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就任3日間で30の大統領令に署名。バイデン政権の「後片付け」が始まった(2017年のトランプはどうしていた?)【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(22)
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  • 2021.01.28
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就任3日間で30の大統領令に署名。バイデン政権の「後片付け」が始まった(2017年のトランプはどうしていた?)【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(22)

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渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott

エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者

兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)など著書多数。翻訳書には糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経ビジネス人文庫)、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)など。最新刊は『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)。
連載:Cakes(ケイクス)ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。

オバマとトランプ、正反対だった就任式の対応

2021年1月6日に暴徒が乱入した議会議事堂内の下院議長の部屋にあるバルコニーから眺めたナショナル・モール(2017年10月筆者撮影)。下院議長の部屋は一般人の入場は禁止されている。

アメリカでは、選挙の結果が明らかになったら敗北者はそれを受け入れて敗北宣言をするのが慣わしだ。通常はそこで選挙陣営や支持者をねぎらい、勝者にエールを送る。ジョージ・W・ブッシュとアル・ゴアが戦った2000年の大統領選は、フロリダ州での約6百万票のうちたった537票が勝敗を決めるという例外的な選挙だった。これは誤差レベルの数字なので徹底的な票の数え直しを求めるゴア陣営とそれを阻止しようとするブッシュ陣営の間で政治的な駆け引きが行われた。全米レベルではゴアが獲得した票のほうが多かったので、ゴアにとっては納得できないことだっただろう。それでも、12月にフロリダの結果が公式に承認された時、ゴアは敗北宣言を出した。そして、ゴアが副大統領を務めたクリントン政権は2001年1月に平和的にブッシュ政権に移行した。

このように、特に大統領選挙では、対立する党と候補がどれほど激しく戦っても、平和的に政権が移行するのがアメリカらしさであり、アメリカ人の誇りでもあった。

それらを変えたのがドナルド・トランプ前大統領だった。証拠がないのに不正選挙を訴え、訴訟のすべてを裁判所から却下され、ジョージア州では彼を支持してきた共和党の知事や州務長官からも「不正選挙はない。大統領は間違っている」と言われたにもかかわらず、最後まで敗北を認めようとせず、知事や州務長官への激しい批判を繰り返した。その結果、知事らはトランプ支持者から脅迫されるようになった。

そのような荒れた雰囲気の中、1月6日にジョー・バイデン次期大統領就任を正式に認定する上下両院合同会議が開かれた。トランプは支持者を集めて抗議集会を行い、そこで選挙が盗まれたと主張し、「我々は戦う。死にものぐるいで戦う。死にものぐるいで戦わなければ、国はなくなってしまう(we fight. We fight like hell. And if you don’t fight like hell, you’re not going to have a country anymore)」と支持者を鼓舞した。その後に起こったのが、5人の死者を出した議会議事堂の襲撃事件だった。民主党のナンシー・ペロシ下院多数派院内総務だけでなく、選挙結果を覆す試みを拒否してトランプから強く批判された共和党のマイク・ペンス副大統領も暴徒の主要ターゲットだったと報告されている。

これまで従順にトランプを支持してきたペンスは、自分の命が狙われた事件でようやくトランプの危険性に気づいたようだ。トランプは「次期大統領の就任式に出席して、政権移行のセレモニーをする」という歴代の大統領が果たしてきた役割を放棄して就任式には欠席したが、ペンスはトランプの退任式に欠席し、バイデンの就任式に出席した。

これら一連の出来事は、私個人にとっても皮肉な体験だった。というのは、トランプが大統領に就任した2017年の11月に、共和党のストラテジストをしている知人の招待でホワイトハウスを訪問したことがあるからだ。

その時にホワイトハウスを案内してくれた行政管理予算局の責任者であるホイットニー・ニコルス・アンダーセンさんは、私たち夫婦がリベラルであることを承知のうえで親切に対応してくれた。オバマ政権からトランプ政権に移り変わったときの引っ越しの大混乱をユーモアまじりに語り、そのうえで「選挙でどんなに激しく戦っても、政権の入れ替わりは非常に平和的です。これができるのがアメリカ合衆国なのだと、しみじみ感動しました」と誇らしげに胸を張った。

ホワイトハウスを案内してくれたホイットニー・ニコルス・アンダーセンさん(筆者撮影)

トランプ大統領までは、それが伝統であり、事実だった。トランプはオバマ大統領に対して「アメリカ人ではない」という陰謀論を広め、それ以外にも毎日のようにツイッターでオバマ批判を繰り返してきた。それでも、オバマ夫妻は伝統に従って大統領選挙後にトランプ夫妻をホワイトハウスの公邸に招いて親切に案内した。オバマ政権はトランプ政権に対してこのように平和な入れ替わりを与えたのに、トランプはバイデン政権に対して自分が受けた恩義を返さなかった。

バイデン夫婦はホワイトハウス公邸に招かれなくてもまったく気にしていなかったと思うが、トランプの言動は国と国民の安全に影響を与える積極的なものだった。彼と彼を強く支持する共和党議員が証拠もなしに「不正選挙」を訴え続けたために、本当に不正があったと信じる米国民が増えた。また、トランプは政権がスムーズに移行するのを積極的に妨害した。去年12月末になってもトランプ政権の国務省や国防総省の移行チームはバイデン新政権に対して国防や外交などに関しての重要な情報を与えようとしなかった。また上院の多数党である共和党は、バイデン次期大統領が指名した(上院の承認が必要な)23人の閣僚と閣僚レベルの高官の承認手続きを始めようとしなかった。

就任から3日間で30もの大統領令に署名したバイデン

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トランプ政権による新型コロナウイルス感染症のコントロールの失敗により、アメリカの感染者数と死亡者数は他国に比べてもさらに深刻な状況になっている。それが経済にも大きな影響を与えており、たとえパンデミックが収まっても回復には時間がかかるだろう。私の知人の経営者は、自腹で社員への給与を払い続けたが、それが維持できなくなってついに大幅にビジネスを縮小した。こういったことがアメリカ中で起こっている。

かつてないほどの難問の数々を引き継ぐバイデンは、承認された閣僚と閣僚レベルの高官がゼロのまま新政権をスタートすることになったのだ。これは、国防の危機でもある。

アメリカ国民にとって幸運だったのは、バイデンが「長い経験を持つ実務的な政治家」だったことだ。29歳の若さで連邦上院議員に当選したバイデンはオバマ政権で副大統領を8年務めた。78歳という最も高齢の大統領になるまでの48年間で政治家でなかったのは引退していたトランプ政権の4年だけだ。その4年間の国家機密情報は欠けているが、政府がどのように動くのかは知り尽くしているから、引き継ぎがなくても初日からの仕事を緻密に計画することはできた。

新しい上院の議席は民主党と共和党が50対50で真二つに分かれているが、副大統領のカマラ・ハリスが決定票を持つので、民主党がかろうじて多数党になる。民主党が多数党になった上院は就任式から3日間でアブリル・ヘインズ国家情報長官(DNI)とロイド・オースティン国防長官の就任を承認した。

また、バイデンは就任から3日間で30の大統領令(行政命令と覚書を含む)に署名した

議会の承認を得なくても政策を実行できるのがこの大統領令であり、アメリカ史上最も有名なものはエイブラハム・リンカーン大統領による「奴隷解放宣言(The Emancipation Proclamation)」だ。国立憲法センター(National Constitution Center)によると、大統領が大統領令を使うのは初期には稀なことで、ジョン・アダムスとトーマス・ジェファソンは任期中に7つしか発令しなかったという。これまで最も多くの大統領令を出したのは、12年の長い任期の間に世界恐慌と第二次世界大戦を経験したフランクリン・ルーズベルト大統領で、3522もの大統領令を出したということだ。1期きりだったトランプは204、オバマは2期の間に276、ジョージ・W・ブッシュは2期の間に291の大統領令を出した

バイデンが初日に出した17の大統領令のうち9つは、キーストーンXL(カナダから米中西部まで原油を運ぶパイプライン)建設認可取り消し、イスラム教徒が多い国からの入国禁止を撤廃、パリ協定再加入、世界保健機構(WHO)復帰、「国境の壁」建設の中止、といったトランプによる政策を覆すものだった。バイデンが最初の3日間に出した大統領令は環境保護、移民、新型コロナウイルス対策に関するものが中心であり、新政権が優先することが読み取れる。

バイデンが指名した閣僚と高官も、人種、宗教、性など多くの意味で史上最も多様性がある。既に上院で承認されたオースティンは黒人として初めての国防長官であり、保険社会福祉省次官補に指名されているレイチェル・レヴィンが承認されればトランスジェンダー初の高官が誕生する。

トランプはいくつもの主要な科学機関の長に気候変動懐疑論者を任命し、新型コロナウイルス対策でも専門家を信頼しない「アンチ科学」の立場が明らかだった。だが、バイデンは人事と政策を通じて「エビデンスを根拠にした科学を信じる」姿勢を明らかにしている。科学技術政策局(OSTP)局長の地位を閣僚レベルに引き上げ、ヒトゲノムの研究で有名な遺伝子学者のエリック・ランダーを指名した。また、国家安全保障会議に気候変動に専念する「気候問題担当大統領特別特使」を新設してジョン・ケリー元国務長官を指名し、パンデミックに対応するタスクフォースも設けた。また、トランプ政権の元で言動を制圧されてきたアメリカ国立アレルギー・感染症研究所所長のアンソニー・ファウチ博士をタスクフォースにとどまらせ、主任医療顧問に任命した。そして、復帰したばかりのWHOのアメリカ代表にも選んだ。

次ページ:2017年、就任直後のトランプは何をしていた?

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