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【ネタバレ“ほぼ”なし】『シン・エヴァ』のような「わけがわからない話」を全力で作れる国、日本を誇ろう!【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(14)
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  • 2021.03.09
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【ネタバレ“ほぼ”なし】『シン・エヴァ』のような「わけがわからない話」を全力で作れる国、日本を誇ろう!【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(14)

3:東京という街がもたらす可能性

こういう「理屈じゃない地続きのもの」をそのまま大きな市場に展開できるナマのパワーという面で、東京という街を中心に動いている日本のカルチャーの可能性ってやっぱりあるな、と私は感じています。

最近、このFINDERSでの連載とは別の媒体で、私が経営コンサルタントとして触れる「東京という街での商売」の特異性について書いた記事が結構好評だったことがありました。

私のクライアントの中でも変わり種な、「一人アパレル事業」やら、「J-POPの作曲家」の仕事を見ていると、「こんなやり方でも成立するのか!」と思うことが多いです。

普通ならもっと、「わけがわかる理屈」でガチガチで武装してやるのが今の時代の「ビジネス」であるはずなのに、そうじゃなくて

「自分はこういう服が作りたくて、着て喜んでくれるお客さんがいると嬉しい」

というレベルの「リアルで純粋にパーソナルな感情」をそのまま表出することで、それでも「東京という街」の規模のパワーを利用して「なんとかなっている」例が多くある。

「理屈」ではない「推し・推される」的な関係の輪が直接的に重層的に積み重なることで、「わけがわからない領域をそのまま表出する」ことを守っている。

「わけがわかる理屈」で世界を埋め尽くしてしまおうとする一種のファシズム的エネルギーが世界を席巻している時代に、そしてその「わけがわかる理屈」だけで埋め尽くされてしまう世界への忌避感が、社会全体の巨大な分断を生み出してしまう大問題に直面している現状においては。

この「わけがわからないものを、理屈を介在させない直接的な感情の共有によって具現化」していく、東京を中心としてネットを通じて日本中、世界中の日本語話者をつなぐことで形成されていく共創のメカニズムこそが、言ってみれば「人類補完計画」的ななにかとして提示していくべきものなのだと私は考えています。

4:「政治的正しさ」と「コンテンツ」とのあるべき関係性

私は経営コンサルタントの傍ら「文通」を通じて色んな人の人生を考える…という仕事もしているのですが、最近深く話すようになったあるゲイの男性が、まさにこの記事を書いている途中に早速『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の感想を送ってくれて、こういうコンテンツについても現代においては大問題な「ジェンダー」「ポリティカル・コレクトネス」的な課題についていろんな話が聞けて非常に勉強になりました。

(余談ですが彼によると、“カヲルくん”的な存在は“腐女子人気”とは裏腹にゲイ男性にはほとんど人気がないことが多く、むしろ“ヴィレにいる腕にバンダナたくさん巻いていたオッサン”みたいなのが一番人気だろう…という話がとても意外に感じられて勉強になりました)

同じように、女性として、各種のマイノリティとして…と、いろんな「立場」からあらゆるコンテンツを批判していこうという動きは避けられない潮流としてあります。

エヴァンゲリオンはテレビシリーズ時代からネルフ司令室で働いている人の男女比も半々に近い感じですし、レズビアンのキャラクターもいるしで、そういう意味では「先進的」な部分もあったと思いますが、一番よく揶揄されるのが、「主人公シンジくんを取り巻くハーレム的展開」だと思うんですよね。

で、個々人としてはもちろん誰がどんな批判をしてもいいんですが、「ハーレム展開」自体が全部ダメっていうのも思想検閲的な感じがして嫌なんですよね。

むしろ、「ハーレム展開だってあっていいじゃん。逆に女の人をイケメンが取り巻くハーレム展開だってやったらいいじゃん」と思うし、その結果が日本ではいわゆる「乙女ゲーム」の世界観として日本では脈々と存在していたりする(乙女ゲーム世界観が独自の世界を生んでいる悪役令嬢モノという作品についてはこの記事を読んでいただければと)。

で、「シンジくん的ハーレム」と「乙女ゲーム的世界観(から派生した“悪役令嬢転生モノ”)」でも両方なんですが、「ハーレム」的に一箇所に話の軸をまとめることで、

ちゃんと「世界があらゆる個人にとって優しいものであってほしいと真剣に考える存在」

がいるところが、大事なポイントなんですよね。

むしろ、いわゆる「こういう属性が差別されている」的な視点だけから全てを断罪していく立場は、逆に言えば、「機会均等」のことしか考えておらず、そういう世界観全体が「アメリカンにものすごくアクティブな個人」以外の存在を無意識かつ徹底的に排除してしまいがちなのではないか?という疑問も湧いてきます。 「ハーレム」展開の中心人物がちゃんと「みんな」の事を考えて気配りをする(そういうことを考えすぎて問題が起きることも含めて)ことが、「今の世界のコンテンツの流行り」に対する補完的な志向となっているのだ…ということを「理解する」ところからはじめたいわけです。 だから「批判」自体はあっていいけど、目配りとして

「そこに独自文化がある時、それを支えている人たちがそれを通じて大事にしているものはなんなのか」についての敬意がちゃんとあることが前提条件

だよなと思います。

で、そういう「敬意」がない批判に対しては、SNSでも溢れるほどの悪口雑言が“対抗エネルギー”として投げ込まれる現状があるわけですが、まあそれが変な個人攻撃みたいになったら良くないというのはありつつ、現状においては、「独自文化圏への敬意のない振る舞い」の鏡の中の像にすぎないので、仲良く延々と押し合いへし合いを続けて拮抗させておくことが大事だと思います。

ただし、そうやって「ちゃんと尊重しあえない意見」はちゃんと排除しておくことが重要なんですが、一方で、ちゃんと全力でお金と労力をかけて大きなプロジェクトにしていくなら、「批判」はちゃんと重要部分に関しては通じているところがある。

たとえば「独自文化を尊重しあえるファン」であっても、

碇ゲンドウの野望って自分勝手すぎてキモくない?

って思ったことはない人も少ないくらいだと思うんですよね(笑)。

シンジくんの煮え切らない振る舞いに対してイライラするのは、「フェミニスト的女性」だけじゃない普通の感覚としてあるはず。

で、そういう「批判」は、ちゃんと話の中に反映されていくというか、

そもそも碇ゲンドウのキモい野望を思う存分キモく描ききっているからこそ、そういう存在とどう対峙していき、どういう着地点を目指せば良いのかもわかる

アスカがシンジくんを一度は好きになった描写があるからこそ、彼のどういう部分にアスカが苛ついているのかを明確に描くことができるし、二人の関係が今後どうなるかをそれぞれ描くこともできる わけですよね。

この記事はネタバレ禁止前提で書いているので、より深い話はもうひとつの「ネタバレ有り版のシン・エヴァンゲリオン感想note」を読んで頂きたいのですが。 アスカとシンジの関係はどうなるのか? シンジとゲンドウはいかに対峙していくべきか? みたいなことは、「理屈で詰めずに徹底的にあらゆる個人の妄想をナマに炸裂させていった先」で、その「キャラクター自体の自律性」の結果として見いだされていくべきものであると私は考えています。

以下の図は私は7年前ぐらいから著書で使っている図なのですが、

「わけがわかる理屈」だけで全てを切ろうとして、「割り切れない余り」の部分が排除されて扱いきれない巨大な問題になってしまっている現代人類社会においては。

むしろ「最後まで理屈を超えて有機的につながっている」部分を大事にし、東京を中心とする経済圏をゆりかごとして、「わけがわからないものをわけがわからないまま」具現化していく私たち日本人の果たすべき役割も大きいはずです。

FINDERS連載の「「日本はなぜ冷戦時代に繁栄できたか」から考える、イデオロギー対立の無意味さ」という記事で昨年末書いたように、20世紀米ソ冷戦の時代、「二つのイデオロギー」という「わけがわかる話」だけで切ろうとして混乱する世界のハザマで日本が世界一の繁栄の時代を引き寄せられたように、21世紀の米中冷戦の時代にも同じことができると私は考えています。

「わけがわかる話」だけで全てを支配しようとするファシストたちに負けず、「自分たちが楽しいと感じるもの」を徹底的に本能的に選び取っていきながら、「わけがわからないカオスの先にある調和点」を堂々と掲げて生きていきましょう。

エヴァンゲリオンという物語をここまで長い間脈々と育て続けてきた関係者の方々、今回作品に参加された世界中のクリエイターの方々、そしてパチンコやグッズも含めた展開を「支え」続けてきたファンの方々に敬意を表します。

「シン・エヴァンゲリオン劇場版」に関する「ネタバレ有り」のより詳細なレビューはこちらのnote記事をどうぞ。特に批判されがちな「ハーレム展開」についてどう考えるべきか書いています。

感想やご意見などは、私のウェブサイトのメール投稿フォームからか、私のツイッターにどうぞ。記事中でも書いた「文通」に興味があればこちらへ。

連載は不定期なので、更新情報は私のツイッターをフォローいただければと思います。

この連載の趣旨に興味を持たれた方は、コロナ以前に書いた本ではありますが、単なる極論同士の罵り合いに陥らず、「みんなで豊かになる」という大目標に向かって適切な社会運営・経済運営を行っていくにはどういうことを考える必要があるのか?という視点から書いた、「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」をお読みいただければと思います(Kindleアンリミテッド登録者は無料で読めます)。特に今回の連載記事の内容が「そのままもっと深く」書かれているといって良い本で、「経営コンサルタント」的な視点と、「思想家」的な大きな捉え返しを往復することで、無内容な「日本ダメ」VS「日本スゴイ」論的な罵り合いを超えるあたらしい視点を提示する本となっています。


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