FINDERS

『花束みたいな恋をした』から考える、社会人になったら趣味を全部諦めなきゃいけないのか問題
  • BUSINESS
  • 2021.03.10
  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!

『花束みたいな恋をした』から考える、社会人になったら趣味を全部諦めなきゃいけないのか問題

個人的体験:文化系社会人の処世術(と自己防衛)

©️2021『花束みたいな恋をした』製作委員会

筆者は総じて『はな恋』については好意的であり、またいわゆる「カルチャーが好きな人間」としていろいろな意味で共感できるポイントがあったのだが、「麦はもっとうまくカルチャーと付き合えなかったのだろうか」という問いは映画を観てからしばらく自分の心に残っていた。

今作で描かれている「社会の波に呑まれるカルチャー好きの若者」の姿はなかば戯画的ではあるが、「会社に入るとカルチャーとの距離を保ちづらくなる」というのは一部の業界を除いては一種の「あるある」だろう。麦や絹の趣味が理解できる人であれば、“家で「クロノスタシス」を聴いていても会社関係のカラオケでは「RPG」や「キセキ」(ともに2人が出会う直前の「馴染めないカラオケの空間」で歌われている)を合唱しないといけない”というようなシチュエーションに程度の差はあれ遭遇しているはずである。

冒頭で述べたような「固有名詞を巡る線引き」についても、会社ではワークしないことが多い。筆者自身、これに関してはいくつか失敗談がある。転職後まもないタイミングで職場の先輩たちとランチに行った際、何気なく音楽の話になった中でシニカルな冗談のつもりで「今は〇〇(熱いメッセージが支持された3人組)が人気じゃないですかね」と言ったところ「確かに〇〇はいいよね!」と話が盛り上がってしまった。プロジェクトの打ち上げでメンバーが言っていた「〇〇(歌唱力を売りにしている2人組)が好きで結婚式で曲を使いました」という雑談に「言うほど歌えてないよねあの人ら」と思わず返してしまって変な空気が生まれたこともある。

さまざまな趣味嗜好の人たちが集まっている会社という場においてコンテンツに関する微細な「あり/なし」の基準など機能しないし、そういう環境に長く身を置いていく中でカルチャーに関する感度が鈍っていく…というのは仕事に取り組む過程で会社に「同化」しようとする真面目な人ほど陥る状況のように思える。

だが「カルチャーを捨てる」ことこそが「大人になる」、つまりは「会社でうまくやる」ことなのだろうか? 筆者はそうは思わない。直接的には2つの処方箋がある。中に仲間を見つけるか、外に活路を見出すか。

職場で自分の好きなことを折に触れて発信していると、意外と周りの席に座っている人たちの中に「カルチャー好き」が紛れ込んでいることがわかる。最初に配属された職場では、年次の少し上の先輩たちが連れ立ってフジロックに行くような人たちだったり(今よりもフェスが「ガチめの趣味」の時代だった)、チームリーダーが古いパンクに詳しかったりというのがひょんなことから判明した。転職後の職場では、社外で音楽ライターとして活動している人やトラックメーカーとして楽曲を発表している人との出会いがあった。彼らとのやり取りは、会社に属しながらもカルチャーとの距離を保つうえで大いに刺激になった。

この手の話は「たまたま職場にそういう人がいただけ」に過ぎないかもしれない。一方で、今の時代は会社の外で何かしらの情報をアウトプットしながら自分でコミュニティを開拓するのが確実に容易になっている。筆者自身、会社員を続けつつこうやってメディアで自説を披露する機会を定期的にいただくようになったのは30歳を過ぎてから、会社員になって10年近く経ってからだった(前述のライター活動をしていた同僚からの影響も大きい)。

趣味で始めたブログのバズを経て音楽ライターとしての活動を始めることになり、Awesome City Clubのメジャーデビュータイミングでの公式インタビューを担当するなどいろいろな経験をすることになったのは僥倖以外の何物でもないが、ネットでの発信が思わぬ方向に転がる可能性というのは現実的なものとして存在している。

「好き」をやめる必要はない

©️2021『花束みたいな恋をした』製作委員会

『はな恋』の舞台となった2010年代後半は、「働き方改革」という言葉が一気にリアリティをもって広がっていった時代でもある(絹の両親が勤める会社のモデルとなっていると思われる広告代理店で、若手社員が長時間労働を苦に自殺したことがそのきっかけとなっている)。副業を認める企業は増加し、歴史のある大企業や官公庁が副業前提でプロジェクトメンバーを募集するようなケースも目立つようになってきた。

「ライスワークとライフワーク」という言葉がある通り、食うための仕事はもちろん必要だが、それと並行して自己実現につながる仕事を行う(そういう仕事を作るために自身のリソースを投入する)ことが制度的にもインフラ的にもやりやすい時代になってきている。麦のように自身の労力のすべてを「ライスワーク」に投じるでもなく、もしくは絹のように「ライフワーク」起点で職場を選ぶでもなく、その間で両立を図る人たちがこの先より一般的になっていくだろう。

麦も絹も「まだ主流になっていない最先端のカルチャー」に触れている自負があったのであれば、そのアンテナを彼ら自身の生き方や働き方にも向けてほしかった。もっとも、麦はまだ前時代的な「会社人間」への足を踏み出してたかだか4年程度。社会に出るタイミングでそうやって熱に浮かされる瞬間はあるし、人生は長い。きっとまた、カルチャーに対して意識が向きそうな予兆に出会う瞬間があるかもしれない。その時には「そんなの遊びでしょ」と切り捨てることなく、自身の直感を大事にしてほしいと思う。そこにこそ、「ライス」と「ライフ」を両立させるヒントがあるはずである。

最後に、「カルチャー好き」であることを担保しながら「ライスワークとライフワーク」のバランスをとるべき日々腐心している40歳手前の人間として、僭越ながら麦にアドバイスさせていただきたい。

・仕事にやりがいや面白みを感じること自体は決して悪いことではない。そのために、いわゆる「カルチャー」から遠いところにある本から何かを得ようとするのも人生のある時期においては意味のあることなので、それもやめる必要はない。

・ただ、『人生の勝算』はやめておいた方がいい。根性論とキャラ戦略で現状を打破しようという考え方は、よほど肌に合う人以外は消耗して終わるだけである。どうせビジネス書を読むなら、もうちょっと「頭の使い方」に関するものを読んだ方が良い。

・『人生の勝算』を立ち読みするシーンは2017年の年末だったが、前年(16年)に出た『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門』などはどうだろうか。タイトルには自己啓発感のあるカジュアルな作りだが、「マーケティングとは?」「目的/目標の違いは?」「戦略/戦術の違いは?」などベーシックな話から始まって実践的な知見に触れられるのでおそらく当時の麦のコンディションにもはまるはず。

・パズドラしかやる気がない時も、音楽は聴いてみてほしい。最新のサウンドは刺激が強くて入ってこないかもしれないけれど、そういう時こそ古典的なロックやポップスに触れるとすーっと体に染み入ってきたりする。メンタルが平常に戻ったあとに、その時の体験が自分のリスナーとしての幅を広げてくれる。ストリーミングサービスには時代ごとにざっくりと作品のまとまったプレイリストがあるので、とりあえずそれを流しておけばよい。

・イラストについては、まずは過去のものでもいいのでSNSのアカウントを作って定期的にアップすべき。最初は身内からだけかもしれないが、少しでもリアクションがあれば再びペンを手に取るモチベーションになる。立ち上がり時は体力的にキツい部分があるはずだが、そこを乗り越えるとその活動自体が精神的な安定にポジティブに作用する。

・それが「仕事」になるかは運次第の部分もあるが、すでに「ライスワーク」を確保しているから焦る必要はない。とにかく「好きなことをやめない」というメンタリティを忘れないでほしい。

先ほど述べた通り、現在筆者がこの場でこうやって文章を書いているのは、30歳を過ぎたあたりでいくつかの幸運が重なった結果である。そしてその幸運に辿り着いたのは、学生のころから好きだった「音楽を聴くこと」「音楽を聴いて何かを考えること」をやめなかったからこそだった。自分の社会人生活を振り返ると、カルチャーとの距離感というのは必ずしも一定ではなかったが(会社の仕事や日々の生活の優先度が高かった時期もある)、関わりが薄くなってもゼロになることはなかったように思う。

全身全霊を捧げるような熱狂から距離をとることになってしまっても好きなことは続けられるし、年齢に応じた愛し方を考えるのもカルチャーに接する際の楽しみの1つである。『はな恋』を見たカルチャー好きの若い方々は、ぜひともその時々に応じた向き合い方をマイペースに見つけてほしいと思う。


花束みたいな恋をした
2021年1月29日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか、全国公開
配給:東京テアトル、リトルモア

< 1 2
  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!
  • FINDERS_twitter

SERIES

  • 大麻で町おこし?大麻博物館のとちぎ創生奮闘記
  • あたらしい意識高い系をはじめよう|倉本圭造|経営コンサルタント・経済思想家
  • ゲームジャーナル・クロッシング|Jini|ゲームジャーナリスト
  • 高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」|高須正和|Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development
  • 阿曽山大噴火のクレージー裁判傍聴|阿曽山大噴火|芸人/裁判ウォッチャー
  • 幻想と創造の大国、アメリカ