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アフガン情勢は「アメリカ衰亡の象徴」ではなく「中国の野望を封じ込める好機」を示している【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(20)
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  • 2021.08.20
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アフガン情勢は「アメリカ衰亡の象徴」ではなく「中国の野望を封じ込める好機」を示している【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(20)

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アフガニスタンからの米軍撤退に伴って、首都カブールで起きた混乱は世界中の人々に、それぞれの立場なりの衝撃を与えました。

「空港から飛び立つ米軍機にしがみつき続けた人々が結局どうなったのか」などと考えてネット検索するだけで、生々しい現地の映像がいくらでも飛び込んでくる現代という時代の残酷さを考えざるを得ません。犠牲者のご冥福をお祈りします。

ベトナム戦争の最末期の1975年の「サイゴン陥落」を世界中の人に想起させる衝撃的な映像がかけめぐったために、世間の印象としては、これは「アメリカの時代の終わり」を表しており、これからは多極化の時代、特にタリバンとも友好関係を持っているとされる中国をはじめとして、

「欧米社会が提示する価値観と秩序に“挑戦する側”の時代が来る」

という印象を持つ人も多いようです。

さっそく、中国共産党政府傘下のメディアとして知られる『Global Times』が「アメリカはアフガニスタンを見捨てた。次は台湾も見捨てるぞ」という揺さぶりをかける英字記事を配信していたことが話題になっていました。

しかし今回の記事は、色々な理由から考察し、

・今回の事件が「欧米的価値観と秩序の終わり」には“ならない”

・むしろ「中国の野望」を封じ込めるための好機にすらなる

・その「新しい情勢」において私たち日本人の果たす役割は大きい

ということを話したいと思います。

特に最近、中国ジャーナリスト福島香織氏の『習近平 「文革2.0」の恐怖支配が始まった』という本を献本いただいて読んだのですが、

最近の中国政府の強権的姿勢は、毛沢東時代の「文化大革命」と同じようなエネルギーを最新型のITと巨大化した経済の中で再現しているのだ…という見立て

が詳述されており、今まで考えていなかった視点を与えていただいた気がしました。

この記事は、その本を紹介しながら、先程の「サイゴン陥落」を含めた1970年代と現代との類似性を考察し、人類社会における「自由」とは何か?そして「アメリカ」というのはどういう存在なのか?そして「これからの人類社会へ日本が果たすべき責任」とは何か?といって課題について考える記事です。

アフガニスタン情勢はあまりにも状況が目まぐるしく変化し、衝撃的な映像も多数流れてくるので冷静な思考が難しいですが、過去の歴史的経緯も含めて捉えることで見えてくるものがあるはずです。

倉本圭造

経営コンサルタント・経済思想家

1978年神戸市生まれ。兵庫県立神戸高校、京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感、その探求を単身スタートさせる。まずは「今を生きる日本人の全体像」を過不足なく体験として知るため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、時にはカルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働くフィールドワークを実行後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングプロジェクトのかたわら、「個人の人生戦略コンサルティング」の中で、当初は誰もに不可能と言われたエコ系技術新事業創成や、ニートの社会再参加、元小学校教員がはじめた塾がキャンセル待ちが続出する大盛況となるなど、幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。アマゾンKDPより「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」、星海社新書より『21世紀の薩長同盟を結べ』、晶文社より『日本がアメリカに勝つ方法』発売中。

1:「サイゴン陥落」はアメリカ時代の終焉を表していたか?

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先程の『Global times』の記事を出すまでもなく、世界中の多くの人が今回の「カブール陥落」の映像から1975年、ベトナム戦争末期の「サイゴン陥落」を連想したでしょう。

必死に脱出する米軍輸送機と、それに追いすがる現地の人々が無下に見捨てられていく構図は、「サイゴン」の時も「カブール」の時も、直感的には「アメリカの時代の終わり」「アメリカの凋落」をイメージさせずにはいられない衝撃があります。

しかしここで考えてみてほしいのは、その「1975年」以降の世界は、

「アメリカ的価値観の終焉と、それに挑戦する共産主義陣営の勝利」

を意味したでしょうか?

確かに、「左翼系の知識人の頭の中」では結構大きな革命が起きて、毛沢東の思想が欧米のインテリの間でもてはやされて「資本主義はもう終わりだ!」という気分だけは広がりましたが、実際のベトナムやその周辺の共産主義諸国の間では、

・ベトナムはカンボジアと、そして後に中国を相手にその後も延々と戦争が続いた

・カンボジアでは世界史上類を見ないレベルで陰惨な粛清を行ったクメール・ルージュの圧政で社会がメチャクチャになった

・中国では毛沢東が「文化大革命」をはじめ、社会を強烈に統制しようとし、こちらも大混乱となった

といった悲しすぎる出来事がいくつも発生しています。

ここで細かく内容には触れませんが、よく知らない人は「クメール・ルージュ」にしろ「文化大革命」にしろ、まずはウィキペディア程度でいいので読んでみると、その強烈な陰惨さに胸が痛むことでしょう。

そして当時の“左翼的知識人”の少なくない人たちがこうした「反米でありさえすればなんでもいい」的な現象を褒め称える傾向にあったことは、「今後の世界」を考える上で忘れてはならないことだと思います。

一方で、サイゴン陥落以降「もう終わりだ」とされた西側諸国では、

・日本企業が世界の時価総額ランキングをほとんど占めるような経済の絶頂期となり、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」時代を迎える

・アメリカのレーガン政権は、ソ連との経済規模の格差が大きく広がったデータを基に勝算を持って軍拡競争を仕掛け、ソ連の疲弊を招き後の共産圏崩壊につながった

結果として、

「アメリカの時代の終わり」と左翼的知識人の間で持て囃された1975年から10年ちょっとも経てば、もう実際には「共産主義圏」全体が崩壊するような結果

になりました。

2:「自由を抑圧」し始めると、もうそれは行くところまで行くしかない

もちろん当時と今とでは状況が違う部分もあるでしょう。しかし、ここで歴史の教訓的に確認したいことは、

「自由」を抑圧し始めると、その「抑圧者」はどこまでも過激化せざるを得ない

という原則です。

アメリカの統治には多少なりとも不正なことがあったでしょう。

そして「革命を目指す正義の俺たち」は、「その許されざる不正を、当たり前の正義で置き換えるだけの、当たり前の行為をするだけなのだ」という思いで革命をやるわけですが、それは「大河の流れの中に柱を立てようとする」ようなものなんですね。

何の激しさもなく静かに流れているように見える大河でも、その中に「硬い構造物」を立てようとすると、巨大な質量の水圧がかかり、それに対抗し続けることが必要になります。

「目の前の不正」を正したいために「他人の自由を無理やり奪う」かたちを取ってしまうと、以降毎日のように発生する、あらゆる問題に関して常にその「権力者」が差配し続けなくてはいけなくなってしまう。

『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア(ネットフリックスで観れます)』において、人類が地球環境を汚し続けるからと巨大隕石(アクシズ)を落とし、人が住めない状態にすることで環境リセットを仕掛ける宿敵シャアに対峙する、アムロの印象的なセリフを思い出さずにはいられません。

「世直しのこと、知らないんだな。革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるからいつも過激な事しかやらない」
「しかし革命のあとでは、気高い革命の心だって官僚主義と大衆に飲み込まれていくから、インテリはそれを嫌って世間からも政治からも身を退いて世捨て人になる」

要するに、

「反米勢力」というのは「反米勢力であるうちが花」 

であり、まさに高杉晋作が言う「困難は共にできるが富貴は共にできない」の世界に今後ぶつかっていくわけですね。

「反米勢力」であるうちは、無責任にどこまでも高貴かつ居丈高にアメリカを攻撃していればヒーローになれます。世界中の一部左翼的知識人も応援してくれるし、アメリカと敵対している勢力(昔ならソ連、今なら中国やロシアなど)も支援してくれるでしょう。

しかし、「アメリカはもう手を引いてしまった」状態で、延々と「反米」だけを旗印に掲げ続けることはできません。これから彼らに期待される役割は、400万人もいるというカブール市民に毎日の食料と物資と電力と…を滞りなく届け続けることです。

今はタリバン政権も「穏健な統治」を標榜していますが、今後どうなるかの予想には個人的に非常に暗い予感しかしなくて胸が痛みます。

あの毛沢東ですら、最初は「百花斉放百家争鳴」などと、「みんな好きに批判していいよ。いろんな意見を持ち寄って良い国にしよう」とか言っていたんですよ。

しかし実際にあらゆる「批判」が噴出すると、「他人の自由を強烈に縛って成立している権力」はその「批判を受け止めること」との両立ができなくなって強烈にバグるわけです。

「強烈な弾圧をするか、政権崩壊するかの二択」

となった時に何が起きるか。

「果てしなく内戦が続くよりは弾圧の方がマシ」という状況すらありえそうなのが本当に難しい問題ですね。

特にタリバンの場合、一握りのリーダー層が穏健的な政策を望んでも、血の気の多い「戦闘員」たちの無邪気な正義感の暴走が大変な悲劇を生み出さないか、今から暗澹とした気持ちになります。

次ページ 3:「アメリカの影響の空白」に生まれる「自由抑圧の無間地獄」にすでに中国もハマっている

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