CULTURE | 2021/01/08

「トランプの陰謀論」が今なお5000万人を魅了するワケ。『白人ナショナリズム』著者、渡辺靖に訊く

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新型コロナウイルスがもたらす世界的な異常事態の中行われた2020年のアメリ...

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新型コロナウイルスがもたらす世界的な異常事態の中行われた2020年のアメリカ大統領選。選挙運動中からドナルド・トランプは「不正選挙」の可能性を示唆し、それに伴ってさまざまな憶測がインターネット上を飛び交うこととなった。

トランプの主張には確たる証拠がなく、「単なる陰謀論である」という批判を浴びたが、トランプとその支持者は考えを改める気配がない。お互いが客観的なエビデンスを持ち寄って話せば最終的には分かり合えるはず、というコミュニケーションの前提が揺らいでしまったかのようだ。

オカルトや都市伝説の一ジャンルだった「陰謀論」が世界政治の中心に躍り出てしまった今、私たちは違う考えを持つ他者とどうやって向き合っていくべきか。アメリカで草の根的に拡大する「白人の権利を守れ!」という政治運動を調査した『白人ナショナリズム』(中公新書)の著者、慶應義塾大学SFC教授の渡辺靖氏に聞く。

聞き手:張江浩司・神保勇揮 文・構成:張江浩司

渡辺靖

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慶應義塾大学SFC教授。1967年(昭和42年)、札幌市に生まれる。97年ハーバード大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。オクスフォード大学シニア・アソシエート、ケンブリッジ大学フェローなどを経て、99年より慶應義塾大学SFC助教授、2005年より現職。専攻、現代アメリカ論、文化政策論。2004年度日本学士院学術奨励賞受賞。著書に『アフター・アメリカ』(サントリー学芸賞・アメリカ学会清水博賞受賞)、『アメリカン・コミュニティ』『アメリカン・センター』『アメリカン・デモクラシーの逆説』『文化と外交』『アメリカのジレンマ』『沈まぬアメリカ』『〈文化〉を捉え直す』など。

「反エスタブリッシュの救世主」として4年間ブレなかったトランプ

渡辺靖氏

ーー 選挙人投票が終了してもなお、トランプは「選挙に不正があった」として敗北を受け入れていません(その後、日本時間1月8日に敗北宣言とも取れる映像をTwitterに投稿した)。米国議会では現在何が起こっているのでしょうか?

渡辺:選挙人投票では、バイデンが過半数(270票)を超える306票を獲得しました。1月6日の深夜に連邦議会上下両院がこの結果を承認しました。

当日、トランプが支持者に議会に抗議に出向くよう指示し、一部が議事堂内に乱入、犠牲者も出てしまいました。トランプとすれば選挙結果を受け入れないよう共和党議員に圧力をかける狙いだったかもしれません。しかし、結果的に騒乱を助長してしまったことは否めません。さすがにペンス副大統領やマコーネル上院院内総務も騒乱を糾弾しました。マコーネルは「選挙で敗れた側がこうした行動を取るならアメリカの民主主義は『死のスパイラル』に陥る」と述べていましたが、これまでトランプと足並みを揃えてきた議員の中には、これ以上、トランプに同調するとマイナスになると判断する者も出てきて、党内のエスタブリッシュメント(主流派)を中心にトランプ離れに拍車がかかった格好です。

ーー トランプはそもそも巨万の富を築いた実業家ですし、名誉欲という意味では大統領の地位まで上り詰めました。ここまでして陰謀論的とも言える不正選挙疑惑を喧伝することの目的が見えてこないのですが、どうお考えですか?

渡辺:究極的な目標は誰もわからないとしても、おそらく彼の今までのキャリアを考えるにつけ、あらゆる物事で負けるということが耐え難いことなのだと思います。そして、常に周りの注目を集めたいという承認欲求も強い。誰にも負けるはずがない自分が今回、アメリカのみならず世界が注目する勝負で負けてしまった。その屈辱感は私たちの想像以上なのでしょう。

もう一つは、次の大統領選挙でバイデンを打ち負かして、自分の主張が正しかったと証明するための布石を打っているとも考えられます。今回トランプは約7400万票集めて、しかも投票者のうち少なくとも7割が「選挙に不正があった」と信じているとの調査結果もあります。つまり5000万人以上もトランプの熱心な信者がいるということです。彼がもし2024年の次回大統領選に立候補すれば、少なくとも今のままだと共和党内の指名は受けられるでしょう。もし対抗馬が出ても叩き潰されてしまう。そうした状況で敢えてトランプに挑もうとする共和党員は多くないはずです。自らが立候補しなくても、トランプファミリーの誰かでも、自分に忠実な共和党員でもいい。上下両院の合同会議で選挙結果に異議を唱えた議員にはそうした打算も働いていたと思います。

1月20日にホワイトハウスでバイデンが就任宣言を行いますが、前大統領も列席するのが通例です。しかし、トランプはそれに合わせて別の場所で出馬宣言、もしくはそれに準ずる集会を開くのではとも言われています。

そして、最終的には「エスタブリッシュメントに食い物にされたアメリカを救った救世主」として歴史に名を残したい、という承認欲求があるのかもしれません。

ーー とてもヒロイックなセルフイメージですね。

渡辺:「今までの政治家は選挙期間中はもっともらしいことを言っても、当選したら結局エスタブリッシュメントになってしまう」という不満がアメリカ国民にあった。しかし、トランプは違った。この4年間、大統領として愚直なくらい姿勢がブレなかった。

リベラル派はトランプの発言の中身にこだわりますが、白人ブルーカラーやキリスト教保守派などの支持者は「自分たちのために戦ってくれている」という姿勢そのものを重視している。「トランプはブレないし、自分たちを裏切らない」という確証を得た。だからトランプが「この選挙はインチキだ」といえば、その発言になびく人もそれだけ多いのだと思います。

そもそも、支持者と批判者ではトランプを見つめる眼差しが違うし、アメリカ社会に関する現状認識も全く噛み合っていない。新型コロナの捉え方や、マスク着用の是非に関しても違います。Black Lives Matterに関しては、トランプ支持者は治安問題だと捉える一方、批判者は人種差別問題だと考える。アメリカ国内の問題に限らず、国際社会をめぐる認識についても同様です。

バイデンの就任式に合わせて何かしらの集会を開くとすれば、、実質的に「もう一つのアメリカ」があることを示す狙いがあるのでしょう。大袈裟に言えば「トランプ王国」の建国宣言です。

ーー 確かに、信者が5000万人もいれば「トランプ王国」の建国も非現実的とは言い切れませんね。

渡辺:今後、5000万人の支持者に向けて新しいメディアを立ち上げるのではないか、との見方もあります。後々子どもたちに引き継いで企業化するのか、2022年の中間選挙(議会選挙)や2024年の大統領選の広報サイトにするのか、やり方は色々考えられますが、少なくとも数年間ビジネスとして回せる顧客数は十分に揃っています。トランプは大統領選が終わった現在も献金を求める活動を行っていて、昨年末までに2億ドル以上集まったとの報道もあります。何もしないなら資金調達の必要もないはずです。引き続き何かしらのアクションがあることは確実でしょう。

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