文:荒井啓仁
高難度素材「鉄アモルファス」加工で見えた突破口
酒井宗寿氏(写真左)、相馬憲一氏(写真右)
茨城大学 日立地域デザインプロジェクト推進室は、同大学研究・産学官連携機構(iRIC)内に設置された、企業と自治体が一体となって取り組む、地域課題解決型の連携事業だ。茨城県の全国7位という転出超過による人口減少を背景に、茨城大学を中心として日立地域の企業と自治体が連携し「住み続けたくなるまちづくり」 に向け発足された。
もとは別々に展開していた「茨城大学-日立製作所 共同研究のプロジェクト」、「ひたち圏域MaaSのプロジェクト」、「電動力応用で強い茨城県北産業復活のプロジェクト」の3つを統合することで、まちづくりと地域での産業振興を目指す。今回は同推進室で活動する、酒井宗寿准教授、相馬憲一特命教授に話を訊いた。
日立地域デザインプロジェクト推進室では、2019年より高出力密度モーターの開発を行っている。
現在産業用として広く使われている110kw産業用モーターは重量が750キロと非常に重たい。対して、同推進室で開発中の「革新的モーター」は重さがなんと10キロであるにも関わらず、100kwとほぼ同等の出力が可能だ。
開発には「鉄アモルファス」という素材が用いられている。整形の難しい鉄アモルファスを極薄で打ち抜く金型の開発に成功したことで、製造を可能にした。業務用出力のモーターが小型化することで、今まで使えなかった狭い空間へのモーターの設置や、モーターを輸送する際のCO2排出の減少を見込めるなど、さまざまな産業での展開が進む見通しだ。
「初製作品で設計値に近いものを作れたのには驚きました。この成果は大学だけ、メーカーだけ、県や市が資金援助するだけでは成り立ちません。会社ごとに得意技を持ち寄ることで完成したものなので、1つでも欠けていれば完成していなかったでしょう。ものづくりが地元のバリューチェーンで構成できているのは嬉しい点です。企業同士では上手くいかないところがある場合も、大学がハブになれば良い結果を生み出すこともあります。今後さらなる改良を加え、宇宙空間での利用に耐えうるモーター開発(月面での移動・建設機械等での動力源)にも挑戦していきたいです。目指すハードルは高い分野ですが、夢のある開発だと地元は協力してくれています」(相馬氏)
「油圧などに頼っていた大型のアームなども、開発が進めば軽量のモーターで動かせるようになります。重量が軽くなればそれこそ宇宙空間や深海での開発も視野に入ってくるでしょう」(酒井氏)
「また、日本で消費する電力の55%はモーターが使っているというデータもあります。効率を良くするだけで、日本全体での電力消費量を減らせるはずです」(相馬氏)
「モーターのイノベーションといえば茨城県北」といわれる地域へ
こちらは本文で触れられなかったが、相馬氏が主導する「鉄道DXイノベーションプロジェクト」参加メンバーの集合写真。これまで人力で行われていた線路の点検をDX化すべく、車両にセンサーを取り付け線路状況をモニタリングできるようにするというプロジェクトで、茨城県DXイノベーション推進プロジェクトにも採択されている。
「次世代モーターは日立地域の力によって初号機が完成しました。今後は量産化に向けてシステムアップを目指したいです。最終的には大手モーターメーカーから図面をもらい、茨城県北で一気通貫できる産業、そしてそれを担う地域にしたい。モーターを使ったイノベーションといえば茨城県北と言えるくらいになりたいです」(相馬氏)
相馬氏が話す「モーターを使ったイノベーション」は、この地域にとって新しいものではない。1910年代に、これまで牛馬や蒸気機関で賄っていた動力が、電力で動かすモーターへと変わっていった。そして県内の日立鉱山などの開発のために、外国製のモーターよりも“性能が良くて、壊れにくい製品”を生み出し、大きく発展していったのが、なにを隠そう世界にその名を轟かす日立製作所だ。つまり「モーター」は日立地域が誇る、ものづくりの精神を宿した象徴とも言えるわけだ。
「開発の成果、あるいは象徴としてモーターはありますが、それはあくまで一つの手段でしかないとも言えます。推進室としての目標は、人口減に対して住み続けたくなる街を作ることです。日立地域において、プロジェクトに共感し、まちづくりをしていこうというのであればどういった分野でも歓迎です。この目標に共感いただけるのであれば一見関係しないような分野でも是非一度ご相談ください。モーターに応用できるような分野、例えばロボット開発者などに関しては、こちらから頭を下げてでも来ていただきたいほどです。興味・関心などあれば、ぜひお気軽にお声がけいただければと思います」(酒井氏)