、そこまで背負って生きている人で、そこがスーパースターたるゆえんなのですが、そのスタンスが、リハビリでも精神的に追い込まれる要因だったのかなとは感じています。

―― この仕事のやりがいについてどのように実感していますか?

本屋敷:僕は元々野球が大好きでこの仕事に就き、今も大好きな野球界で仕事できているだけで毎日幸せです。日々選手の試合や練習を観ていますが、まるで毎日、子どもの運動会を見ているお父さんのような気持ちでいるんです(笑)。

選手の誰かがヒットを打つ時も嬉しいし、もちろん、チームが勝つ時も本当に嬉しいです。ケガから選手が復帰した時もすごく喜びを感じます。かつて清原さんが手術から1年間にわたるリハビリを経て打席に立った時も、号泣してしまいました。試合での活躍の裏側で、選手たちに寄り添い、彼らの努力をすべて見てきているので、感動もひとしおです。ルーキーとして入団して、努力の末、やがて一軍に入って活躍する選手の場合など、まるで本当の親のような気持ちになります。チームが勝った瞬間は、選手もスタッフも全員が喜びに沸いて、何度味わってもあんな素敵なシーンはないなと思います。

―― 今後の目標について教えてください。

本屋敷:僕の夢は、過酷なシーズンをみんなで乗り越えて優勝し、ビールかけをしたいということです。実は18年間もこの世界にいて、これまで一度もビールかけをしたことがないのです。チームを勝たせてあげられないのは僕のせいでもあるかもしれませんが(笑)。残念ながら阪神は今シーズン黒星が続いてしまいましたが、士気が下がった時こそ、少しでも明日に向かってモチベーションを高めることができればと考えています。だからまずは阪神が優勝して、みんなでビールかけをするのが今の一番の夢ですね。


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