EVENT | 2020/11/18

「200ページ」「広告不掲載」「無料配布」のガイドブックで、地域の根強いファンを増やすビジネスモデル。『旅手帖 beppu』と金券『BP』【連載】「ビジネス」としての地域×アート。BEPPU PROJECT解体新書(10)

『旅手帖 beppu』
過去の連載はこちら
構成:田島怜子(BEPPU PROJECT)

山出淳也
NPO法...

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『旅手帖 beppu』

過去の連載はこちら

構成:田島怜子(BEPPU PROJECT)

山出淳也

NPO法人 BEPPU PROJECT 代表理事 / アーティスト

国内外でのアーティストとしての活動を経て、2005年に地域や多様な団体との連携による国際展開催を目指しBEPPU PROJECTを立ち上げる。別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」総合プロデューサー(2009、2012、2015年)、「国東半島芸術祭」総合ディレクター(2014年)、「in BEPPU」総合プロデューサー(2016年~)、文化庁 第14期~16期文化政策部会 文化審議会委員、グッドデザイン賞審査委員・フォーカス・イシューディレクター (2019年~)。
平成20年度 芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞(芸術振興部門)。

フリーミアム時代に必要とされる、無料で価値の高い情報とサービスとは

数多くの温泉と飲食店が軒を連ねる別府

僕は、出張先でホテルのラックに設置されたフリーペーパーを読んで見つけた店に食事に行くことがあります。そんな時、「地元の人に案内してもらえば、もっと違うお店を紹介してもらえるんだろうな」と思いながら、「顔が見える芸術祭」であることの重要性を実感していました。芸術祭の運営に携わる人々が、それぞれ自分の視点で町を紹介することができれば、アートを目的に別府を訪れた人たちにも、地域を楽しんでもらえると考えたのです。

別府は2800もの泉源を有する全国随一の温泉観光地です。市内には無数の温泉が点在していますが、温泉地であるということだけでは、競争相手が多すぎます。歓楽街にはたくさんの飲食店が立ち並びますが、その選び方によって満足度は大きく左右されます。

同時に、フリーペーパーというビジネスモデルについても思うところがありました。フリーペーパーの多くは、そのほとんどが広告で埋め尽くされています。広告として掲載されている店と、特集ページで紹介されている店の違いは何なのか?

現代の消費者は、自分にとって必要だと思うものに対しては高価であっても出費を惜しみません。もしも砂漠で喉が灼けつくほど渇いている時にペットボトルの水が売られていたとしたら、どんなに高額であっても購入しようとするでしょう。しかし、まったく渇きを覚えていなければ、それには見向きもしません。重要なのは、自分にとって、今それが価値を持つかどうかなのです。無料のものならばなおさらで、たとえそれを持ち帰ったとしても、自分にとっての必要性を感じなければすぐに捨てられてしまうでしょう。

フリーミアム商法においては、基本的な機能は無償で提供しますが、より便利に活用しようとすれば課金が必要になっていきます。しかし、無償の機能が不便なものであったならば、その先に価値を感じることができず、すぐに手放されてしまいます。情報誌も同様で、そこに出ている情報が消費者にとって信頼できるものでなければ、誰にも響きません。

もしもフリーペーパーのビジネスモデルが、広告収入を主としないものになれば、無料であることで生み出せる価値が大きく変わるかもしれない。そう考えるようになりました。

また、2010年ごろのBEPPU PROJECTはスタッフが増え、ある程度のことは組織内で完結させることができるようになっていました。その一方で、地域との接点や町の声を聞く機会が減り、情報を得にくくなっていたことが大きな課題でした。

広告不掲載、金券利用額の10%の手数料で制作費を回収する『旅手帖 beppu』のビジネスモデル

100円相当が11枚綴りになったクーポン型の金券『BP』

芸術祭のお客様が町と出会い、今、この場所だからこそできる体験を楽しんでもらうには、信頼のおける情報が必要です。そこで僕らは、アートファンや芸術祭に関心を持ちそうな層をターゲットに、町の情報を発信することにしました。

僕らは、

1:その場所らしいあり方を極めたい

2:情報の信頼度を高め、フリーペーパーの価値を変えたい

3:地域からの情報を得るための接点を作りたい

といった課題を解決するため『旅手帖 beppu(現在はウェブ版に移行)』と金券『BP』を考案しました。

『旅手帖 beppu』は別府散策を楽しむためのフリーマガジンです。120ページから200ページほどのボリュームで、広告は一切載せず、僕らが自信を持ってお勧めしたいと思うところだけを掲載しています。2011年から2012年にかけて、それを無料で配布することで情報の信頼度をあげようとしました。

デザイナーとカメラマンは経験のある人材を雇用しましたが、取材、執筆、編集にあたったのは未経験のスタッフです。編集経験のある人材ならば、ある程度の情報があれば整った文章を書けますが、未経験の彼女たちは、ちょっとしたコメントを取るために2時間帰って来ないなんてこともザラにありました。そこで話されていたことの大部分は世間話。しかし、その関係性が僕らにとって町とのパイプになっていくのです。

取材を受けてくれた町の人はみんなくつろいだ表情で応じてくれた

『BP』は『旅手帖 beppu』と芸術祭をつなぐ金券です。100円相当の金券11枚綴りを1000円で販売しました。そのうちボーナス分の1枚はアートイベントのみに使える専用券ですが、その他の10枚は『旅手帖 beppu』に掲載している店舗や温泉での支払いに使用できます。金券が使える施設からは、手数料として利用額の10%をいただきました。これは決して安いとは言えない金額ですが、一般的な広告掲載料と比較すればずっと安価です。さらに、手数料支払いは金券が使われた分だけになりますから、店舗にも成果を実感してもらうことができます。

『旅手帖 beppu』の配布後に開催した『混浴温泉世界 2012』の参加者は、11万人を超えました。芸術祭の参加チケット2000円を購入する際に『BP』を使った人々は、少なくとも200円分は地域の店舗や温泉でその金券を使用したことになります。なかには2万円分の『BP』を購入し、ボーナス分のアートイベント専用券のみで『混浴温泉世界 2012』のチケットを購入し、残った2万円相当の『BP』を使って飲食や温泉を堪能した強者もいました。

『旅手帖 beppu』は、取材にあたったスタッフの思い入れがこもった文章によって、個店の背景や物語を紹介することで、他の場所にはない固有性を感じさせる内容になりました。お客様が増えることはいいことですが、どんな店なのかを知ってもらうということも重要です。どんな思いで商品を作っているのか、店主の人柄や店の雰囲気、そこではどんな振る舞いがふさわしいのかを事前に知ってもらうことが、実際に訪れた際の満足度アップにつながると考えています。

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