EVENT | 2022/08/31

有名画家の違法版画コピーを凄腕ベテラン職人が大量生産…衰退産業の中で抱える収入とプライドの葛藤(後編)

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阿曽山大噴火
芸人/裁判ウォッチャー
月曜日から金曜日の9時~5時...

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阿曽山大噴火

芸人/裁判ウォッチャー

月曜日から金曜日の9時~5時で、裁判所に定期券で通う、裁判傍聴のプロ。裁判ウォッチャーとして、テレビ、ラジオのレギュラーや、雑誌、ウェブサイトでの連載を持つ。パチスロもすでにプロの域に達している。また、ファッションにも独自のポリシーを持ち、“男のスカート”にこだわっている。

※編集部注:本連載は被告人の名前をすべて本名と関連しないアルファベット表記(Aから順に使用し、Zまで到達した際は再びAに戻して表記)で掲載しております

【連載】阿曽山大噴火のクレイジー裁判傍聴(40)

謝罪に向かった先で腕を買われたベテラン摺師

前回記事の続きから。

まずは弁護人からの被告人質問です。

弁護人「何歳から摺師をしてるんですか?」
H被告人「23才です。神奈川県のプリントハウスで修行しました」
弁護人「奈良県に自分の工房を作ったのはいつですか?」
H被告人「1985年2月です」
弁護人「何故、摺師になろうと思ったんですか?」
H被告人「絵描きになりたいと思ってたんですけど、高校の授業でリトグラフを知って感動したからです」

ここまでの経歴などが語られました。

弁護人「工房に仕事を持ってくるのは誰になるんでしょうか?」
H被告人「出版社、新聞社、画廊など版画を販売する版元さんです」
弁護人「I被告人(本件で今年3月に、懲役3年執行猶予4年と罰金200万円の判決が言い渡されている元画商)と知り合ったきっかけは?」
H被告人「2007年の年末に知り合いの額装屋さんから修復の仕事が来まして…失敗しました。それで依頼主に直接謝ってほしいと言われて、画廊の方へ伺ったのが最初です」
弁護人「どんな話をしました?」
H被告人「修復失敗の経緯を話して、買い取らせてください、と。400万円でしたので2回に分けて欲しいとお願いしまして、2008年1月に250万円持っていきました。するとその場で別の修復を頼まれました」
弁護人「ちなみに修復って何をするんですか?」
H被告人「版画についたシミや黄ばみをなくしてキレイにしたり、退色して薄くなったのを元通りにしたりです」
弁護人「で、依頼された修復はやりました?」
H被告人「はい、翌月持っていきまして、Iさんは“よくできてるなぁ”と感心していました」
弁護人「他に何か言われましたか?」
H被告人「いくらなら工房に利益が残るんですか?と。それで100枚なら、と答えました」
被告人「I被告人は?」
H被告人「20~30枚でいいんだと。それでは材料費で終わってしまいますと伝えると、50枚で、と依頼を受けるようになりました」

検察官の冒頭陳述でも言われていた2008年7月のやり取りについて語られました。

このときから継続的に依頼があったようです。

弁護人「東山魁夷の『白馬の森』はいつ依頼がありました?」
H被告人「2016年くらいです」
弁護人「他の作品は?」
H被告人「順番も覚えていません」
弁護人「それくらい数も多かったと。版画を渡されて頼まれると。おかしいとかは?」
H被告人「ちょっと変だなぁとは思いましたけど、Iさんの仕事だから大丈夫だろうと」
弁護人「著作権者の許諾の確認はしましたか?」
H被告人「それは版元さんに訊くことになるので、失礼になります」

証人も言っていた通り、OKされた作品が来ているということが前提だったようです。この段階で「大丈夫?」なんて確認するのが失礼なんですね。

H被告人「用途は知りませんでしたので。結婚式の引き出物とか政治家のパーティーで配るとかかな、と」
弁護人「さっき、依頼があった時にちょっと変だなぁと思ったと答えてましたけど、どういう疑問でしたか?」
H被告人「数が多いのが続いていたので、やはり…おかしいなぁと。でもお金は払ってもらってますので」

著作権をクリアしたものが工房にやってくるのは当然で、入ってくる仕事にはやりがいも感じてるけど、不安もあったというのが本当のところだったんでしょうね。

「廃業しているところがほとんどで、組合もないので」なんとも寂しい摺師の現実

続いて、検察官からの質問。
検察官「取り調べでは工房の経営も厳しかったと。2008年当時、毎月銀行に返すお金はいくらでした?」
H被告人「覚えてませんが、50万円とか」
検察官「I被告人からの収入はその足しになればいいと思ってた?」
H被告人「そうですね」
検察官「I被告人からの仕事って、工房での依頼の何割くらいだったんですか?」
H被告人「8割近かったと思います」

これだけ技術のある職人さんの工房を支えていたのは、著作権法違反の複製の依頼だったとは。

検察官「さっき弁護人の質問で、依頼される数が多くて変だと思ったと。何故変なの?」
H被告人「これだけ作ってどんな用途なんだろうと不思議でした」
検察官「I被告人に“売ってたんですか”って言ったということですけど、画商なんだから売ることも考えられますよ。販売しないでくれるといいなと思ってた?」
H被告人「そういう主旨もあります」

検察官としては、I被告人が他の依頼主よりも枚数が多くて、「売ってたんですか」の一言は薄々気づいてたから出たんだと言う結論のようです。

検察官「2008年から複製を続けて、断ろうと思ったことはないですか?」
H被告人「う~ん…こちらから、仕事ないですかと訊いたことはないです」
検察官「同業の工房にどうなのかと相談することはなかったんですか?」
H被告人「なかったですねぇ…。廃業しているところがほとんどで、組合もないので」

なんとも寂しい摺師の現実を知らされたところで、検察官の質問は終了です。

収入と葛藤した職人としてのプライド

最後は裁判官から。

裁判官「共シールって何ですか?」
H被告人「額の裏に貼って、その先生の作品を証明するシールです」
裁判官「『白馬の森』にはどんな共シールを貼ってました?」
H被告人「10cmくらいの紙に明朝体で、白馬の森とか書いてました」
裁判官「そこに“アトリエMMG”って文字がありますけど、あなたの工房は“アトリエMMG”じゃないですよね?」
H被告人「Iさんからの依頼で、今までは近所の印刷所でやってたけど、ついでにやってと言われて」
裁判官「いやいや…共シールって、リトグラフをどこで作ったかの表記でしょ。それをコピーすることってあるんですか?」
H被告人「ないと思います」
裁判官「あなたが抱いていた疑念だって、こういう共シールを作らされる前からあったんじゃないですか?」
H被告人「そうですね、はい」

共シールのコピーを当たり前に作っていたのも問題だったのではないかと指摘。最後に、

裁判官「職人として、オリジナルの作者、画家に対して問題あるなという気持ちは持ってたんじゃないですか?」
H被告人「…少しはありました」

と、述べたところで被告人質問は全て終了。この後、検察官は懲役2年と罰金100万円という求刑を行いました。

最終陳述でH被告人は、

H被告人「好きでずっとやってきたんですが、こういう結果になってしまいました。大変悔やんでおります」

と述べたところで初公判は閉廷。

この初公判から1カ月半後の8月5日に判決が言い渡されました。結果は懲役2年執行猶予3年と罰金100万円。

判決理由としては、疑問を持ちながら複製を続けていたのは責任があるというもの。ただ、“真作と見分けがつかないほど精巧な版画”と裁判官がH被告人の技術を評価していたのは、職人としてリスペクトはしてたのかなぁと思えた一文でした。

以前行われたI被告人の公判も傍聴してはいるんですけど、版画の仕事も続けたいと思っていたH被告人のやる気を搾取する犯行なのかなぁと感じました。

全く版画の世界を知りませんでしたが、デジタルプリントではなくリトグラフの大変さを知った上で版画を観賞しようと思ったのでした。


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