文:児島宏明
中京地域産業を活性化させるイノベーションハブ
名古屋工業大学 産学官金連携機構は、中京地域産業界のイノベーションハブとして機能する研究拠点。企業との共同研究、学内外における設備の共同利用、産業の活性化に欠かせない人材育成など多岐に渡り、「場づくり」「ことづくり」「ものづくり」の3方向から、中京地域のイノベーションの創出をサポートしている。
企業が大学の研究者へ自由に相談し、大学のシーズと企業のニーズを結びつける「パートナーラウンドテーブル契約」、ラボを保有していない企業に向けて研究設備を開放し、研究開発や人材育成、学生のリクルートにも使える「産学協同研究講座」など、大学外へと門戸を大きく開いた取り組みを数多く推進している。
また2020年には株式会社名古屋大学経営共創基盤(NITEP)を設立し、大学の立場からはリーチできなかった出資など側面からも地域企業や共同研究をサポート。特に力を入れているのが人材育成や学生・若手教員のサポートで、講義における起業意識醸成からビジネスモデル構築までを支援しているという。
熱硬化・熱可塑両方の性質を備え何度でも再結合する「結合交換性ポリマー」
工学研究科助教 林幹大氏
「若手教員へのサポート」という、同拠点が特に力を入れている取り組みの代表例として、工学研究科助教 林幹大氏の「結合交換性ポリマー(ビトリマー)」材料の研究・開発が挙げられる。
ビトリマーとは、熱可塑性樹脂(プラスチック)と熱硬化性樹脂(ゴム)の両方の性質を兼ね備える物質だ。一度破壊されると元に戻らないゴムなどの既存架橋樹脂に対して、熱プレスを加えることで修復や再利用できるのが特徴。一度破壊されても、樹脂を集めて熱を加えると何度でも再生するため、ゴミを生み出さない長寿命樹脂として注目されている。
林氏は、結合交換性ポリマーで成形したフィルムが強い接着性を発現することを見出し、この機能を応用した接着シートの社会実装に取り組んでいる。このプロジェクトは、NEDOの「官民による若手研究者発掘支援事業共同研究フェーズ」に採用され、2019年から研究がスタート。本接着シートには「樹脂同士や金属同士ともに高強度接着が可能」「熱を加えることではがすことができる可能性があり、車両・建材などの部品の再利用も狙える」といったメリットがあるという。部品と部品を強く接着でき、作業も簡単に行えて、かつ部品のリサイクルにも貢献できる。このような特性から、林氏は自動車産業での実用化を見据えている。
「現在、車の軽量化・低燃費化を目的に、車両パーツの樹脂化が国家プロジェクトとして進められています。ただ樹脂は金属に比べて割れやすく、リベット(ネジやボルトでパーツを結合する方法)が使えません。代替案として高性能な接着剤に期待が寄せられており、この領域で結合交換性ポリマーの接着シートが実用化できるのでは、と考えています」(林氏)
接着強度の高さはすでに実証されており、共同研究を行っている東洋紡株式会社コーポレート研究所では製品化に向けて研究が進められている。
「接着シートをはがす技術に関しても、現在研究を進めている段階です。極めて早い段階で実用化に近い状態まで持っていけると考えています」(林氏)
リサイクルポリマーからの変換を可能にする結合交換性ポリマーのワンショット調製
上記の結合交換性ポリマー材料に限らず、企業がリサイクル素材の導入になかなか踏み込めない原因として、コストの高さがある。例えば、ポリマーを繊維に変えて衣類を作る技術が確立されているものの、製造コストが高くビジネスとして成立させることが難しい。どれだけ優れた素材・技術でも、安く簡単に製造できなければ、社会実装にはなかなか至らない。この現象は結合交換性ポリマーにおいても同様で、林氏は「リサイクルポリマーから低コストで製造できる技術」の研究・開発も進めている。
「結合交換性ポリマーをビジネスとして成立させるには、早く簡単に作れることが非常に重要です。そこで、プロジェクト立ち上げ当初より、製造方法に関しても研究を進めてきました。そこで生まれたのが、ペットボトルなどのリサイクル性ポリマーに必要化合物を入れて熱を加えるワンショット調製という方法です。世の中にあるペットボトルなどを資源に簡単に結合交換性ポリマーに変換できれば、製造コストを抑え、且つ資源循環型社会に貢献することができます」(林氏)
まだ発展段階ではあるものの、林氏の結合交換性ポリマーの研究・開発は「機能・製造方法・収益化・資源の長寿命化」という面で社会実装の課題を一歩ずつ乗り越えている。
「ここからはあらゆる面で精度を高めながら、事業化に向けて動いていくフェーズです。アップサイクルやリサイクルの新技術、ビジネスとしてのリサイクルに興味がある企業様や機関があれば、ぜひお声がけいただきたいです」(林氏)