FINDERS

社会人2年目から副業を始めた元大手金融機関出身ライターの話
  • BUSINESS
  • 2018.08.02
  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!

社会人2年目から副業を始めた元大手金融機関出身ライターの話

Photo By Shutterstock

安齋慎平

1985年福島県生まれ。東北大学経済学部卒。新卒で某大手金融機関に入るもウェブ業界へキャリアチェンジ。これまでライフハッカー[日本版]などのウェブメディアや、企業オウンドメディアなどで数々の記事を執筆。内閣府広報『Highlighting Japan』など、官公庁から依頼された記事も担当している。

私と副業

私は元々、新卒で金融機関に入社しましたが、社会人2年目だった2010年6月に「ウェブメディアでの連載」という形で副業を始めました。比較的早い段階から副業をスタートできたのではないかと思っています。

今でこそ副業がブームになっていますが、2010年当時、副業はタブーでした。ですから、社会人2年目の若輩者が、しかも金融機関に勤める人間が副業をしているというのはかなり珍しかったようで、ベンチャー界隈の人からのウケが良かった一方、レガシーな業界の人からは訝しい目で見られていました。特に私のいた金融機関は完全に後者だったので、当然社内でも干されてしまう羽目になるのですが、そのあたりは後述したいと思います。

社会人2年目から副業なんてできるの? と思う人も多いと思います。確かに当時はクラウドソーシングなんてありませんでしたから、副業するためにはあらゆる手段を講じる必要がありました。そんな、当時20代そこそこの若者の試行錯誤をご覧いただければと思います。

副業を始めるまでの紆余曲折~大学生編~

私は生まれも育ちも福島県。中学の頃からテレビが大好きで、大学は東京にあるどこかの大学に入ろうと思っていました。しかし、センター試験の点数の関係で仙台の大学に進学。大学では経営学を専攻しています。

元々、上京志向が強かったので、仙台に住んでいながらも何度も東京に出て来ていました。夜行バスで何度東京に来たことか…。この頃はブログにエッセイのようなものを書いていたので、東京のさまざまな街を見物する一方、企画書を持って都内の某出版社に飛び込み営業をしていました。基本的には受付で門前払いをされるのがオチ。運よく編集部の中まで入れたところもありましたが、「うちは持ち込みの作品、受け取ってないんだよね」と怒られる始末。もし東京の大学に通っていれば、365日出版社に出向いて企画書を見せに通うこともできたなあと、悔しさでいっぱいになりながら、帰りの夜行バスで仙台に帰っていました。

あまりにも編集部の相手にされなかったので、書くことへの情熱は完全に冷めてしまいます。そんな折、大学2年生の時にNHKの『ハゲタカ』というドラマを見て投資ファンド勤務に憧れ、金融機関を志すようになりました。就活では金融機関を中心に内定を貰い、その中でも国内の民間企業で最大規模の機関投資家である某金融機関に入社しました。今考えれば、この時にメディア関係の会社を受ければ良かったのですが、「金融に行けば親孝行ができる」「物書きでは生活できないだろう」という田舎独特のマインドセットに囚われていたので、この時はメディアの道に進みませんでした。

副業を始めるまでの紆余曲折~社会人編~

社会人になり、晴れて上京することができました。苦節23年です。夢にまで見た東京での生活でしたが、喜ぶのも束の間、新卒で配属された部署は希望通りのところではありませんでした。しかも、なぜか本体ではなく子会社への出向。新卒で出向するというのは当時としては衝撃的で、やる気も完全に無くなってしまいました。

それが態度にも出ていたのでしょう。新人が与えられるはずの仕事もやらせてもらえず、完全に干されてしまいます。ほどなく自分の席も、自分の部署からはるか遠くにあるパートナー企業が集まっている場所に引越しになります。子会社のプロパー社員たちからは「出向して、また出向だねえ」とからかわれてしまいました。

仕事も無くなったので、大学時代から書いていたブログを始めます。これが思いのほか楽しく、勤務時間中はずっとブログネタばかり考えていました。「なぜオフィス街のランチの屋台にはガパオライスが多いの?」とか、「なぜ会議の時に、PDFをわざわざ印刷する必要があるの?」など、ネタはいくらでもありました。

そして副業へ

社会人2年目になり、「総務統括部(仮名)」という謎の部署に異動になります。要は総務の仕事をするセクションなのですが、資料をファイルに綴じたり、役員会議のお弁当を買ってきたり、100人分の資料をコピーしたりと、いわゆる雑用を担当する部署でした。どれも楽な仕事ばかりでまさに天国でした。特に役員の方向けのお弁当を買ってくる仕事は楽しく、オフィスビルの近隣にあるお弁当屋さん・飲食店などを研究し、美味しいお弁当を探求していました。

そんなことをしているうちに、転機が訪れます。なんと、大学の12歳年上の先輩が、某大手ニュースサイトに連載を持っているという事実を知ったのです。これはチャンスだと思い、さっそくその先輩に連絡を取ってみることにしました。その先輩は「最初からいきなり連載は難しいと思うから、私の連載記事の中で『ミニコーナー』を始めたらいいんじゃない?」と快く私に書く機会を与えてくださいました。文章を公開できるスペースを手に入れた私は、そこで「家電やガジェットなど、新商品の新しい使い方をブレストしてみた」というコラムを書き始めます。

そのミニコーナーで実績を積んでいくうちに編集部の目に止まり、編集部の方々と面接をする運びとなりました。周りの執筆陣は当時30~40代のバリバリのビジネスパーソンか専門家ばかり。会社でお弁当の買い出しばかりをしている、社会人2年目の私には場違いな気もしましたが、面接後見事合格し、正式に私の連載がスタートします。大学の頃に潰えた物書きの夢が、ここでようやく実現することになるのです。

新卒2年目で退職

連載がスタートしたのは2010年6月(社会人2年目)のことでしたが、4月~10月の6カ月のアクセス数を集計した「上半期アクセス数ランキング」では、見事1位を獲得しました。この頃になってくると、お弁当を買ったりコピーを取ったりするだけでスキルが蓄積されないであろう総務統括部にいるよりは、ウェブライティング業界に飛び込んだほうが成長できるのではないかと思うようになります。30歳を過ぎてリストラされるなら、早いうちに「手に職」を付けておいた方が良い。そう思った私は、2010年12月31日付けでこの金融機関を退職しました。余談ですが、出向者の場合、子会社に退職願いを出すと一瞬だけ本社人事部付けになり、即座に退職になります。入社当初から子会社にいた私にとっては、僅かの期間であっても本社に居られたことが今も誇りです。

社会人3年目からウェブメディア業界へ

社会人3年目の時にウェブメディア編集部に転職します。ここでようやくウェブライティングを本業にすることができました。そこは現在でもグノシーやSmartNewsで目にする有名なメディアで、私はひたすらアクセス数を稼ぐ毎日。その後も転職を繰り返しながら、日経産業新聞にインタビューが載ったり、ラジオに出演したり、書いた記事がYahoo!ニュースに載ったりと、順調に実績を積み重ねていきました。ちなみにサラリーマン時代の最高月収は某大手人材紹介会社に所属していた時でしたが、その時の月収(額面)の倍以上を稼ぐようになり、今に至ります。

副業をするために心がけること

私のように副業を始めてみたいという方のために、副業をするために心がけることをまとめてみました。あくまでも私自身の経験から来るものなので、参考程度に読んで頂ければと思います。

・就業規則の確認

当たり前ですが、まずは副業が認められているのか、会社の就業規則をチェックしましょう。ちなみに私の場合ですが、2010年当時、ブログメディアは今ほど知名度がなく、部長も課長もおそらく理解していなかったので、特に何も言われませんでした。今はウェブメディアが認知されてきているので、注意した方が良いかもしれません。

・時間の確保

私の場合、平日も暇でしたが、一般的なビジネスパーソンは平日に副業をする時間は取れないのではないかと思います。そのため、土日を有効活用しましょう。例えば私の場合、北海道に取材に行った時は、日曜の午前中に羽田空港から飛行機で新千歳空港に飛んで、その日の21時頃に羽田に帰ってくるという旅程を組んでいました。沖縄取材の時も、通常の土日を使っていました。

・会社にバレても開き直れるか

会社にバレるといろいろと面倒です。特に社会人2年目くらいの若造がニュース系ウェブメディアで連載を持っているとなれば、中堅・役付の社員にとっては「本業に集中しろよ」となるに決まっています。堅い会社ほど印象が悪いです。ちなみに私は社会人1年目から干されていたので出世欲も無く、忖度する必要性も無かったので堂々と本名で記事を書いていました。

最後に

2010年、私は金融機関に見切りをつけて去っていきました。当時「もったいない」とか「こらえ性がない」とか言う人も中にはいましたが、そういうことを言っていた人に限ってリストラされたり、所属している会社が経営不振に陥ったりしています。特に銀行はこれから厳しい時代が来るのではないでしょうか? 私があのまま干され続けてスキルも付かないままリストラされていたら…と思うと、思わず背筋が凍ります。どんなキャリアが正解かはわかりませんが、とりあえず私は自分の得意なことを武器にして、平均以上の収入を貰いながら楽しく生活しているということだけ記しておきたいと思います。


  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!
  • 株式会社映像センター
  • 株式会社映像センター

SERIES

  • 松崎健夫の映画ビジネス考
  • 遊ぶように働く
  • アフリカンジャパニーズ・ビジネス周遊記
  • 旅する技術屋
  • FINDERSビジネス法律相談所
  • Road to 2020 スポーツ×テックがもたらす未来