EVENT | 2021/08/07

ファスト映画、自己啓発オンラインサロンの人気に共通する「ファスト教養」への欲望。「古き良きコンテンツ」に勝ち目はあるか

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レジー
1981年生まれ。一般企業に勤める傍ら、2012年7月に音楽...

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レジー

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1981年生まれ。一般企業に勤める傍ら、2012年7月に音楽ブログ「レジーのブログ」を開設。アーティスト/作品単体の批評にとどまらない「日本におけるポップミュージックの受容構造」を俯瞰した考察が音楽ファンのみならず音楽ライター・ミュージシャンの間で話題になり、2013年春から外部媒体への寄稿を開始。著書に『夏フェス革命 -音楽が変わる、社会が変わる-』(blueprint)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア、宇野維正との共著)がある。
Twitter https://twitter.com/regista13
レジーのブログ(note)https://note.com/regista13

「はな恋」に登場する『人生の勝算』の絶妙さ

2021年上半期の大ヒット映画として多くの人に親しまれた『花束みたいな恋をした』(以下『はな恋』)。誰もが「自分の話」をしてしまいたくなるようなリアリティと、普遍性のあるストーリーとは対照的な固有名詞の洪水とも言うべき表現手法に、ラブロマンスのファンからいわゆる「文化系」まで様々なタイプの層が魅了された。

ちょうど先日そのパッケージがリリースされたが、筆者は映画公開中に本サイトにて「『花束みたいな恋をした』から考える、社会人になったら趣味を全部諦めなきゃいけないのか問題」という記事を寄稿し、カルチャー好きな若者から会社人間に変貌していく主人公の麦に対して「よりうまくやるための処方箋」を実体験を交えながら提示した。その際に「読むのをやめた方が良い本」としてピックアップしたのが、作中において麦が書店で手に取る前田裕二『人生の勝算』である。

なぜ読むのをやめた方がよいかは前掲記事を読んでいただくとして、本稿で触れたいのは麦が手に取る本としてチョイスされた『人生の勝算』の絶妙さである。学生時代には音楽や映画、小説といったカルチャーもしくはコンテンツを知ることで周りとの差別化を成し遂げようとしていた麦は、「ビジネスにおける成功譚(山あり谷ありの物語)」を紡いだ自己啓発書を通じて自身の価値を高めようとしている。麦の視界に入っている世界が大きく変わっていることをわかりやすく見せるシーンである(一方で、「本質的には変わっていないのでは?」というのも前掲記事の主題でもあった)。

前田裕二『人生の勝算』を編集したのは幻冬舎の社員でありながら自身のオンラインサロン「箕輪編集室」で多数の会員を抱える箕輪厚介。箕輪が編集者として関わった本としては他には堀江貴文『多動力』、田端信太郎『ブランド人になれ!』などがあり、また「箕輪編集室」では西野亮廣『革命のファンファーレ』をいかに売るかというプロジェクトも手掛けている。

ここで挙げたような固有名詞は、2010年代後半ごろから今に至るまでの「意識高い系」と呼ばれるゾーンにおける牙城とも言うべき存在である。ビジネスパーソンとしての力を高めることで、会社に依存することなく「自由」な生き方を実現する。そんなメッセージがビジネス書を通じて、またオンラインサロンという新たなコミュニケーション回路を介して影響力を増していった。

こういった言説とは、適度な距離をとりながら自分にとって必要なエッセンスのみを吸収するというような付き合い方ができれば特に問題はない。だがそうは言っても、極端なメッセージとオンラインサロンで刺激される承認欲求の組み合わせは時に暴走する。西野亮廣のオンラインサロンでは、あるサロンメンバーが西野が手掛けた映画『えんとつ町のプペル』の台本付きチケットの販売を通じて成長したいと80セット(24万円分)を自身の失業保険まで使って購入していたという事実が発覚し、「搾取ではないか」といった声があがった。

「ファスト映画」とビジネスパーソン向け「ファスト教養」の近似性

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ところで、ここ数カ月の間で、映画という娯楽に対する受容態度の変化を感じさせるテーマが注目を集めた。

「映画を早送りで観る人たち」の出現が示す、恐ろしい未来
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81647 

「ファスト映画」投稿者が初の逮捕、著作権法違反の疑いで
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2106/24/news078.html

いずれの話題も、「本来は2時間近くかけて」「ストーリーを味わいながら」楽しむというフォーマットを持つ映画をある意味で解体し、短時間のうちに結末さえわかればよいというスタンスにおいて共通している。

映像を早回しで再生する機能は以前からハードディスクレコーダーやDVD・ブルーレイの再生ソフトには実装されていたし、この現象そのものは必ずしもまったく目新しいものというわけではない。ただ、映像コンテンツが今まで以上に大量に存在し、かつ過去のアーカイブも含めて手軽に触れられる回路が整備されつつある時代に、そういったものを「堪能する」のではなく「消費する」態度がより広く受け入れられているというのは確かに検討に値するトピックだったように思える。

『「映画を早送りで観る人たち」の出現が示す、恐ろしい未来』の執筆者である稲田豊史は、この内容を掘り下げる形での連載企画を展開している。その中では、こういった行動につながる背景として、SNSにおけるグループ内のコミュニケーションで晒される同調圧力や、「オタクとしてのスペック」を得ることが目的化している現状について言及している。

本稿で稲田の論考に付け加えたいのは、「教養」という概念である。この10年ほどの間、「ビジネスパーソンは教養を持つべき」といった言説はますます力を増している。曰く、「AIが多くの意思決定を代行できる時代に、人間にしかできない能力を磨くべきである」「直接ビジネスに関係ない領域から学びを得ることが差別化につながる」「海外のビジネスエリートたちは歴史や文化、芸術の教養があって当たり前」などなど。

こういった「教養」の範疇には、いわゆるエンターテイメントも含まれてくる。事実、先ほど名前を挙げたような「インフルエンサー」はそういった領域との接点を前景化させているケースも多い。田端信太郎はSNSでたびたびPerfumeやハロプロに対する愛を語り、箕輪厚介に至っては自身のラップ曲もリリースしている。「やわらかい話題にも対応できる自分」というブランディングに対して彼らは積極的である。

ビジネスで実績を残しながら、カルチャーへの造詣もある。「インフルエンサーを目指す若者」にとって、一つの理想像だろう。そういう意味で、もしかすると『はな恋』の麦もそんなポジションを目指していたのかもしれない。では、麦のようなカルチャーに対するバックグラウンドを持たない人がその道を目指そうとしたら?

そのような人たちにとって、「映画の倍速再生」は心強い武器であり、「ファスト映画」は自分たちのニーズに合致したコンテンツなのではないか。欲しているのは「オタクとしてのスペック」ではなく「教養ある(硬軟織り交ぜた話題を展開できる)ビジネスパーソンとしての姿」。手間と時間をかけてカタログを追わなくても、今の時代に重視される価値観でもある「コスパ」を大事にしながら自身が目指すあるべき姿に近づくことができる。

手軽に映画のストーリーと結末に触れられるコンテンツを「ファスト映画」と称するのであれば、その本質は「ファスト教養」とでも言うべき「ビジネスパーソンの武器として使える知識を手軽に知る」という概念の出現にあるのではないだろうか。

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